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VR空間は気楽でいい。
何をどれだけぶっ放そうがロハなのだから、出し惜しみって概念をそもそも捨てて挑める。スライディングしながら全方向に弾丸を撒くように吐き出したって、一発一発がディニーの財布から消えていくわけじゃない。それだけで、現実のホロウよりよほど気楽な戦いと言える。
ホロウ調査協会主催のこの大会は、そういう贅沢な遊び場だ。現実のホロウなら無駄撃ち一つで時間を削り、時間を削れば侵食のリスクが積もる。帰還して修理屋にメンテを頼んだらあわや高額請求、そういう冷や汗ものの連鎖をここでは気にする必要がない。
とはいえ頑張れば賞金が手に入るし、質入れしたまま手元に帰ってきてないスターライトナイトのコレクションを奪還できるとなれば、そりゃ気合も乗るってもんだ。
そんな軽い気持ちで撃ちまくっていたら、気づけば最後の最後。
決勝戦のフィールドは、白亜の廃墟が浮島のように連なる奇妙な空域だった。橋の代わりに瓦礫が渡され、それを進めど進めど建物の群れに果てが見えない。足元は崩れ落ちては隆起を繰り返し、空は怪しい光でねじれている。まともな景観じゃないが、これもあと十数分で見納めだと思うと僅かに名残惜しい。
ルール上は4チームのバトロワになるはずが、アンビー組がドタキャンして棄権。残ったのは俺たち邪兎屋、アキラ店長のとこ、そして“虚ろ狩り”星見雅の組の3勢力。
乱戦必至、そんな雰囲気の中で──
「まだ仕掛けないのか? こんなのウチらしくないぜ、ニコの親分」
俺たちは今、積み木のように雑に積まれた白い建造物の屋上で息を潜めている。眼下は刈り揃えたような白い荒野が広がり、遠方ではエーテリアスが蠢く低音が響く。時折、崩落音が虚構の空気を震わせ、その度に体のどこかで警報が鳴るような気がした。
運よく見つけておいた結節点での情報は一つ回収済み。このままイケイケで突っ込んでいきたいところなのだが、動く気配を欠片も見せない上司には、さっきから違和感しかない。
俺の“娘たち”──愛用の二丁拳銃は撃ち飽きるまで回せる準備万端だというのに、親分は双眼鏡を構えた姿勢のまま微動だにしない。時折、肩がわずかに震えるのが見え、隠しきれない苛立ちを感じさせた。
「なに言ってんのよビリー。ウチのやり方なんて決まりきったもの、元からないでしょう」
邪兎屋のボス、ニコ・デマラ。いつもの余裕に満ちた悪だくみの表情は霧散して、今は不機嫌だけをその顔に浮かべている。
「俺が切り込み怯ませたとこに親分がズキュン、総崩れになったとこへ追加でバキュン! こういう思い切りの良さが邪兎屋らしさだろ?」
俺は軽くリロードのジェスチャーを交えて手振りで説明する。残弾は余りまくり。まだまだ遊べる。
「そんな押し込み強盗らしさなんてあたしのイメージとは合わないっての。大体、エージェントの“決まったやり方”なんて汚名みたいなものよ。手口がバレてるってことなんだから」
「言われてみりゃそうか。じゃあ今こうして、あの狐耳を眺めてるのはどういう事なんだよ、社長」
ビルのへりから差し出したガラス片が、彼女の姿を反射させる。
黒髪ロングの狐のシリオン──星見雅。
対ホロウ六課のやばいやつ。ニコの親分とは個人的な縁がある以上に、六課とはちょっと前には全面抗争じみたやり合いになりかけた間柄だ。浅葱色の着物風の上衣を翻し、建物を飛ぶように軽々と跳ねて移動している姿は大人しいものだが、華々しい戦果とのギャップがひどい。
今回の大会でも予選から本戦まで、敵を氷結させ粉砕し、あるいは一太刀で切り伏せてきた光景は何度も目撃してきた。相棒のボンプも妙にキレが良いのが厄介だ。そう言えばあの色のスカーフ、どこかで見覚えがある気がする。
「まさか、怖気づいたなんて言わねえよな?」
軽く茶化したつもりの言葉に、親分はぴたりと動きを止めた。
「……そーよ、勝てる気がしないわ」
「オイオイオイオイニコの親分。ナアナアナアナア」
俺のボディを大げさにガクガク揺らしてやると、親分は眉を吊り上げて睨んでくる。けれど、その焦りは隠しようもない。
「うっさいわね、やる前からこれじゃダメなのは分かってるわよ」
「だったら早く切り替えていこうぜ。時間制限だってあるんだし、動かなきゃサビちまうぜ」
残り時間は10分に迫っていた。最年少の虚狩り殿はというと、運悪く密集してポップした結節点三か所を巡回しており、こちらに取らせまいと動いている。こちらが忍び寄ろうとしたところで、調査が終わる前に強襲されることだろう。
エーテリアスを狩ってポイントを稼ぐ手段もなくはないが、エーテリアスとの戦闘中に背後から刺される危険もある。かといって、生存点だけでは勝つ見込みは薄い。
「言いたいことは分かるわ。このまま何もしないで結果を待つなんて論外。だから動くこと自体には賛成よ」
ニコの親分は双眼鏡をしまい、すっと立ち上がる。
さっきまでの弱気は今や微塵もない。彼女の瞳には“金になる算段”を思いついたとき特有の光が灯っていた。どんな状況でも撤退はしない──ただ、勝ち筋を調整しているだけの目だ。
「安心しなさい、勝ち筋はあるのよ」
「ほうほう、その算段ってのは?」
「あたしらが勝てないなら、他の奴に倒してもらうのよ」
危うく手にしていたガラス片を頭に落とすところだった。
「他の奴って、アキラ店長の組しかいないじゃんかよ」
決勝の残り組は俺たち、星見雅、そして我らがプロキシ“パエトーン”の片割れアキラと、ヴィクトリア家政のメイドことエレン。
つまり──
「つまりあの店長を巻き込んで、雅を倒せって唆すのか?」
「アキラは前線に立つ訳ないでしょ。もやしだし」
「おお、そうか。えーっと、それじゃあ、あのメイドの腕を信じろって?」
「そうなるわね」
「店長に協力について話は通してるのか?」
「なんにも」
頭痛がしてきた。(そんな感情表現プロトコル積んでたっけ?)
あの化け物じみた狐耳相手に前衛を頼むつもりなのか。ニコの親分は平然と通信チャンネルを開こうとしている。
「ウチの勝機はあのメイドにあるわ。あれにどれだけ前衛を押し付けられるかが鍵ね」
押し付けるって言っちゃったよ。俺は仮想空間の天を仰ぐ。エーテルの渦が目に痛い。
「なによ、ビリー。なんか不満があるっての」
「不満っつーか。あー、アキラ店長はそりゃ、俺らの知り合いだけどさ。だからって自分のチームが割り食う話を呑むかぁ?」
Random Playでいつも気さくに対応してくれる店長だって、せっかく勝ち上がってきた決勝で「虚狩りをちょっと倒してくれません?」なんて言われたら普通は渋る。
「分かってないわねビリー。この提案は、あいつらだって待ち望んでるはずなのよ」
疑問符を浮かべる俺に、ニコの親分は悪どい笑みを浮かべる。
「いくらあのメイドがお高いヴィクトリア家政のエージェントったって、あのお武家ギツネを一人で相手するのは荷が重いわ」
「ふむ」
「それでもアキラが優勝を諦めてないのなら、勝率を上げるために何だってするはず」
「まぁ、そうだな?」
「そこであいつなら第三者──つまり私たちをどう利用するか考えるわよ。今も、私たちが雅とぶつかって削れてくれないかと待ってる最中でしょうね」
「店長がそんな後ろ向きなマネ考えるかぁ?」
「あいつはああ見えて強かで陰湿よ。昔の依頼料やレンタル代を事あるごとに蒸し返してくるくらいにはね」
それ百パー俺らのせいだろ。いい加減“ご新規様限定クーポン”の使いまわしはやめようぜ。会員カードのチャージ額がマイナスいってるのなんて俺らぐらいだってボヤかれてるし。
……いや、反省は後でいいか。
「ともかく。あいつが二虎競食を狙っていても、私たちの協力するって提案の方が実利は上回るわ。アキラとエレン、どっちも知らない仲じゃないし、二組が連携して雅に当たれば勝率は悪くないはず。こちらの戦力は喉から手が出るほど欲しいに決まってるわ」
「よくまぁそこまで俺らを高く評価するなぁ」
「当然じゃない。正当な市場価値よ」
思考回路に“需要と供給”というワードが浮かんだが、多分口に出さない方が身のためだ。
俺の不安をよそに、ついに親分は通信を繋いだ。
「ハーイ、アキラ。いい儲け話があるんだけど、聞く?」
露骨に怪しい出だしの交渉は、数十秒も経たずに合流は決定した。時間のないのは店長も同じだ。即決で決めたのだろう。
数分後、集合場所に定めた建物の1フロアに、店長をおぶったメイドが息切れもせず到着した。速やかにメイドの背から降りたアキラ店長が、いつもの柔和な顔で挨拶抜きに話を進める。
「打ち合わせは一分で済ませよう。データの共有いいかい?」
「ええ。五分で狐狩りを終えたら、貢献度に応じて取り分を調整しましょう」
「ずいぶんシビアなタイムスケジュールだぜ、それ」
「二週に一度やっている式輿の塔の防衛任務だって、五分掛かると遅いくらいだ。こんなものだよ」
段取りのプロであるプロキシに言われてしまうと納得しかない。どう転がったのか分からないが、防衛軍基地に正規な立場にいる店長も軍隊式の厳密な動き方に慣れてしまったのだろうか。今は呑気にハンバーガーを貪っているだろう同僚の顔がなんとなく思い浮かぶ。
「エレンは出来るだけビリーの射線に重ならないように。雅さんは後ろにも目がついてるから、安易な挟撃は誤射のリスクしか生まない」
「さらっと意味分かんない事実を混入させないで欲しいわ」
親分は溜息を吐くが、弱音を吐きたいのはこっちだ。銃撃と同程度の射程を持つ斬撃とかまぁまぁ意味が分からない。通常弾頭を弾く奴が跋扈するホロウ関係者は本当に魔境だ。
「っと、マップデータの共有は終わり。後は……どちらが落ちても勝ち筋が残るように、得点源になる探査記録も渡しておくよ」
「あら、気前がいいのね。渋られるかと思ったわ」
「やると決めたら徹底的に、だからね。そちらも頼むよ」
「分かってるわよ」
「あん? なんでそこまで渡してくれるんだ、店長」
手早く端末を操作している店長が、顔を上げないまま答えてくれる。
「この共闘の最大の目的はなんだい、ビリー?」
「そりゃ、星見雅を倒すことだろ?」
「それは過程だ。雅さんを倒す過程を経て僕たちが得たい目的は、優勝賞金だろう」
猛烈な勢いで頷く親分は節操が必要だ。金は誰だって欲しいけど。
「雅さんに勝ったとしたも、賞金を取れなければ意味が無い。たとえば共闘の最中、僕らのどちらかが落ちた後に雅さんを打ち破ったとしても、既に結節点三か所のデータを確保しているアドバンテージのせいで雅さんが勝つという可能性もありえる」
「ああ、倒した後にあいつが巡回してた場所からデータを取るまで時間が残ってるとは限らないか」
「そういうことだ」
店長と親分、それぞれの端末にデータ転送の完了を示す音が鳴る。
すると、今の今まで影に徹するように黙り込んでいたエレンが軽く伸びをしてから、店長の傍に立った。
「じゃ、もういい?」
「ああ、頼むよ」
メイドと店長のなんてことのない会話。その奥に小さなピリつきが混じるのを感じ、俺は思わず愛銃をそっと撫でた。
ガチン。
激鉄の音じゃない。眼前に迫った剪定鋏の鋒と、ほとんど条件反射の速度で抜き放った銃がぶつかり合った音。
裏切りの音、とも言える。
剪定鋏の刃が火花を散らし、俺の銃身を弾いた衝撃が腕に残る。エレンの細い影が、まるで廃墟の空気を裂くみたいに滑り込んできた。
「……とぉ! やってくれんじゃんか店長よぉ!」
反射的に距離を取り、跳ね退くように背後の瓦礫へ転がる。
あのメイドとのインファイトは自殺行為だ。だから距離を作って撃ちまくる。それがいつもの“俺らしい”戦い方──のはずだった。
「引き撃ちするのは慣れたもんだ──と、おろ?」
けど、違った。エレンは俺に向かってこない。追ってこないどころか、ちらりとも見てきてない。
まるで俺を最初から狙いを定めていたみたいに、そっぽを向いて走り出していた。──ニコの親分へ向かって。
黒いドレスようなメイド服を翻し、白い廃屋を縫うみたいに滑る。
「っは、マジかよ!? 俺よりニコの親分が優先かよ!?」
驚きはあるが、侮られた怒りは無い。ただ銃口をエレンへ向けていた。
「ちょ、ビリーッ!!」
だがそこに、ニコの親分の悲鳴じみた声が飛んでくる。
「あたしが落ちたら一発でアウトよ!! 調査員なんだからッ!!」
「…………は?」
思考停止。
次の瞬間、慌ててメモリ領域をひっくり返した。
──あ。そういえば……そんな、ルール……あったわ。
「やっべぇぇぇぇぇぇッ!!」
VR空間だってのに、内部ユニットに冷却液が漏れた時みたいなキーンとした痛みが走る。
「親分、そっち行くッ!! 盾になる!!」
「じゃなくて、アキラを狙いなさい! 早く」
親分に言われハッと気付く。そうだ、こっちも調査員を狙ってやればいいじゃねえか。
だが店長の姿は既にない。裏切るつもりだったのなら当然か、弱点を晒しておくはずかない。
周囲を見やり、諦め、再度牽制に弾を放ちつつ走り出す頃。時間は当然に浪費され、エレンはもうニコの親分のすぐそばにいた。
黒い影が振りかぶるより早く、ニコの親分は旅行鞄型ガンケースを構えた。
「それなら、あたしが──!」
鞄のロックが開き、銃身が晒される。親分の放つ強装弾は濃縮エーテル物質の込められた特注製。着弾すれば力場を発生させて周囲を吸引するそれなら、身を隠した店長も巻き込めるかもしれない。
それでも。店長が逃げた先を狙うその動作より早く──黒いメイドの腕が、白い残光を引いて伸びた。
鋏の柄が、銃口を横から弾き飛ばす。親分の鞄が、虚しく宙に跳ねた。
「……あ」
親分が小さく声を漏らした瞬間、エレンの影がすぐ横に回り込み、剪定鋏の裏側で胴を払うように軽く薙ぐ。
血飛沫は上がらず、ただ仮想空間特有のエフェクトが弾けた。
「っそ、間に合わなかったぁぁぁぁ!!」
俺はただ、駆け寄りながらその光を掴むこともできずに、ログアウトされながらも両手を宙へ伸ばして叫ぶしかなかった。
◆
廃墟に響くビリーの声に、邪兎屋の敗北を確信する。一足先に隠れてから様子は分からなかったが、エレンはうまくやってくれたらしい。
『あんたら……やってくれんじゃないの』
だが、社長を務めるものとなると生き意地汚くなるものなのか。おそらくエレンにずんばらりされた後だろうに、こちらに通信を繋いでくる気力はあったらしい。ニコの恨めしげな声が通信されてくる。ログアウトのカウントダウンが始まっているはずなのに、彼女らしい執念だ。Random Playのカウンターで、延滞料金を交渉する時のあの粘り強さを思い出す。
僕は端末を操作し、彼女のチャンネルに素早く応答する。
「悪いね、ニコ、ビリー。埋め合わせは優勝賞金でさせてもらうよ」
『勝つつもりだったら素直に共闘してれば、まだ楽でしょうに』
「僕もそう思わなくもないけど」
思わず本音を漏らす。実際、ニコの提案は魅力的だった。邪兎屋との連携は慣れたものだし、ビリーの機動性とニコの支援を借りれば、雅さんを崩す隙は見出だせたかもしれない。
『結構長くつるんでると思ったのに、騙し討ちだなんて。さっすが天下の『伝説』様だわ。クレバーだこと』
「あー、いや。了承したのは確かだけど、騙し討ちの提案をしたのは違くってね」
『は……?』
近寄ってくる足音へと目をやる。エレンが、剪定鋏を肩に担いだまま、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。彼女の顔はいつも通り、無表情に近い。だが、尾の先がわずかに揺れているのが分かる。満足げに。
「僕らだけで星見雅たちに勝つ。依頼人はそれがご希望でね」
プロキシとして望まれた仕事をする。エレンがそう望んだなら、叶えなければならない。
エレンの視線がこちらと交錯する。その瞳にわずかな期待の光が宿ったように見えたのは、光栄と思うべきだろう。
「それに。兄としては妹に勝てなきゃいけないからね」
『ああ……やっぱアレ、イアスだったんだ。あんたって、ほんと』
ニコの言葉はそこで途切れ、通信が切れる。静寂が訪れる中、端末を仕舞い込みながら息を深く吸う。残り時間は多くない。