「ンナナンナ! ンナ! ンナ! (店長! 6番テーブルからまた肉料理のオーダーです! もっと味が濃いものが良いと!)」
「さっき出したのはバーガーか。グリルステーキに付け合わせのソースを2種足して出しておこう」
「ンナナ! ンナンナ! (ドリンクが遅いと4、9、10番テーブルから催促が!)」
「分かった。ニトロフューエルが少なくなってきたな。バーニスに伝えて回してもらってくれ」
「ンンンン! ナナナナナ! (38番テーブルでお客同士が決闘をすると言い始めました!)」
「シーザーに──ダメだ、いま別の喧嘩を締めてくれていた。ルーシーに爆撃でもしてもらってくれ」
シーザーの傘下として統合された人間たちがブレイズウッドに集まり、さながら祭りの様相を呈する中。チートピアの厨房では多くのボンプと一人の店主が忙殺されていた。
ホールスタッフのボンプ達から悲鳴のような飛んでくる厄介ごとをアキラは丁寧に処理していく。表ではカーサやシーザーが取りなしているにも関わらず、矢のようにトラブルが飛び交っていた。
それに加えて本来の業務である料理のオーダーも捌く必要がある。アキラ自身も口で指示を出しつつ、食材の切り込みや盛り付けなど出来うる限りで動かなければ到底回らない。
「テーブルなんて30も無かったはずなのに、立ち飲みでもしてるのか?」
「店の周りにコンテナ並べて席にしてるよ。すごいバカ騒ぎ」
ふとしたアキラの呟きに、丁度厨房に入ってきたエレンが答える。私服の上から簡素なエプロンを付けた姿は、いつものバイト姿よりもバイトらしい服装になっていた。
チートピアとアイアンタスクの座席を埋め尽くして、なお足りないほどの人数。押し寄せる圧倒的な物量の前に小手先の戦術ではどうにもならないと悟ったアキラは戦略的に撤退し、のほほんとスイーツを食べていた学生たちに頭を下げた結果がこれだった。
「何その目。ちゃんとオーダーは取ってきたよ」
「ホワイトブリムを付けてないエレンが給仕をしてるのが珍しいというか、不思議というか」
「別に、いつもメイド服って訳じゃないし」
着替えるのが面倒という理由でルミナスクエアをメイド服姿で歩いておいてそれは無理がある。内心アキラは思いつつも口に出す事はなかった。
いつもの困ったような微笑みを浮かべるアキラに、エレンは口を尖らせながら目をそらす。
「普通にお手伝いとして頼めば良かったのに。いきなりアルバイト募集とか言うから、ルビーたちもちょっと引いてた」
「恥を晒している以上、曖昧な言葉は使えないよ。しっかり報酬は払うって意思は示さないと」
「まぁ、貰えるものに文句は無いけど」
鼻をぐずつかせ、喉を詰まらせるような調子で呟くエレン。
「あんたが働いてるのに、こっちが遊んでたら落ち着かないし」
「そういうものかな」
「だから、終わったら一緒にさ」
続くエレンの言葉は、壊れんばかりの勢いで開かれた扉が遮った。
若草色の髪を揺らすカリュドーンの子の頭目の行いにアキラは目を丸くして、エレンは反対に細めて睨んだ。
「プロキ──じゃなくて店長! とにかく肉とチーズ! 大皿で頼むぜ!」
飛び込んできたシーザーが伝票を投げ渡しながら叫ぶ。一拍置いて自身に向けられた視線に気付き、首を傾げる。
「お? どうした?」
「臨時アルバイトとちょっと打ち合わせをね」
「そうか。頼むぜバイト! オレ様の相棒を助けてやってくれよ!」
エレンの背中をバシンと一つ叩いて笑うシーザー。よろめく姿をよそに、アキラへ向き直る。
「アイアンタスクの方は順調だ。お客も満足してきて、今はバーニスのダンスを見物してる。このままアイアン・チーズ戦線異状なしで済ませようぜ!」
「ああ、そのタイトル。前に貸した映画は観てくれたんだね」
「おう! エーテリアスがばんばんやられていくから観てて爽快だったな! またなんか貸してくれよ!」
そう言い残して厨房を出ていくシーザー。その背を見送ってから、アキラは溜息を一つ吐く。
「あの映画、一応悲惨な戦場を題材にしてるはずなんだけど。まぁ、楽しみ方は人それぞれか」
うん、と頷いて自身を納得させる。一方でエレンは閉まった扉ばかり見て、何を話そうともしない。
黙り込んだ臨時ウェイトレスの顔をアキラは覗き込もうとするが、うねる尻尾に阻まれる。
「エレン?」
「……なんでもない。料理、運んでくる」
そう言い残し、積み上がりつつある料理たちをゴンドラに乗せてエレンは厨房を去っていった。
「たぶん、眠くって機嫌が悪いだけだと思いますよ」
様子を見ていたモナがアキラにそう声を掛ける。手元ではトゲの抜かれたサボテンが危うげなく刻まれていき、次々にボンプたちが運び出しては次の調理が行われている。
「お昼の後の授業が体育だと、居眠り出来なくて拗ねちゃったりするので」
「ああ、確かにラーメン食べたあと、よく寝てるような」
「そうそう。店長さんも肩を貸してあげたりしてるんですか?」
「知り合いの軍人さんは起きるまでそうしてあげたらしいよ」
「ンナナナンナ! (店長喋ってないで働いて!)」
そこからまた暫く。ボンプが悲鳴を上げ、皿が砕け散る音が響き、怒号と怒号を破砕するバットとエンジンと火炎放射器が暴れ。
およそ平穏とは言えないがそれでも各人の努力が実を結び、シーザーによってお開きの宣言がされるまで戦線は崩壊することなく踏み留まっていた。
「ニトロフューエルが切れた時はだめかと思ったが、バーニスが確保しておいてくれて良かった。どこに隠してたんだ?」
「あーあれ? うん! ちょっとタンクに入れてた分を回収しただけだよ!」
「バーニス。まさかとは思うけどよ、アイアンタスクの給油口を開けてたのは関係ねぇよなぁ?」
席代わりに置かれたコンテナの一角を陣取り、カリュドーンの子の基幹メンバーがお互いを労い合う。
そこには既にレジを閉めたカーサと、切れかけた充電を口にしたバッテリーで補うボンプ数機、そして新エリー都の学生達も同席していた。
「バイトたちもありがとよ! さすがにこの物量はプロ──の、店長でもキツかっただろうからな!」
「楽しかったから良かったですよ! ダンスも面白かったし!」
「けど、ちょっとバイト代にしては多いような……」
「遊びにいらしていた所を捕まえてしまったのは私たちの不手際ですもの。正当な対価として受け取っていただきたいですわ」
「あ、お金が嫌だったら私の特製カクテルでもいいよ! まだ材料はタンクに残ってるから、とっておきのを〜」
「学生らにそんなもん飲ませたら、連れてきた店長がエリー速報の三面記事に載っちまうぞぉ」
「あっそっかぁ。うっかりしてた」
「何飲ませるつもりだったんです?」
和やかな空気の中。一人だけがコップに口を当てたまま黙り込んでいた。コンテナの端に座るエレンは何の相槌も打たず、周囲も疲れているのだろうと遠慮してそれに何も触れなかった。ただ一人を除いて。
「よう、お疲れ様」
場にそぐわない静かな雰囲気を察したシーザーが、エレンの隣に座る。エレンは眉の間に縦皺を作り露骨な態度を示すが、シーザーは全く気に留めず話し始めた。
「お前が持ってきてくれてた音動機のお陰で氷が足りたから、ちゃんと礼を言っておかなきゃなと思ってさ。本当に助かったぜ。ありがとな」
「はぁ。それはドーモ」
エレンの歯がコップに当たり、威嚇の様にカチカチと音を立てる。
「けど、あんな特注品丁度良く持ってたもんだな。もしかしてお前もホロウ──」
「店長を助けるため。それだけ」
エレンがそう言い切ると、コップの中の氷を一気に口に含む。
その言葉にシーザーは不思議そうな顔をするが、すぐに頬を綻ばせる。
「そうだな! あいつ、こっちが助けてやんなきゃ危なっかしくてしょうがねぇもんな!」
豪快に笑うシーザー。肩に腕を回された揺すられるエレンは、やっぱり言わないほうが良かったかもしれないと後悔しつつ、氷を噛み砕いた。
その一連の様子を眺めていたルーシーが、席を離れた隙にパイパーへ零す。
「甘ったるい漫画は読んでるくせに、そういう気配には鈍感ですのね。危機感ナッシングですわ」
「ん〜? ルーシーはシーザーの味方をすんのかぁ? ちょっと意外だな」
「まさか、ありえませんわ。ただ、カリュドーンの子専属プロキシとしてパエトーンを抱えこめる機会を陸のサメに邪魔されるのは愉快じゃありませんわね」
シーザーの脇に挟まれて心底辟易している顔のエレンをルーシーが睨む。その様子とは対照的に、考え込んでいたパイパーは遂に結論を導き出す。
「シーザーの味方はしない、でもサメっ娘には取られたくない。つまり、ああ、なるほどなぁ。ルーシーもプロキシが欲しいってわけだ」
「なっ、そ、そそそそんなことほざいてねぇですわ!? 曲解もいい加減になさい!!」
「シーザーにルーシーにバーニスにライトに、プロキシも罪な男だぜぃ。若いってのはいいなぁ」
「お黙りなさいなパイパー! あなたこそ、しょっちゅうプロキシの車でブレイズウッドから新エリー都までドライブしてるんじゃありませんの!」
「あれは別に親切心の発露に過ぎないけど、しょっちゅうだなんてルーシーはよくプロキシの様子を見てるんだなぁ」
ルーシーが怪鳥音じみた声を上げたところでパイパーは走り去り、遅れて手下三匹を呼びつけながらルーシーがそれを追った。
場外乱闘の様相を全く意に介さないルビーがふと気付く。
「そういえば店長は? さっきからいないよね」
「店長なら疲れたから車にいるって言っていたよ。ああ、お客人らも疲れたなら寝床に案内するから言っておくれ」
カーサの言葉にはーい、と学生三人が返す中。シーザーの脇から抜け出した隙に、エレンは音もなく席を立った。
店の影に隠れるように駐車されたRandom Playの社用車には室内灯が灯されていた。エレンが車の中を覗き込むと、端末を操作するアキラの背中が見えた。広々とした貨物部に座り込み、体を拭くために上着とシャツを脱いだ開放的な姿のまま、端末と小型のPCを操作している。
シーザーがモヤシと呼んでいた事をエレンは思い出したが、窓越しに見える背中はそれほど頼りないものではなかった。筋肉質とは言えないが、健康的な肉付きの肩が薄らと汗を浮かばせているのはエレンの美意識にそぐう姿だった。日焼けの少ない生白い肌も、室内灯の淡い光が照らすことで艶かしい隆起を描いている。
ふと、アキラの体から端末へエレンの視線が転がる。大きな猫か狐のような耳を持つ黒髪のシリオンの姿がそこには映っていた。
無意識に震えたサメの尾が、近くのタンブルウィードを弾き飛ばす。大きな音ではないが、車内の人間が気付くには十分なものだった。
異変に気付いたアキラが振り返ると、窓の外には三白眼のエレンが見つめ返していた。呻くような叫びと共にエレンがいる窓から反対側まで飛び退く。端に積んでいた換えのTシャツを慌てて被る姿には、伝説のプロキシとしての姿は欠片も感じられない。
「エレン、びっくりさせないでくれ。心臓が潰れるところだった」
「別に、そんなに」
落ち着きを取り戻した後。貨物部を陣取るアキラに対して、後部座席にエレンは座り、背もたれ越しに会話をしていた。
アキラとしてもゴツゴツとした貨物部にエレンを座らせるには忍びなかったし、エレンもまた、さっきまで背中を盗み見ていたアキラと正面向いて話すにはまだ心の準備が必要だった。
「もう少ししたら星を見るのにいい時間だ。行ってくればいい」
「あんたはどうするの?」
「少し働きすぎたから、休ませてもらおうかな。もう結構、眠くなってきてるし」
「ここで寝るの? 寝る場所は案内するって、さっき言われたけど」
「まぁ、その。その場所は知ってるけど、あそこって一部屋しか無くて。流石に同じ部屋に寝るわけにはいかないだろう?」
「あたしは……ああ、うん。そだね」
友人たちと来ている事を思い出し、エレンは言葉を飲み込んだ。会話が途切れ、狭い車内に欠伸の音が響く。
エレンが傾けた座席の隙間からアキラの様子を伺うと、殆ど身を横たえた状態のアキラが、半眼で端末を操作していた。
「もう寝ちゃう?」
「あとちょっと……データの整理だけしたら。もし僕が寝落ちしたら、外から鍵を閉めておいて貰えるかな」
座席の隙間から突き出されたアキラの手が鍵を落とす。エレンはそれをポケットに入れつつ、アキラの背中と、その背中越しに見えていた作業を思い出していた。
「データの整理って、さっきの写真?」
「うん。イアスの視覚データを抜き出しておいたのを、整理しておきたくて」
イアスの視覚データという言葉に、黒髪のシリオンを真正面に捉えていた画像がエレンの脳裏に過ぎる。その胸は豊満であった。タンブルウィードを打った尻尾が再び痙攣を思い出す。
「あれ、誰?」
「ふぁ──ぁ──……ごめん、欠伸が。あれって?」
「猫だか狐みたいな耳の長い、黒髪のシリオン」
少しの間と、少しの欠伸。その後に、ああ、とアキラは思い当たる。
「対ホロウ6課の人だよ。偶然、会ったんだ」
「どこで? どんな用事で?」
歯切れの悪いアキラに、エレン自身も意識しないまま詰問するような口調になっていく。
アキラはそれに気を悪くする様子もなく、だが少し言いにくそうに明かす。
「大地溝帯の近くまで行ったときに、ね」
その言葉に、エレンの中で気炎を吐いていたものが動きを止めた。
旧都陥落事件において形成された大陥没地帯。十四基の式興の塔の破壊という常軌を逸した的確な対処によって、零号ホロウの暴走を食い止めた場所。
「旧都陥落の被災者慰霊碑の前で、彼女と会ったんだ。プロキシとして敵対はしたくないけど──ふぁあ──どうなるかな……」
むにゃむにゃと口を動かすアキラは、確認したいと言っていた端末を取り落としたまま、まぶたが閉じかかっていた。
「あんたはさ」
「んん?」
「なんで、大地溝帯に行ったの?」
互いの目的を何故と問うのは、プロキシとエージェントという関係性が邪魔をする。知りたがりは長生き出来ない。沈黙は金。そんな事はエレンも百も承知だった。
故に、答えを期待していない問いだった。
「僕も、リンも──いかなきゃ、いけない」
半ば寝言のような言葉をアキラが返したのは、寝ぼけていたのか、エレンを信頼していたのか。
「あそこが──ぼくらの──」
かえるばしょ。その音にならない唇の動きを、エレンだけが眺めていた。
「あんな場所、何もないのに、どうして」
エレンの問い掛けには、もう応えは無かった。アキラの静かな寝息が車内に満ちていく。
車の外から歓声が響いた。流星群が見え始めたらしい。
空から背を向けたまた伸ばすエレンの両手が、投げ出されたアキラの手を包む。
「逃がさないから」
誰にも知られないよう、ひそりと呟かれる言葉。尻尾の先でドアロックを掛けて、エレンは横たわる。
手を包み、寝息を聞きながら、アキラの後を追うようにエレンは目を閉じた。
ゲッワイさせるわけないだろ。認知して?