「まさか学生の間で噂されていたとはね」
小休憩のための駐車中。郊外限定の売店めがけて突撃していった三人衆をよそに、アキラは未だ助手席で尻尾を抱えたままのエレンに話し掛ける。
返事の代わりにちらりと覗かせた赤い瞳はアキラの言葉を促した。物臭な仕草にアキラは笑い、座席を傾けて楽な姿勢を取りながら続ける。
「情報屋やパエトーンでも、学生間のローカルな井戸端は門外漢だ。エレンは知ってた?」
「全然。そういうの興味ないし」
だろうね、とアキラは心の中で思いつつ腕を伸ばす。いつもより大人数が乗ったせいか運転に気を使い、肩が凝ってしまっていた。
ふと、エレンが睨んでいる事に気付いて動きを止める。
「エレン、どうかしたかい?」
「餌付けとか、されてないから」
「分かってるよ、大丈夫」
「ラーメンに釣られてるわけでも、お菓子に釣られているわけでもないから」
「はいはい」
そうやって念を押している時、事実とは真逆であるのがお約束とアキラは映画から学んでいる。その食い意地には次のラーメンを奢ることで答えとしよう。
そうこうしている内に、買い物を終えた三人娘が車内へ帰ってきた。膨れ上がった買い物袋からは、様々なお菓子の袋が見え隠れしている。
「店長さん、適当に飲み物買ってきましたけど何がいいですか? オススメはホースラディッシュ味の紅男爵! ホースラディッシュって何か知らないけど」
「遠慮するよ。ほら、僕は運転しなきゃいけないから手は離せないし。残念だなー」
「じゃあエレンに飲ませてもらうってことで。エレン任せた!」
殆ど投げ渡すような勢いでルビーが放った缶を、エレンは目を向けないまま器用に受け取る。
「あとは赤飯サイダー味のチョコバーとか、チーズ餡しめ鯖味のスナックとか」
「ルビー。お土産なのに今開けたら意味無いよ」
「というかダイナーに向かってるんだから食べ物はいいって」
「はいはい、出発するからね」
これ以上自由にしておくと舌が危ない。そう判断したアキラは号令もそこそこに車を発進させる。
「エレン、それは適当に飲んでおいてくれる」
かな、と言い終わる前のアキラの口に、細い棒のようなものが差し込まれた。それがストローであると気付くと同時に反射的に吸ってしまい、鼻と喉を突き抜けるような刺激が襲う。
「──ッ〜〜!!」
なんとか噴き出さずむせずに飲み込むが、涙を浮かべながら非難の目を向ける。対するエレンは口の端を持ち上げるような笑みでその視線を受け止めた。
「飲めない味じゃないから平気でしょ」
「そういう、問題じゃ……ゴホッ。不意打ちは、危ないから」
「ふーん。じゃあ、気が向いたら予告するかも」
「あれ、エレンこれ飲んだことあったんだ? 限定フレーバーなのに」
不思議そうに問い掛けたモナの言葉にエレンは返事をせず顔を窓の外へ向けて、アキラの口へ飲み物を押し付け続けた。
幸い事故も遅れも起こることはなく、太陽が頂点に登りきる前に一行は目的地へと到着した。
「おー! ここがブレイズウッド!」
一番乗りとばかりに手荷物を振り回しながら車から降りるルビー。周囲に転がるタンブルウィードや無造作に生えるサボテンなど、新エリー都ではまず見ることのない光景に目を輝かせる。モナと凛は発信源となった情報誌と見比べながらチートピアの周囲を観察していた。
「なんというか……郊外って感じ!」
「特に言う事が無ければ無理しなくていいよ」
「けど、本当に『らしい』場所っていうか。荒野と岩肌と遠くに見えるホロウと、郊外の全部が揃ってる」
映画のセットみたい、と呟かれた言葉にアキラは頷く。煤けた風はカウボーイやシェリフの活躍を幻視する舞台のようだと常々思っていたからだ。
「写真で見たときから思ってたんですけど、結構おしゃれですね。スイングドアもこれ、結構本格的な年季が入ってそう」
「その辺はこだわってた人がいるからね。当人が聞けば喜ぶと思う」
その良さを店長がいまいち理解出来ていないのは企業秘密だった。
三者三様のはしゃぐ姿に満足していたアキラのふくらはぎを軽く触れたのは、エレンのつま先だった。
「お腹すいた。早く入ろ」
既に飴の無くなった棒を舌先で弄りながら、拗ねたような声でそう言った。アキラとしても嫌はない。
「お昼には少し早いけど、その分お客が少ないから丁度いいかな」
散らばった三人を呼び寄せてスイングドアを通ると、カウンターに立つブレイズウッドのまとめ役でありチートピアの相談役であるカーサがアキラに気付いて笑顔で応対する。
「やぁ店長様。店の経営は順調だよ。そちらのご一行は……店長様のお友達かい?」
「そんなところかな。ぜひ郊外の味を知りたいって、新エリー都からお連れしたんだ」
「それはまた、学生にまでチートピアの名前が知れ渡ってるなんてありがたい限りだね」
郊外から都会を目指して出ていってしまう若者は多くが希望に満ちているが、都会から郊外に来るとなると失望を伴っている事も珍しくない。そういう厭世的な空気とは対極に位置する活気そのものであるルビー達のはしゃぎ様を、眩しいものを見るかのようにカーサは目を細めて眺めていた。
「しかし、なるほど。伝説のプロキシと釣り合うには四人は必要ってことかな? 好きだねぇまったく」
「株式会社チートピアではセクハラは厳禁だよ。親会社の猪突猛進に訴え出てもいい。あと、あちらは『普通』のお客様だから、僕の副業は伏せておいてもらえるかな」
「冗談だって。分かった、そういう対応だね。気を付けるよ」
少しばかりの連絡事項をやり取りした後、窓際の一角を陣取った学生らにカーサが応対に入る。
「チートピアにようこそ、店長のご友人方。ここはおまかせコースでやらせてもらってるんだけど、希望を聞かせてもらっていいかい?」
「お肉!」
「えっと、サボテンの料理? がおいしいって聞いたから、それをお願いします」
「みんなで分けられるような、大皿料理で」
「店長のおすすめ」
「はいはいはいっと。じゃ、よろしく店長」
次々に出る要望を漏れなく書き留めたカーサが、そのまま伝票をアキラへ渡す。要点がまとまったそれを見ながら、アキラは厨房へと入って行った。
その様子を見ていたルビーと凛が意外そうな声を上げる。
「へー、店長さんって料理出来たんだ!」
「三食カロリーブロック食べてそうな顔なのに」
「あいつがよく食べてるのはラーメン」
「基本的な調理はボンプにやらせてるよ。店長の役割はおすすめするメニューの選定さ」
「ああ、そういう。けど、なんでビデオ店の店長が、郊外の飲食店でも店長をやってるんです?」
「この間のツール・ド・インフェルノで覇者になった首領が店長と知り合いでね。覇者になった事をきっかけにここを復活させたかったけど、経営なんかはからっきしなタチだからそのお鉢を丸ごと押し付けたんだよ」
「それは……なんというか」
無茶ぶりでは? という言葉をなんとか呑み込んだ凛だが、その無茶ぶりを推奨した当事者でもあるカーサは察して頷く。
「頼めば大体なんとかしてくれるから、ついね。けど、チートピアがこうして立派に新生してくれたのは彼のお陰だから、私らの目に狂いは無かったって事さ」
「おお。経営者の自伝に書かれてそうなエピソード」
「あと、ダメだったら任命者が責任を取るだけだったからね!」
「大人って大変だなぁ」
「なぁに、ここを仕切ってる奴は頭の出来はともかく、きっぷの良さに関して言うなら最高だから悪いもんじゃないさ」
そこからカーサのチートピア悲喜交交が語られ、一段落する頃になるのと同じ頃に厨房の扉が開いた。エプロン姿のアキラが料理を乗せたゴンドラを押す。
「おや、随分仲良くなってるみたいだ。どうかしたかい?」
「ちょっと世間話をね。さ、店長様から料理の配膳をどうぞ」
「改まってやろうとすると、ちょっとやりにくいんだけどね」
アキラは照れくさそうにするものの、覇者の打ち上げを取り仕切った経験は伊達ではない。慣れた手つきで料理を並べていった。
「バーガー三兄弟に、サボテンステーキとサボテンジュース。タンブルチップスは大盛りにしたからみんなで分けて。
そして今日の店長のおすすめはブレイズスモーク・ウインナーでございます」
歓声を上げる学生たち。並べられた料理を各々写真に収め、いただきますと言う可愛らしい声から小さな宴は始まった。
真っ先にバーガー三兄弟の三男を確保したエレンが、装いを変えたアキラを上から下まで見た上で評価を下す。
「結構サマになってるじゃん」
「ありがとう。メイド様のお眼鏡に適ったのなら何より」
茶化すアキラの言葉にエレンが顔を顰め、小声の抗議をする。
「友達の前であんまり言わないで」
「ごめん。内緒にしてるんだ?」
「内緒ってほどじゃないけど。なんか恥ずいし」
「そっか。それならお互いに秘密を握り合うってことで」
唇に指を当てるアキラ。三人が料理に突撃しているのを確認した上で、エレンもその仕草を倣おうとして。
「お? プロキシの車じゃんか。おーい! プロキシ!!」
店外から大きく響いた声に、エレンは眉を吊り上げ、カーサは天を仰ぎ、アキラの心臓が縮まる。声の大きさにではなく、その呼び方が原因で。
視線を外にやれば、巨大なバイクに跨った女性の姿が見える。長く伸ばされた一房の髪を揺らしながら、手を振ってアキラを呼んでいる。
先のツール・ド・インフェルノにて覇者代理となった「カリュドーンの子」の頭目、キング・シーザーがそこにいた。
「なんか色々大きい人だけど、どうしたんだろ?」
「そこらに知り合いでもいるんじゃないか。店内に他のお客はいないはずなんだけど……」
ひそひそ声で話す学生たち。咄嗟にアキラは両腕でバツ印を作り被害の拡大を防ぐようシーザーにサインを送るが、猪の突進はその程度で止まらない。
「あん? 何やってんだプロキシ? 変なコトやってないで──」
「シーザー、ちょっと」
「プロキシが前に欲しがってたなんとかってビデオも手に入ったんだぜ! 他の走り屋が持っててよ」
「察しなさい、シーザー」
「こないだプロキシと一緒にやってたゲームも、ジャンクの筐体があってさぁ──」
「──だまらっしゃい!」
終止符を打ったのは、快音を立てて臀部へ振るわれたバットだった。
「あにすんだルーシー! 決闘なら今朝やってやったじゃねぇか!」
「街中でド迷惑なコト抜かしてるのを自覚してないアホには相応しい誅伐ですわ! そのガラス玉より役に立ってない目ン玉かっぽじって磨いてきなさいな!」
「バカにすんな!! オレ様の視力はGだかHだかそんなだ!!」
「それはその無駄にデカい脂肪の規格のことでしょうに! あとこれじゃもう小さいとか舐めたコト抜かしてたのは忘れちゃいませんわよ!」
大小のイノシシがギャースカ騒ぎ合い、罵り合い、殴り合い。
落ち着いたのはプロキシと連呼されて青褪めつつあったアキラの介入から3分後のことだった。
「悪い悪い。まさか『ふつー』の知り合いと一緒だったとはな。ヤバかったか?」
「多分大丈夫だ。ただ、郊外は治安局と縁が薄いだろうけど、あちらさんはホロウレイダーやプロキシを目の敵にしてるから、頼むよ」
「気をつける。ようやくチートピアに戻れて緩んじまってたな」
ブレイスウッドに派遣されている治安局所属のにゃんきち長官は全く脅威になっていなかった。
「ルーシーも、咄嗟に動いてくれて助かったよ」
「礼には及びませんわ。アホの運転をするのは慣れていますもの」
なんだと、とシーザーが歯を剥くが、ルーシーは意に介さない。
「二人は仕事の帰りかい?」
「おう。物流ルートは安定してきたが、まだ文句垂れてる奴らがいたからな。オレ様とルーシーで『お話』に行ってきたのさ」
「なるほど、お疲れ様。無事に済んだのなら何よりだ」
「ああ、いや。無事ではあるが、まだ済んじゃいないんだよ。アキラが居て良いんだか悪いんだか……」
歯切れの悪い言葉にアキラが首を傾げた時、巨大な排気音がブレイズウッドに近付きつつある事に気付く。
そこから少しもしない内にカリュドーンの子の象徴であるトレーラー、アイアンタスクがチートピアの正面に停まった。運転席からパイパーがひらひらと手を振り、アキラもそれに応える。
「おっと、いけねえ。バーニスにも口止めしておかないと、またプロキシって呼ばれちまうな」
「わたくしが行きますわ。もてなしの準備に人手も必要でしょうし」
そう言ってルーシーはアイアンタスクの後方へ向かう。忙しないその様子に、アキラの疑問は深くなる。
「済んでないとかもてなしとか、何のことだい?」
「ええっと。締め上げた奴らだけど、どうも職にあぶれた憂さ晴らしに暴れててな。それだったら一旦カリュドーンの子で面倒見るってことになったんだよ。で、新入りがドカッと入るのなら、ウチらが誇るダイナーで歓迎会でも開いてやるかと」
話しているうちに、遠くからバイクの排気音らしきものがアキラの耳に入る。それ自体珍しいものではないが、遠くから響くはずなのに随分と大きく聞こえるのはその量が多大なせいだと気付き、アキラはシーザーが言い淀んだ理由に気付いた。
「シーザー。もしかして、これからそういう走り屋たちがたくさんここに集まってくるのかい?」
「そうなんだよな。アイアンタスクのバーも開放するが、チートピアの方も忙しくなっちまう。アキラ、急で悪いんだけどよ」
「もちろん、手伝うとも。お飾りでも店を任されているわけだからね」
アキラの迷いのない答えにシーザーは一瞬目を見開き、すぐに子供っぽい笑顔を浮かべた。
左腕をアキラの肩に回して、その期待と信頼に等しい力を込めながら抱き寄せる。
「誰もお前のことをお飾りだなんて思っちゃいねーよ。頼んだぜ、相棒!」
「シーザー、ギブギブ。義手と胸……いや、防具で挟まれて色々痛い」
そうやって巨大なバイクとトレーラーの前でアキラとシーザーが談笑している様子を、チートピアの客席から学生たちはおそるおそる眺めていた。
「な、なんかお店の外にまたお店が……? 移動型店舗?」
「『猪突猛進』。悪路だろうがホロウだろうがぶっちぎりで突っ走る運送業者だよ。頼りになる連中さ」
「そういえばあのトレーラー、六分街でも見た気がする。ここら辺が本社なのかな」
ヤカラの集会に巻き込まれてしまったのかと気を揉んでいた学生たちだったが、真っ当な業者と聞いて胸を撫で下ろした。
冷めた目のままの一人を除いて。
「エレン、どうかした?」
「んー。……どうしよっかなって考えてる」
気のない返事を凛に返すエレンは頬杖をついたまま、締め落とされる寸前のアキラを眺めていた。