状態異常シャーク   作:すばみずる

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一方その頃リンライでは。
ライカンさんの誕生日だったので。


フロストウルフ

 ◇

 

 

 シャワー室から出たリンを迎えたのは、渋面のライカンだった。

 すぐに彼の心情を察し、リンは先んじて頭を下げる。

 

「ごめんね、ライカンさん。お兄ちゃんのせいで余計な手間を増やしちゃって」

「どうか頭をお上げ下さい。私の方こそ、必要な時にお役に立てず申し訳ございません。どのようなお叱りを受けようと覚悟の上でございます」

「いやいやいや、辿っていけば結局根っこはお兄ちゃんにあるんだから、全部そっちが悪いよ。ライカンさんがいてくれて大助かり! ヴィクトリア家政最高! っていうのが私の星5レビューだよ」

 

 プロキシ「パエトーン」の片割れ。ビデオ屋のもう一人の店長。慇懃無礼な電子の妖精からは助手2号という微妙な呼び名をもらっているリン。自身の評価に漏れなく付随することになる兄のアキラと不仲という訳では無い。むしろその距離感は、周囲の人間にあらぬ想像をしかねないほどだった。

 しかし、今ばかりは事情が違う。自分がシャワーを浴びている最中、上半身裸の兄が脱衣所にいるところを見つけてしまえば文句とシャンプーボトルとタワシと洗面器が飛んでいくのもむべなるかな。

 

「お兄様もいつもとは勝手が異なるせいで、混乱もあったことでしょう。お怒りはもっともですが……」

「うん。どうせ二人きりでエレンといるのが気まずくなって碌に話を聞いてなかっただけだと思うし、そんなに怒ってないよ」

 

 難しい顔で言葉を選ぶライカンとは対照的に、リンはあっさりと既に矛を収めている事を告げる。

 リン自身も過剰な反応だったと理解していた。兄はいま目を悪くしているし、その上で保護の目隠しだってしていた。不貞な行いなんて満足に出来ない。

 ついでに言えばヴィクトリア家政という部外者だって二人いる。よからぬ事を企むには明らかに時期が悪い。

 あの瞬間においても、リンにはその程度の勘定は出来ていた。しかし分かっていても、大げさでも反応しなければいけなかったと振り返る。

 

「私が笑って流しちゃってたら、エレンがその分ムカついちゃうかもしれないから」

 

 家族であれば際どい行動が多少なり起こることも珍しくない。脱衣所でのニアミスだってそういう類だ。その場での気まずさはあっても時間経過で薄れる程度の出来事。

 しかし、リンは良くても周囲の目も許すとは限らない。特に同性のエレンは、何の報いも受けていないアキラの姿には釈然としないはずだ。

 

「なるほど。妹様の激憤を目の当たりにすれば、当事者でないエレンがそれ以上に怒りを表すことは出来ないと」

「そうそう。ただでさえお兄ちゃんに付きっ切りなんだから、仲違いしちゃうと困るよねって」

「そこまで考えていらしたとは。お見事です」

「あはは……まぁ、だいたい映画の受け売りなんだけどね」

 

 その時。話に呼ばれたかのように、アキラの部屋からエレンが出てきた。

 ブラウスにスカートといつもの私服姿だが、ヘアピンや耳飾りを外している。緩んだブラウスの襟元にチョーカーは見えず、白い首筋を覗かせていた。

 手には着替えを抱え、二人の姿を見たエレンは青色のパジャマで少し顔を隠そうとした。その仕草を二人は気に留めなかったのはエレンにとって幸運だった。

 

「リン。シャワー出たなら、あたしも浴びてきていい?」

「あ、うん。ごめんね、すぐ呼べばよかった」

「だいじょぶ。丁度良かった」

 

 譲るリンとすれ違おうとしたエレンが立ち止まり、ふと振り返る。揺れる尻尾が鼻先を掠めてリンが仰け反るが、エレンの視線はそちらに向いていない。

 一言も発しておらず、しかし視線だけはエレンに送り続けた上司に対して向いていた。

 

「なに、ボス」

「……なんでもありません」

「ん」

 

 共に視線を切ることで、短いやり取りが終わる。

 独特の雰囲気にやや戸惑いを覚えながらも、リンがライカンへこそりと話しかけた。

 

「ライカンさん的にも、しっかり仕事してるかちょっと不安なんだ?」

「不安、と言うよりは、もどかしいと言いますか」

「そうなんだ? 仕事中なんだからちゃんと制服着なさいとか、そういうの言うかと思ったけど」

「それが、なかなか難しいので。彼女はいま業務時間外なのですから。私があまり口出しをするのは、どうにも」

「定時だからお仕事はおしまいー、って言う意味?」

「いえ。そもそも、彼女は今日出勤をしておりません。今日から三日間、エレンのシフト表では休日となっていますので」

 

 え。思いの外大きな声を出してしまったリンが口を押え、声を潜めて改める。

 

「じゃあ、エレンってプライベートでお兄ちゃんの手伝いしてるってコト!?」

「そうなります。特に口止めはされていないのですが、本人が話して欲しくないようでしたのでお兄様にも伝えておりません」

「じゃあ損害補償って中に、お兄ちゃんの介助って元から入ってなかったんだ」

「はい。元より別のご依頼もいただいておりましたので、常にお傍にいる事が難しかったこともあり、それであれば店舗の手伝いだけでもさせていただこうと」

「そういえばリナさんと交代していたっけ。そういうことか」

 

 完璧主義者のライカンであれば一から百まで自分でやりそうだったが、何故わざわざ交代なんてしていたのか。得心がいったとリンが唸る。

 それに、とライカンが言葉を続けた。

 

「お兄様はおそらく、甲斐甲斐しく世話を焼かれるのを好まないでしょう」

「そうかな? 前に、カリンちゃんの耳かきは最高だったって笑ってたけど」

「そういった事ではなく。あの方は、自分の責務と向き合う事に真摯でいたいようですから」

 

 ライカンの言葉にリンは少し考え込み、やがて納得したように頷いた。

 暫くして水音が鳴り始め、それとほぼ同時にアキラの部屋から布を叩き付けるような衝撃音が廊下へ届く。

 

「なにかあったのでしょうか」

「さぁ。ベッドに頭を打ち付けないと受け止められないことでもあったんじゃないかな」

 

 ともすると唸り声でも聞こえかねない部屋の前から二人は離れる。一階に降りると、ボンプたちが店舗のカウンターで伝票の整理をしていたり、ビデオの配置を整えていたりと閉店準備に慌ただしい。

 ふむ、とリンが少し考え、懐中時計を取り出していたライカンへと向き直る。

 

「ライカンさん、この後の予定は?」

「残りの業務は店舗の清掃と、夕食の準備ですね。いかがされましたか?」

「よし、じゃあ掃除はボンプ達にお任せして、滝湯谷で一緒にラーメン食べよ!」

 

 リンの唐突な誘いに、ライカンは目を瞬かせる。

 

「それは……嬉しいお誘いですが、お兄様のお食事は?」

「専属メイドが付いてるんだし、大丈夫だよたぶん。

 それに、ライカンさん達はお兄ちゃんにお詫びするためだけど、一緒に私も助けてもらっちゃってるから。私からもしっかりお礼をしたいな、って」

 

 ダメ? と。上目遣いに見つめながら、ライカンの手を取る。

 その頼み方は先にアキラへのダメ押しに使った手管に似ていた事に、ライカンは頬を緩めてしまう。

 僅かな、しかし確かに笑みを浮かべながら、華奢な主の手を握り返していた。

 

「かしこまりました。それでは参りましょうか」

「うん!」

 

 連れ立っていく二人を、ポンプ二機が飛び跳ねて見送る。

 閉まる扉に『CLOSED』の札が揺れていた。

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