状態異常シャーク   作:すばみずる

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リターンシャーク

 新エリー都の三月は、まだ冷たい風が街角を吹き抜けるものの、日差しには確かな春の気配が混じり始めている。

 けれど、ビデオ屋『Random Play』のカウンターに座る僕の心中は、未だ厚い雲に覆われたままだった。

 

「うーん……」

 

 眉間を揉み解しながら、手元の端末画面と睨めっこを続ける。表示されているのは、ルミナスクエアにある高級スイーツ店のオンラインカタログだ。

 色鮮やかなマカロン、宝石のようなチョコレート、季節限定のクッキー缶。どれも魅力的ではあるが、決定打に欠ける。

 

「なに深刻そうな顔してんの、お兄ちゃん。今月の売上なら悪くないはずだけど」

 

 隣で色とりどりのリボンを器用に結びながら、リンが不思議そうにこちらを覗き込んできた。彼女の手元には、可愛らしくラッピングされた自家製クッキーの小袋がいくつも並んでいる。

 

「売上の問題じゃないんだ。……実は、ホワイトデーのお返しで悩んでいてね」

「ああ、なるほど。エレンから貰ったチョコのお返しか」

 

 リンはポンと手を打ち、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた。先月、僕がエレンから不器用ながらも(多分)心のこもったチョコレートを貰ったことは、当然ながら妹の知るところである。

 

「リンは、どういうものが良いと思う? 女子高生の好みなんて、僕のデータベースには全く無いんだ」

 

 すがるような目で妹を見るが、リンは無慈悲にも肩をすくめた。

 

「私は私でエレンに渡すお菓子を作ってるからねー。お兄ちゃんは男の甲斐性を見せなよ。ここで変なもの渡してミスったら、冗談抜きでサメの餌にされるよ?」

「努力するよ」

 

 突き放された僕は、再び端末に視線を落とした。

 エレンは普通の女子高生とは少し違う。ヴィクトリア家政のメイドであり、ホロウを駆け抜ける優秀なエージェントだ。流行りのスイーツで喜んでくれるだろうか? それとも実用的なものがいいのか? 

 彼女が普段食べている飴玉のストックは常に把握しているが、それはあくまで『日常』の一部だ。特別な日のお返しとしては、少しインパクトに欠ける気がする。

 

 自力での解決を諦めた僕は、インターノットの匿名掲示板──いわゆる『なんでも相談板』にアクセスした。ホロウの攻略情報から今日の晩ご飯のレシピまで、玉石混交の有象無象が飛び交うこの場所なら、何かしらのヒントが得られるかもしれない。

 僕は新規スレッド作成のボタンを押し、素早くテキストを打ち込んだ。

 

 

 

【相談】ホワイトデーのお返しについて。相手は女子高生です。

 

 1:名無しのボンプ

 バレンタインのお返しに悩んでいます。

 相手は女子高生なのですが、どういったものが喜ばれるでしょうか。

 予算はそこそこあります。

 

 2:名無しのボンプ

 自慢か? 爆発しろ

 

 3:名無しのボンプ

 バレンタインにチョコ貰ったってことかよ。ホロウに単身で突っ込んでこい

 

 4:名無しのボンプ

 落ち着け。とりあえずスペック晒せ。話はそれからだ

 

 5:名無しのボンプ

 >>4

 自分は自営業(ホロウ関係)

 相手はよく店に来る女子高生です。ちなみにメイドのバイトもしています。

 

 6:名無しのボンプ

 は???

 

 7:名無しのボンプ

 犯罪の匂いがするんだが

 

 8:名無しのボンプ

 治安局さーん! こいつです! 今すぐしょっ引いてください!

 

 9:名無しのボンプ

 女子高生でメイドで裏稼業の男の店に出入りしてる……? どこの深夜アニメだよ。設定盛るな

 

 10:名無しのボンプ

 俺もJKメイドとお近づきになりたい。その店どこ? 新エリー都のどの区画だ?

 

 

 

「……思ったより食いつきが凄いな」

 

 額に滲んだ冷や汗を拭った。インターノットの住人たちの熱量を甘く見ていたらしい。しかも、犯罪者予備軍扱いまでされている。

 

「いや、そういうやましい関係ではなくてですね……」

 

 画面に向かって弁明を打ち込もうとするが、スレッドはものすごい勢いで加速していく。

 

 

 

 15:名無しのボンプ

 まあ真面目に答えてやるよ。JKならルミナスクエアの限定マカロン一択だろ。インスタ映えするし。

 

 22:名無しのボンプ

 相手も裏稼業の事情知ってるなら、ホロウで採れるレアなエーテル結晶のアクセサリーとかどうよ? 防護効果付きのやつ。

 

 30:名無しのボンプ

 最新のボンプのぬいぐるみでいいだろ。ンナナンナ!

 

 41:名無しのボンプ

 ブランド物の財布。金で殴れ。愛は金で買える。

 

 

 

 流れていくレスを見ながら、僕はエレンの顔を思い浮かべた。

 アクセサリー? 仕事の邪魔になるかもしれないし、激しい戦闘ですぐに壊れてしまうだろう。ボンプのぬいぐるみ? 彼女の家には既に優秀な(そして少しお節介な)本物のボンプたちがいるし、イアスとも仲良くやっている。

 限定スイーツやブランド物は悪くないかもしれないが、それが彼女にとって『一番嬉しいもの』かと問われると、首を傾げざるを得ない。

 どうにもしっくりこないまま画面をスクロールしていると、ふと、一つのレスに目が留まった。

 

 

 

 55:名無しのボンプ

 飯でも奢ってやれば? 

 そもそも、そのJKはお前の店で普段何してんの? 

 

 56:名無しのボンプ(スレ主)

 >>55

 よくソファで寝転がって映画を見たり、僕の服の裾を引っ張ったり、尻尾で絡みついてきたりしますね。

 

 57:名無しのボンプ

 は?????

 

 58:名無しのボンプ

 おいお前ふざけんな。それもう付き合ってんだろ!!!! 

 

 59:名無しのボンプ

 尻尾!? シリオンのJKメイド!? 情報量が多すぎる。

 お前それ絶対両思いだから。もうモノとかじゃなくて「お前自身」でいいだろ、リボン巻いてダンボールに入ってろ。

 

 60:名無しのボンプ

 その子は『お前の店でダラダラ過ごす時間』が好きなんじゃねーの? 

 だったら、その時間を快適にしてやるのが一番だろ。

 

 

 

「ふむ」

 

 文字に書き出されると頷けるものではある。

 エレンが求めているもの。それは高価なプレゼントでも、流行りのスイーツでもピントがズレている気がした。だがなるほど、物品というものから目を離してやるべきだった。

 ビデオ屋という居心地の良い巣、その空間そのものをアップデートしてやることこそが、彼女にとっての最適解なのではないか。

 ソファで丸くなるエレンが心地良く思うのであれば、それは何よりも勝る納得が得られるはずだ。

 

「ありがとう、名無しのボンプたち」

 

 僕はスレッドに『ありがとう、参考になった』とだけ書き残し、そっと端末を閉じた。

 スレが「おい逃げるな!」「詳細希望!」「末代まで呪う!」と大荒れしていることは想像に難くなかったが、今の僕にはやるべきことがあった。

 

 

 ◆

 

 

 翌日の午後。

 僕は店の奥にあるソファの前に立ち、腕組みをして満足げに頷いた。

 

「よし、完璧だ」

 

 ソファの上には、新しく仕入れた手触りの良い特大ブランケットが広げられている。ただのブランケットではない。エレンの立派なサメの尻尾が窮屈にならないよう、僕が手作業で絶妙な位置にスリットを入れた特注仕様だ。

 ローテーブルには、彼女がお気に入りのキャンディのメーカーが出した春の新作フレーバー詰め合わせBOXを配置。

 そしてモニターには、僕が昨晩徹夜で厳選した「エレン専用・B級サメ映画プレイリストがスタンバイされている。ツッコミどころ満載で途中で寝落ちしても問題ないラインナップだ。

 

「お兄ちゃん」

 

 背後から、ひどく呆れたような声が降ってきた。

 振り返ると、リンが何とも言えない表情でソファの上のセッティングを見下ろしている。

 

「何だい、リン。我ながら完璧なホワイトデーのお返しだと思うんだけど」

「いや……お兄ちゃん。それ、お返しっていうより、『飼い主が猫のベッド新調した』みたいなテンションなんだけど。ベクトルおかしくない?」

「そうかな?」

 

 リンのツッコミに苦笑しつつ、僕はもう一度ソファを見直す。

 確かに色気はないかもしれない。高級レストランのディナーにも、綺麗なアクセサリーにも遠く及ばないだろう。

 けれど、仕事や学校で疲れ果てた彼女が、この場所に吸い込まれ、ブランケットに包まりながら眠る未来が、はっきりと想像できた。

 

 もう数時間もすれば、カランとベルを鳴らして、気怠げな赤い瞳をした彼女がやってくる。疲れた、場所空けて、などと言って、迷うことなくこの特等席へ身を沈めるのだ。

 その時、彼女がどんな顔をするのか。

 

「ま、お兄ちゃんの自腹で環境を整えてくれたって事だからいいけど。エレンが来るまで使ってていい?」

「飴はあまり食べないようにね」

「クッキーと交換でどう?」

 

 ブランケットに潜り込んだ妹から差し出される小さな袋。それはひょっとしなくとも、本来僕に渡すつもりのものなのだろう。

 これで体よくホワイトデーのお返しを処理される気がするのはもやつく話だが、寛大な心で受け取り飴を提供する。

 色とりどりの飴から気に入る色を選ぶ妹を眺めながら、そのソファへ寝に来る魚影を気長に待つ事にした。

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