状態異常シャーク   作:すばみずる

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ヒプノスシャーク

 新エリー都 ヤヌス区 六分街にあるビデオ店『Random Play』。

 ホロウという脅威に晒されながらも逞しく生きる人々へ、自宅に持ち帰る一時の楽しみを提供するために、二人の兄妹とボンプ数機が経営している。

 大きな店舗とは言えないが、客の入りは悪くない。これもひとえに店主の目利きによるものだろう。求められる商品を的確に仕入れるには経験が物を言う。プロにより選び抜かれた珠玉のラインナップが売りの店である。

 

「お客様のご希望に沿うものですと、こちらは如何でしょうか。温泉街に現れたエーテリアスの群れを、潜水艇に乗ったホロウレイダーが筋肉で解決するというものです。犬も最後まで生存しております」

「面白そう! じゃ、これ借ります! ちなみに、執事さんが隣で映画の解説をしてくれるコースとかってありますか?」

「申し訳ございません。当店にそのようなサービスはございませんので、是非ご友人方とお楽しみください」

「すみません、漢字で天使って入れ墨を肩に入れた女性が悪魔に襲われてる映画って分かりますか?」

「こちらの作品ですね。よろしければオーディオコメンタリー付きの再販版も用意がありますので、どうぞご検討ください」

「モフモフ! モフモフ!」

「お客様、尻尾への接触はどうかご遠慮くださいますようお願い申し上げます」

 

 ……珠玉のラインナップが売りの店なのである。

 決して。そう、決して、狼頭緊縛マスク高身長モフモフ執事が接客するのを目玉にしているわけではない。

 

 

 ◆

 

 

 エレンとの一悶着を収めた後。

 真実が暴かれ一夜にして荒廃した町内を逞しく生きていく学生たちの映画(シーン)を一時止め、ヴィクトリア家政の現場責任者の話を聞いていた。

 

「損害補償?」

 

 オウム返しに呟く言葉に親しみは無い。いつだってレンタルされたビデオが汚損破損するのは哀しみに満ち満ちているのだから。

 しかし、ライカンさんが言いたいことはそういうものではない。

 

「はい。この度プロキシ様が被った被害に関しまして、ヴィクトリア家政からのお詫びでございます」

 

 リナさんが妹の胃袋をWIPEOUTした後、ライカンさんが入れ替わりで店に訪れた。

 僕が寝ている間に説明があったようだが、妹から引き継ぎしようにも原因明瞭の意識混濁が起こっているため、ライカンさんから再度の事情説明を受けることになった次第だ。

 

「私どもを指名していただいた以上、雇い主たるプロキシ様の安全は業務における最重要事項です。それがたとえ、ホロウ内外と隔てた場所にあったとしても」

 

 彼の立ち振る舞いは見えていなくともいつも通り──つまり完璧にこなしていることを思わせる。鋼の義足だというのに金属音が喧しく聞こえないのは如何なる方法なのだろう。

 彼ならやろうと思えば足音すら消せるのだろうが、耳に頼っている身からすると無音よりも安心感がある。

 

「にも関わらず、こうしてお体を害されてしまったのは責任者たる私の不徳の致すところ。誠に申し訳ございません」

「いやいや。結局僕のミスなんだから、あまり重く受け止めないで欲しいかな」

「お心遣い、痛み入ります。つきましては、プロキシ様の生活を損なってしまうその補填として、ヴィクトリア家政にサポートをさせていただきたいのです」

 

 なるほど、つまりは。

 

「アフターサービスみたいなものかな」

「概ね、そのように思っていただければよろしいかと。店舗の業務補佐をリナと私が交代で担当致します」

 

 説明を受けながら考える。最高級と言って差し支えない家事代行派遣会社のヴィクトリア家政から申し出ているサービス。

 彼らであれば心配する点は一切無い。その手腕は確かなものだ。店舗業務だって疑いようがない。

 

「うーん……」

 

 ほんの僅かな逡巡。しかし目の前にいるのは誰あろう、完璧を体現しながら尚も追求し続ける執事だ。喉元で詰まった言葉さえ、彼の大きな耳は捉えてしまう。

 

「プロキシ様。あなたが仰られた通り、重く考える必要はございません」

 

 知らず包帯を触れていた手が、より大きなものに包まれる。少しばかりの柔らかさと、温かい巌のような逞しさ。ライカンさんの手だ。

 

「友人が困っている時には、その助けになりたいと誰しも思うものです」

 

 そう言われてしまえば何と言い訳するのも無粋だ。空いた片手を上げて降伏を示す。

 それから業務内容に関する細かい話を詰めた後。

 

「時にプロキシ様。エレンが何か、失礼を働いてはいませんでしょうか」

 

 ──蘇る熱の記憶。耳を覆う囁きの残響。あとなんかすごい弾力と床板の抱擁。

 去来する色々を飲み込み、なんとか平静を保つ。保てていると信じたい。

 

「僕が思う限りでは問題ないけど、どうかしたかい?」

「リナからの報告では、いつの間にかお邪魔してプロキシ様のベッドで寝ていたと聞きまして。今朝は休むように言い付けていた筈なのですが」

 

 事実だ。事実だけど、そこにはそこはかとなくあらぬ方向に向いた属性情報が付随していないか。

 

「疲れていたみたいだから、僕が良いって言ったんだ。業務時間外なら、自由に振る舞ってもいいんじゃないかな?」

「それは、そうなのですが……」

 

 正体不明の後ろめたさのせいでゴミ箱を総浚いして身の潔白を証明するような心持ちで弁解を述べる。

 ライカンさんは押し黙り、何度か口を開いた気配はあったものの、それ以上何か言うことは無かった。

 その顔が咎めるものか呆れるものか、見えていなくて良かったと思うことにしよう。

 

 

 ◆

 

 

 そういうことで、しばらくの間ヴィクトリア家政の面々が家にいる事になった。

 とは言っても、業務のメインは忙しいことが予想される週末だ。週が明ければ目も快復しているはずだし、せいぜい三日程度のはず。

 興味8割、要らない心配2割で実際の仕事ぶりがどうなっているのか階段の影から様子をうかがっていたのだが、平時の倍はある客の入りを店長の数倍ある処理能力で難なく対処しているだけだった。「業務整理のありがたさと異常集客力が釣り合ってるのか怪しい」という妹の嘆きが聞こえた気がするが気のせいだろう。

 

「ライカンさんみたいにカッコイイ接客が普段から出来れば、もう少しお客さんも来てくれるかな?」

「さぁ。あんたはあんたでいいんじゃないの」

「うん、そうだね。身の丈に合っていれば十分だ」

 

 慣れない礼服を着たところで不格好だ。というか、ビデオ屋に執事なんてラーメンに飴玉を乗せるような違和感をなぜ感じさせないのだろう。極まった礼節は場所を選ばないのか。

 

「そろそろ戻ろ? 飽きた」

 

 そう促され、自室へと戻る。……エレンに両の手を引かれて、まるで歩き慣れない子供のように。

 結構恥ずかしいのだが、エレンは頑なに手を離そうとしなかった。

 

「これくらいの移動なら気にする必要は無いのに。手すりだってあるんだよ」

「ボスがいるんだし、適当やってたら怒られる」

 

 さすがのライカンさんも、客に取り囲まれている上にエレンの働きぶりを監視するのは難しいんじゃないだろうか。それを言ってサボられてもかばうのに苦労するから口出しはしないが。

 律儀に扉を閉めるエレンの誘導そのままにソファへ座る。

 

 ライカンさんとの打ち合わせが終わった後、ようやく業務開始とばかりにエレンは起きてきた。絶対に寝てるふりをして上司をやり過ごしたと思うのだが、頑なにそれを認めようとはしない。まぁ、何か用事があるならライカンさんだって見過ごすことは無いのだろうからいいけど。

 

「何かする?」

 

 片手を繋いだままのエレンが、当然のように隣を陣取る。堅苦しい礼儀作法は疲れるだけだからいいんだけど、メイドとしてそれはどうなのか。

 

「とりあえず、映画の続きを観ようか」

「ん」

 

 一時停止していた映画がまた始まる。

 底抜けの女好きである主人公が、自分の夢を叶えてもらうために悪魔を脅しつけるシーン。くだらなさの中に、主人公がしれっとヒロインへ惚気ているのがファンの間で賛否両論あるとかないとか。

 軽妙な語り口を楽しんでいると、不意に太ももへ重みが掛かる。

 

「エレン、尻尾を持ってあげるとは言ったけど、突然だと驚くよ」

「尻尾じゃないし」

 

 短い言葉は隣からではなく、前から聞こえてくる。

 

「ちょっと疲れたから、使わせて」

 

 こちらが言葉を失っている間にそんな事を言いながら、エレンは僕の膝枕で落ち着いてしまった。普通逆なんじゃないか。

 そういえばエレンのどこを触ってもゴツゴツしないのは怪我しないようにいつもの金属アクセサリを外してくれてるんだなぁとやくたいもない考えで意識を逸らす。

 いま画面では享楽を貪る主人公が女性たちに囲まれてだらしのない表情を見せているはずだ。今ばかりはその素直に喜べる性根が羨ましい。現実では一人でも緊張ばかりだというのに。

 

「プロキシもさ、女の子はいっぱいいたら喜ぶタイプ?」

「著しい誤解だよ、それは……」

 

 ヴィクトリア家政では、唐突に口撃を挟む作法でもあるのだろうか。

 枯れてるわけでもなし、華やかさを好む程度の心はある。けどそれは限度というか、節度あるものだ。

 

「バックヤードに連れ込もうとする怪しいお店に気をつけろって、学校でも注意があったんだけど。ここの事じゃないの?」

「断じて怪しいお誘いはしていないよ。せいぜい映画を見てる程度だ」

 

 顔を真っ赤にしながら職務に忠実だった治安官はいたけど、あれは民間人として協力していただけだからセーフだ。やましい気持ちは毛ほども無い。無いったら無い。

 

「ふーん。連れ込んでるのは誤解じゃないんだ」

 

 それは、はい。その通りです。何故だか音にはならないが、沈黙が雄弁に伝えてしまう。

 あくまで私室に招いてるだけだから、バックヤードじゃないから大丈夫とはならないですか。そうですか。

 ところで、どうして尻尾が少しずつ背中をノックしているのでしょうか。

 

「カリンちゃんも、ホロウ茶会って映画をプロキシと一緒に観たって言ってたなー。二人きりで」

「ラ、ライカンさんやビリー──邪兎屋のエージェントも来てるから、女の子だけってわけじゃないんだよ?」

 

 ぺしんぺしん。尾ひれの力が強くなっている気がする。いつだったか、尻尾の力加減を間違えたら骨が折れると言われたのを思い出し、背筋が薄ら寒くなる。

 

「ほら、利用客から、ビデオを観た生の感想を聞くのも、仕入れの参考として役立つから──」

 

 ピタリと衝撃が止む。ついで古びた校舎の鐘がテレビから流れ、それが今流していた映画の終わりを告げるものだと思い出す。

 

「感想を、聞く?」

「そう、だね」

 

 目的、というほどではないが、ビデオ屋店主としての趣味ではある。望みの映画に出会えた感想というのは、様々な作品を見て擦れてしまったマニアに取っては手の届かない星の輝きのように尊いものだ。

 ……そういえば。彼女と共に映画を見た時は、無警戒に寝られてしまったのだっけ。

 気まずく思ったのは、たぶん僕だけではない。何と言えばいいのか分からないまま数分が経つ。

 ゆっくりとエレンの重みが膝から無くなり、ソファが揺れる。立ち上がったようだ。

 

「じゃあ、もう一回観よ、『エーテリアスの夢』。どこに置いてある?」

「……貸出してなかったら、店に並んでると思うけど。あと、『エーテル・ドリーム』だね」

 

 分かった、と言うが早いかエレンは部屋から出て行った。

 何が「じゃあ」なのか指摘すれば、背中の代わりに頬を打たれたんだろうなぁ。 

 しかし。

 

「出来れば巻き戻しをしてから行って欲しかったかな」

 

 返却の際はどうかお忘れなきように。

 手探りでリモコンを探り当て、毎度おなじみのお客様への注意事項を呟く。

 

 

 

 幸運にも『エーテル・ドリーム』は貸し出されていなかった。

 通しで観たのが過去一度である自分は、彼女となんとか感想を語り合えるように映像を思い出すのに必死だった。

 以前にはすぐ眠ってしまったエレンだったが、今回はその対策か彼女なりの解釈を呟きながら集中している。

 だが。

 

「よく分かんなかったから、もう一回」

 

 観賞することと、理解することは別なわけで。

 元々、夢の中という抽象的な場面が多いせいで、単に見るだけならともかく、場面場面の意味を考えようとするときりがない。

 結局、エレンと感想を語り合えたのは3度目のエンドクレジットが流れた後だった。

 

「最後にプロキシは現実へ目覚めたはずなのに、夢の中のキャラクターが締め括るって変じゃない? あいつは夢じゃなかったってこと?」

「そういう見方も出来る。実は目覚めたと思った現実も夢の中だった、っていう二段落ちにも見えるようにしたかった、って監督がインタビューで言ってたね」

「監督の話? そういうのも知っておかないと、映画って楽しめないの?」

「いいや、全く。結局、観る側がどう受け取るか次第だからね」

「ふーん。プロキシ……えっと、アキラは、どう思ってる?」

「夢オチの映画として見ると結構似たものが多いから、夢から覚めてまた夢の中っていう解釈が好きかな。現実パートにも結構怪しい描写が多いから、狙ってる感じはあるね」

「そういうものなんだ。あたしは夢から解放されて起きた時の爽快感が気持ちよさげだったから、現実に戻ってくれてる方がいいな」

 

 エレンの解釈は直感的で、観たそのものを判断する。それは他の映画の知識から比較してしまう僕と違って、先入観なく出てくる感想だから心地がいい。

 彼女はこの映画をプロキシが知りたいからと選んだようだが、こうして語ることでむしろエレンの感性を知ることが出来た気がする。

 

 しかし、エーテル・ドリームは短い映画ではない。さすがに三回も通しで観てしまうと、いい時間なのではないだろうか。

 端末に問い掛けると、返ってきたのは夕食時と言える時刻だった。

 

「エレン。遅くなると大変だから、そろそろ支度した方がいいんじゃないかな」

「は?」

 

 その一音はここに来て今日一番の低温だった。こわい。

 

「いや、君の実力を疑ってるわけじゃない。それでも夜道を歩くのは心配だから」

「……あ、そっか。言ってなかった」

 

 剣呑な気配は霧散して、溜息が一つ。

 いつもの居眠りのように、寄り掛かってきながらエレンは呟いた。

 

「今日、泊まるつもりだったんだけど」

 

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