状態異常シャーク   作:すばみずる

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振り子は振れ戻る。エレンがぐいぐい進め続けた物語は一旦動きを止め過去へと振れ戻るとかなんとか。
つまり寝てる間に過去編。
ルビーら三人衆のキャラ分からんから手癖になった。許して。


[回想]スロウスシャーク

 ◇

 

 

「ね、エレン! 次の週末って空いてる?」

 

 瞼を開いたエレンの前には、友人の笑顔があった。

 屈託のないルビーの笑みに吊られて、エレン自身知らない間に頬が緩む。

 

「週末? 今んとこ、バイトは入ってないハズ」

 

 急なシフトが入るかもしれないけど、と続く言葉は、ルビーが差し出す雑誌に遮られた。

 どうやらグルメガイドが掲載されているらしい、と寝ぼけ眼をなんとか働かせてエレンは読み取った。

 

「じゃあ、ここ行ってみようよ! ブレイズウッドってところに出来た、新しいお店!」

「なに興奮してんの。えーっと……チートピア?」

 

 興奮気味のルビーの圧に押されるエレン。そこへ新たに友人二人、モナと凛が割り込んで引き剥がす。

 

「ルビー、エレンが引いてるから気付きなって」

「昔あった店舗を改装したらしいんだけど、口コミレビューが結構良いんだって。グルメ評論家のひとも太鼓判押してるし、行ってみる価値あるかも」

「ふーん」

 

 モナから言葉なく差し出された飴にノータイムで食い付きながら、雑誌を流し読むエレン。出されたものは残さず食べる彼女だが、美味しい方がなお嬉しいのは言うまでもない。鮮やかに撮影された料理の写真は、食欲を煽る見事なものだった。

 それでもエレンは、即決で行こうとは言えず言葉を濁す。

 

「どうしよっかなぁ」

「あれ? エレンはあんまり乗り気じゃない?」

「行くのはいいけど。ここの店、郊外にあるんでしょ。ちょっとめんどい」

「え~。たまにはいいじゃん、ちょっとした旅行だと思ってさぁ」

 

 新エリー都がホロウ災害に対抗する唯一の都市と呼ばれて久しい。だが、そこから離れた郊外にこそ活路を見出す者、逃げ隠れしなければいけなくなった者、あるいは真に生存圏を作ろうと奮起する者がいた。

 かつては潤沢だった化石燃料も陰りを見せ始め、荒野のそこかしこには共生ホロウが生まれ、過酷な環境下においても尚、郊外は人を引き付ける魅力と抗えない自由があった。

 そういう逞しい土地で新たに生まれ、新エリー都内にも情報が入るほど評判の店というのは、これはもう期待が持てるんじゃないかなぁどうかなぁ、と大論陣を展開するルビーだが、現実問題として学生が行く範囲としてはいささか遠いという問題があった。

 

「あんまり知らないんだけど、そもそも学生が郊外って行ってだいじょぶなの? 危ないって話でしょ」

「平気っしょ。この間、クラスの男子が郊外でやってたツール・ド・インフェルノってレースを観に行ったって自慢してたし」

「あと、ブレイズウッドまでどうやって行くか。レースの為なら観光客用のバスの類は沢山出てただろうけど、今はどうなんだろう」

「家族に頼む……のは、ちょっとなぁ。普通に家族旅行へ行こうって言われそう」

「ねぇエレン、前に知り合いって言ってたあのオオカミさん、車の運転できる?」

「出来るけど、忙しいからたぶん無理」

「急だしねぇ。あとは……郊外と新エリー都を出入りしてるトラック業者でも捕まえたり?」

「信用出来る業者なんてどうやって見分ける? 僕、そのまま売っ払われるのなんてゴメン被るよ」

「そういえば、郊外のヤバい奴らはシリオンばっかり狙って攫っては売り飛ばしたり如何わしいビデオでお金稼いでるなんて都市伝説が……」

「は?」

「うひゃあ!? え、エレン、そんなに怒んなくていいじゃん!」

 

 驚くルビーを無視して、エレンはグルメガイドのある部分を凝視していた。

 店の紹介として掲載されていた店長の写真。ぎこちないピースサインをしていたそれが、明らかに知人のものであったから。

 

「その人がどうかした? エレンの好み?」

「え、あ。知り合い、だったから」

「えぇ!? あれ、確かこの顔、私もどっかで見たかも」

「……六分街のビデオ屋の、店長」

 

 少し言いにくそうにエレンが告げると、少し間をおいて三人はああと手を打つ。

 

「あそこのお兄さんの方か。そういえばこんな顔だったっけ」

「こないだルミナで見た。ごみ箱と話してた気がするけど」

「あの人って六分街住みだよね。なんで郊外の飲食店の経営を?」

「さぁ? 多角けーえーってやつ? あ、インタビュー載ってた。雇われ店長だけどメニュー開発には真剣に取り組んでますって」

「ビデオ屋の名前が見えるように社用車も写真に映して宣伝もやってる。ちゃっかりしてるね」

 

 ミニバンに記された「RANDOM×PLAY」の文字が強調されるように撮られた写真を見たルビーが、露骨に指を弾いて閃きをアピールした。

 

「ね、エレン。店長さんと知り合いなら、ブレイズウッドに車で乗せていってもらえないか頼めない?」

「えぇ? それあたしが訊くの?」

「お店の売上に貢献したいとか、なんかそういう感じでなんとか! お願いお願い!」

 

 ルビーの拝むような様子に、エレンはたいして粘りもせず折れる。友達の頼みであれば、もともと無碍には出来ない。

 それに、休日に遠出を頼む相手としては、悪くはないとも思っていた。

 

 

 

「で、午後の授業をサボってここに来たと」

 

 レストランの雇われ店長であることがバレたことにビデオ屋店主のアキラは、目の前の不良女子学生を見てため息を吐いた。

 4人揃って入ると邪魔だろうという配慮から、残りの3人は道すがらちゃっかり買っていたティーミルクを飲みながら、入り口扉のガラス越しに成り行きを見守っている。

 エレンを信頼しての行動か、あるいはこちらを測っているのか。怪訝に思いながら、アキラは一瞥だけして残っている業務を処理する方を優先させた。

 

「学校が終わってからでも良かったんじゃないか? きちんと授業を受けてないと、後々苦労することになる」

「別に。どうせ寝ていい授業だったから」

「通知表を見て青ざめることがないといいね」

 

 在庫管理の目録を閉じて、手にしていたペンでアキラは額を掻く。

 

「たしかに、チートピアの店長は僕だ。もっとも、四六時中は貼り付けないから殆ど現地スタッフに任せてるけど」

「そんなの、いつの間に始めたの?」

「ほら、しばらく店を閉めててたことがあっただろう? エレンも心配して連絡入れてくれてた」

「心配じゃなくて、ビデオの延滞料金がどうなるか気になっただけ」

「それは残念。ともかくあの時、郊外であれこれやっていたんだ」

 

 「パエトーン」がカリュドーンの子に雇われていた時、街での依頼(シティシナリオ)とは異なりホロウ内の戦闘やバイク乗り魂を見せつけられるばかりでビデオ屋は臨時休業。通信回線も不調で連絡もなかなか取れず、契約していたエージェントからは心配する連絡もあり、エレンもその内の一人だった。

 

「それで、わざわざお店までやるなんて。実は郊外に引っ越す準備とか?」

「良い場所だとは思うけど、定住するにはね。やっぱり、すぐそばにゲームセンターがある生活は捨てにくいよ」

「あっそ。それならいいや」

 

 ティーミルクのストローを咥えながら、エレンがカウンターに突っ伏す。行儀の悪さにアキラは少し苦笑いするだけに止め、代わりにブレイズウッドがある旧油田エリア周りの地図を取り出す。観光客向けに配布されている簡易なものだ。

 

「で、君らを郊外に連れていく件だけど。みんな新エリー都に住んでいるから、出入りの審査は問題ない」

「なんかプロキシっぽい感じ」

「そうとも。実際、今回は君らの道案内をするようなものだから、似たようなものだよ」

「で、他になんか問題があるの?」

「細々と色々と。けど一番は、突発的なホロウ災害への備えかな」

 

 新エリー都においてもホロウ注意報や治安局による封じ込めが行われている突発的なホロウ災害は、郊外では尚更に危険なものだ。まして二人にとっては慣れた事象でも、他の三人にとってはとてつもない脅威となる。

 

「一応、車には非常用に抗浸食剤とか調査用のあれこれだって積み込んでるから、最悪ホロウに落ちても助けが来るまで持ち堪えることは出来るはずだけど」

「なにそれ。心配性すぎるでしょ」

「色々あったからね」

 

 大型トラックでホロウにダイブした思い出は、アキラにとって用心を強化させるには十分だった。何より車にはリンが乗ることもあるのだから、対策はいくらしてもしたりないとさえ思っている。

 

「それでも正直、学生が行くには危ないと思うけど……」

 

 週末はビデオ屋だって忙しくなる、という本音もアキラにはあった。妹が忙しなく働くのを尻目に学生らの引率ついでに郊外の味覚を味わうというのは目覚めが悪い。

 いっそリンも連れ出してと言いたいがミニバンに6人乗りは流石に厳しいし、電子の妖精のお陰で家計はいつだって低空飛行だ。稼げる時に稼いでおきたい。

 渋るアキラの顔を、カウンターに頭を預けたまま上目遣いでエレンが覗き込む。

 

「だめ?」

 

 艶のある黒髪は最近飼い始めた黒猫を思わせ、アキラの手を自然と引き付ける。

 友人らが見ているんだぞと戒める心の声のお陰で引力を振り切ったアキラは、咄嗟にオマネキボンプの頭を撫でてごまかした。

 

「せっかくエレンが頼ってくれたんだから、応えないわけにはいかない。予定は開けておくよ」

「ん。ありがと」

 

 心の中でリンに謝罪をしつつ、アキラはスケジュール帳の休日欄に書き込む。

 新エリー都からブレイズウッドまで、何も問題が無ければ一時間程度を目安に移動できる。だが、一般人三人がついてくるとなるとまた事情が変わるかもしれない。

 

「早朝に出て、夕方には帰る形でいいかい?」

「どうせなら夜中に流星群を見たいとかモナが言ってたから、出来れば泊まりたい感じ」

「ああ。あそこは星がよく見えるからね。おすすめだよ。じゃあ、翌日の朝に帰るくらいで考えておくとして……」

 

 そこからアキラは、エレンから友達らのアレルギーや好き嫌いも聞き出し、必要な準備をリストアップしていく。

 泊まる場所についても、ブレイズウッドをメインで活動していた頃の家屋をまだ借り続けていたのが幸いした。

 

「四人分となると寝床は少し狭いかもしれないけど、そこはちょっと我慢してくれるかな」

「それは平気。……無理言ってごめん」

「いいさ。チートピアに来てくれるのは嬉しいし、賑やかなのは嫌いじゃない」

 

 それでも気にするなら、と。

 スケジュール帳を捲って別日の日程を確認する。

 

「友達と行くのとはまた別の日に、二人でブレイズウッドへ行こうか。それでチャラだ」

 

 ゆらゆらと揺れていた尻尾が、真上を指し示したまま静止した。

 ポトリと落ちるティーミルクのストロー。カウンターに乗せられた腕にエレンの顔が収まり、くぐもった声がアキラに問う。

 

「二人でって、何で?」

「うん。ブレイズウッド付近のホロウでエーテリアス駆除の依頼が入っているんだ。信頼出来るエージェントと現地まで行けると話が早いから」

「…………ふーん」

 

 天井を示していた尻尾が垂れ下がり、再び揺れ始める。尻尾には今までよりも俊敏さが加わり、掠る床に抉れかねない速さになっていた。

 風切り音を聞いたアキラが、スケジュール帳から顔を上げずに呼び掛ける。

 

「エレン? どうかした?」

「……信頼出来るとか、誰にでも言ってそう。胡散臭い」

 

 その拗ねた声にアキラのペンの動きが止また。微笑みの中に僅かに苦みを混ぜながら、アキラは頬を掻く。

 

「確かに、信頼出来ないエージェントとはそもそも組まないな。それはそうだ」

「でしょ。プロキシって、ほんと調子いいこと言って──」

「だから、うん。一番頼りにしているエージェントが隣にいてくれると安心する、そう言うべきだったね」

 

 正しい評価がないと良い協力関係は生まれないから。アキラはそう締めくくり、貰ったまま放置していたティーミルクを一口飲む。

 振れていたサメの尾は硬直とも震えとも取れない奇妙な身震いの後、それを押さえつけるようにビデオ屋の床へ叩きつけられた。

 突然の派手な音にアキラは目を白黒させつつ、おそるおそるエレンへ伺う。

 

「えーっと、エレン? もうちょっと床板に優しくしてもらっていいかい?」

「別に。普通」

「うちのは安物だから、その普通は勘弁してくれ。気に障ったなら謝るから」

「怒ってない」

 

 

 

「ねぇ、ウチらって頼みに行ってる側なのに、なんでエレンがヘソ曲げてて店長さんが困ってる感じなんだろう?」

「いまいち力関係が分からないな、あの二人」

「まだ掛かりそうだし、隣の滝湯谷行こっか」

 

 賛成多数によって、荒ぶるサメを残したまま冷やしラーメンを食べることが可決された。

 

 そして、週末の朝。

 次回の仕入れを妹に任せるという条件で引率する権利を勝ち得たアキラは、ルミナスクエアの駐車場にいた。

 待ち合わせに関して、アキラは少しばかり不安があった。エレンの友人らについて詳しくは知らないが、以前に待ち合わせ場所を勘違いしていたのを駅で見かけた事があったり、純粋に遅刻の恐れがありそうなうっかりをしそうな子もいる。

 なにより、零号ホロウの中でもマイペースに寝てしまい、そのまま寝かせてくれとねだる娘は心配の筆頭だ。家の前まで車で迎えにいこうか、と提案したものの断られてしまっていた以上、アキラに出来る事は祈ることだけだった。

 

「おはよ」

 

 そして存外、気の入らない祈りこそ叶ってしまうもので。学生服姿のエレンが誰よりも早く来た事に、アキラは驚きと感心を抱いていた。

 

「おはよう。早いね、エレン」

「ちょっと早起きし過ぎた。車で寝てていい?」

 

 アキラが頷くと、エレンは迷いなく助手席に座る。尻尾があるから後ろの席がいいんじゃ、とアキラは言いかけたが、器用に抱えた尻尾で頭を支えているのを見てそういうものかと納得した。

 その後、一人また一人と集まり、アキラの心配は杞憂に終わる。二番目に到着したルビーが財布を忘れたと取りに戻るアクシデントがあったものの、さいわい予定時刻をオーバーする事は無かった。

 約束の時間5分前となり、全員がそろったところでアキラが話し始める。なお、エレンは寝かせたままでいいという認識は全員に共通していた。

 

「それじゃあ、これから郊外の旧油田エリアにあるブレイズウッドに向かいます。サービスエリアで一回休憩して、昼頃に着く予定かな」

「はーい!」

「あと、何か質問があるかな」

「はい店長さん! 好きな人っていますか!」

「妹は大切な家族だと思っているよ。よし、じゃあそろそろ行こうか」

「秒でシスコン開示とはやるなぁ……」

 

 少しばかり狭いものの、三人は後部座席に並んで収まった。エレンがシートベルトを着けているのを確認してから、アキラはエンジンを唸らせる。

 出発しんこー! と、いうかしましい掛け声と共に、五人は郊外へと向かう。

 ルミナスクエア周辺では大した新鮮味もなく落ち着いたものだったが、新エリー都を出るとその景色が一変する。

 荒野に点在するホロウを見て感嘆の声をあげたり、時折通り掛かる走り屋に黄色い声を上げながら手を振ったりと、社用車はかつてないほど賑やかになっていた。

 そんな折、凛がアキラにそういえば、と話しかける。

 

「店長さんって、何がきっかけでエレンと友達になったんですか?」

 

 学生とビデオ屋。接点があるかというと店と客程度にしかない。

 だが頼まれて車を出す程度の仲になったのは、一体どういうことがあったのか。凜はそれを問いかけていた。

 アキラはプロキシ業のことを出来るだけ頭から取り除き、サメの尾を初めてみた時の衝撃を思い出そうとする。

 

「確か……最初はゲームセンターだったかな。スコアが僕の方が上だった時、エレンに尋ねられて」

「あー。エレンも『GOD FINGER』けっこう行ってるもんなぁ」

「そこで知り合ったのがきっかけってほどじゃないけど、その後に仕事先でも顔を合わせて、その流れで」

「へー。てっきり店長さんが餌付けでもしたのかと思ってた」

「餌付けって。エレンってそんなに……ああ、まぁ食べてはいるか」

 

 常にカロリーを求めているのはアキラもよく知っており、アキラも自分が知っているなら友人らは猶更知っているかと納得した。

 

「店長さんが飲食以外にもなにかやってるのかと思って学校で聞き込みしてみたら、エレンと一緒に滝湯谷でラーメン半分あげてたり、141で買い物してたりって目撃情報が出回ってましたよ」

「学生間の情報網って馬鹿に出来ないものだね……」

 

 今度からはもう少し人目を気にしよう。アキラはそう決心した。

 

「それに最近、エレンの様子も変わった気がして。どこからか持ってきた映画のビデオを視聴覚室で流しながら昼寝してたりするんですよ」

「へぇ。ちなみに、どういうビデオだった?」

「あー……なんかつまらない映画を撮ってる映画監督のドキュメンタリー? みたいな。あんまり興味なかったので覚えてないんですけど」

「ぶっちゃけ寝てるエレンの気持ちが良く分かるというか」

「睡眠導入剤として使ってるのかなーと思ってた」

「……そっか」

 

 自分が薦めたと思しき映画を三人に概ね否定され、アキラは何も言うことが出来なかった。

 

「最近、結構疲れてる感じだよね」

「学校で寝てるのは前からだけど、あんな映画を見て寝てるなんてねぇ」

「けど、店長さんと仲が良いっていうのを考慮すると、見えてくるものがあった」

 

 凛はそう言って、ズレた眼鏡を戻してバックミラー越しのアキラの目を見つめる。

 突然の視線にアキラは戸惑いながらも、運転に気を使いながらも注意を払う。

 

「何故エレンは趣味の合わない映画を観るようになったのか。何故二人は一緒にいる事を目撃されていたのか。何故この間のビデオ屋でちょっと喧嘩になってたのか」

 

 唱えられる言葉のそれぞれが何故か追い詰めるようにアキラへ刺さる。別になにかやましい事があるわけでもないのに、関係性を暴くように責め立てられる。

 

「その答えはただ一つ。エレンと店長さんは────映画のクイズを出し合っているのでは!」

 

 エンジン音すら遠い。対向車線の車が流すカーステレオさえ聞こえてきそうな静寂が、場を満たした。

 考えていたものと何か違う結論が出たアキラが咳ばらいをしたのは、紛れもなく沈黙に耐えかねたからだった。

 

「えーっと、どういうことだい?」

「エレンがわざわざあんな面白くもない映画を見ていたのは、なにか目的があっての事に違いありません」

 

 くいっ、と上がる凛の眼鏡が確信に満ちた目を映す。その様子に誰もが口を挟むのが憚られた。

 

「察するに、豊富な映画の知識を持つ店長さんに対抗するためなのではないかと! そのためにあんなマイナー映画へ挑戦していたのです」

 

 くいくいっ、と上げた凛の眼鏡が光り、どこまでも知的さが迸る。

 

「で、負けた方は勝った方にラーメンやお菓子を奢ってあげるという罰ゲームがなされていた。この間のビデオ屋ではエレンが負けてしまい癇癪を起こしていたのでしょう。ふっ、完璧な推理ですね」

 

 おおー、とルビーとモナが拍手を送る。アキラ側からの弁論は特に求められず、それはアキラにとって幸運だった。

 どうして頻繁に学生と連れ立っているのかと聞かれ、ただ会いたかったから会おうと連絡していたなんて知られた方がよほどダメージが大きいと分かっていたからだ。

 

「と、言うわけで。そういう映画のカルトクイズやりません? 実は暇つぶしに本を持ってきたので、ビデオ屋店長の実力を見せていただきたく」

「ああ、さっきまでのはそこへの前振りか。随分長かったね」

 

 そこから車内では、凛の出題にルビーとモナが頭を捻り、アキラが事もなげに回答していくというのが暫く続いた。

 学生の行動力と想像力に改めて驚きながら、ちらりと助手席を見る。

 己の尻尾に顔を埋めたサメ娘はごく自然に指に力を込めながら、断固たる睡眠の姿勢を続けていた。

 その耳が赤くなっている事に対してアキラは、エレンも食い意地が張っていると思われるのは恥ずかしいんだろうなぁと同情を禁じえなかった。

 そして、学生にドキュメンタリー映画をオススメするのはちょっと控えようと決心した。

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