カニから見た鎮守府   作:メルクリ

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メインは「朧」と「武蔵」と「第七駆逐隊」になります。


※「艦娘のラブソング」の内容が作者的にも重いための気晴らしです。向こうの合間を縫って更新することになります。


蟹(カニ)

 吾輩は蟹である、茹でるとうまい。

 

 したがって鎮守府内を単独で動き回ることは危険だ。私を食おうと狙う者が多すぎる。

 

 そして今、私は朧から落ちてしまい鎮守府の廊下に取り残されていた。それもこれも朝寝坊をして慌てて演習に向かった朧のせいだ。

 

「これ、朧の蟹じゃない?」

 

(足柄か、早速面倒なやつに見つかったな)

 

「そうですね……って姉さん、食べちゃダメですよ」

 

「羽黒は堅いんだからあ。黙ってりゃ分からないって。今晩のつまみに姉妹で食べましょ。始めて見た時から狙ってたんだよね~」

 

 私以外にも艦娘と一緒に生まれてくる生物のようなものはいる。

 漣のウサギもそうだし、島風や天津風の連装砲もそうだ。

 

 しかし、そんな生まれ方したとわかってて食いたいと思うやつは頭がおかしい。

 

「姉さん、何でできてるかわからない蟹です。おなか壊すからやめてください」

 

(そうだ、馬鹿な真似はやめろ!)

 

「羽黒、知ってる? カニカマは蟹が入ってないのよ」

 

「そ、そうなんですか? それは知りませんでしたけど」

 

「スケトウダラの白身を磨り潰したものが普通ね。でも、蟹と書かれていれば別に疑問もなく、蟹だと思って食べていたでしょう?」

 

「……何を言いたいのか分かりましたけど、それは違うと思います」

 

 羽黒は気の弱そうに見えて自分の考えははっきり言う性格をしている。

 

(私の部下だったときから変わらないな)

 

「私はね、蟹が食べたくて食べたくて食べたくて食べたくて、しょうがないのよおおおお」

 

 戦闘は免れない。

 

(それならばっ)

 

 私は高く飛び跳ねる。普通の蟹ではありえない跳躍だ。ハサミを広げ、狙うは――

 

「いたっ」

 

「ねえさんっ。首から血が」

 

 私はその隙に一目散に走り去る。蟹の横走りは相手の様子を見ることができて、逃げるのには少し便利だ。

 

 その後、身を隠しながら鎮守府を進む。蟹のサイズでは鎮守府は巨大な神殿のようで、曲がり角一つ曲がるのにも相当な苦労を強いられる。

 早く朧と合流しなくてはならない。……なのに今日に限ってすれ違うのは重巡以上の食い意地の張ったやつらばかり。せめて駆逐艦ならば朧に届けてくれる可能性があるのに。

 

「カニさーん。どこですかー」

 

 消火器の裏に身を潜めていると呼ぶ声がする。

 私は廊下の窓のところまで登ると手を振って知らせる。

 

「こんなところにいたんですか。乗ってください」

 

 朧が艤装の上に私を乗せる。

 

(助かった)

 

 生きた心地がしなかったとはこのことだ。

 

「いなくなったりしたらダメですよ。先輩達に見られたら食べられちゃいます。今日は炊飯器が壊れたとかでおなかを空かせた艦娘が多いみたいだし」

 

(……ぞっとする話だ)

 

「はぁ、でもカニさんを乗せると安心します。やっぱり一緒に生まれたからでしょうか」

 

 まるで大事な相棒のように私を大切にしてくれる朧。

 その一言と安心する笑みで、寝坊したことも、私を振り落としてしまったことも許せてしまう。

 

 しかし、私の意識はカニに非ず。

 

 大和型二番艦武蔵、それが私の本当の名前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の意識は戦艦棲鬼との相打ちで一度途切れる。

 あの戦いに後悔はない。私の持てる力を全てつぎこんだのだ。本能の赴くままに、永遠と思えるような一瞬が最高の戦いをつくり上げた。

 

 そして、目が覚めると私は朧の蟹になっていた。

 

 私が轟沈してから三日後、初めて建造された朧とともに生まれ変わったのだ。

 

 理由は定かではない。

 今のところ有望な推測は私の艤装を資源化し、朧の建造に使ったからなのかもしれない。しかし、何せこの身体である。自分で調べることすらままならないのだ。

 

「今日の演習もボロボロにされちゃったなあ。妹達の着任は早かったからうらやましいな」

 

 朧着任から一週間。まだ実戦経験はない。漣、潮、曙はすでにレベル50を越えている。朧はまだ10。第七駆逐隊を再結成したものの、朧は足手まといの日々が続いていた。

 姉妹達が朧に良くしてくれるからこそ、朧の気持ちは焦りを見せる。

 

「もともと私は艦船だったときから一人でいることが多かったんだよね。第七駆逐隊だって活動期間はそんなにないし。妹達は南で戦ってたけど、私は北の冷たい海で沈んだし」

 

 支給された12.7cm連装砲を丹念に磨く。深海棲艦と正面から戦うにはあまりに心もとない武器。

 特に武蔵からすればまるでおもちゃのような主砲だ。

 

「そういや沈没したのは私が最初だったのに、艦娘着任は最後になったのか。うまくいかないもんだなあ」

 

(自分が不幸であるかのようにつぶやくな!)

 

 私は朧の肩の乗るとそのほっぺたをつねった。

 

「いたたたた。どうしたのカニさん。弱音を言ったから怒ってる?」

 

 私はつねるのを止めた。

 

「わかってるんだ。でも、戦いになったらきっとみんなに迷惑かけちゃう。演習なら危なくないけど、実戦になったらと思うと……」

 

 朧は根が真面目だ。

 こんなことを話しながらも、主砲と魚雷の整備の手を止めない。朧は自分にできることはすべてやっている。それは一番近くで見ている私が保証する。

 朧の悩みは外的要因。朧自身にはない。必要なのは的確なアドバイスをくれる者だろう。

 

 

 

(つまり、これは提督が気にかけてやるべきことだ!!)

 

 

 私は朧が寝静まると執務室へと向かう。さすがに夜なので艦娘は出歩いていない。

 

 私は怒りに満ちていた。朧と一緒になって一週間、提督の顔を一度も見ていないのだ。新顔にこまめに声をかけてやらないのは組織の長として問題がありすぎる。

 

(執務室だ)

 

 扉を開けるのはさすがに蟹では無理だ。

 そこで扉を何度か叩く、すると様子を見に提督が顔をのぞかせる。

 

「誰かいるのか?」

 

 その隙に部屋に入り込んだ。

 

「気のせい、かな」

 

 提督は私に気付くことなく、自分の椅子に座る。それから手で顔を抑えた。

 

「……少し、期待してしまった」

 

 意味不明なことをつぶやく。

 まあ、今はそんなこと関係ない。こいつがやるべきは朧をちゃんとフォローすることだ。

 正直、勢いでここまで来てしまったので案はない。

 

(とりあえず机に乗っかってみるか)

 

 机の上まで跳躍するが、提督は全く気付かない。

 というか仕事をしている様子もない。提督はそんなに暇な仕事じゃないだろう。

 全くもって腹立たしい。

 

「……すまん、武蔵」

 

 提督から涙が流れる。

 それを見た瞬間怒りの気持ちが霧散してしまった。

 

「俺が馬鹿だった」

 

 さめざめと泣く提督にわれに返ると、執務室の隅に目が行った。

 私の主砲がそこに置いてあったのだ。46cm三連装砲はあの戦いで半壊していたはずだ。しかし、きちんと修理されてある。

 

「何で俺はあそこで進撃を選んだんだっ」

 

(提督は、私のために泣いていたのか……、朧へのフォローにも手がつかないのもそのせいか)

 

 そうか、私が原因だったのか。

 提督とは部下で遊び仲間だった。よく悪乗りが過ぎて大和や加賀に一緒に怒られた。秘書艦の経験もなかったため、あまり真剣な表情を見た記憶もない。

 もちろんこういう風に泣く男だなんて、知らなかった。

 

「ん? 蟹?」

 

 机の上の私に提督が気付く。

 

「何で蟹が、……そういえば新しく来た朧と一緒に蟹が出てきたって、お前はその蟹か?」

 

 私はうなずいた。それが伝わるかどうかはわからなかったが、もともとただの蟹ではない。人語を解すくらいはできるかも、と思われてもおかしくはないだろう。

 

「漣のウサギみたいなものか」

 

 あっさり理解してくれる。

 

 私のために涙を流してくれるのは嬉しけれども、私が願うのは次の涙を流さない努力だ。今、提督がやるべきことは後悔ではない。苦しんでいる者を救ってほしい。

 

 私は提督に近寄るとハサミをその肩に乗せる。

 

「お前、同情してくれんのか?」

 

 

 軽くうなずく。

 そこから私はこっちへ来るようサインを送る……つもりだった。

 

 

「か、蟹に同情されるほど落ちぶれてないわあああああああああああああああああ」

 

 逆効果だった。

 

「このっ」

 

 私をわしづかみにしようとする提督の手から逃れ扉の近くまで逃げる。

 

「さすがに扉はあけられまい」

 

 今の身体でも逃げることはできる。しかし、この密室で長時間ともなると分が悪い。

 飛び掛る提督をさっと避ける。

 そして、部屋の隅の46cm三連装砲の隙間に隠れた。

 

「蟹、そこから出て来い。早く出てくるなら許してやる」

 

 落ち着いた言葉で提督は話しかけてきた。

 

「それには触るな」

 

 私の遺品を傷つけたくないのだろうか。

 

「そいつは俺の後悔と反省と一生かけて償わなきゃならないもの、全部詰まってるんだよ」

 

 

 私にある感情が芽生える。

 この男は思ってたよりもうじうじするタイプだったのか。私のことを後悔してくれるのは悪い気はしないが、少し粘着質だな。

 

(……ちょっと痛い目を見たほうがいい)

 

 そして、私はあることに気付く。 

 

(もしかしてこの装備、私、使えるな)

 

 46cm三連装砲に触れた瞬間、理解できた。この装備は『使える』と。

 ためしに持ち上げてみる。綿菓子を持ち上げるのと変わらない、何の抵抗もなく浮いた。

 

 艦娘の装備は力で持つものではない。常人の持てる重量ではないが、よしんば持てたとしても、どうやっても主砲を発射することはできない。

 装備の扱いは物理的なものに起因するのでなく、精神的なものに起因すると言われている。実際艦娘はその重量を気にすることなく、軽々と持ち上げる。

 装備は魂で持つもの、以前姉の大和がそう教えてくれた。

 

(ならば武蔵の魂を持つ私が使えるのもおかしくはない)

 

 見れば、提督の顔が青白くなっていた。

 

「え、なんで。なんで、蟹がそれを持てるの????」

 

 私は狙いをつける。

 

「う、動いてる!?」

 

(発射ーーーーー!)

 

 爆音と共に執務室の窓に大穴を空けた。

 部屋の家財道具やら書類やらがその大穴に吸い込まれて消えていく。

 それを見た提督は全身の力が抜け、へたへたと座り込んだ。

 

「は? なんで? 蟹?」

 

 

 

 

――こうして、46cm三連装砲を装備した蟹を装備する駆逐艦「朧」は深海棲艦との戦いの最前線へ向かうことになる。

 




ゆるい内容でやってくつもりです。ただ、更新頻度もゆるいです。




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