「では、本日より監査を始めます」
カイルは、マリンフォードとレッドラインを境に背合わせとなっているG-1支部へ無事到着後、監査を開始した。
大規模支部だ、1日2日では終わらないだろう。初めての監査でこの規模の支部から始めるのはどうかと思うが、ここを監査出来たということはほかの支部など屁でもない。ま、俺にはターズという頼もしい助っ人もいるんだ、問題ないだろう。多分。きっと、うん。
空き部屋を1つ貰い、仕事道具を並べていく。
さて、マニュアルに沿ってちまちまやってこう。
内部監査として、組織監査、能率監査、経理監査の3部門に分けることが出来る。
組織監査は経済性の側面から組織の陳腐化、欠陥などを検討する。組織監査は労務監査、人事監査、制度監査の3つにより成り立ち、……まぁ、細かく知らなくていい。
簡単に言うと財務状況、業務状況を調査、分析し、効率化したり不正を抑制するのが特別監査官の仕事だ。
決済書やらを数年分確認し、矛盾点を深堀していく。現場も見るけど、とーっても地味。まじで地味。重箱の隅をつつく作業。そりゃ手が足りないわけだ。
いやでも、たかが19歳にこんなのさせるか? 俺に30数年の下積みがあってよかったな?
資料を読み進めるごとにカイルの眉間のしわは増えていった。
「これは? ──の──王国への輸送予算くそ、黒塗りされてる。数年に1度、海軍から供与? 加盟国か。この予算でこの軍艦が動くってことはそこまでカサは大きくない。当時の出港記録は、と」
そんなこんな作業を始めて4時間後、珈琲等の飲み物は部屋に常備されていたが食べ物は無い、食堂までの道もわからない。トイレは目と鼻の先にあったから助かった。しかし、
……腹が、減った。
部屋に誰も居ないことをよしとし、机に頭を預けたカイルは外から響く足音に気づいた。
海兵……ぽくはないな。誰だ? まぁ、監査中とわかってる部屋に入ってくるやつなどいないだろ。いや、でも来たらなぁ……ちゃんと仕事してますアピールしておこう。
背筋を伸ばし、ペンを手に取ったその時、ノックもなしに扉は開かれた。
「貴様がカイル少佐か」
現れたのは黒ずくめの男、階級を示すものはなく随分態度がでかい。
「えぇ、なにか御用で?」
「ついてこい」
「私は特別監査官として、この支部を監査中です。職務を放棄することはできません」
「世界政府からの命令だ」
「内容は?」
「チッ、移動しながら伝達する」
「私は海軍所属の身です。個人に内容不明の命令を下されても判断出来かねます。海軍を通すのが良いのでは?」
「だから、あんたら海軍の上の組織の世界政府の命れ、あぁもう! いいから来い! 待たせるな!」
「……はぁ、ターズ、いいぞ」
「ミッ」「ア゚ッ」
「声かけるまでよく我慢できたな。離れたところに吐き出しておいで」
「ミッミ」
さて、これで仕事の続きができる。ただの海兵がCPに認識されてるなんてそんな……ありえないだろう。断じて腹が減ってイライラしてる所に横柄な態度なやつが来たから取り込ませた訳じゃない。
空腹を紛らわす珈琲で胃がそろそろやられるんじゃないかと思った頃、また足音が近づいてくる。
頼む、昼飯持ってきた海兵であれ、と期待を込めて扉を見つめるも入ってきたのは手ぶらの海兵。
「カイル少佐、支部長がお呼びです」
「ふぁい」
空腹のまま呼び出された部屋には身なりのいい支部長と、よく見れば先程あしらった黒ずくめの男がいた。
「カイル少佐、緊急任務だ。ある人物を移送してほしい」
ちゃんと正規の手続きをとったかは疑わしいが、こうして間に上官を挟む方が後々困らずに済むだろう。
メールにCc付けておくのと大体一緒だ。何かあったときは連帯責任取ってくれ。
てか、俺海軍専用だっつったよな?
「"迅速に"送り届ける必要が?」
「そうだ、手短に説明する。加盟国が海賊に襲撃され、王国兵士500人が人質となった。人質を解放する条件として国王の座を明け渡すこと。巫山戯た条件だ」
「その人質の解放の為の任務でしょうか」
「あぁ。だが、君が移送する人物について知る必要は無い。ただ指定された場所まで運べ。知ろうとするな、忠告はしたぞ。監査は一時中断、監査部には話はついてる。行き先については彼に」
支部長が視線を向けると、黒ずくめの男はエターナルポースをテーブルに置いた。
「これを持っていけ。島に着いたら王国の件で来たと言えば通じるだろう」
「G-1支部から島までの距離は如何程で?」
「貴様が知る必要は無い」
「途中で燃料切れ、墜落して任務失敗なんてことにならないようお聞きしているのですが」
「……フンッ、船で行けば約2日程度だ」
「ありがとうございます。では、只今より移送作戦にうつります」
びしりと敬礼し、カイルは部屋を出た。
黒ずくめの男も部屋を出たあと、支部長は急いだ様子で電伝虫を手に取った。
「今のうちだ! 睨まれそうな資料全部隠せ! あんな重箱の隅つつくとは思わんだろう! なぁなぁでやればいいものを。賄賂を渡そうにもサカズキ中将の補佐官だったやつだ、どうせ融通きくやつじゃない。全部隠せ! いいな!」
部屋を出たあと、カイルは雑用をつかまえ、食堂へ案内してもらった。
腹が減っては戦はできぬ。フライトにも影響がでるだろう。
しかし、食料を確保するためだけに来た訳では無い。
食堂は海兵たちがひと心地着く場所だ。それゆえ会話も弾み、噂話や愚痴も出やすい。情報を仕入れるには最適だ。
「ターズ、君に頼みがある。数日間、ここの監査を君に手伝って欲しい。例えばそうだな、誰かがコソコソ資料を隠してたり、不正の話をしていたり、そういうのを俺が帰ってきた時に教えてくれるか? スモーカーとした事覚えてるだろ? あの要領だ」
「ミッ!!」
「助かる。見つからないように気をつけろよ。あの時みたいに味方はいないんだ。言っておくが、寂しくても動く生命体は飲み込むなよ、すぐ帰ってくる」
ターズは分裂を繰り返し、掌サイズの個体が数匹G-1支部に残ることとなった。
支部長の、監査部には話はついてる、なんて言葉信じる方が馬鹿だろう。支部長の給与では不相応なブランドのネクタイに革靴が目に付いたのも、こうする理由だ。
ランチセットを腹に入れ、満足したカイルはミニターズ達の泳ぐ壁を撫ぜ、一時の別れを惜しむ。
カイルが操縦席近くに置いたエターナルポースが指し示す島の名前は『グアンハオ』
サイファーポールの修行の地だ。
──
「迎えが来る、それに乗って王国に向かえ」
ロブ・ルッチは与えられた任務の為、スーツに着替え、迎えを待っていた。
この島で修行を積み、技術を磨き、殺しに関しては右に出る物はいないとさえ言われるようになった。
だから、今回の任務に俺が選ばれた。
「なぁ、ルッチ。わしもそれ着たい」
「お前には任務は与えられていない。それに、サイズがない」
「いやじゃ! わしも着る!」
「だはは! カク、おめぇにゃ10年はえぇよ。てめぇもスーツに着られてるし、任務先で舐められるんじゃねぇか? その点、俺様は似合うだ
「ジャブラのスーツ姿なんか変な髭で似合うはずないじゃろ」
「んだとぉ!?」
カクとジャブラがじゃれつく間、資料を見直す。
緊急の任務だと伝えられたが、この島から向かうには随分距離がある。レッドラインを越えた先だ、少なくとも3日はかかる。悠長に船で移動している間に海賊共によって完全に乗っ取られてしまわないか?
「ロブ・ルッチ、来なさい。出発だ」
カク達と別れ、港に来てみれば1人の男が待っていた。
男はヘルメットをかぶり、顔は下半分しか見えない。ヘルメットから海軍所属であることはわかるが、階級はわからない。
「王国まで送り届けるよう仰せつかった。最初は怖いだろうが、目をつぶってればすぐだ。そんな操縦はしないつもりだが、吐きそうならこの袋に。あとは、そうだな、パニックになるようならこちらで対処する。さっさと仕事を終わらせちまおう」
「? 何の話をしている」
「うん? 君の送迎の話。初めてはあいつを乗せたかったが、ま、試験中だからノーカンだな。ほら、乗った乗った」
背丈のある男に促され見えたのは海に浮かぶ……、なんだこれは?
「この浮きに足かけて、乗って。座ったらシートベルト締めて」
船とも言えない奇妙な形をした乗り物に先んじて足をかけた男はこちらに手を伸ばしている。エスコートのつもりか? その手を無視して浮きに足を乗せれば、揺れる身体に男の手がまわる。くそ、子供扱いをするな。
座席に座り、周りを見渡すと様々な計器にスイッチ、初めて見るものばかりだ。
「何も触るなよ。そこのシートベルト、わかるか? ……あー、いい、俺がやる」
俺が乗り込んだ反対側の席についた男は身体を寄せてベルトのようなものを巻き付ける。男の整髪料だろうか、シトラスと機械油が混ざったような匂いが濃くなる。
カチリ、と音がしたと同時に男は外を指差した。
「お友達が見送りに来てるぞ、手を振ってやれよ」
外にはカクとジャブラがこちらを見ていた。カクに至っては目を輝かせ、両手で手を振ってる。
「友達じゃない」
「じゃぁなんだ家族か」
「……ふん」
「ま、なんでもいいか。落ちて死に別れる可能性だってある。見納めておけよ」
「落ちる?」
「なんだ、何も聞いてないのか」
男が操作すると乗り物が振動し始め、前にあるプロペラが回り、機体が動き出す。
「海路じゃ間に合わない、空路で君を最速で運べとのお達しだ。最大運用速度で飛ぶぞ、掴まってろ」
「なっ、……飛んッ!?」
一瞬の浮遊感に身を固くしたと同時、飛行機はグアンハオを飛び立った。
窓を覗けば、豆粒程度のカクとジャブラ、いつもは見上げていた塔が眼下にあった。こんな高さまでこの短時間で、月歩とは比べるまでもない。
ようやく窓から身体を離すと操縦桿を握る男はどこか嬉しそうに微笑んでいた。
「何が面白い」
「いやぁ、初めて空を飛ぶやつの反応は新鮮でね。猫みた……そう睨むなよ」
「ふん」
──
「そういえば、ヒナ、彼とはどうなの?」
「彼?」
「ほら、海軍工廠長のご子息」
「? カイルくんの事?」
「そうそう」
休日に、ヒナは友人と流行りのカフェに来ていた。
ランチのパスタもデザートのティラミスも絶品でまた来ようと話していた。それがいつの間にか色恋の話になっているのは、その友人がそういう話が好きだからで。
ヒナはそれが少し苦手だった。
「そう、前に話してくれたじゃない。気になる人だって。それから進展はあったの?」
「全く会ってないから何も無いわ」
「電伝虫でやり取りは? こんな好条件の人いないよ? 家柄も程良くて紳士で優しい、入隊1年目で早くも少佐! 他にも狙ってる人いるわよ絶対」
「相手は任務中よ。ヒナ、カイル君のことそういう“条件”で見てないわ」
紅茶を手にカイルの事を思い浮かべる。いつの間にか少佐に昇格し、特別監査官として長期任務についたとは聞いている。
最後にあったのはカイルが飛行機を初めて飛ばした日。
港に帰ってきた2人を叱って、カイルの無事を喜びあった。
海兵育成アカデミーで同期になってから、彼に心を惹かれて早3年。幾度となく伝えようとはしたがその度に邪魔が入ったり、上手く伝えられなかったり。
でも、彼の態度でなんとなくわかる。
この想いは報われないと。
「それに、カイル君とはそういう関係にはならないと思うわ」
「なんでよ、1番彼に近いのはあなたでしょ?」
「そうね、でも一緒に過ごしていても彼は常に空を見ているわ。私達のいる世界には生きてないの」
「あー、Geekってこと?」
「ヒナの事怒らせたいの? 条件だけしかしらないのに、とやかく言わないでちょうだい」
「ごめんごめん」
昔、アカデミーにいた頃ね。能力を扱いきれずカイル君を巻き込んでしまったこともあった。能力者組の中でも自分の能力に慣れるのが遅くて、毎日焦って、空回って、イラついてた。
そんなとき、手違いでカイル君を捕縛してしまったの。
首だったり口じゃなかったのは幸いだけれど、両腕にガッチリと。どうにか能力を解除しようと焦れば焦るほど能力は解けず、逆に圧が増すばかり、最悪海水で解除するかと周りも痺れを切らしてた。
なのに当の本人はケロッとした表情で、折角の成長のチャンスを潰すな、いくら時間がかかってもいいから君の手で解除しろ、と言い出したの。
「ヒナ嬢、深呼吸して。焦ってもいい事は無い」
「でも、加減出来てないから手先に血が通ってない! このままじゃ壊死か骨折してしまうわ!」
「人間そんなやわじゃない。ほら、集中! 君ならできる」
手が使えないからって女性に軽く頭突きするなんてダメよね。
やっと能力が解けた頃には圧迫痕がひどく、痺れて腕が上がらなかったけれど自分の事のように、……まぁ彼自身の事でもあるけど、喜んでくれたわ。
それからね、彼と心が通った時に頭を合わせるようになったのは。彼の方が大きいから屈むの大変だろうけど、あっちからやってくるもの。
「ねぇ、それあんたの好意わかってやってない?」
「……人懐っこいのよ」
「やな男!」
──
「ただいま目的地に着水いたしました。ただいまの時刻は午後5時35分、気温は摂氏17度。ご搭乗ありがとうございました。任務の成功、無事を祈っております」
少し疲れた顔のルッチは、なぜかハイテンションな男を無視して王国に降り立った。
空の旅は意外なほど快適だったが、耳の中がぼんやりする感じと自由に動けない事が嫌だった。船の上ならば甲板や個室でトレーニングなり出来たものを。
「あぁ、そうだ。この機体と俺に関して他言無用でね」
いまだヘルメットを脱がない男は唇の前で指を立てる。どうせウインクでもしているのだろう。人懐こい男だ。
「世界政府から移送の命令が出た時点で知れてるだろう。そのヘルメットは脱がないのか」
「君の顔を知っている男がどういう風貌だったか、知られると俺としても困るからな。俺はただの移送係。名前も顔も知らなくていいだろ? それに、俺は世界政府の命令に従ったわけじゃない。ちゃんと間を挟んでるから」
「屁理屈だ」
「そういう屁理屈も必要になるんだよ、大人ってのは。ほら、急いで、さっさと任務終わらせてきなよ」
「言われずとも」
浮きを足場に、上陸した子供をカイルは見送った。
どこかで見たことある顔だとずっと思っていたが、あの眉毛にあの眼付。もしかしてロブ・ルッチか?
W7で大工をしていたが実は古代兵器を探しに潜入していたCP9という、あの? じゃぁ、見送りに来ていた鼻が長い子供はカクか。
こんな子供の時から政府の下で働いていたとは。
子供がこんな海賊に乗っ取られそうになっている王国で何をするのか。交渉役にしては舐められるにきまってる。なら残すは暴力による制圧? あり得る、子供の体にしては筋肉はしっかりとついていた。
己の記憶が恨めしい、もっとちゃんと読んでおけばよかった。
子供の背が見えなくなってから、ヘルメットを脱ぎ、髪をかきあげ座席に背中を預ける。
この王国、確か特産品が造船によく使われる木材だったか世界的に見ても需要が高く、取引価格も高騰していたはずだ。しかし、特産品を守る為と国営にした結果、品質が低下、競争力も低下し赤字になった。その結果国庫も困窮したと昔、世経に載っていた。
それに確か、監査中に見た資料でG-1支部から何らかの供与を受けていたはずだ。
「ちょっと見て回るか」
ターズ、一緒に行こう。と水上機を飲み込ませ、共に上陸したカイルは海賊の襲撃に崩壊寸前の王国へと足を進めた。
各家庭から金品を分捕り、自分の船へと運び込む船員。
燃え上がる街、鳴り響く迫撃砲、強大な暴力に反抗する力もなく、項垂れそれを眺めている老人や子供。
漫画では多くクローズアップされなかっただけでこの世界ではよくある光景だ。弱いものは奪われる。なんとも胸糞悪い世の中だ。
握りしめた銃の感触を確かめながら、カイルは西の港に停泊する海賊船を偵察に来ていた。
船の大きさと数から考えれば、戦力はこの国より下であるはずなのに王国の兵士はやられてしまった。
それはなぜか、老人から聞けば、海賊と最前線で戦い、捕らえられた兵士たちは半分が普段林業に携わるこの国の年ごろの男達だそうだ。
心優しい国王は人質になった兵士達を捨て置くことが出来なかった。しかし、この国には王国軍本隊、近衛部隊があったはずだ、何をしていたのか。被災した国民に聞き込みしたが、皆一様に口を閉ざした。
この国、何かある。
「世界政府から来た使者様だ。へへっ、これで政府も俺たちの言いなり、俺たちゃ向かうところ敵なしってわけよ。まぁ、人質同士仲良くやんな!」
その声に目を凝らせば先程別れた子供、ロブ・ルッチがいた。表情も変えず大人しく倉庫に入っていく姿につい眉間に皺が寄る。
「おいおいおい、捕まってどうすんだ」
ターズに手伝ってもらってもあの人数の海賊の捕縛には時間がかかるし武器も現地調達になる、流石に1人で救出は不可能に近い。
ここは海賊達が寝るのを待って、倉庫の鍵を壊すべきか?
いや、時間の浪費は避けたい。俺だってG-1支部に残してきたミニターズを待たせたくない。
一旦、俺も倉庫に侵入して、内側で兵士と作戦立ててから行動するってのはどうだ?
いや、そもそもの話だ。移送任務で入国したとはいえ、今こうしてるの業務外だよな?
うーん、と悩むカイルを他所に倉庫の中ではロブ・ルッチが行動を始めていた。
「ひとつ聞きたい。人質はここにいる者で全員か?」
──
「嵐脚!」「指銃!」
500人もの兵士がありながら、海賊に人質に取られ、王国の足手まといとなった弱い奴ら。
倉庫内は噎せ返るような鉄の臭いが充満し、見渡せば赤黒い染みばかりが目に映る。滴る音しか聞こえない中、ベシャリ、と何かが落ちる音がした。
「ゲホッ……ゴホ、!? ……ッオェ」
見れば、この島まで送り届けてくれた男が血の海でえずいていた。
倉庫の入口が開いた気配はなかったはず、それに男が現れたのは倉庫の奥側、どうやって……。
「なぜお前がここにいる。外から施錠されていたはずだ」
「なぜ? 俺が聞きたい、何だこの死体は!」
「王国の兵士たちだ。たかが海賊に人質にされるなどあってはならない。弱きは罪だ」
「だからって殺すことは無いだろう、数がいれば作戦の選択肢も増える。俺は、人質救出の為にお前をここに寄越せと命令されたんだ、殺してどうする!」
「簡単に人質となり、国を危機に陥れるような兵士達は今後同じことを起こしかねない。そんな兵士達は生きている資格がない。そう世界政府は判断した」
「あぁ、そうか、お前の正義は上から教えてもらった正義か」
男の先程までの非難の表情が変わった。
何を考えている? 敵意は感じられないが、気配もなくここに侵入できた奴だ。警戒するに越したことはない。
だが、高速移動を可能とする手段を無くすのは惜しいな。
こちらに引き込めないものか
──
死体の山に立つ子供は入口を背にこちらを見つめている。
外からは異変に気づいた見張りの海賊共の声、もうすぐ扉は開け放たれるだろう。その隙に脱出出来ればいいが。
この子供が言う正義は世界政府に都合の良い正義だ。
この子が自ら考え、選択した正義ではないように思える。
いや、実際選択したのは彼自身なのだろうが、その選択に至る思考が世界政府に教育されたものだ。組織単位での正義を語ることが彼の生きる世界では正解なのだ。
彼の正義を否定するつもりは無い、だが、道徳心からか心が痛む。
「やってしまったのは仕方ない。だがこんな赤字国家だ、若い働き手が減って貧しさに喘ぐ国がどうなるかは想像に容易いな」
「どういうことだ」
「お前が殺したのはこの国の産業を支える人達だ。なにもこの国の防衛を主として仕事にしてる訳じゃない。報告書には書いてなかったか?」
死体が身につける装備品はどれも安物。
武器に至っては2人で1つの剣ないしは銃を使うようなざまだ。
負け戦だと始まる前から彼らも分かっていただろう。分かっていながら、家族を、恋人を、この国を守る為に立ち上がったのだ。
こんな最後なんて、あんまりだ。
「な、なんじゃこりゃぁ! テメェ、大切な人質をよくも……野郎共! やっちまえ!」
海賊の声と砲撃の音が聞こえたと同時に、カイルはターズの腹へと潜った。
──
「なに!? CPにだと!? なにをやっとる!」
センゴク大将執務室からの怒鳴り声は廊下に居合わせた海兵たちの視線を集めたが、皆一様に何もなかったと歩行速度をあげる。
執務室内では、眉を下げた電伝虫とセンゴクは向かいあっていた。
『で、ですがCPには逆らえませんよ。移送のみでいいとの事でしたので』
「報告が遅い! そもそも監査しにやった人材だ、なぜCPの任務を優先するように誘導した、監査部はなんの報告も受けてないと聞いたが? なにかやましい事でもあるのか!?」
『い、いいえ! いいえセンゴク大将! そんなやましい事なぞありません!』
「人事に影響すると思え。で、カイル少佐は今も例の王国にいるのか?」
『それが、CPによると行方不明でして……鋭意捜索中らしく』
「な、行方不明!? それを早く言わんか! 馬鹿者!」
ガチャリ、と切られた電伝虫は必死の形相の G-1支部長の顔を解き、眠りにつく間もなくCPへ抗議の電話を繋いだ。
その抗議が終われば、カイルの捜索をするよう部下に命令を下すセンゴクの表情はかたい。
「ロシナンテもカイルも2人揃って心配ばかりかけさせる……」
ウォーターセブンから帰還後、ロシナンテはドンキホーテ海賊団への潜入任務に着いた。中佐に昇進してすぐの話だ。
どうか2人共無事に帰ってこれるよう願うしかない。
翌日、マリンフォードの某倉庫内。
科学部隊研究員のランチェスターはお偉方に現物を目の前に報告していた。
「飛行機の部品を請負った金型職人と連絡が取れ、その情報を参考に科学部隊でも量産可能だと結論づけました。あちらが試作中のものです。アレが成功すれば、次に問題なのは資材の確保、乗り手の教育ですね」
「教育には数年かかると聞いているが?」
「カイル少佐が分裂、増殖してくれれば万事解決ですがね。こればかりは仕方がありませんね」
上層部は飛行機の登用を諦めておらず、カイルの知らぬ所で開発は進んでいた。
科学部隊は、飛行機のメリットとしてカイルが挙げた、偵察、伝令、物資の輸送以外にも砲弾の着弾地の計測といった補助的任務に限らず、超高度からの投下、所謂空爆も可能な点から"兵器"として有用だと結論づけた。
飛行試験の成功、製造費の試算、製造ラインを整え、資材の調達等諸々決まってしまえばベルトコンベアは止まらないだろう。
ランチェスターはカイルに憎まれることを想定しながらも、この機体のすばらしさに惚れ惚れしていた。
可能であれば、自分が最初に設計したかった。だが、凡人である自分には到底思いつきもしないものだ。カイルの頭の中を何度覗き込んでみたいと思ったことか。
「そういえば、少佐はいまどちらに?」
「あぁ、そういえば昨日から行方不明だそうだ」
「!? カイルッ、……カイル少佐が行方不明? なぜ」
「報告によれば、CPの任務に足を突っ込んだらしい。倉庫内で忽然と姿を消したと。捜索依頼はかけられたが、どうなるか「すぐに、見つけてください。海軍全体、いいえ、世界政府全体の損失ですよ! この飛行機の開発も止まりますし、なんなら工廠にだって影響があるかもしれない!」
ランチェスターの言う通り、キールにも行方不明の一報は届いていた。
軍艦バカと呼ばれると同時に、親バカなキールを心配している工廠職員たちも小さいカイルが工廠で遊ぶのを目にしており、息子のように思っている。早く見つかるよう、自分たちに何ができることはないか、気もそぞろな日を過ごした。
そんな空気を感じてか、キールはカイルと親交があった工廠職員を部屋に集めた。
「皆には心配かける。だが、あいつも一人前の海兵だ。それに、一人で行動するなら、こうなることもあるだろう。まだ生死がはっきりしていないだけでも救いだ。いいかお前ら、絶対に仕事は疎かにするな。俺たちが今できる事は船を完璧に整備して海兵達の足になる事だ。捜索してくれる奴らに下手な足は渡せない。分かってるだろう」
「それは、そうだが……でも、あんたあれだけ可愛がってた子だろう。あんたがあの子を初めて連れてきた時のこと、今でも覚えてるぞ」
「あぁ……、字が読めないってわかってどうすればいいかわからなくてな。脳に刺激を与えるのがいいって聞いたから家で囲うんじゃなくて連れてきたんだったな」
手に取った家族写真の幼いカイルは小さく、世界をまだ知らない幼い子。だが、今や一人前の海兵として任務に就くいっぱしの男だ。いや、6歳のころからすでに大人びてはいたが。
マスト落下事故からカイルは変わった。最初は恐ろしくもあったが、将来に対しての安堵が大きくなっていった。
悔しいがボルサリーノが言ったことは図星だ。
共に過ごす中でこの子の知能が高いことを発見し、より様々な刺激を与えた結果、ついには1人で飛び立っていった。
才能は伸ばすべきだ、だがまだそばにいて欲しかった。
「もちろん、仕事は完璧にこなす。だが、俺らにできることがあればいつでも言ってくれ。必ず力になる」
「あぁ、頼りにしてる」
仲間はキールの肩をたたき、仕事場へともどった。
──
倉庫内でカイルを飲み込んだターズは無我夢中でその場から逃れた。
人の死に間近に触れたその身体はボコボコと蠢き、鬱蒼としげる森に隠れた小屋にふらふらと忍び込んだ。小屋の中は乾燥された葉が整理され、所狭しと置かれている。
葉っぱなんて集めて、人間はよく分からないことをする。
人の気配は無い、ここなら安全かも。なんだかどうにも疲れて動けない。
ベシャと、部屋の真ん中に吐き出されたカイルは五体満足で新しい傷はなかった。咳き込み、自分の置かれた状況を察すると、優しく床に揺蕩うターズを撫でてやる。
「ターズ、ここまで運んでくれたんだな、ありがとう。……? なんか、でかくなったし本調子じゃなさそうだな? 泳ぐのもしんどいなら俺の身体で休むか?」
「……ミ」
近くのテーブルに資料が積み重なっており、研究所ないしは作業場のような雰囲気だ。
資料の内容を見れば
煙草栽培方法
天気や葉の生育管理日誌
製造ロット別の情報をまとめたもの
いつどこにどのロットを輸送したか
等様々な書類が見つかった。
栽培方法を読むだけでも煙草がいかに手間暇かかるものか分かった気がする。
生育管理日誌には記入者の思いが書き込まれたページもあった。
『大切に育てた木を伐採してまで嗜好品を作らなければいけないのか?』
『国営化してから林業の勢いが落ちた。煙草の葉を栽培するのに人手を取られてる。森を捨てる気か?』
『煙草の葉というのはずいぶん高価なもんみたいだな。輸送に王国の兵士や近衛部隊が駆り出された。木材のときなんかそんなことなかったぞ。その代わり、自衛のために各家に防具や武器が配られた。俺の家には古びた剣だ。こんなものでどうしろって言うんだ』
監査時に見た、あの黒塗りに繋がる情報は他に無いかとページを捲っていた時だ。
「ここで何してる。海賊か? にしては身綺麗だ」
後ろから頭に銃口が突きつけられた。
「あんな奴らと一緒にするな……ァ、グッ」
髪を掴まれ仰け反るような格好で取り押さえられる。
「どうやってここを知った。誰から聞いた。おい、だんまりか? なるほど、痛い目にあいたいらしい、……なッ!」
「ァガッ……うぅ」
銃のグリップで殴られ、倒れた衝撃でサングラスが飛び、頭から血が垂れる感覚がする。
声の主は癒えきらぬ胸を踏みしめ、まじまじと顔を見つめると誰かを呼んでいた。
「おい、こいつ見覚えないか。手配書じゃない、内部だ」
「内部っていわれても……、なんでここに。おい、足どけろ」
そこで意識が途切れた。