状態異常シャーク   作:すばみずる

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パライソシャーク

 キャンプ地に戻ると、そこには異様な光景が広がっていた。

 昨日はビクともしなかったあの巨大な扉が半ばまで開いており、その前にはシーザーが剣と盾を構えて立ちはだかっている。アリスはしゃがみ込み、リナさんに庇われるように背後へ隠れていた。リナさんの周囲にはドリシラとアナステラが浮遊し、いつでも飛び掛かれるよう臨戦態勢をとっているのが分かる。

 そして彼女たちの視線の先には、先の通話の通り、ボンプの姿があった。

 見慣れたボンプとは様子が違う。外装はボロボロで、塗装もあちこち剥げ落ちている。左半分のモニターは割れて、ノイズ混じりのエラー表示が紛れていた。

 反射的に以前出会った戦闘タイプのボンプを思い出すが、即座にそれとは異なると否定する。僅かだが残されている外装は兜を伺わせる意匠で、おそらくはキシドウボンプと呼ばれるタイプのもの。今の新エリー都でも普及している、何の変哲もない型のはずだ。

 

「アキラ! 柚葉! エレン! この子、このボンプが!」

「落ち着いてくれアリス! 何かされたのか!」

 

 ひどく動揺しているアリスへ駆け寄って肩を支える。外傷は見られない。

 シーザーたちにも何か被害があるような素振りは無かった。どちらかというと、その表情は困惑に近い。

 

「なんでこんな――アシンメトリーに壊れているのかしら! 悍ましいのだわ! 惨すぎる――もがっ」

「アキラ、何言ってんだこいつ」

「性癖の話になるから僕からは何も」

 

 平常運転で何よりだが、今はそれどころではない。喚き続けるアリスは、最終的に柚葉から投げ付けられた釜之助を顔面に受けて黙らせられることになった。

 一先ずアリスは横に置き、ボンプの様子を伺う。

 柔軟な金属フレームが生み出すもちもちした独特な待機モーションを取っているが、ヒビ割れた体では動きの端々に微かな不協和音を伴っている。

 そのモニタに映る瞳と目が合ったせいだろうか。ボンプはよろよろと歩みを進め、壊れかけのスピーカーからノイズ交じりの音声を発し始めた。

 

『ヨウ、コソ…………生存者、タチヨ』

 

 抑揚のない合成音声。意志から発しているとは思えない、おそらくは録音のものだ。

 

『ココハ、楽園……アナタガタヲ、脅カス……外敵ハ、イマセン』

 

 おそらく、歓迎を示す身振り手振りでもするプログラムが組まれていたのだろう。跳ね回ろうとした脚はもつれて体を揺するだけに留まり、無理に動かした腕の隙間からは小さな金属片がパラパラと飛散した。

 

『アンシン、シテクダサイ。人類ノ、……ハ……ワレ……ガ、守リ、マス……』

 

 ボンプはガガガ、と首を不自然に回すと、最後に一度だけ大きくモニタを明滅させた。

 

『存分ニ……セイ、ヲ、謳歌、シテ……』

 

 プツン、と音がしたかもしれない。唐突に電源が落ち、ボンプはその場に崩れ落ちた。

 言葉を全て語り終えたのかも定かではない。しかし、名も知らない彼が完全に機能を停止させたのは明白だった。

 

「こいつ、なんだ? 守るとかなんとか、何言ってやがる」

 

 シーザーが盾を構えたまま、動かなくなったボンプを剣先でつつく。このテープは再生後破棄する、ということにはならないらしい。

 映画脳を動かしている場合ではないが、それでも脳裏をよぎる可能性は嫌なものばかりだ。先ほどのボンプは何を言っていた。生存者、楽園、外敵、人類。足すことの現状。孤島、そして開かれたシェルター。

 

「柚葉、アリス」

 

 思考の海から意識を浮上させて、手早くバッグから必要な機材を取り出しながらクライアント二人に声をかける。

 得体の知れないボンプに、勝手に開いた扉。彼女たちが不安を呈する前に、予定していた探索の中のタスクに加えてしまう方が良い。

 

「僕はこれから、このボンプから情報を得られるか確認してみる。その間リナさんと共に、この開いた施設内部の調査をしてみるのはどうかな?」

「リナさん? シーザーじゃなくて?」

「ああ。シーザーには別に頼みたい事があるから、少し手を借りたくて。いいかな、リナさん」

「仰せのままに」

 

 リナさんは優雅にスカートの代わりにパレオを摘まんで一礼する。

 安全面を考えるなら護衛としてシーザーを付けるのがベストだが、シーザーには彼女にしか出来ないことがある。それにリナさんも戦力として不足は無いし、付き従うドリシラとアナステラも小柄で閉所での探索に向いている。

 

「ま、新しく探検出来る場所が出来たのなら、行くしかないか。ね!」

「……」

「ん? アリス?」

「……」

「あ、ごめん。かまちー乗せたままだった。あれ? 白目剥いてる」

「まぁ。先ほどのボンプの声が恐ろしすぎたのかもしれませんね」

「しょうがない、気付けに使える飴がまだあったはずだけど」

 

 探索の為の手はずを整えていると思われる三人から離れる。背後から絶叫が聞こえた気がするが気にしない。

 

「シーザー。ちょっといいかい」

「え? あ? お、おう。……へ、変な事すんじゃねえぞ」

 

 手招きをして木陰へ誘導し、顔を寄せようとすると、シーザーは妙に背筋を伸ばして身構えた。頬を僅かに朱に染め、拒むでもなく、けれど警戒するように上目遣いでこちらを見ている。一体何を想像したのかは敢えて聞かないでおく。

 耳元に口を寄せて、単独で動いてもらう内容について説明すると、彼女はくすぐったそうに肩を跳ねさせ、それから胡乱げな目を向けてきた。

 

「別に隠すことでも無いんじゃねえか? あいつらだって場数は踏んでるんだろ」

「念のためだよ。依頼人の不安を過度に煽りたくない」

「オレ様は良いのかよ」

「シーザーにしか頼めないし、君を信頼しているからさ」

 

 シーザーは目を見開いてから、急にそっぽを向いて鼻を鳴らした。

 

「そういう言葉、安売りすんじゃねえぞ、ったく。……分かったよ。一っ走りしてきてやる」

 

 シーザーは背を向けると、足早に浜辺の方へと駆けていった。その背中の見送りもそこそこに、最後の一人に声を掛ける。

 

「エレン」

「ん」

 

 何故か側面を向いて、耳を突き出してくる。シーザーへの指示を見ていたせいだろうか。次は私と言わんばかりに、髪をサラリとかき上げて無防備な耳を晒している。耳を彩るピアスが眩しい。

 別に彼女への指示は聞かれて困る事ではないので普通に話せばいいのだけど。この態度を無下にするのも、何だか悪いことをしている気分になる。

 少し空を仰ぎ、柚葉に文字通り何かを含まされたことに対して猛抗議しているアリスたちがこちらに意識をやっていない事を確認してから、彼女の耳元に顔を寄せた。

 

「僕がボンプの解析している間、周囲の警戒を頼めるかい」

「当然」

 

 吐息が掛かる距離で囁くと、エレンは満足げにピクリと耳を震わせた。くすぐったがる様子もなく、当たり前とばかりに小さく頷いてみせる。その拍子に、頬を柔らかな髪が撫でていった。自然と仰け反ってしまい、それを追うエレンの目が細まるせいで妙に居心地が悪くなる。

 咳払いを一つ。

 

「頼むよ。それとこれ、シーザーにも渡したけど、エレンも着けておいてくれ」

 

 差し出した小さな長方形のプレートを見て、エレンは怪訝な顔をする。

 それはプラスチックのケースに入った、感光紙のようなものだった。零号ホロウだとH.D.Dのインターフェースからすぐ確認が出来るけれど、今はそういうわけにはいかない。

 それをマジマジと見つめた後、エレンは自身のメイド服の胸元に留めた。

 

「いいけど。これなに?」

「お守り、みたいなものかな」

 

 僕も自分の上着に同じものを装着し、短く息を吐きだしてから頷く。普段のホロウ探索ならまず役に立たない代物。スコット前哨基地で働く者達が身に付けていたそれは、ある種のお守りのように見えていた。対岸にあるホロウに対して見物を決め込むためという意味ではなく、もし一瞬の内にホロウが拡張して呑まれ、異化する間もなく命を落としても、これを見つけた次の調査員に僅かでも情報を残せるかもしれないという決意の証としての護符。

 この場にいる者達にはそんな思いとは無縁であって欲しい。だがそれでも、万が一を考えずにはいられない。胸元に付けたフィルムバッジは鉛のように重く感じられた。

 

 

 

 島を照らす太陽が真上に昇る頃、僕たちは一度キャンプ地へ集合し、遅めの昼食を摂ることにした。メニューは持ち込んだ食材で再現したチートピアの看板メニューの三兄弟ハンバーガーをメインにサラダボウル。木陰に置いたテーブルにそれらが並べられた光景は、豪華なピクニックのようだ。

 南国の明るい日差しと、美味しい匂い。状況の不可解さを忘れそうになるほど平和な光景。そんな中に、元気な柚葉の声が響く。

 

「アキラ顧問! 第一回調査報告です! 顧問の読み通り、ここはシェルター施設でした! 備蓄庫には医薬品や食料が大量に置かれているようです!

 と、言う訳で。はいこれ。今回踏破したエリアのマップね。アキラも気になるでしょ?」

「ああ、見せてもらおうか……なるほど。分かりやすくて助かるよ。流石は優秀な調査員だ」

 

 柚葉から妙な調子で恭しく差し出されたメモ用紙を受け取る。そこにはホロウ調査協会の報告書を模したような形式で、今回踏み込んだ範囲の施設構造が簡潔に記されていた。

 探検ごっこの延長のように振る舞っているが、彼女たちは伊達に怪啖屋として活動しているわけではない。後でフォーラムに投稿出来るようレポートとしてまとめるつもりなのだろう、要点を押さえた図面はプロが見ても十分に通用するレベルだ。

 たびたび自身の幸運を嘯く彼女だが、その根源はこういう目端が利くところにあるのかもしれない。よく物事を見ているからこそ、良い運を見つけ出す事が出来る。細やかに書かれた注意書きの端に、サイン代わりのタヌキのラクガキがあるのが柚葉らしい愛嬌だ。

 

「見て回った感じ、備蓄品は旧都陥落の一年前くらいに入れ替えしたのかな? 長期保存が前提の缶詰とかばっかりだけど、今になって使えるかは人体実験が必要かもね。っていうのが食料班からの見解でした。じゃ、次どーぞ」

「ええっと、柚葉が食料班なら、私は医療班になるのかしら? 医薬品の中には抗侵食薬も見つかったのだわ。と言っても、こちらも十年以上前の代物……使用期限はとっくに過ぎたものですけれど。それでも効果自体は見込めるように保管出来ていたのだから、ちゃんとした施設だったと思うのだわ」

「アリスの見立てなら間違いないはずさ。自信を持ってくれ」

 

 アリスもまた柚葉のノリに乗っかって、楽しげに胸を張って報告してくる。医療系、特にエーテル抗剤関係の知識において、タイムフィールド家の家名を背負うアリスは最も頼りになる。プロキシという非合法な経歴では身に付かない、体系立てられた知識という武器だ。

 

「それでは、次は施設管理班からの報告をさせていただきますわね?」

 

 リナさんが優雅に微笑み、二人のごっこ遊びに乗っかるように手を挙げた。

 

「施設内の設備について、動力源の詳細は不明ですが稼働しているようですわ。ただ、電源供給が不安定で、入り口の扉部分と換気設備以外はまともに動いておりませんけども」

「僅かでも電気が生きてるだけマシ、かな。管理者がいる気配は?」

「皆無ですわ。強いて言えばあのボンプが歩いていた痕跡はありましたけど、機材の管理は行われておりませんでした。まるで時間が止まっているよう」

 

 リナさんが一礼して報告を締め、紅茶を入れ始める。その優雅な手つきの向こうで、シーザーがデザートに用意していた果物の皮を剥きながらにやりと笑う。

 

「おう、次は偵察班って言えばいいのか。島を海から眺めてみたが、煙があがったり建物が持ち上がったりは見えなかったぜ。海の中にも異常は無かったと思うが、潜って見て回ったわけじゃねえから分からねえ。それと――」

 

 シーザーは一瞬、言葉を区切って僕を見た。ほんの僅かな目配せ。

 

「まあ、目視できる範囲に化け物はいねえよ。相変わらず平和な無人島だ」

「よかったー! じゃあ午後は海で遊べる?」

「さっきまで歩き回ってたってのに元気だな、おい。まぁいいんじゃねえか」

 

 柚葉の歓声にシーザーは少し呆れながらも笑って頷く。女子高生たちの溌溂さに、さしもの王者も敵わないのかもしれない。

 

「こんなとこか。最後はアキラか?」

「トリを飾れるほどの成果は無いんだけどね。ボンプから抜き出せた情報はあまり多くなかった。記憶領域も読み取りたかったけど、少し時間を掛ける必要がある」

 

 ポケットから無事だった記憶媒体を取り出し、テーブルの上に置く。ボロボロのボンプの中に収められていた頭脳と言える代物。

 

「名前はユニコ。ガイドとしての役割が割り当てられていたらしい。生存者、つまりこの島に避難してきた者たちをシェルターに誘導し、補助するボンプだったんだろうね」

「ガイドが壊れてちゃダメじゃん。設計ミスだったんじゃない、ここ」

「海上にある時点で、避難してくるには難しい場所だったろうしね」

 

 そもそも、誰かにたどり着いて欲しい場所だったのだろうか、ここは。

 

「そら、話し合いはこれくらいでいいだろ。日が傾く前に遊んだっていいんじゃねえか」

 

 思考の沼に沈みかけた空気を、シーザーがパンと手を叩いて打ち払った。快活な声はそれだけで意識を上向きにしてくれる。大仰に頷き、シーザーの言葉に乗っかる。

 

「そうだね。せっかく綺麗な海があるんだ。調査ばかりじゃなくて、楽しまないと損だろう」

「おうよ。そら、果物も切れたぞ。これを食ったら、次はバカンスの時間だ!」

 

 報告会の雰囲気が終わり、女子高生たちがデザートの果物を手に取り始める。その隙を見て食器を片付けるふりをして立ち上がり、視線が合ったシーザーも無言で合わせて手伝う素振りで席を立つ。

 エレンはこちらをチラリと見てきたものの、尻尾で軽く背を押してくるだけに留めてくれた。こそこそ動いていても僕が自発的に言うまで問い詰めるのは勘弁してくれているのだろう。ありがたい相棒だ。

 

 炊事場代わりの小川。仲間たちの話し声が遠くなる場所まで離れると、シーザーの声色が低く落ちた。

 

「問題発生だ、アキラ」

「何かあったんだね」

「ああ。出られねえぞ、ここ」

 

 シーザーが海の方角を顎でしゃくる。どこまでも続く青い海。だが、彼女は首を振った。

 

「お前から言われた通り、海上から島を見てホロウが出来てないか確認した後、沖に出ようとした。だけど、気がついたら島に向かって走ってた。どこからも、何度やっても同じだ」

「方向感覚を狂わされた?」

「いや、コンパスも確認してた。感覚の狂いだけじゃねえ。霧が濃くなって、抜けたと思ったら元の場所だ。ホロウの中で空間の裂け目をくぐった時と同じ感じがした気がするぜ」

 

 空間の裂け目と転移。それが生じているということはつまり、この島全体が既にホロウの内部に取り込まれていることを意味する。

 

「シーザー、バッジを」

「ああ」

 

 シーザーが懐からフィルムバッジを取り出す。僕も自分の胸元からバッジを引き抜き、並べて確認した。

 この島全体を覆い、空間を歪めて脱出を阻むほどの規模のホロウなら、相応のエーテル濃度の環境下にあるはずだ。これだけの現象が起きていれば、バッジは危険域を示す真っ黒に変色していてもおかしくない。

 だが。

 

「なんだ、こりゃあ」

 

 シーザーが怪訝な声を上げるのも無理はなかった。

 二つのバッジの内部フィルムは、雪のように白いままだ。いや、目を凝らしてよく見れば、完全な白ではない。極めて薄い、灰色の粒子が浮いているようにも見える。

 計器を取り出し測定レンジを弄る。通常ならノイズとしてカットする領域まで受信感度を最大まで引き上げ、ようやく針が僅かに振れた。

 

「……ある。あるにはあるが、あまりにも微弱すぎる」

 

 故障かとも疑ったが、アナログな化学反応を利用するフィルムバッジも同じく僅かな反応を示している以上、これが現実なのだろう。

 つまり、ここにはエーテルが存在する。だがその濃度が低すぎるのだ。街中と大差ないレベルでしか観測されていないのに、外周部と思しき海上ではホロウ特有の空間閉鎖という異常だけが起きている。

 

「まあ、ホロウだってんなら別にビビることはねえ。ここには凄腕のプロキシがいるんだ、ここにいる間の心配はしてねえよ」

 

 シーザーは僕の肩をバシりと叩いて笑ってみせる。だが、すぐにその表情を曇らせて、どこまでも続く青い水平線を指さした。

 

「ただよ。内側でねじ曲がってて出られないってことは、外側からもヤバいんじゃないか」

 

 その危惧に、頷いて返すことしか出来なかった。あるいは入れたところで出て行けないのであれば、犠牲者を増やすだけになる。

 振り返れば、木陰で楽しげに笑い合う仲間たちの姿が見える。

 その平和な光景が、まるでガラスケースの中で徹底的に管理されたジオラマのように、ひどく作り物めいて見えた。

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