状態異常シャーク   作:すばみずる

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夏コミからひと月以上経ってから更新するやつがいるらしい。


スパークルシャーク

 電子音を掻き鳴らす端末を手に取り、画面を確認する。

 随分と長い間寝ていた気がするが、幸いにも予定通りの時刻。緊張で寝過ごす、なんてことが起こらず少し安心した。仮眠室の薄暗い照明が、端末の光に負けてぼんやりと部屋を染めている。昼夜を感じさせない明かりを見ていると、耳の奥に電話越しの寝息がまだ残っているような錯覚を覚える。

 身なりを整えてからブースを出る。いつもならセンターの食堂に向かうところだが、今日は隣のブースの前に立った。

 壁越しにエレンの気配を感じる、というのは冗談としても、絶対まだ寝てる。根拠は無いが確信していた。早起き出来る殊勝なタイプではないのはよく分かっている。

 軽く息を吐いてからノックをする。控えめな音が響き、暫く待つ。聞き耳を立てるのは、さすがにマナー違反だろうか。

 返事がないのでもう一度。周囲の迷惑になるので抑えなければいけないのが少しもどかしい。

 そういう手順を三度繰り返しても、返事はない。さて、どうするか。ノックの音で起きないなら、外から声を掛けたって無駄だ。こういう時は無理せず、文明の利器に頼るに限る。

 カメラアプリを起動させて、ブースの番号表示と共に自撮りをする。そのままデータをノックノックに貼り付けて送信。文章で送っても寝ぼけた頭で文字列を理解してくれるか分からないので、手っ取り早く画像で視覚に訴えかける。

 これでダメだったら食堂に行って、朝食の写真でも送り付けよう。そう考えていたが、数分と経たず端末が震えた。ノックノックの通知。エレンからだ。

 画面を開くと、メッセージと共に添付された画像が表示される。ベッドに腰掛けたエレンが、肩から少しずれたシャツを片手で押さえ、わずかに肌を露わにした姿でカメラに向かって無表情に写っていた。ほとんど半裸と言ってもいい。

 

『着替え中』『急ぐなら手伝って』

 

 思わず目を逸らして天井を仰ぐ。誰が居るでもないのに画面を隠す。

 深呼吸を一つ。ただの悪ふざけだ。こんなことで動揺なんてしない。

 指の強張りを無視して、「食堂で待ってる」とだけ入力。送信ボタンを押した後は、端末をポケットに隠すようにしまい込んだ。

 

 

 

 食事を終え。遅れてきたエレンの食事を見届けて。食後のコーヒーを飲み終えれば丁度良い時間になっていた。

 開始時間がズレこんだせいもあるのか、VR筐体がずらりと並ぶブースでは、スタッフやボンプ達が機器や書類を抱えて右往左往している。前日の熱気がまだ残る館内は、興奮と疲労が入り混じった空気で満ちている。

 一人のスタッフがこちらに気づき、慌てて駆け寄ってきた。眼鏡をかけた若い女性スタッフの髪は少し乱れている。HIAの制服が少し皺になっているところを見ると、ともすると徹夜明けかも知れない。間接的には自分たちのせいになると思うと少し申し訳ないが、必要以上には良心は働かせない。

 

「本戦出場のアキラ様、エレン様ですね。お待たせしました。お二人のエントリー位置はこちらです。予選のデータを引き継いでおりますので、すぐに開始出来ます。何かご質問はございますか?」

 

 特に問題ないことを告げるとスタッフは軽く頭を下げ、横並びの筐体へと案内する。

 設定の調整しながら、スタッフは説明を続ける。

 

「本戦は予選より難易度が高くなっています。変更内容にご注意ください。万一、体調不良を感じたら、すぐに退出をお伝えください」

 

 隣の筐体に入ったエレンが了解と答えたのが聞こえた。こちらも手を振って応じると、スタッフは最後に「がんばってください」と励ましの言葉を残して去っていく。

 画面に表示されるパラメータを一つずつ確認する。感覚共有率100%、エーテル干渉シミュレーションON、AIアシスタントはFairyの干渉を避けるためにオフ。指差し確認を終え、仮想神経接続のテスト信号が体を走る。

 手順書通りの指差し確認を終えた後、仮想空間へログインしていく。

 

 慣れた感覚と共に視界が切り替わり、瞬きの間に眼前には戦場が広がる。わずかに走る走査線を最後に、荒廃した都市の風景が顕現した。仮想の風が頰を撫で、足元の瓦礫がざくざくと音を立てる。

 予選の時よりも特異的ホロウとしての再現度が高いせいか、息苦しさまで思い出してきてしまう。曜変コアの影響を模した不安定な光が、色の無い世界を不気味に照らしていた。

 こちらの確認が終わるのとほぼ同時に、中空からアバターとしてのエレンの体が現れる。鋏を構え、周囲を警戒しながらこちらを振り返った。

 

「プロキシ、ルートお願い」

 

 促す言葉に頷き、調査端末を操作して結節点の位置を確認する。予選では遠くからでも反応を捉えられたはず、だったが。

 

「待ってくれ、結節点の反応が……弱いな。予選の時より信号が微弱で、遠距離じゃ探知しにくいみたいだ」

 

 画面に表示されるマップを睨む。ぼんやりとしたノイズが散らばっているだけで、明確なポイントが浮かび上がらない。変更内容とはこれのことか。予選は単なるウォーミングアップで、本戦から実戦環境を想定しているといったところだろう。

 試しに感度を調整してみるが好転は見えない。音波探知を試してみたいが広い範囲では無数のノイズが邪魔をするし、アクティブソナーではこちらの位置が他の参加者に把握されてしまうだろう。基本に戻って視覚的な異常を探すか。周囲の配置から出題者の意図を汲み取るのは試験問題を解く程度の状況ならありかもしれないが、本番環境を望まれているなら確証は薄い。近付きさえすれば結節点の探知が出来ると思いたいが、それも希望的観測だ。

 頭の中でシミュレーションを回す。『調査員』の役割を期待しているなら、蓄積したデータからパターン予測を行っていくのは当然だ。調査を行うための予備調査を行わせることを、運営がどこまで想定しているか。予選の地域データは残してある。結節点の出現位置はエーテル濃度の高い箇所に偏る傾向がある。それを基に推測できるか。本格的なキャロットの作成ならデータスタンドが必要。今の手持ちで出来る手は何がある。

 

 ふと、エレンが肩を叩いてくる。柔らかな感触が、仮想空間でもリアルに伝わる。

 

「さっさと行こ。動かなきゃ終わらないし、考え込むくらいなら虱潰しでいいじゃん」

 

 彼女の提案はシンプルで、らしい。じっとしていても好転しないのはその通りだ。

 

「メイド様の言や良し、考えすぎていたよ。東側から回ってみよう。エレン、道中は任せたよ」

 

 彼女は小さく頷き、軽くステップを踏んで前進する。こちらも後を追い、漂白された街路を駆けていく。エレンの尻尾が軽く揺れる後ろ姿を視界の端に追いながら、端末をチェックし続ける。

 遠くから聞こえてくる破砕音や銃撃の響き。他の参加者たちの戦いがすでに始まっている証拠だ。トラブルのない開始位置は恵まれていたか、ほか参加者を狩るタイミングが無いのを惜しむべきか。

 エレンは時折現れるエーテリアスを鋏の一閃で薙ぎ払っていく。泥から湧き出るような姿を見た途端に鋏が一閃、金属の軋む音と共に胴体を両断。データ断裂の光が散って、それで終わる。呆気ないものだが、これは彼女が強すぎるせいだろうか。

 

「難易度が上がっているって話だったけど、エーテリアスの切りごたえはどうだい?」

「ちょっと硬いかも。まぁ、あんまり変わんないよ」

「ティルウィングならそんなものか。もしタナトスとかの大物が出てきたら様子を見ようか。ハティならエレンとは相性が良いけど油断は禁物だ」

「一気に名前で言われても分かんないって。あいつら名札が付いてるわけじゃないんだし」

 

 メイドならゲストの名前の暗記は基本です、と背筋を正した保護者が説教してきそうだ。

 

「一度覚えておくと応用が利くから楽だよ。学校でもそうだな、ホロウ実習があるんだし、筆記でもテストか何かあるんじゃないか?」

「ホロウ関係の単位は実習の評価で取れてるからへーき。ボスがバイト中にホロウ入る時は全部実習扱いでハンコくれるし」

 

 これもヴィクトリア家政の福利厚生の一部だろうか。あるいは全員が無自覚のまま彼女が甘やかされているだけか。意外と天然が多い集団だから判断しにくい。

 エレンの学業に一抹の不安を覚えながらも新たな区画に入った瞬間、端末に表示されていた信号に小さなピークが表示された。ここだ。結節点の反応が、ようやく明確に捉えられた。

 だが喜びが湧き上がる間もなく、エレンの鋏が激しい金属音を立てて何かを弾いた。

 

「下がって!」

 

 怒鳴り声。弾く勢いそのまま、エレンの体が後退して距離を取った。その背を追い縋るように後ろに下がり、襲撃者の姿を視界に入れる。

 二刀を構えた、銀髪の少女──アンビーだ。手にする二振り一組の得物は、邪兎屋としてのものではない。身に包むはシルバー小隊時代の戦闘服。銀の意匠が光るあれは、少なからず本気の証拠だ。警戒レベルを最大に引き上げる。

 エレンも相手を認識したようで、鋏を構え直す。

 

「あんた、アンビーだっけ」

 

 アンビーは二刀を軽く回し、こちらを見つめてくる。感情が読めない、というほどではないが、テンションの上下が測りにくいせいで雰囲気をなかなか掴めない。敵対時ともなればなおさらだ。

 

「プロキシ先生と、エレン。参加しているのは聞いていたけど、ここで当たるのね。てっきりクライマックスシーンで高台から登場すると思っていた」

「それだとすっかり黒幕の仕草じゃないか。僕の趣味じゃないよ」

「そう? 陰ながら治安局とホロウレイダーを同時に指揮する姿は、顔を真っ黒に染めてマントを羽織る姿がよく似合うと思う」

 

 何故か悪役を求められている。もしかして、依頼でニコと朱鳶さんをよく組ませている事を非難しているのだろうか。しょうがないだろう、人品や職業的な食い違いはともかくエージェントとしての相性がいいのだから。

 端末をちらりと見るが、結節点の詳細な位置は特定しきれていない。ここからどう動くにしても、せめて方角が分かる程度までは時間を稼ぐ必要がある。

 

「けど、その装備で参加しているなんて気合いが入ってるね。ニコめ、結構本気じゃないか」

「本気なのはそうだけど、ニコとは別チームよ」

「へぇ。意外だな」

 

 言葉以上に、驚いている。確かに、チームを分担すれば賞金を多く取る確率は上がる。だが邪兎屋で調査員としての技術がある者はそう多くないはず。ビリーも猫又もそういう性質ではないだろう。

 

「あなたに断られた時はどうしようかと思った。けど代わりに腕の立つ人が見つかったから、急遽分かれて参加したの。装備は、これで戦うことが条件だったから、従っているだけ」

「シルバー小隊時代の装備が条件? それは……大丈夫な相手かい?」

 

 思わず問い掛けてしまうと、アンビーは首を傾げ、エレンがこちらを少し睨む。確かに別チームの心配をしている場合ではなかったが、彼女の事情を知ってしまった後では案じたくもなる。

 

「心配いらないわ。プロキシ先生も知っている人からの紹介で、信用できる。気にしてくれてありがとう」

「どういたしまして」

 

 綻ばせるような微笑みを出来ているのであれば、きっと大丈夫だろう。

 

「やらかさないよう武装は全部解除させたから、勝手は出来ないし」

「あっはい」

 

 懸念する時点で本当に大丈夫な相手だろうか。

 ともあれ、僕も知っている者、それの紹介。いくらか察せられるものがあるが、今は気にしている暇は無い。

 

「ところで、プロキシ先生。調()()()は済んだ?」

 

 アンビーの表情が一変し、穏やかな笑みが消える。瞳に鋭い光が宿り、二刀を構え直した。アンビーの瞳がわずかに細くなり、銀髪がエーテルの燐光を反射してきらめく。

 

「そこへ向かわせるつもりはあまり無いから、行きたいなら覚悟してちょうだい」

「そういう時は『絶対に通さない』じゃないのかい」

「断言するキャラは負けるという法則に対処しているの」

 

 兵士としてのシルエットが低く沈む。それが戦闘の合図と知っていても、身体はそこに追いつかない。二刀の刃が光を反射したことだけ辛うじて見えた気がする。

 斬撃の軌跡が空を斬る。つい一瞬前まで、僕らが立っていた場所でだ。エレンが抱えて庇ってくれていなければ、共々刻まれていたことだろう。

 稲光を帯びた銀の軌跡は留まる事を知らない。二刀が交差するたび、風圧が周囲の空気を巻き上げ、視界をわずかに揺らす。一合でも受け損なえばたちまち雷に打たれるだろうそれらを、エレンはそれを冷静に凌いでいる。巨大な剪定鋏を盾のように構え、時には刃の回転で斬撃を弾き返す。

 金属の衝突音が連続し、火花が散る。エレンの尻尾がぴんと張ったかと思えば、アンビーの二刀が下段から薙ぎ払うのを軽くジャンプして避け、返す刃で反撃を試みる。アンビーもそれを二刀で受け止め、互いの視線が火花を散らすように交錯する。

 二人の雄姿にはかなり興味を惹かれる。だが、残念ながら今の目的ではない。

 

「エレン」

「倒していいんでしょ」

「足止めで十分だよ」

 

 僅かな言葉を交わし、エレンの腕から滑り落ちるようにして駆け出す。

 それを見越していたアンビーが二刀を投げ付けてくるのが見えた。だがエレンが即座に割り込み、先に放った剪定鋏の回転でアンビーの刃を絡め取る。アンビーが刀を回収するより早く、エレンがしならせた尾を叩きつけてアンビーを突き飛ばした。

 

「サメ映画からは噛まれる怖さしか教わっていなかった。尻尾も強いのね」

「タコの触手付けて暴れまわる奴もいるって知ってた?」

「それは多分、知らなくていいことだと思う」

 

 おおむね同感。

 二人の間で測られる拍子、その一瞬の隙を突いて端末が示す先、結節点への方向へ走る。散らばる瓦礫の影を縫うように潜り抜け、隙間へ飛び込んで壁の向こうへ滑り込んだ。背後から再び聞こえ始めた金属音は、背中を押すように重く響いた。

 




新刊「状態異常シャーク C2」
フィーバーシャーク~エキセントリックシャーク(非健全)まで収録
https://subamizuru.booth.pm/items/7307828
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