状態異常シャーク   作:すばみずる

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ポゼッションシャーク

 『メリノエ』というホロウがあった。

 原生ホロウ『プルセナス』の共生ホロウとして生じた特異的ホロウは、その分類に違わない異質さで調査員たちを困惑させた。侵蝕により青白く変貌を遂げた光景。常に変化していく空間と、容易く分断を引き起こす難解な構造地形。出現するエーテリアスも強力無比だった。もっとも、最後に関しては特に問題でもない。虚狩り率いる対ホロウ六課に掛かれば、武力と言う点は万に一つの支障もあり得なかったが。

 特異的ホロウは、通常のホロウでは見られない性質を持つ。『生き物』への侵蝕ではなく、無機質に対して強い侵蝕反応を示すという厄介極まりない特徴。メリノエの空中に浮かぶ、大型のエーテル結晶がそれを引き起こしていた。『曜変コア』と名付けられたそれは周囲のエーテルの激しく活性化させ、通常装備でのホロウ内部の探査を極めて困難なものへと変えてしまった。

 幸いと言うべきか、曜変コアがもたらす曜変現象は必ずしもホロウだけに都合の良いものではなかった。エーテルを劇的に活性化させるそれは通常の安定性も失わせるということで、調査員側からの干渉も可能としたからだ。ホワイトスター学会は新たな新たな装備設備を狂喜して作り上げ、不安定性を逆手に取った「エーテル干渉探針」で対ホロウ六課の探索を大いに助けた。

 

「実際のところは、外部協力員として同行したイアスが操作していたんだけどね」

 

 もっと言うなら、機器を不正な解析――もとい、正規の手続きを敢えて無視したFairyの助けがあってこそだが。

 

 ヴィクトリア家政の事務所でライカンさんの料理の腕を味わった後。

 紅茶の味の良さを足りない語彙で褒めようとする無謀よりも、ニコから押し付けられたチラシについての世間話をすることにした。隣に座るエレンは退屈そうにしながらも、こちらに寄り掛かって肩越しにチラシを見る程度には興味があるらしい。

 『乱撃壺中天目』と題されたそれは、特殊環境下でのVR訓練と銘打たれていた。しかしチラシに使われている宣材写真を見ればメリノエに関わった者なら誰でもアレが関わっていると誰でも分かる代物だった。

 

「この『乱撃壺中天目』でも戦闘員のエージェントだけじゃなく、調査員とタッグを組まないといけないらしい。ご丁寧に、使用予定の機器についてのスペックについてのQRコードまでついてる」

 

 コードを読み込んでみれば、Fairyが即座に丸裸にしたエーテル干渉装置‐α‐Ⅱ型のマニュアルがダウンロード出来た。これを参考にしろということだろうが、Fairyが用意した可視化操作インターフェースが無ければ苦戦することだろう。

 

「柳さんやライカンさんみたいな一部の例外は別にしても、エージェント達は戦闘がメインだ。今回のイベントでは調査員を護衛しながら探索する訓練をやりたいみたいだね」

「私を高評価していただいているのは恐縮ですが、何分機械については専門外です。いえ、準備期間があれば適応することはお約束しましょう」

 

 ライカンさんの言葉には僅かだが悔しさのようなものが感じられる。H.D.D.の調整操作を行った手並みは見事だったけども、あれでもライカンさん的には満足がいっていないのだろうか。あるいは、そのために準備期間を設けていたということか。

 

「調査用のボンプの貸し出しはあるけど、腕に覚えがある場合は調査員として参加が可能。ニコが僕に求めていたのはこれだな」

 

 イベントの順位報酬のほかに、調査員として参加すれば別途の報奨金も出るという記載もある。というか、それがないと報酬は雀の涙ほどと言っていい。さて、あの社長は僕への報酬は順位賞金を当てるつもりだったのか、それとも報奨金から出すつもりだったのか。

 

「ホロウ調査協会の人材難は深刻なのかもしれません。在野の技術者に賭ける期待の大きさが伺えます」

「エーテルに関わる機器を扱える人がのこのことVR訓練に来るとはあんまり思えないけどね」

 

 ホロウの知識をひけらかしたものを治安局に売り渡す、なんていう血も涙もない行いを今更ホロウ調査協会がするとは思えない。むしろ、違法行為に手を染めながらも役立つ知識技術を持つ者を囲い込もうとするに違いない。

 

「けど、調査員とか地味じゃん。VR訓練で人気なのって、やっぱエーテリアスと戦うやつじゃないの?」

 

 エレンの疑念はもっともだ。僕だってVR訓練はもっぱら戦闘のものしか扱っていない。

 

「ボンプが開催している座学もあった事は記憶しておりますが、一般の参加者からすれば退屈というのが率直な意見と思われます」

「なるほど。在野の発掘だけじゃなく、これをキッカケに調査員志望の人材確保、調査員のイメージをアップさせたい?」

「おそらくは。優秀なエージェントが調査員を守り支える絵面というのも、宣伝として狙っているのかもしれません」

 

 HIAのスタッフがそこまで考えているだろうか。けっこう面の皮が厚い人が多いから、割とそうかもしれない。

 区切りを打つようにエレンが欠伸をして、伸びをしながらもたれかかる体重を増やしてくる。

 

「で、これやるの?」

「どうしようかな。予選会を今日の夕方からやるらしいけど。ちなみにライカンさんはどう?」

「魅力的なお誘いですが、生憎、依頼が入っておりまして。リナとカリンも出払ってしまう予定です」

「そうだったっけ。あ、ボス。あたしの今日の予定、他なんかあった?」

「ふむ。差し迫った用は無かったはずですが」

「じゃ、あたしはイベント行けるけど、どうすんのアキラ?」

「いやいや、エレンは昨日の夜から働き詰めだったんだ。休まなきゃダメだよ」

「別に平気だって。アキラのベッドでもちょっと休んだし」

「その誤解を招く言い回しはよしてくれ……ん?」

 

 機器のマニュアルを映していた端末が、ノックノックの通知が来たことを知らせる。それも連続して大量に。アプリを起動させる合間にも、通知が次々と飛び込んでくる。

 

 

 

〈チラシで詳細は確認したかしら?〉

〈そういう訳だから、一緒に賞金かっさらいに行くわよ!〉

〈あたしと組むなら今回の情報料は勉強してあげる!〉

 

 

 

〈プロキシ先生、いま大丈夫?〉

〈この前、邪兎屋のみんなに迷惑掛けた分、埋め合わせする方法を考えたの〉

〈それにはプロキシ先生の力が必要。もちろん依頼料は払うわ。お願い〉

 

 

 

〈よぉ店長! ちょっと時間あるか?〉

〈ルミナの近くにいるなら、ちょっと助けて欲しいんだ〉

〈質屋に入れちまったスターライトナイトのDX天火聖裁レプリカを取り返せるチャンスなんだ! マジでよろしくな!〉

 

 

 

〈なんかニコがしきりにこれを眺めてたんだけどさ~〉

〈[HIA_Yohentenmoku_VR.jpg]〉

〈儲けられそうな匂いがするけど、プロキシなら何か知ってる?〉

 

 

 

〈アキラ。急で悪いが、HIAのイベントについて話せないか?〉

〈姉貴もやれそうなんだが、VR空間の機械でもバラしかねないし……〉

〈ウチの会社が特異的ホロウに対応できるか調べたい。頼んだ〉

 

 

 

〈六課は前もVR訓練で協力したからって、また似たようなことやらされるんだよ〉

〈どうせならあんたと組めば楽出来ると思って誘うんだけど〉

〈適当に一抜けして、あとはポートエルピスで釣りでもしない?〉

 

 

 

〈お前が欲しい〉

〈用件を書き忘れていた〉

〈VRでの修行だ。修行には最高の状態で臨む必要がある〉

〈故にお前が欲しい。返事を待つ〉

 

 

 

〈ルーシーの奴、オレ様にVR訓練は無理とかぬかしやがる。コンソールを壊すのが()の山とか〉

〈あれだけ一緒にセンターで暴れたんだから、お前は俺の実力を分かってるよな〉

〈あそこの新しいイベント知ってるか? 手伝ってくれ!〉

 

 

 

〈ホロウ調査協会の施設で、たくさんのエージェントが集まるみたいね!〉

〈そういう個性的な人と触れ合えると、新曲への励みになると思うの〉

〈参加するなら狙うは一番! というわけで、またお願いね〜〉

〈(あ、もちろんイヴには内緒よ!)〉

 

 

 

〈アストラお嬢様がキミにVRイベントの同行を依頼したと思うが、断ってくれ〉

〈お嬢様がHIAセンターに行けば騒ぎになることは目に見えている〉

〈私と君でイベントの内容を記録して報告すればインスピレーションの糧にはなるだろう〉

〈すまないが、協力を頼みたい〉

 

 

 

「……何だこれ」

 

 各エージェントからの怒涛の要請メッセージに思わず声が漏れた。エージェントとしても注目度が高いイベントだったのだろうか。ここまで示し合わせたかのように依頼してくるとは思わなかった。

 特務捜査班から一件も無いのは治安局の任務中だからだろうか? 青衣やジェーンさんなら戦闘だけでなく調査員としての活躍も期待が持てそうだけど。ただ同行するうえでセスやシーザーのような防御力も捨てがたい。ビリーの制圧力があればエーテリアスの掃討だってお手の物だろう。しかしここはやはり最強戦力を――――

 

「全部断って」

「は?」

 

 攻略を組み立てていた頭を、エレンの噛み付くような声が遮った。

 二の句を継ぐ前に、エレンが僕のお茶を掻っ攫って飲み干す。気付けのつもりなのだろうか。

 

「ボス、お茶お代わり。これ飲み終わったらセンター行こ。予選会の前にウォーミングアップするから」

 

 肩に掛かる指が力が籠もる。言うべきことは言ったとばかりに、エレンはそれきり静かになった。

 ライカンさんの方を見ると、僅かに肩を竦めるような素振りを見せた後に紅茶のお代わりを用意し始めた。保護者の許しは得た、と思っていいのだろうか。

 エレンの消耗を考えればやめたほうが無難だ。今日だけで何度うたた寝していただろうか。無理をさせるのは良くない。

 しかし、張り切るエレンというものが見れるのであれば、本人の意思を尊重させるという見え透いた建前を立ててでも、気になってしまうものだろう。

 

「分かった。じゃあエレン、頼めるかい」

 

 エレンは寄りかかったまま、小さく「ん」とだけ呟く。一つ一つへ丁寧に返信を打ちながら、寝息のような呼吸が耳元をくすぐるのを感じていた。

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