状態異常シャーク   作:すばみずる

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タウントシャーク

 扉へ伸ばした手を直感が静止させ、握り直した拳がノックの音を鳴らす。

 

『ごめん、もうちょい待って。友達からのメッセ返してた』

「まず『入ってます』って言って欲しかったかな、僕は」

 

 返された答えの内容はともすれば誠実だが、部屋の持ち主としてはその誠実さは明後日の方向に向いているとしか思えない。そもそも、どうして自分の部屋に自分以外が居ることを人の革新よろしく先読みしなければならないのか。

 以前は奥ゆかしくバスルームで着替えを行っていたエレンだが、いつの間にか僕やリンの部屋を縄張りとしたらしい。仕事終わりや仕事始めにぬるりと入り込んでは気紛れで部屋を占領しているのがここ最近のお決まりだ。

 リンの部屋には既に下着の類も置かれているようで、棚を一つ取られてしまったと苦笑いしながら語る妹へのリアクションには困らされた。

 休日の昼下がりにも関わらず任務に忙しかったらしいエレンは、今日もまたビデオ屋を更衣室として利用している。

 

『あーめんど。ねぇ、ちょっと着替え手伝ってよ』

「無茶言わないでくれ。リンも外出中なんだから」

『別に無茶じゃないじゃん。脱がせられるなら着せれるでしょ』

「ちょっと何を言ってるか分からないな!」

 

 さも当然のように脱がせたことがあるかのように言うのは僕の名誉を著しく傷を付けるからやめて欲しい。

 出直すタイミングを見失ったまま扉越しの会話を続けていると、十数分掛けてようやく入室の許可が出された。

 

「おかえりなさいませー、ご主人さまー」 

 

 私服にパーカーを羽織った完全オフスタイルのエレンは、足を投げ出しただらけきった姿でデスクの椅子を占領していた。尻尾向けのカスタマイズをしていないせいか、ヒレがはみ出ていて少し窮屈そうに見える。

 

「で、何の用?」

「ちょっと在庫表と貸出履歴のチェックを……って、まるでエレンが店長みたいじゃないか」

「あたしがお店の経営? ムリムリ、そういうアタマ使うのはアキラがやって。掃除とかゴミ捨てとかはやったげるから」

「手伝ってくれる心意気はありがたいよ」

 

 電気を貪るワガママ妖精さえいなければバイトとして雇えたかもしれないが、今しばらくは経営状態が良しと言ってくれないだろう。ヴィクトリア家政としての雇用なら尚更無理だ。

 

「そういう訳だから、パソコンを使わせて欲しいんだけど」

「ん、分かった」

 

 あっさりと椅子を明け渡したエレンは、今度は住処をベッドの上に定めた。他人の寝具に躊躇なく寝そべって端末を弄っている姿は堂に入ったものだ。もしかすると友達の家でもそうしてるのかもしれない。

 咎める事でもないので気にせずデスクに向かい、必要だったデータを確認していく。先月に比べてレンタルされる作品に偏りが大きくなっているのはやはりアストラさんのコンサート効果だろう。出演作コーナーを作っておいた甲斐があるというものだ。

 しかし最新作の貸出数を抑えてトップになるとは思っていなかった。話題性というものは侮りがたい。それとも、新作の衝撃は映画館で観る時に満足するから借りなくていいという人が増えているとか? 

 

「エレン、君は最新の映画は観に行くタイプかい?」

「は? なに、いきなり。まぁ、普通に観るけど」

「流行ってる旧作の再上映とどっちか選ぶとしたらどっちがいいかな」

「え〜……あー、選ぶんなら再上映かも。席安いし」

「そういう理由なのか?」

 

 エレンが席の値段を気にするのは少し意外だった。てっきり欲しいものは欲しいからと手に取り財布の中をあるだけ使うタイプかと。

 

「だって、尻尾の分も一席買わなきゃいけないから。最新作だとそもそも席、埋まってたりするじゃん」

「なるほど。切実な問題だ」

 

 コンプレックスに感じている節は無さそうなサメの尾だが、頭を悩ませることはあるらしい。そういえば太ったことを気にしていた時も尻尾を疑っていたような。

 

「アキラはどうなの。ていうか、そういうの気にして観てんの? 新しいとか古いとか、話題とか気にしないで、好きなものだけ観てそうだけど」

「個人としてはそうしたいけど、職業柄そうはいかないよ。話題になったものは漏らさず観ないと気が済まないな」

 

 お客におすすめする時に内容を知らなければ推しようがない。他人のレビューだけ見て知った気になるのは、店長としても映画好きとしても言語道断だ。

 

「ホラー映画ばかり持て囃されると気が滅入るけど、店に並べるんだったら仕方がないし」

「やっぱりホラー苦手なんだ。なんとなく想像通り」

「……好んで観ないだけだよ」

 

 別に怖いわけじゃないが。人には好むものと好まざるものがあるという話なだけだ。別に怖いわけじゃないが。

 

「で?」

「で?」

 

 短縮され過ぎたの言葉に振り返ると、うつ伏せのまま床に置いたバッグを手繰り寄せているエレンと目が合う。

 

「なに観に行くの?」

 

 どうやら先程のアンケートを、遊びに誘うための前振りだと考えたらしい。リンがいない今、外出してしまえばボンプたちに任せてしまう事になるから出来れば避けたい。

 避けたいが、しかし。期待されてしまうと、それに応じたくなる。

 

「うん、実はまだ決まってなくて。グラビティシアターのスケジュールを観て考えようか。ちゃんと三席買うから心配ないよ」

「あんたと観るなら二席でいいでしょ。あ、でも待って」

 

 エレンがカバンをガサゴソと漁り、取り出した藍色のボトルを投げ渡してくる。見覚えのないラベルだが、肌に塗る……なんかそういう、美容品的なものらしい。

 

「それ尻尾に塗って。昼にもやったし、大体でいいよ」

 

 仰向けに寝そべり、傍に座るよう促すようにマットレスを叩いて呼び寄せてくる様子は慣れた様子だ。使用人として働く以上、それを扱う人間の所作も覚えるものなのかもしれない。

 しかしこれは信頼されている証なのか、便利使いされているか。脳裏にベッドメイクを頼んできたりドライヤー当てるのを任せてくる妹が踊って判断の邪魔をしてくる。

 

「あまり詳しくないんだけど、こういうのって他人に頼むのは……」

「今から友達と通話するから手、放せないし」

 

 有無を言わせずこちらには目もくれないまま、エレンは通話アプリを起動させた。尻尾だけはピンと伸ばされて、塗りやすいようにされているのが律儀なんだかなんなんだか。

 

『エレン〜! バイト終わった? ヒマなら買い物いかない? 新作CD見たくって』

「今日は予定入ったからパス。明日……もバイトあるし、明後日ならいいよ」

『そうなの? じゃあ明後日ね! モナでも誘おっかな』

 

 適当な量の白いクリームを手に乗せて、ゆっくりとサメの皮膚へと当てる。当然ながら体温の温かみを感じるが、普通の肌とは異なる硬めの触感が不思議だ。

 電話の相手はエレンの友達のルビーだろうか。元気の良い声がスピーカーで話していなくてもよく通る。

 ……そういえばスピーカー通話をすればエレンの手が塞がっていても通話出来たな? いや、今度は手がベタつくと面倒と押し付けられるだけか。

 

「ていうか、そういう用ならグルチャでいいじゃん。なんで個別に通話してってメッセいれてたの」

『あ、もう一個エレンに用事あってさ。エレンが働いてるとこ、追加でバイトの募集とかしてない?』

「はぁ?」

 

 根本から先端に掛けてクリームを伸ばしていた尻尾が跳ね上がる。ヒレに当たることは無かったが、角張ったところに引っ掛けたらやっぱり危ないのだろうか。

 急に動かしたのを目線で済まなそうにするエレンに気にしていないと尾を撫でて応える。

 

『エレンが働けてるならあたしでもいけるかな〜って。ダメ?』

「それ、どーゆー意味?」

 

 エレンは遺憾とでも言いたげだがルビーの気持ちは分かる。宣伝の名目で立っているのにあんだけ船漕いでいてクビになってないバイトなんて楽勝だと思われても仕方がない。

 

「やめといたほうがいいんじゃない。またメイド服でも着させられるかもしれないし」

『あ〜、あのメイド服かぁ。店長の趣味であれはなぁ』

 

 風評被害を率先して掘り起こさないで欲しい。そんな強権発動する店長だったら今ここで店長を働かせているバイトにパーソナルスペースというものをどういうものか説教できるはずだから。

 

「それに、あのお店って結構忙しいよ。前にもほら、有名人も来て騒ぎになってたし」

『有名人? 誰?』

「対ホロウ課の人とか、アストラ・ヤオとか」

 

 え、というデカ目の声が端末から響く。

 

『マジ!? アストラ様が来るような店だったのあそこ!? うわぁ……それはそれで行きたいけど、それだと確かに急にお客さん殺到したりしてヤバそう』

「そうそう。だからやめといたら」

『うーん……でもなぁ。駅近だし、店長も趣味以外はいい人そうだし。エレンも仲良しでしょ』

 

 また尻尾が跳ねる。今度はエレンの首はこちらに回らず、表情は伺いしれない。

 

「別に、普通」

『またまたぁ。よく一緒にラーメン食べたりライブ行ってるんでしょ?』

「あいつ、誰に対しても粉かけてるから。ただの見境なし」

 

 声を上げられないのを良いことに随分な物言いをしてくれる。でもエージェントとの円満な関係を結ぼうとする態度は他人から見るとそう感じるのかもしれない。少し改めた方がいいのだろうか。

 

「面食いで男でも女でもいいカッコするし、丸く収まるならウソ吐いても良いって思ってるし、兄妹もヤバいくらい仲良いし、ガチャの我慢出来ないし」

『えぇ〜? そんな感じなの?』

 

 確かに嘘ばかり吐くような人間でとりあえずカッコつけるのはひどい言われようだが事実だからしょうがないけど、そこまで悪しざまに語らなくたっていいだろう。それに兄妹仲は普通だし、ガチャだってfairyの電気代よりはよっぽどマシだ。

 

『うーん、エレンがそこまで言うなら諦めるかぁ』

「うん、あたしも被害者増やしたくない────ッ!?」

「あ」

 

 意識せずに立ててしまった爪が尻尾の裏側を掠めてしまうと、今度はエレンの声と背筋が跳ねた。咄嗟に尻尾を握って抑えつけたお陰で事故は免れたものの、ピンと伸びたつま先がジタバタと蹴りつけられてしまった。

 

『エレン? どうかしたの? というか誰かいる? 声聞こえた気が』

「なんでも……用済んだならもう切るよ」

『あっ、待って待って! あと数学の宿題なんだけど、答え──』

「ばいばーい」

 

 賑やかな声がブツリと途切れ、室内に静寂が戻る。恨み言すら言われないのが不気味だ。何と声を掛けるべきか迷うものの、撫でる手は止めるに止められず鱗に逆らわないように動かし続けていた。

 逆立った鱗を撫でつける試みが功を奏したのか、むくりと起き上がったエレンの顔はいつものさめたような顔になっていた。

 

「ええと。邪魔しちゃったみたいだったけど、大丈夫かい?」

「平気、どうせすぐ切るつもりだったし。それより両手出して」

 

 言われるままに手を差し出すと、付け根まで交わらせるように指が絡め取られた。そんなにクリームが勿体なかったのだろうか。

 少しのくすぐったさに耐えてエレンの気が済むようにやらせていると、何故か睨み付けられてしまった。

 

「なんか慣れてる気がするんだけど」

「リンも同じようなことやるからなぁ」

「やっぱあんたたちって……」

 

 エレンの反応がよく分からない。仲が悪くなければ兄妹なんてこんなものじゃないか。

 

「もういいや。早く行こ」

 

 溜め息。揺れる尾がこころなしか艶めく。

 何が、と聞き返すよりも早く繋ぎ直した手に引かれるまま、店から連れ出された。

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