「で、まともな会話が無いままなんだけど、どうすればいいかな?」
『とりあえず女性関係を妹へ質問するのは間違ってるんじゃない?』
電話越しのリンの声はため息混じりだ。端末の画面に映る彼女の表情はいつも以上に呆れた感じで、ビデオ屋のカウンター裏、僕らの仕事部屋で肘を突いているのが見える。背景には運ばれていくビデオケースちらりと映り、ボンプたちがせっせと整理をしている気配がする。
本戦が終わり、決勝戦に向けての待機中。センターの壁際に寄りかかり、一人でリンへ連絡をしていた。
「そうは言ってもリン。君の方がエレンと同性で年も僕よりかは近いんだから、相談するには最適だと思うんだ」
『あ、これガチで言ってるやつだ。うーん電話越しにガラス瓶で頭を殴る手段が欲しい』
くそぼけがー、という鳴き声じみた唸りを漏らしつつ素振りをする妹。そんなに常識外れの行動だろうか。唯一の肉親同士なんだから助け合ってもいいじゃないか。
『お兄ちゃん。もし私がアンドーさんと仲良くなるためにどうしたらいいかなーって質問したらどう思う?』
「ホロウ関係者の中では身元がしっかりしている良い人だと思うけど、リンがアンドーさんの興味をパイルバンカーに勝てるほど引けるかは疑問があるね」
『ははは〜もう〜お兄ちゃんったら〜、ノータイムで高難易度へのチケットを切っちゃうんだから』
同程度の難易度を挙げるなら僕がグレースさんを引っ掛けようとする辺りだろうか。なおイアスは禁止カードとする。
『ま、エレンのためでもあるから仕方ないか。そういえば、近くにエレンはいないの?』
「ああ、ライカンさんに定期連絡してるよ」
『そっか。ええっと、お兄ちゃんが自爆しようとしたって聞いたらエレンが怒ったんだっけ?』
「そうなるのかな。大会中の様子はログ代わりに録画していたんだけど、いま共有する」
端末を操作して録画データのリンクを送る。圧縮して画質は落ちているが、ボンプとの遭遇やエレンの反応などVR空間内の出来事が簡易的に再生されるはずだ。
『あー、へー、なるほどね』
「パエトーン先生のご意見はどうかな?」
『仕方ないなぁパエトーンくんは。じゃなくて。えーっと、お兄ちゃんはまずどう思ってるの? というか、何で機嫌悪くなったか分かる?』
「そりゃあやっぱり、危ないことをするなっていうことじゃないか?」
『それもあると思う。ボンプならまだしも、自爆なんて生身でやる事じゃないからね』
本来はミニボンプに運ばせるなり遠隔で爆破するなりの手段が必要な代物だ。相棒が手元でそれを起動させる気だったと知れば、無茶するなと機嫌の一つも悪くなるかもしれない。
『だけど、お兄ちゃんの中で収支に見合う程度の計算は出来てたんでしょ?』
「ああ。もし爆風の影響でその後の調査に支障をきたしても、調査員を倒してポイントが得られてアンビーという強力な相手を落とせるのは大きい。結局あの後も、終了時刻までアンビーは誰にも負けてなかったからね」
『あれ、そうなると決勝もアンビーに当たるとか?』
「いや。どうやらアンビーの相棒をしていた調査員が、VR機器を出た後で尻尾に引っ張られていったらしい」
『え? 尻尾を?』
「尻尾に、だ。急な任務がどうこう言われていたらしいけど、詳しくは分からない。で、メンバー不足で棄権したアンビーは、ハンバーガーのフードスタンドに走っていったよ」
ボクは悪いボンプじゃないよ〜と文句を垂れている少女が尻尾に引っ張られていった、というインパクトある噂話は聞けたけども、そのインパクトある情報のせいでどんな姿の誰が引っ張られていったのかは分からないままだ。また会う日もあるだろうか。
『そっちはまぁいいや。お兄ちゃんが諸々承知した上でやろうとしてたなら、エレンもそれに怒ったりはしないよ』
「それは、正直助かる予想ではあるけど。ずいぶんあっさりと断言するんだな」
『だってそれが効率いいって分かるんなら、エレンが反対するわけないじゃん。ダウナー系ローテンションめんどくさがりサメ娘のあの子は、変な理屈より最短距離を優先させるでしょ』
リンの言葉にはなんとなく頷ける。エレンは確かに効率優先だ。ホロウ内で眠りこけたり、仕事中にそれとなく堂々とサボったりするけど、戦闘では無駄がない。そういう性分なら、痛覚があろうがなかろうが最高効率に文句は付けるはずがない。
「そうだとすると、なおさら不機嫌になる理由が分からないな。ホロウより複雑怪奇な答えを導く心の迷宮をどう分析するんだい?」
『うん。だからエレンが不機嫌になったのは、気持ちとかそういうものじゃないの。言葉を額面通りに受け取っていいんだよ』
「邪魔者を片付けるのはあたしの仕事だから、余計なことしないで……仕事を邪魔するなってことだけ読み取ればいいと?」
『そういうこと。ヴィクトリア家政でブイブイ言わせてるエレンからしてみれば、荒事シロートのお兄ちゃんが勝手やって下手打たれるのは嫌に決まってるじゃん』
「それは……そうなんだけどね」
確かに、僕は戦闘のプロじゃない。プロキシとして後方支援が本分だ。そんな奴が一丁前に自爆だどうだとやろうとしたのがエレンがプライドを傷つけられたと感じたというのは、分からないでも無い気がする。
『それとも? お兄ちゃんも男の子として、女の子の後ろでバトルの解説をするのにそろそろ耐えられなくなってきたとか?』
「心外だな。僕はいつだって不満に思っているよ」
『その気持ちは分かるけどね。私たちが無理に前に出ても良いことなんてないんだから。しっかりエレンを頼ってあげなよ』
互いに能力を持ち合う同士、領分を弁えよう。そういうところに落ち着くしかないか。ひとまず理解と納得のいく結論は出てきてくれた。
「そうだ。ビデオ屋の営業は大丈夫かい? 長電話していてすまない」
『へーきへーき。今朝からお手伝いさんに来てくれてるから。ちょろっとサボり気味なのが玉に瑕だけど』
「それ、手伝いって言えるのかい?」
ヘルプとして呼ぶには珍しい特徴だ。いま呼べそうな知り合いにそんな人居ただろうか?
『ところで、お兄ちゃん? そっちの会場で、雅さんって見かけた?』
「え? いや……柳さんは見てるけど、他の六課は見てないかな」
『うん、うん。そうだよね〜』
「言伝があるなら……っていう雰囲気じゃなさそうだ。何か企んでいるのか?」
『べっつにー? ま、お兄ちゃんもがんばってね!』
露骨に暗躍を感じさせる笑顔を最後に、リンは通信を切った。我が妹のことだ、追求したところで口を割ることは無いだろうし、今は気にしないのが吉か。
「そっちも電話、終わった?」
いきなり耳元に声を掛けられ、思わず肩が跳ね上がった。端末を取り落としそうになるのを慌てて掴み直す。首をなんとか真横に回すと、いつの間にか連絡を終わらせていたエレンがいつもの無表情で立っていた。両の手には紙コップを持ち、インスタントコーヒーの匂いを漂わせている。
「また変な顔してる。いい加減慣れなよ」
「慣れとかそういうのじゃないんだ、こういうのは」
差し出される紙コップを受け取りつつ、ぼやくように言い返す。エレンの方は、何か後を引いているようには見えない。少し時間をおいたせいか平常通りに戻った気がする。良くも悪くもプロ根性というべきか、仕事柄マインドセットは慣れているのだろう。硬くした尾を隠すように壁へ隠していたとしても。
このままでも、きっと問題はない。彼女は十全に活躍してくれる。そう確信できる予感はあるし、そういう実績をこの子は積んできている。それでも。
「えーと、エレン」
「何?」
邪魔をするな、と言われたのだから、全部任せるとでも言えばいいのだろうか。しかしそれだと当て付けのようにも感じられる。余計な真似をしようとしてごめん、は、露骨にご機嫌を取ろうとしているようで好きじゃない。かといって、なあなあで済ませてしまうのは気分が良くない。今後もプロキシとエージェント、相棒として共に活動していきたいのだから、しっかりと信頼を示しつつ、かつエレンの領分を侵さないことを改めて伝えてたい。
「次も頼りにしてる。よろしく頼むよ」
言葉を選び、回り回ってようやく口から出てきたのは、そんな当たり障りのない言葉だった。
こちらを見つめたまま、手に持った紙コップを傾けるエレン。喉を鳴らして量産品の香りを黙々と喉に流し込み終わり、また数秒。
「他には?」
「エレンなら誰にだって勝てる。僕はそう信じてる」
「あとは?」
「もう何も怖くない。この戦い、僕たちの勝利だ」
「ワンモア」
「……残りは、終わってから言わせてもらうよ」
乏しい語彙に呆れたのか、ふん、とエレンは鼻を鳴らす。不満げな態度だが、不思議と刺々しくは感じない。その代わり、張り詰めっぱなしだった尻尾が、ようやく緩く波打つようにうねり始めた。
激励を込めてサメの尾を叩きつつセンターの人混みを眺めていると、その隙間から見覚えのある黒い耳先が見えた。
三角の先を柔らかく揺らしているそれは右へ左へとくねった後、こちらを正面に捉えてビクリと震える。
そのまま水面のヒレよろしく、ある種の威圧感を放ちつつ人の隙間を縫って近付く狐耳。浅葱色の羽織と共に、そのプレッシャーは姿を現した。
「アキラ。ここにいたか」
「雅さん? どうかしたかい?」
「会場に居ると聞いていたが、なかなか顔を見なかったからな。『お前の気配を感じ取る修行』がいま終わったところだ」
どこまで本気か冗談か分からない言葉だが、彼女の事だから誇張でなさそうだ。
ちらりとエレンの方を見ると、空いた紙コップの端を口に挟んでピコピコ動かして暇を謳歌している。新エリー都で人気の対ホロウ行動部と生で対面しても、それほど興味は惹かれないらしい。前は写真を見ていただけで問い詰められたはずだけど、ファンという訳ではないのか。
「そちらは確か、ヴィクトリア家政の者だったな。父上が世話になっている」
「エレンは今回、僕と共に出場してくれているんだ。お手柔らかに頼むよ」
数十分後には激突する事になるだろう二人だが、特に気負う様子はなく互いに目礼を交わしている。同じ氷属性同士、相性がいいかもしれない。
「雅さんたちは今朝ラマニアンホロウから戻ってきたんだろう。疲れや怪我は大丈夫かい?」
「問題ない。その程度ならいつもの事だ。椅子に座り続ける必要が無い分、調子もいい」
「それなら良かった。決勝で六課の三人がいるのは気が重いけど、その分挑戦のやり甲斐がある」
「いいや、違う。私一人だ」
あっさりと、雅さんは言った。それはつまり、他の二人が後塵を拝することになるほどの相手がいるということになる。単純な戦闘能力だけが肝ではないとはいえ、彼らを上回る者がいるとは思わなかった。
「柳さんと悠真が遅れを取るなんて思わなかったな。雅さんも要警戒の相手だね」
「ん? いや……ああ、そうか。言葉が足りていなかった」
少し首を傾げた雅さんは、何やら頷いてから言葉を続ける。
「柳とガリバー隊員のペアは私が倒した」
「ああー……別ブロックじゃなかったのか。それはお気の毒に」
「そうでもない。柳ほどの実力者と早く当たることが出来たのは僥倖だった」
雅さんにとってはそうだろう。相手をする全員は僥倖とは真逆の感情だったろうが。
「そして悠真は本来予定していた調査員が間に合ったので、交代してもらった。今はバックアップに専念してもらっている」
「バックアップ? 参加者は実働する二人だけのはずだけど」
「ああ。だから、交代した調査員が専念出来るように、店の手伝いに入ってもらった」
「……店って、まさか」
先ほど、意味深にニヤついていた小悪魔の顔が脳裏にチラつく。
カツン、と。エレンの口から離れた紙コップが床を鳴らす。横で聞いているだけだった彼女も、どういう意味なのか気付いたらしい。
「リンには秘密にしているよう言われていたが、私もこれをやり甲斐のある修行にしたいと思っている。なので、伝えよう」
その内容はひどく好戦的なのに、どういうわけなのか昂りを感じ取れなかった。ひょっとすると常在戦場というものはこういう事なのかもしれない。常に、どこであろうと、誰に対しても、刃を向ける事に乱れを生じさせない。上振れも下振れもなく、それこそ『修行』として課されたものを成し遂げるように。
「アキラ、エレン。決勝の舞台で、私たちと──『虚狩り』と『パエトーン』と果たし合おう」