飛行機雲   作:神風

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いよいよ、出来上がった水上機で世界を飛び回って行きます。


test pilot
荷重試験


 マリンフォードから約十数km沖地点。

 海は穏やかに、遠くには何隻か海軍の船が帆を張っている。

 

 工廠内の事故に巻き込まれ前世を思い出し、早13年。

 カイルは空を飛ぶ事に人生をかけてきた。

 トップガンを夢見て、いつか飛び回るために、やっと一機の水上機を造り上げた。

 未だ改善点は星のように思いつくが、飛行試験は順調に進み、安定した飛行を続けていた。

 

 翼は風を捉えて滑らかに飛んでいる。

 スモーカーを監視兼救助役として連れ、行った飛行試験は無事に基点とした島をUターンすることが出来た。

 計器もしっかり動いているし、異音もなし。エンジンも問題なく作動し一応搭載したパラシュートを使う事は無さそうだ。

 

 あとは着水のみ。

 着水角度を誤ると前のめりに水没し脱出が難しくなる。遠くに浮かぶ船の上のスモーカーを巻き込まぬように手前側で着水するべきか。

 

 飛んでる間に風向きが変わり、波は穏やかになっている。水上機では風に正対して離着水するものだ。丁度いい、これなら問題なく着水出来そうだ。

 

 

 

 水上機は海面に機体を預け、曳き波を残し、ゆっくりとプロペラも止まった。

 いつでも救助出来るよう、力んでいた身体から力が抜ける。

 

「は、やりやがった……」

 

 海兵育成アカデミーで出会った当初から、カイルは空を飛びたがっていた。抱えて飛んだ時は涙目になっていたほどに。あいつの話だと6歳の頃から空を目指していたらしい。それが今、叶ったのだ。

 

「スモーカー!見てたか!?!!」

 

 オールを漕ぎ迎えに行けば、興奮した様子で船に飛び乗り抱きついてくる。まるで大型犬だ。

 おい、揺らすな落ちる。

 

「飛べた!飛べたぞ!!次は飛行試験だ!」

「さっきのがその試験じゃねぇのか」

「限界を知るための試験だ。最高速度、最高高度……色々ある。これから忙しくなるぞ」

「休みの日にか?お前サカズキ中将の補佐はどうすんだ」

「そこは、まぁ、なんとかなる……はず、多分、近々。うん」

「おい。おい、カイル。こっち見ろ。ちゃんと言え」

「まだ確定してないことは言え「また何も言わずにいなくなるつもりか」

 

 目線を泳がせるカイルの頭を固定し、見つめると観念したように話だした。

 

 ボルサリーノ中将から話があったこと。今、技術を丸ごと譲渡しないなら、先にマニュアルを作ること、その過程で海軍専門の運び屋になること、いずれは海軍仕様の飛行機を作ることを約束させられたとぽつぽつと話し出したカイルはこちらの機嫌を伺うように見てくる。

 

「今技術を譲渡すれば無駄な死人が出る。それに開発したものはその行先を見届けてあるべき様に軌道修正してやらなきゃならない。科学部隊にまるっきり譲渡したら、何をされてるのか分からなくなる。それに、飛行試験がすんだらお前を乗せるって約束したし」

「その提案はサカズキ中将は知ってるのか」

「ま、まだ言ってない」

「上からより、お前の口から言った方がいいんじゃねぇか?」

「やだなぁ、絶対怒られるじゃん。サカズキ中将には世話になったけど、空飛べるのとは比べられないし」

 

 そう八の字に眉を垂らすカイルは何も変わっていない。ただ単に空を飛びたいだけのアカデミー時代のアイツと一緒だ。

 

 コイツは目標が決まってるからそれに突き進み、達成度が目に見える。

 対して俺は目標がハッキリしてない。だから比べるも何も無いのだ。俺が勝手にカイルを遠くに感じているだけ。

 頭では分かっちゃいるが、どうしても焦りがでる。

 

 更に強く。強くなって、海賊を捕まえる。目指す強さはなんだ、それを見つけなければ。

 

「終わったならとっとと帰るぞ」

 

 

 そうして陸へ戻った2人は、港で待ち受けていたヒナに雷を落とされた。

 

「どれだけ心配したか!」

 

 ──

 

「という事でして」

 

 翌日、カイルは執務室にてサカズキにボルサリーノとの話を詳らかに伝えた。

 ヘッドハンティング(?)されてますって上司に伝えるの気まずいんだよなぁ。自分としてはいい着地点に落ち着いたと思うけど、ここまで育ててくれたのサカズキ中将だし怒っ、て……アレ?

 ちらりと盗み見たサカズキは湯気をあげることも、身体を溶かすことも無く、淡々とカイルの話を聞いていた。

 

「ほうか。まだ返答はきちょらんのか」

「えぇ、ボルサリーノ中将から追って連絡するとしか」

「わしからも話はきいちょくけぇ、こんなぁ通常業務に戻れ。……なんじゃぁ、まだあるんか」

「あの、いえ。サカズキ中将の補佐官としてまだ日も浅く、役に立つ前にこんな面倒なことになってしまって申し訳なくて」

「ふん、ひよっこがぬかしよる。ボルサリーノの事じゃ、どうせ逃げれんようにされたんじゃろ。上の都合でわしに世話させた見返りに、文句たれる権利ぐらいあるわい。……おい、も少し寄れ」

「?なんでしょ、ッ!」

 

 近づくよう拱く指に従うと、いつか焼かれた胸の痕を突かれた。

 

「やりたい事やれるんじゃ、死ぬ気でやれ」

「勿論です。でも、まだ役に立ててない」

「近頃、使える情報屋も少なくなってきたけぇの、ネタぁもってくるぐらいはできるな?」

「!出来ないとは言わせないでしょうに」

「当り前じゃぁ。お前をここまでしたんは誰か忘れたか?」

「サカズキ中将他なりませんね」

「なら異論はないじゃろ」

「取ってこれたら、褒めてくださいね」

 その返答にサカズキは鼻で笑っていたが、カイルを見やる目は穏やかなものだった。

 

 

 サカズキ中将と話した数日後、カイルはボルサリーノ中将の執務室に赴いた。

 

「本日付で特別監査官に任官。階級もそれに合わせて少佐に昇進。やぁ、おめでたいねぇ」

「ッ少佐!?随分と無理矢理ですね」

 

 形だけの拍手をするボルサリーノにカイルは訝しげな表情を隠せなかった。入隊して1年も経たずに少佐へ昇進とは異例である。二階級特進を飛び越えて三階級とは、言外に死んでも働けとでも言ってるのか。

 

「軍事機密漏洩の件、新兵器開発この2つだけでも昇進の理由にはなるでしょ。元々、この2つがなくとも中尉への昇進は決まってたんだけどねぇ?特別監査官にするなら尉官は低すぎるってことで佐官に。どっちも功績として公にすることは出来ないけどねぇ。特別監査官なら、各島渡り歩いてもおかしくはないし、君、前に横領と島からの搾取について報告上げてたよね。監査部も褒めてたよォ?」

「はぁ……」

「嬉しくないのかぁい?ま、いいや。これ、初回の監査先だから、頑張りなさいねぇ」

「……、直属の上司はボルサリーノ中将になるんでしょうか」

「わっしは今回の通達でお役御免。君みたいなの世話焼いてらんないよぉ。次から監査部を通して来るらしいからそのつもりで」

 

 雑に渡されたものは辞令と今回の任務に関する書類。

 去るボルサリーノの背を敬礼で見送った後、確認するとやはり少佐の文字が記されていた。

 

 

 特別監査官 カイル少佐

 海円暦────年-月-日よりノースブルーに属する各支部の監査を命ずる。

 

 

 辞令を受け取った後は慌ただしく遠征の準備に取り掛かった。

 ToDoリストを作るとしたらこうだ。

 ・監査部に挨拶&仕事内容確認

 ・サカズキ中将へ挨拶

 ・監査対象支部毎のデータ確認

 ・遠征準備

 ・飛行ルート確認

 Blah Blah Blah……

 

 テスト飛行の一環とはいえ仕事は仕事だ。

 今までと全く異なる業務内容だから確認はしっかりしておかないと。しかしな、ノースブルーに属する支部がいくつあるかご存知だろうか。1人でやる数ではないことは確かだ。

 

 グランドライン上のマリンフォードからノースブルーへ向かう航路は水路であれば、レッドラインを超える為に船を乗り換え物資を詰め替えする必要がある。しかし、飛行機であれば一足飛びにレッドラインを越えられる。

 燃料の消費や天候の具合によっては日程が狂うこともあるが、船での移動よりは早く済むだろう。

 だが、万一レッドライン上空でトラブルがあり不時着した場合、即刻死刑になる可能性が高い。天竜人の居住区以外の上空を飛ぶべきだ。

 そうなると、カームベルトを越えて少し逸れた所から上空へ侵入する方が良さそうだな。

 

 などとやるべき事を考えながら、カイルは島の仕立て屋へと足を運んだ。

 

 頼んでいたものが出来たと知らせが入ったからだ。

 

「長年海軍専門の仕立て屋をしておりますが、こういったご注文は初めてでして……お気に召していただけると幸いです」

 

 仕立て屋は鏡の前に立つカイルへ、『制帽』を手渡した。

 

 頭だけでなく顔をも覆うようなカーブを描き、目元にはサンゴーグル、その上に風やホコリから顔を守る透明な外殻が備えられている。全て下ろしてしまえば、顔下半分しか見えず、随分特異なものであることは確かだ。

 カイルが仕立て屋に注文していたのはパイロットヘルメット。設計図に事細かに書き、実現させた唯一無二のカイル専用『制帽』だ。

 

「ポルコみたいな飛行帽もいいが、やっぱりこれがしっくり来るんだよな」

 

 頭頂部に青色の2本の線が走るヘルメットを被ると頭にフィットし、見目も良い。

 

「うん、とってもいい。難しい注文だったのに、ここまで仕上げていただけるなんて。ありがとうございます」

「いえ、私共も色々と勉強になりました」

「これとは別に、すぐに用意してもらいたいのだけれど、出来ます?」

 

 昇進辞令を見せると、仕立て屋はニヤリと棚下から階級章や肩章を出してみせた。

 

「おめでとうございます。すぐにご用意できますよ」

 

 ──

 

「おい、聞いたか。同期入隊で少佐になったやつが出たってよ」

「はぁ?嘘だろ、まだ1年も経ってねぇぞ。誰だよそいつ」

「噂によるとほら、工廠長の、確かサカズキ中将の補佐官だった」

「はっ、コネかどうせ中将のナニでもしゃぶったんじゃねぇか?」

 

 男は苛立ちを隠さず、水分を吸ったモップを甲板にべしゃり、と叩きつける。同時期の入隊者数は多いが、その中でアカデミーを卒業した者は少ない。

 かく言う男も雑用として入り、未だ3等兵止まりだ。

 

「っ……おい、テメェら」

「ス、スモーカー少尉!お疲れ様です!」

「口が動くたァ随分暇らしいな。雑用だけじゃ間に合わねぇ、洗濯手伝ってやれ」

「洗濯は雑用のしご「何か文句あるのか?あぁ゛?」

「「aye aye sir!!」」

 

 バタバタと走ってゆく背が苛立たしく、胸元の煙草につい手が出てしまう。

 煙の行方を見上げ、思い出すのは先日電伝虫越しに話したカイルの事。

 少佐に昇進したこと、自分には過分の昇進であること、マリンフォードを長期間離れること、次に会う時にはいい葉巻を一緒に吸いたいと話していた。

 

 また、空に1本の線のような雲が出来ていれば、近くにいるはずだとも。

 

 きっとあいつは俺の言葉を気にして、何も言わずにいなくなることの無いよう、わざわざかけてきたのだろう。

 

 元上司の不名誉除隊決定後、スモーカーはクザンの下へ配属された。これはスモーカーの希望ではなく、クザンの補佐官の希望だ。

 クザンの書類仕事を効率よく急かせるようになった頃、海賊船を拿捕する際も仕事ができると配置されたのだ。クザンは普段サボってばかりだが、戦闘となると大将クラスだと噂されている。手本にするにはうってつけだ。

 あの上司の下で燻っていた頃より、力がつくだろう。

 力をつけ、アイツと対等に……。

 

「10時方向に海賊旗掲げた船舶確認!戦闘ヨーイ!!」

 

 ──

 

『CIGARETTES』

 フライト前に点検すべき項目の頭文字をあわせたものだ。

 Control:操縦装置

 Instrument:計器

 Gas:ガス

 Altimeter:高度計

 Radio:無線機(かわりに電伝虫を乗せた)

 Engine:エンジン

 Trim:トリム

 traffic:トラフィック(他に飛んでいる奴はまぁいないだろう)

 Extra Equipment:その他の装備品(娯楽品も少々)

 Seat Belts & Shoulder Harnesses:シートベルト及びショルダーハーネス

 

 カイルは出発前に最後の点検を行っていた。

 これから命を預ける機体だ、入念な点検が必要となる。

 この時間も幸せを感じるし、これから本格的に飛べると思うとうずうずする。男っていう奴はメカの整備動画とか見せたら何時間でも見てるからな。

 

 点検が終わると次はルートの最終確認。

 海軍に所属するメリットは世界中の海図が手に入る事。グランドラインの海図を求めて冒険しなくて済む。テーブルに広げた海図を用いて飛行ルートを確認するが、グランドラインは天候が崩れやすい、こればかりは運だろう。

 

「まず向かうは海軍第153支部。シェルズタウン」

 

 指さしたのはルフィの故郷からほど近い島。ルフィとゾロが初めて出会う場所。海図によればレッドラインからもほど近い。

 マリンフォードからシェルズタウンへ滑らせた指を追うようにミニターズが海図を泳ぐ。

 

「そしてシェルズタウンからG-1支部に」

 指はシェルズタウンからレッドラインを越え、スワロー島を横目にG-1支部へ向かう。

 確か将来G-1からニューマリンフォードへ変わるんだったか。丁度いい、厳しめにしておくか。

 

「TARS,Ready for Takeoff」

「ミッミ!」

 

 ターズはそれを合図に水上機を飲み込み、海上へと吐き出した。そしてカイルと共に飛び乗り、大きな翼を水上機のそれと重ねる。カイルの身体で泳ぐよりこちらの方がのびのび出来るそうだ。

 今までターズを飛行機代わりに遊んできたが、もう終わりだ。

 

 カイルは仕立てたばかりの制帽を被り、グローブをはめる。電伝プレーヤーでご機嫌な曲を流し、エンジンをかけた。

 

 

 

 荷重試験〜シェルズタウン〜

 

 

 

 1週間程前、本部から約1名左官の上陸予定の申し送りがきた。

 軍艦を運航するならせめて最低でも2桁の人数が必要だ。恐らく記載ミスだろう。港に軍艦1隻停泊出来るよう連絡し、スペースを開けておいた。

 

 俺は数ヶ月前まで第7支部所属だったが応援要請を受け、第153支部に異動してきた。新設支部へ他支部から建築技術を持つ海兵や手馴れた海兵を派遣して基盤を整える事はよくある事だ。ここの支部の大体の海兵は地元の人間が多いが、建築技術は持っていない。それに、支部内の構造を民間人に知られる訳にはいかないからな。ある程度基盤が整ってから将官がやって来て運用が始まる。

 基盤を整えるには1年程はかかると考え、家族と共にこの島へやってきた。今が可愛いざかりの息子と離れるのは耐え難い。

 

 デスクの上の家族写真を撫でていると、どこからともなく聞いたこともない異音が聞こえてきた。窓から外を見ると島民も異変に気づいたのかざわついている。何事だ。

「報告します!!南東方面から大きな鳥のようなものが接近中!」

「ッ島民を家に戻しておけ!俺も向かう!」

「はっ!」

 

 得物を手に、走って港へ向かうと野次馬が集まっている。港に着いた時には指示を飛ばす声が異音にかき消される程、"大きな鳥"が接近していた。

 

「何者だ!ここを海軍第153支部と知っての狼藉か!」

「上陸申請した者だ!敵意は無い!」

 

 

 ──

 

 

「ッ少佐殿!?大変申し訳ございません!!」

「頭をあげてください。驚かせてしまったこちらの不手際です」

「ですが、上官に武器を向けてしまうとは」

「気にしないで下さい。島民を守ろうとしたんですよね、軍曹のような常在戦場の心をもった方がいて心強いです」

 

 斧を手に立ちはだかった男は港に降りたカイルの装いを見るやいなや、頭を下げた。

 軍曹の階級にいるようで半袖をねじった制服を着ている。

 

「光栄です。しかし、まさか本当におひとりでの上陸とは思いませんで」

「えぇ?申請書にもそう書いていたでしょう?」

「記載ミスかと」

「なるほど、そうとるか。次から気をつけよう」

 

 時刻はそろそろ日の入り。

 夜間飛行は危険だと島の宿を借りることとなった。まだ建設途中だからなぁ。大変な時に邪魔しちゃったな……

 

 海軍支部が出来ると、その周りには飲食店や娯楽施設など海兵相手の店が集まってくる。どの世界にも商魂たくましい者はいて、支部設立の噂を聞いて店の土地を確保する者もいるらしい。早くに開店すれば支部を建設する者や海兵からぶんどれる寸法だ。

 

 そういった所で勝手に飯と宿をとるから気にするなと軍曹を追い返し、水上機の点検を行う。今回の飛距離、飛行時間、消費燃料等も今後重要となるのでメモを取っておかねば。

 メモをとり、点検も終わると辺りは暗くなっていた。水上機を取り込ませたターズを背負い込み、繁華街へと足を向けると思いの外繁盛しており、島民に交じって海兵達も見られる。

 

「お、おにぎりあるじゃん」

 メニューを見ていると馴染み深い料理名が目に入った。リカちゃんがおにぎり握ってたのってここの店だったのか?じゃぁ、今厨房で働いてるあの子って母親のリリカさん?ははぁ、なるほど似てる

 

「おにぎりセットのお客様〜こちら鮭と昆布のおにぎりです、ゆっくり召し上がってくださいね」

「ありがとう、うまそうだ」

 

 塩加減もよく、具もたっぷりはいったおにぎりと味噌汁は腹を満たし、心地いい眠気をもたらす。

 しかし、未だ制服のままだ、船を漕ぐのは他の海兵に見せられないな。海軍本部名物クソまずい珈琲でもあれば吹っ飛ぶだろうが。

 

「おじさんが、偉い人?」

「んぁ?」

 

 下からかけられた声に目を向けると、金髪の子供がいた。

 

「パパが言ってた、このコート着てる人は偉い人だって」

「間違いでは無いな。何か用かい?」

「お願い、パパを元の島に戻して」

 

 まだ幼い、4,5歳ぐらいだろうか、子供はコートの裾を掴み俯いている。

 元の島に戻して、とはどういうことだろうかと近くにいた海兵に目をやると丁寧に説明してくれた。

 

 新設支部の叩き上げの為に異動してきた海兵の子供だそうだ。多分元いた島の友達に会いたいだなんだとごねているんだろう。

 

「すまないが、君のパパの人事には関わってなくてね。この島は嫌かい?」

「嫌だ。友達もいないし、パパも遊んでくれない。この島にきてからやな事ばっかりだ!」

 

 幼さを強調する丸い頬に雫は伝い、床にしみを作る。

 目が熔けそうに溢れるそれを拭うために抱き上げ、膝に乗せてやれば子供特有の高い体温に頬が緩む。

 

「やな事ばかりか。そりゃ戻りたくもなるよな。パパにはその言葉言ったか?」

「言って、ない。おしごと、いそがしくて、朝ご飯たべる時しか、会えなくて……ヒック」

「そうかぁ、寂しいなぁ。ほら、泣きやめ、目が溶けるぞ」

 

 ハンカチで拭ってやり、頭を撫でる。

 子供をこの世でこさえる予定は今の所ないが、こうしてると父性がくすぐられる。こちとら前世を合わせて40数年生きてる計算だ、子供は守るべき世の宝だと思っている。

 この子の希望通りには出来ないが、せめて父親の所へ送り届けることはしてやれそうだ。

 

「もう夜も更けてきた、パパの所まで連れてってやろう。君、名前は?」

「……ヘルメッポ」

 

 あっ、ほんとだちょっと顎割れてる

 

 ──

 

 海兵たるもの、海難事故を見越して訓練を受けており、即時対応出来るよう身体に染み付いている。

 海難事故として例を挙げるとすれば、座礁、衝突、火災、漂流、浸水、船体傾斜様々だ。

 

 個人的にこの世界で、起こりうる確率が高いと感じているのは火災。海軍、海賊関わらずこの世の船は大体木製、それに加え喫煙率の高さといったら。火の消し忘れ、就寝前の一服が死に直結する。

 可燃性物質、酸素の供給、熱、この3つが火災に繋がる為、酸素の供給を遮断することを頭に叩き込まれる。

 火災箇所が風下になるよう操船し、火災現場近くの開口部を密閉、注水、可燃物が近くにあれば移動させ必要に応じて海に投棄する。

 

 船の上であればの話だが。

 

「おぉ……燃えてる」

 

 カイルは轟々と燃え盛る支部の前、眠るヘルメッポを腕に抱いていた。

 偉いとわかりつつ話しかけてくる所、火事の中他人に抱かれよだれを垂らして眠れる所、大物になるなこの子は。

 1度父親の元へと送り届けると約束してしまったのだ、この非常事態に他の海兵に任せる訳にもいかない。

 一客人としてこの島に来たものの、こうもでかい事故が起きて、周りの海兵が混乱状態なら指示を飛ばさなければ職務放棄だろう。

 

 カイルは眠るヘルメッポをターズに飲み込ませ、両手をあけた。火災現場を見せてトラウマを植え付けるよりはマシだろう。なによりターズの中は時間が止まる。身体に影響がないこともW7で実証済みだ。

 

「君、現在の状況、指揮をとっているのは誰かわかるか」

「現在消火作業と共に被害状況確認中であります!モーガン軍曹が指揮を取られてます」

「モーガン軍曹の元まで連れて行け、軍曹以上の者はいないのか」

「なにぶん、新設支部でして、将官は工事が終わり次第着任される予定で。曹長は盲腸で別島で入院中であります!」

「なるほどクソだな」

 

 倒壊しつつある支部から離れ、瓦礫を跨ぎ、モーガン軍曹のいる災害対策本部テントに入ると、慌ただしく作業していた海兵達がこちらに気づき、立ち上がろうとする。

 

「楽にしていい。モーガン軍曹、報告を」

「は、出火地点は資材置き場です。昨日捕縛した海賊が悪魔の実の能力者で、地下の牢屋の通気孔から火種を飛ばしたようです」

「能力者と知らずに普通の手錠をつけたか。対策はしっかりしておけ。避難状況は」

「支部内は全員避難済みです。しかし、思ったより火の勢いが強く消火活動が間に合っていません。このままでは島民にまで被害が。近隣支部に応援要請し、現在島民に避難を呼びかけている最中です」

「よろしい。引き続き、モーガン軍曹はここで指揮を。私は消火活動に参加する」

「で、ですがカイル少佐を差し置いて」

「貴方の方がこの島を、人を知っている。島民の安全が最優先だ」

 

 デスクの上の島の地図を確認しながら指示を出す。

 一客人より数ヶ月ここで指揮をとってきたモーガン軍曹の方が島についてよく知っているだろう。適材適所、それにここなら安全が確保されるだろう

 

「今からやることは私しかできない。それに、この子を守るのも貴方にしかできない。家族の時間が無いと貴方の異動に文句を言ってきた、度胸がある子だ」

「!?ヘルメッポ、何故ここに……あぁ、無事でよかった!」

 

 眠ったままのヘルメッポを押し付けると父親の顔に戻った。固く抱きしめ、我が子の無事を喜ぶ姿からは息子を人質にするような親には見えない。百計のクロ、彼に出会わなければこうも家族を愛する人だったのか……。

 

「モーガン軍曹、私は空から海水をかけて消火を試みます。消火活動中の者に通達をお願いします」

「お任せ下さい」

 

 ──

 

 空からの消火活動。

 前世の記憶ではヘリコプターで消火剤や水をぶちまけて山火事の消火活動をしていたはずだ。

 袋の代わりになるもの……耐水性、耐久性に優れた生地……そうだ、パラシュートで出来ないか?やってみる価値はある。

 

「行き当たりばったりだって思うかい?彼らを助けられて、水上機が耐えられる重さが分かるんだ、一石二鳥だろ?それで壊れたら更にいいものをつくるキッカケになる、そう思わない?」

『We know what you mean,but..』

「空中分解したならパラシュートも使ってるし、地面にたたきつけられるな。ま、コイツを信じるのみだ」

『We'll be with you』

「んはは、頼りにしてるぜ」

 

 カイルは水上機にパラシュートを逆さに括りつけ海水を汲めるよう作業していた。

 ターズは乗り気では無いようだが、死ぬ気はしない。

 

「さて、もうひとっ飛び行くぞ、ターズ」

 

 ──

 

「空から海水をかけて消火を試みます」

 そう言ってカイル少佐はテントを出ていった。どういうわけでヘルメッポが彼に保護されていたのか検討もつかないが、我が子の安全が知れて良かった。

 

 未だ眠るヘルメッポの柔らかい髪を撫で、椅子をふたつ並べたものに寝かす。確かに家族との時間が取れていなかった、朝食の時に食べる姿を見つつ、身支度しながらキスを送るだけ。寂しがらせていた自覚はあるが、仕事を言い訳にしていただけだな。事後処理も忙しくなりそうだが、どうにかして時間を取ってやらねば……

 

 モーガンは収束に向けて、次々と指示を飛ばしていった。

 

「モーガン軍曹!支部の上空に"大きな鳥"が」

「あれはカイル少佐だ、消火活動に参加されてる。上から海水が降ってくるから離れろと通達しただろう」

「は、あれ本当だったんですか!?」

「そら、降ってきたぞ」

 

 ──

 

 夜明け頃、支部の火災は無事鎮火し、瓦礫や燃えカスの除去作業に海兵達は追われていた。幸い、島民の居住区には火の手は回らず、被害は支部のみにとどめることが出来た。

 鼻から下はスミで汚れ、鼻をかめば黒いものが出てくる。おろしたての制服も水上機も汚れ、散々な見た目だ。

 水上機で水を汲み、火災現場の上空飛行可能高度スレスレで水を落とす。精密さが問われる操縦を夜通し続けていた為、朝イチ出発の予定を変更し、昼頃まで島で過ごすこととなった。

 応援要請を受け、近隣支部からやってきた海兵達に放火犯と現場の処理を任せ、風呂に入って泥のように眠りについた。起きれば島民の手によって制服は綺麗に洗濯され、海兵の為に炊き出しが行われていた。

 瓦礫に腰を下ろし、眺めていると温かいスープの入った椀が差し出された。

 

「カイル少佐、お疲れ様です。どうぞ、あたたまりますよ」

「あぁ、モーガン軍曹、ありがとうございます。ご子息はご無事ですか」

「えぇ、火事があったことも起きてから気づいたようで。おかげで息子とゆっくり話すことが出来ました」

「父親と素直に喋ってくれる時期なんて短いですから、無駄にしない方がいい」

「カイル少佐は確か19でしたよね?既にご子息が?」

「えっ、あ、いや、父が!私の父がそういうものですから」

「そうでしたか。生意気なこの子を守って頂き、本当にありがとうございます。あの火事に巻き込まれていたとしたら悔やんでも悔やみきれない」

「生意気だなんて。貴方に甘えたい一心でやったことです。どうか叱らないでやってください」

 

 ヘルメッポが小悪党になったのは親子の関わりが薄かったせいなのか、自分で厄介事を起こして、気を引こうとしていた?仕事に忙しく、子供との時間が取れず甘え方が分からないまま時が過ぎればあの未来になるはずだ。ジャンゴによる催眠術があるなしにせよ、なるべくしてなったのかもしれない。今ここでその未来が潰えてくれればいいのだが。

 

 

 日が頭上に来る真昼間に出発する準備をおこなっていると、誰にも伝えてないはずだが、港には海兵達が見送りに整列していた。

 火災現場の近くを飛び続けた為、ルデズミトスヤモによる水素も満タンになり燃料には困らない。煤を帯びてらしくなった水上機に飛び乗り、エンジンをかける。

 海兵と共に小さな手で敬礼するヘルメッポへ敬礼を返し、カイルはレッドラインを超えるべく空へ飛び立った。

 

 ──

 

「ほぅ?人類が空を飛ぶ、夢があるじゃねぇか。それにニュースってのは生ものだ。スピードがなけりゃいけない。こいつぁ、使えるぞ。おまえら、見かけたら直ぐに俺へ知らせに来い、いいな?」

 

 その言葉にニュースクー達は羽根で敬礼し、四方八方へ飛び去った。

 指示を出した男は両翼を広げ空を見上げる。

「俺でさえ空を飛べないのに、ただの人間が空を飛ぶ?その技術、欲しい!世界をまたにかけて、スクープを追えるじゃないか!必ず見つけ出してやる!」

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