ジェーンとあまり健全じゃない関係の男 作:──
ルミナスクエアの一角、いつも通りのその場所で雨の音を聞きながら車を止める。
それは決して習慣化されたことではなかったが、
数十分ほど待った頃、車の窓がコンコンとノックされる。
「おにいさん、今ヒマ?アタシとイイコトしない?」
「……今は人を待っているので、結構です」
窓をノックしたのは金髪に青目、濃い赤色の口紅を塗った女性だった。
「誰を待ってるの?彼女さん?アタシよりキレイ?」
「あなたより綺麗です」
「ふ〜ん……どっちも
「自然体の方が好みです。……人目を引きたいわけじゃないでしょう?さっさと乗ってください」
「はいはい、お邪魔しま〜す」
彼女は、お邪魔しますと言った割にはあまりにも我が物顔で後部座席に座り、ウィッグとカラーコンタクトを外すと、後部座席に乗せてあった普段着に着替え始める。
「にしても、今回は連絡してなかったのに来てくれるなんて……以心伝心ってやつ?」
「違います。大体、俺の車に普段着もメイク落としも全部乗せといて、俺が来なかったらどうするつもりだったんです?」
「徒歩で君の家まで行って〜、ご飯奢ってもらう?」
「いつも通りじゃないですか……、まぁそうだろうなって思ったので迎えに来たんですよ」
車を発進させてしばらくすると、後ろからこちらへ手が伸びてくる。
赤いネイルの綺麗な手だ。
それは妖艶に、肩から首筋をなぞり、顎へと登ってくる。
「……俺で練習しないでください」
「そんなんじゃないってば。受け取ってよ、アタイのキ・モ・チ……ホラ、こっち向いて?」
「向いたら事故ります。寝てて良いですから、家に着くまでは大人しくしといてください」
「はぁい」
静かになった後部座席をバックミラー越しに軽く見ながら彼女との出会いを思い返す。
──────────
ちょうど今日のような雨の日、男友達とのサシ飲みの帰り俺は少し酔いながらも確かな足取りで道を歩いていた。
すると、目の前で雨に濡れる女性が一人。
今にも消えそうなほど弱々しい雰囲気の彼女が心配になった俺は、勇気を振り絞って彼女を部屋に招いた。
「えーっと、ありがとう?」
「なんで疑問系なんですか……、とりあえず、服のサイズ大丈夫ですか?」
俺は彼女を半ば無理やり風呂に入れて、服を渡してリビングでビールを用意していた。
「……なんでビール?」
「なんか悩みとかあるのかなって、飲んだ方が話しやすいでしょ」
机の上に置いたビールに手を伸ばすか迷うような仕草をする彼女を見て
て、俺は二つのビールどちらもを開けると、両方を半分づつ一つのコップに注ぎ、それを飲み干した。
「何も入って無いので、残りをどうぞ」
「じゃあ、遠慮なく」
彼女にコップと残りのビールを渡すと、彼女は同じようにしてそれを飲み干した。
そこからの記憶は断片的で、覚えている最後の記憶はやたら近い彼女の顔、そこまでしか思い出せないことを拡散すると同時に明後日上体を起こすと、隣では俺と同じベッドでジェーンさんが眠っている。
慌てて彼女を揺り起こし、昨日のことを覚えていないことを謝罪し、その上で何があったのかと聞いた。
しかし、彼女は頬を赤らめて
「……これからよろしくね?」
と、首を可愛らしく傾けて微笑むだけ。
この時、混乱の極みに陥った俺は一周回ってそれを受け入れてしまった。
そして、
「これからよろしく。これ、連絡先だから何かあったらなんでも連絡して」
と言って自身の電話番号を渡した。
数日後、彼女からの連絡に腹を括った俺だったが、結論から言えば俺が言い渡されたのは彼女からの謝罪だった。
どうやらあの日、俺がサシで酒を飲んだ男友達は色々な犯罪に手を染めていたらしく、治安局の人間である彼女はそんな奴と酒を酌み交わしていた俺から何かしらの情報が得られないかと近づいたらしい。
しかし、俺は何も知らない一般人で、それなのにも関わらずハニートラップと意味ありげな仕草で俺を騙したことを彼女は(少しおちゃらけた調子はあったが)謝罪していた。
俺はなんだか居た堪れなくなって
「貴女みたいな美人な人に騙されるなんて、人生で経験できる方が稀ですから、逆に自慢できます。こっちこそあの時は混乱して、すぐに部屋を追い出しちゃってすいません」
「……あ、そうだ。部屋」
すると彼女は何かを思い出したような仕草をして、こちらを伺うように目線を向けた。
「それで、結局のところ……残念ながら君のお友達はしっかり捕まったんだけどね。彼、最後に逆襲だーって言って民家に火を放ったの。そしたらそこが偶然私の家でさ……今、家がないんだよね。─────この前のキミの部屋のベッド、寝心地よかったなぁ……」
彼女は上目遣いでこちらを見る。もちろんそれが色仕掛けか何かであることはわかっていた。
しかし、彼女に少なからず好意を抱いてしまった俺は、時間も金も部屋の数も有り余っていたこともありそれを二つ返事でOKした。
しばらくの同居のあと、部屋を借りる目処がついたのでそろそろ出ていくと言った彼女に、同居に慣れてしまって彼女に出ていって欲しくなかった俺は、遠回しにその旨を口にした。
すると、彼女はにんまりと笑って
「私に恋しちゃった?いいよ、ここ居心地いいし、もう少し居てあげる」
揶揄うように笑いながらそう言って俺が買っていたチョコレートをつまみ食いし始めた。
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そこから約一年。思っていたよりも生活力低めの彼女をできる限り支えて現在に至るワケである。
ニンマリと笑った彼女の顔に、ほんとに治安局の人間なのか?とも訝しんだが、大事はなく今も平穏無事に我が家に居候する彼女に世話を焼いている。
車を家の前に止めたが、ジェーンが目を覚ます気配はない。
ちょうど雨も止んだので、彼女を両手で抱えて家まで運んでいると、彼女の尻尾が腕に絡みついてくる。
とりあえず家にたどり着いたのは良いものの、尻尾が解けないので今日はこのまま彼女と共に同じベッドで眠ることになりそうだ。
側から見れば俺は状況を利用する悪党のようだが、これは彼女が許したことである。
彼女曰く、そうしなければこのような場合に俺が永遠に彼女を抱えて立っていることになるのもあるが、〝ここまで面倒かけさせてるからさ、一つくらいは役得があっても良いじゃない?〟とのことだ。
彼女をベッドに横たえ、尻尾が絡みついていない腕を彼女からゆっくりと離す。
そしてベッドに入ると、彼女の足が俺に絡みついてくる。
「……起きてたんですか」
「ねえ、キミはさ。あの日の夜、本当に何もなかったと思う?」
「……え?」
「私はさ、あってもよかったなって……思ってるよ」
唇になにか、柔らかいものが触れた気がした。
しかし、それを問いただそうとした時には既に、彼女は眠っていた。