飛行機雲   作:神風

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魔の11分ともいう。
航空機の運用において最も危険な時間帯
離陸直後の3分間と着陸直前の8分間。
世界の航空機事故のうち約70%がこの間に発生している。


Critical Eleven Minutes

「あとは任せた。なにかあったら連絡してこい」

 

 近海巡視から帰ってきたスモーカーは部下に仕事を任せ、独身寮へと足を進めた。その道すがら、カイルが借りた倉庫兼住居への道が目に入る。

 

 カイルが特別監査官として島を出発する前に、電伝虫で頼まれたことがある。

『長期間家を空けるんだ、家の管理お願い。風通すだけでもいいからさ。部屋ん中自由につかっていいし』

「そりゃいいが、カギはどうすんだ」

『え、いる? だって煙になって入れるでしょ』

「……俺にデリカシー云々いえる立場じゃねぇぞお前」

『んはは、冗談だって。父さんに話付けてるから受け取ってよ。家の中、自由に使っていいからさ。あ、酒は全部飲むなよ!?』

 

 カギはキールさんと一緒に飲んだ時もらった。端材で出来たマンタのキーホルダーがついていた。ついでだ、あいつの家のデケェ風呂借りるのもいいな。

 独身寮への道から外れ、カイルの自宅へ向かうと複数の海兵が家の前で屯していた。

 なんだアイツら……

 カイルの家は1階に倉庫、2階に住居スペースがある。屯しているやつらはボルトカッターを手に、倉庫の南京錠を開けようとしていた。

 

「ヒトフタサンマル、これより家宅捜索を始める」

「おい! てめぇらなにやってんだ」

「お前には関係ない。引っ込んでろ、海犯局関連だ」

「海犯局? なんで海犯局が」

 

 海犯局

 正式名称:海軍犯罪捜査局

 業務内容は脱走兵の追跡逮捕、海軍内部で行われる汚職や犯罪の捜査(軍法違反)、証人保護、反テロリズム、テロ対策、防諜活動などである。

 そんな海犯局がなぜカイルの家を捜査しようとしているのか。何にせよ、アイツは何かに巻き込まれているのは間違いない。

 

「カイルになにがあった、言え!」

「はなせっ、妨害するならお前も逮捕するぞ!」

「なぁに騒いどる」

「き、局長! 申し訳ありません、直ぐに片付けます!」

 

 現れたのは、赤毛にサングラスがトレードマークの海軍犯罪捜査局局長、テンセイ。

「スモーカー少尉。  年度アカデミー入学、卒業と共に入隊。今までに上官命令無視2件、単独行動2件、素行不良4件……野犬とはよぅ言うたものじゃ。躾がなっとらん」

 手元の資料に書いてある情報はカイルを調べる上で得たものだろう。

「お前の知るカイル少佐はどういうやつだ。最近接触したか」

「調べりゃ分かるでしょう。俺ァ近海巡回についてたんです。そもそもアイツは特別監査官としてノースブルーにいるでしょうが」

「マリンフォードからイーストブルー153支部、レッドラインを越えてG-1支部についたのは裏ァ取れとる。アカデミーの同期に聞いたぞ、お前ら兄弟以上恋人未満な関係らしいの。今から荷物片手に落ち合うつもりだったか?」

「おい、待て、何を……、俺とアイツが!?」

「なんだちがうんか。ま、違うにせよ参考人として聞きたいこともまだある。ちょうどええ、鍵も開いた。付き合ってもらうぞ」

 

 顎で指し示された背後ではテンセイの部下がボルトカッターで倉庫の南京錠を開けていた。

 あいつの大事な場所が侵されていく。

 

 こじ開けた倉庫内は広く、高さもあった。海に面し、ここから個人で船を出すことも可能な造りだ。工具やカイル少佐が今までに開発した水上バイクなんかも置いていた。海犯局としても、小回りのきくコレには世話になっている。

 部下が中を捜索する間、テンセイはスモーカーを倉庫の入口近くで待機させ、注視していた。人は見られたくない箇所に目をやるものだ、彼らが繋がってるのであれば何かしら情報を引っ張ることは出来る。

 今回のガサ入れ目的は、カイル少佐が脱走兵であるかどうかの判断だ。入隊当時から、目立つ経歴を持つ彼は海犯局でも目をつけていた。

 元上官のサカズキの話では、仕事ぶりは真面目で、足りない部分は足るように努力が出来るやつだと。覇気の訓練をつけてやるほど可愛がっている部下がいるとは知らなんだ。仲間を思うが故の行動に出がちで、上官に銃口を向けるような面もある。海軍に反旗を翻す可能性は低いだろうが、万が一を考えると手を抜く訳にはいかん。

 

「あいつがなんで海犯局に疑われてんのか知らねぇが、調べてもなにも出ねぇぞ」

「それはこちらで判断する。スモーカー少尉、ここには何をしに来た」

「あいつに頼まれたんだ。長くここを空けるから、風を通しに来てくれって」

「なにかを破棄するように、持ち出すように言われたりは?」

「ない。ここを自由に使っていい、酒は残しておけ、とだけ言われた。もしあんたらが脱走を疑ってるならそんなこと言わねぇだろ。それに、あいつの故郷はここだろうが」

「マリンフォード出身者でも脱走兵はおる。いや、マリンフォード出身者の方が多いかもしれんな」

 

 過酷な任務にあたった後、除隊する者は珍しくない。

 自己都合なのだから退職金は微々たるもの、除隊後は傷病手当金等の継続的な支援もない。今後の生活は苦しいものになるだろう。

 更にマリンフォード出身者であれば、一部ではあるが島民からの目が加わる。仲間は日々奮闘しているのにあの家の者は逃げた、腰抜け、あんな怪我なんだ、誰々は義手義足をつけても海兵であり続けたぞ、等。誰も口にはしない、だが目は雄弁だ。化け物じみた有能な海兵を見慣れているのだ、基準が狂っている。島に家族がいる者は末路が見えているからか、辞めるにやめられない、過去には任務中の死亡を偽装してまで脱走した例が数件報告されている。

 

 下っ端はいくら脱走してもええが、中堅ともなると軍事機密が頭に入っとるけぇ捜査せにゃならん。

 カイル少佐は工廠内を知り尽くしとるし、科学部隊への出入り、兵器開発にも関係しているから逃す訳にはいかん。ここで何も得られなんだら、電伝虫のデータを洗い直すか……面倒でかなわん。

 

 目の前のスモーカー少尉はガサ入れする部下を威嚇している。カイル少佐は随分好かれとるの。

 捜査していく中でカイル少佐の人となりが見えてくる。話を聞く者からは嫉妬はあれど、被害を訴えるものや悪く言うやつは少なかった。どうも19の若者には思えん。自分がこの歳の頃何をしていたか……。

 

「局長ーッ! やられました! CPです!」

 

 その声に、2階の住居部分を捜索していた部下の元へ向かえば部屋の中は荒らされ、無惨な状況だった。

 扉という扉は開け放たれ、何かを探していました、と言わんばかりの部屋はこれまでに何度も見た光景だ。

 食いしばる歯がミシリと音を立てる。

 

「クソが……なぁにが世界政府直轄諜報機関じゃ、あいつらにゃ仁義もクソもありゃしねぇ。……ッ何ぼーっと突っ立っとるんじゃ! アイツらが見逃したもんさらわんかい!!」

「「……ッAye,aye,sir!!」」

 

 怒号にビクつく部下たちは部屋の捜索に取り掛かった。諜報機関のレベルとしてはあちらの方が上だがこちらとしてもメンツがある。海兵を疑う事を仕事としているが、海兵を守ることも海犯局の務めだ。

 CPにも睨まれているたぁ、何をしたカイル少佐。

 

 

 テンセイの後をついて2階住居へ上がってきたスモーカーは荒らされた部屋に顔を顰めた。

 初めて飛行機を飛ばす前夜、2人で飲み明かした椅子はクッション部分が破られ、あいつが好きだと言った写真も床に落ち無数の足跡が付いていた。拭えばどうにかなるかと屈めば、足元になにか光るものが落ちていた。

 拾い上げたそれはアカデミーを卒業した者に贈られるカレッジリング。

 卒業生一人一人へのオーダーメイドで1つとして同じものは無い。サイズにしたってそうだ、小指か薬指につけると想定して作られているが、俺の小指は入らなさそうだ。

 カレッジリングには卒業年、アカデミーのシンボルマーク、カイルの名前が彫られていた。

 あいつの性格上、カレッジリングをつけるようなやつじゃない。飛行機の開発、整備に邪魔だ〜とか言ってしまっておいたのだろう。

 

「なんじゃあ、カイル少佐のか。はぁ〜昔とはデザインが違うんじゃの」

「アカデミー卒業生だったんで?」

「おぅ、サカズキらと同期でな。……おまえ、それ持っとれ。噂になるぐらい親交があったんじゃろう。それぐらいなら持ってっても支障はない。下手すりゃァ、遺品だ」

「あいつは生きてる」

「ほうか、その証拠もないがな。こっちはカイル少佐のプロファイリングやらなにやらで忙しい。捜索隊のメンバーも決めにゃならん」

 テンセイの言葉にスモーカーは手の中のリングを握りしめた。

「……なら、俺が適任だ。あいつのことなら俺が1番分かってる。俺を使え」

 

 

 

 Critical Eleven Minutes

 

 

 

 

 カイルがミニターズと別れてから数日。

 G-1支部に残ったミニターズは各々、各部署の不正等の証拠を腹に蓄え、カイルの帰りを待っていた。

 ターズは分裂すると1匹ずつ個性が出てくる。ある個体は食いしん坊、ある個体はいたずらっ子、ある個体は甘えん坊といったように。

 

 食いしん坊ミニターズは食堂を根城に情報収集していた。食堂のテーブル裏を泳ぎ、腹が減れば海兵の皿から拝借していた。

 

「この前来てた特別監査官、見かけないな。終わった?」

「一人で来たんだろ? 一人でここの監査終わらせるなんて無理だって逃げ帰ったんじゃないか?」

「あー、ありそう」

「噂だと別任務についたらしいぞ。ほら、あの王国の。その間にヤベェやつ隠せって言われたし」

「任務先で死んでないか? 海賊に占拠された島だろ」

 

 いたずらっ子ミニターズは電伝虫管理室を根城にしていた。時々廊下に出て海兵の足をすくったり、誰もいない部屋のドアを開けて脅かしたり。面白おかしく過ごしていた。

 

「こ、ここ! 電伝虫管理室の近くに幽霊がでるらしいぞ。なんでも、例の王国との取引に関係のあった奴らが足引っ張られたりしたとか……お前先行ってくれよ」

「例の王国っていや、つい先日CPが王国兵を皆殺しにしたらしいな。恨むならCPだろ?」

「だ、だよな!? お、俺ら関係ないだろ!? なんで幽霊がこんなところに」

「俺ら、あの貧乏王国に使い古した武器をふっかけて売っただけだしな。国防費もバカになんねぇ、正規で買うよりはお買い得だろ。古い武器は処分出来るし、いい小遣い稼ぎになったんだけどな。支部長から隠すように言われた帳簿もちゃんと俺のベッドの下に挟んであるし、特別監査官もいない。見つかる可能性は0だ。そもそも、幽霊なんていないんだからビビんなって」

 

 甘えん坊なミニターズは最後にカイルがいた支部長執務室を根城にしていた。ここにいれば、カイルがどこにいるか情報が上がってくるはずだと狙ってのことだ。支部長が電伝虫を触るごとに耳をそばだて、カイルの情報を収集していた。

 

「なに!? 行方不明だと? ……CPからの報告だから間違いない? し、進展あればすぐに連絡しろ!」

 受話器を置いた支部長は、デスクの周りをうろうろと回りはじめた。冷や汗が止まらず、ぶつぶつと思考を巡らせているようだ。

「特別監査官が来たこと自体なかったことにすれば……いや、CPに知られてる。CPに脅されて仕方なく送り出した体にすればいい、実際そうだ。あとはあっちの不手際か事故で消えてくれれば。そうだ、おれのせいじゃない、何もしてないんだから」

 そう正当化し、電伝虫で本部に報告を行った支部長は通話が終わった後、頭を抱え、デスクに項垂れていた。

 

 その夜、ミニターズ達は集まり、情報共有を行う。

 カイルが向かった王国の兵士含む多くの人間が死亡したこと。

 支部全体で不正行為を行っていたこと。

 カイルが行方不明となっていること。

 

 それらを踏まえて、何をすべきか。なにが出来るか。小さな3匹は1匹となり、行動を始めた。

 

 ────

 

 意識を取り戻した時、初めに感じたのは波の揺れだった。

 確か、小屋で気絶したはずだが、今はどうやら船の中にいるようだ。海兵として、陸と海の感覚を間違えるはずもない。どこかに移送しているのか? 

 

「起きたか?」

「ッ……?」

「危害は加えないから、安心してくれ。胸と頭の怪我は手当てさせてもらった」

「ケガ……、させたのはそっちだろう」

 かすれた声に唾を飲み込む。どれほどの間、意識を失っていたのか。

 

「すまねぇな。しかしよ、あんな所で何してた?」

「保管庫のことか? あの島の林業を廃れさせてまですることじゃない」

「事情があるんだ、わかってくれ。カイル」

 

 誰だ? 俺の事を知っている? 

 痛む身体を無理して動かす。そうして見えたのは髭面の、常人より身体が大きい男だ。巨人族の血が入っているのだろうか、自分よりも数倍でかい。

「痛むところは?」

 答えずにいると、警戒するなと苦笑しながら巨体を縮こませベッドサイドに座った。

「どこに、連れていく気だ。あの場所を口外されたくないなら殺せば確実だろ」

「殺す? 俺達は海賊でもギャングでもない」

「ならなんで俺は殴られて拉致されてるんだ」

「ぅむ……」

 

「なぁにやってんだ、タグ。お前が、俺に任せとけって言い出したくせに言い負かされるんじゃねぇよ。他の奴らは海に捨てろって言ってる。俺もそう思う」

「ちゃんと説明すれば分かってくれるはずだ」

「お偉い海兵様は下っ端のことなんかゴミにしか思ってねぇよ。なぁ? 海軍本部所属カイル少佐殿?」

 

 手元のドッグタグを読み、芝居がかった物言いをする男は小屋で殴ってきたやつだろう。海兵に恨みでもあるのか、こちらを見る目は反抗的だ。

 首にかけていたはずのドッグタグがなかったのもお前のせいか。

 満足に動けやしないこの状況で下手に抵抗しない方がいいだろう。ターズの調子もよくない、そのうえ海のど真ん中だ。投げ出されても為す術がない。

 

「あんたらは俺を拉致して何がしたいんだ」

「お前を招待しろって言われたんだよ。ちょうど移乗だ、タグ、連れてこい」

「Aye Aye Captain」

 

 巨人の男、名前はタグだったか。彼はまるで幼児を抱えるようにカイルを持ち上げ、外へと向かう。

 抵抗もできずに、おとなしく運ばれるカイルは目の前の光景に目を見張った。

 

 目の前に広がるは無数の船、船、船。そのすべてが互いにつながり、大きな足場となっていた。貨物船に旅客船、漁船、さらには海軍所有であろう大型軍艦でさえも共に波に揺られていた。

 大型軍艦の上には建築物が立ち並び、まるで城砦のようだ。その周りに中型船、その周りに小型船を舫うことでまるで島のような形をとっている。ここで暮らしているというのか。余所者を見る視線をそこかしこから感じる。

 

「どうだ、すげぇだろ。ここが俺たちのホームだ」

「……軍艦、島?」

「お、いいなそれ。軍艦島、かっこいいじゃねぇか」

「タグ! 早くしろ!」

「はいはい」

 

 ────

 

「ルッチ! 帰ってきた!」

 船から降りるとカクが出迎えに待っていた。

 おそらく、俺が行きに乗った乗り物について聞きたいのだろう。腕を引き、はやくはやくと部屋に連れ行く。

 結局、倉庫で見失った男は見つからず、捜索は中断。一時帰島するよう命令が下った。帰りは船で約3日かかったことを考えると、やはりあの男の技術と知識は確保しておきたい。

「で、なんじゃあれ!! ワシも乗りたい!」

「無理だ」

「嫌じゃ嫌じゃ! ワシも任務の時あれで行きたい!」

「操縦していた奴も機体も行方不明だ」

「そんな……まさか間違えて殺したんじゃ」

「死体はなかった……はぁ」

 身体を解しつつ、スーツを脱ぎソファーへと身を投げる。

 あの男は、どこに行ったのか。倉庫の血溜まりは流れることなく、倉庫内に留まっていた。下水や地下室への通路などもなく、完璧な密室だったはずだ。

 上には今回の任務について報告済み、今回の移動は試験的に実施されたもののようで、感じた事や考えられるメリットデメリットを求められた。行方不明である事を伝えれば、知っていたようで、既に全海域に手配書を配るよう通達済みだそうだ。

 あの乗り物の乗り心地やなぜ飛ぶのか、なぜなぜと隣で連呼するカクを制しながら、ルッチはあの男から香る匂いを思い出していた。

 

 ────

 

 カイルの足取りを追い、スモーカーは海犯局の部隊と共にG-1支部へと向かっていた。

 船ではなく、レッドラインを越える陸路で。

 レッドラインにそってボンドラが上がるにつれ肌寒くなる中、あいつが乗れば興奮するだろうな、とスモーカーはまた無意識に思い馳せていた。

 頂上に着けば再度の手荷物、身体検査を受け、下りのボンドラへと向かう。隣では海犯局の工員が電伝虫片手に連絡をとっていた。

 

 ぷるぷるぷるぷる……ツーツー

「……? G-1支部に繋がらない。こんな短距離でか?」

「電伝虫の不調じゃねぇのか」

「いや、繋がらない所にいるみたいだ。おかしいな、G-1支部固定の電伝虫にかけてるの……!? なんっ、だあれは」

 

 レッドラインを背に建つG-1支部は規模も設備もマリンフォードと同等のものが揃えられている。正義を体現する場所が軟弱では目も当てられない。

 そんな堅牢であるはずの建物が崩壊していた。

 

「悪魔の実の能力者の仕業か? 急いで降りるぞ。スモーカー少尉、お前は「俺ァ先に行く、めんどくせぇ連絡は任せた」

「あっ、おい!」

 

 呼び止める声を背中に、助走をつけてスモーカーはレッドラインの崖を飛び降りる。

 風圧に負けないよう煙になる割合をコントロールして、落下速度を上げていく。

 初めて空を飛んだのはカイルに頼まれた時。その次は卒業試験。その頃はまだ完璧にコントロールできるとまではいかなかったが、クザンの下で戦闘に明け暮れたおかげでスモーカーは能力を自在に操れるようになっていた。

 轟々となる風の中、目下に迫る支部を見ればチーズのように穴があいていた。

 

「なんだァ?」

 

 その、まさに抉り取られた場所に向かうと地上のG-1支部の海兵たちが身振り手振りで逃げろと示す。

 

「地面から離れろ! 吸い込まれるぞ!」

 

 どこかで聞いた台詞だな。

 無視して穴の縁に立てば、殴って破壊したというより、綺麗に切り取ったような切断面だ。

 

「……おい、腹一杯になったかよ」

「ミッミ……」

 暗がりから、泳いでくる個体は思った通り。

「なにやってんだターズ。カイルと一緒にいたんじゃないのか」

「ミッヒ」

「そりゃどっちだ」

 足元に集まってきた3匹、いや、今や1匹となったターズは腹から帳簿を吐き出した。ペラペラと捲れば不正の証拠であるとスモーカーは理解出来た。

「あ? なんだこれ……、特別監察官の仕事を手伝ってた、って所か?」

「ミ!」

「ここをお前に任せて、カイルはお前を置いてったと」

「ミッミ」

「だが、お前、……これはカイルの指示じゃないだろう」

「……ミ」

 

 天井に張り付いて、その部分を取り込んだのだろう、穴ぼこだらけの支部はこれでは機能しない。今海賊に攻め入られてしまえば大きな痛手となる。

 

「なんでこんなことした」

「……」

 そういやこいつ話せねぇんだったな、どうしたもんかと首の後ろを揉んでるとどこからか新聞を持ってきたターズは、分裂し新聞の上で動き出した。

 

『カイル』『救助』『協力者』『必要』

「おまえ……、そのためにこんな騒ぎを?」

『無謀』『既知』『僥倖』『旧知』

「……韻を踏むな。ここに来たのが俺じゃなかったらお前、一生研究所暮らしだぞ。……はぁ、とにかく、カイルを見つけたいならついてこい」

「ミッ!!」

 

 はだけた腹へと飛び込み、ターズはスモーカーと共に行動することとなった。カイルと違い、筋肉質で体表面積が広い為泳ぎやすそうだ。

 

「スモーカー少尉! どこにいった!」

「チッ……口うるせぇのがきたな、見つかるんじゃねぇぞ」

「ミ」

 

 ────

 

「CP経由でカイル少佐が指名手配だぁ? あいつ何やらかしやがったんだ。遥々ノースブルーまで行ったってのに」

 

 モルガンズは独自のルートで海軍やCPの動きを監視していた。カイルを追う傍ら、ニュースになるネタを仕入れてはいるが、どうも最近葉巻を扱う業界が騒がしい。

 

 葉巻は地位、階級、富の象徴で愛好家だけの楽しみでもある。顧客は金持ち、地位ある人物、大物ばかり。

 ブランドのイメージを守る為や品質を保証する為に国が直接管理している所もある。林業で栄えていた某国は失敗していたようだがな。

 葉巻業界には数社の有名ブランドがある。

 その中の1社、マハーキの社長が先日逝去した。

 マハーキは最高級のタバコ葉のみを使用し、全て手作業で作られている為、希少でその最高のフレーバーは誰もが一度は味わってみたいと言われるほど。逆に言えば、マハーキの葉巻を手にしていれば、成功者と見なされるブランドだ。

 

 そのブランドを息子が継ぎ、誰もがマハーキは存続すると思っていた。だが、息子が就任するや否や職人が辞め、新会社を設立したのだ。

 元従業員を取材すれば、息子の極悪非道な振る舞いや噂が耳に入った。葉巻を与える代わりに警察をバックにつけ、やりたい放題。反社会的勢力にも葉巻をチラつかせて、虎の威を借る狐と揶揄されていた。

 ここでどちらにも小さな恩を売っておけばどっちが勝っても利はあるだろう、そうして俺はノースブルーからウエストブルーへと移動したって訳だ。

 

 まず、マハーキを辞めた職人の元へと取材にモルガンズは足を運んだ。隠れて移動したつもりだろうが、鳥達の目は見逃さない。

 雇われであったはずの職人達は何故飼い主に噛みつき、独立を宣言したのか。何か策でもあるのか、それともただの自暴自棄か。

 汗ばむ額を拭い、入港したモルガンズはあるものを発見し、ほくそ笑んだ。

 

 「ははぁ、これが人を飛ばすのか」

 

 港には、ここ数日追い求めた空を飛ぶ機体、飛行機が穏やかな波に揺られていた。

 

 

 ────

 

 モルガンズが新会社を訪れる数日前

 

 拉致されたはずのカイルは何故か、やけに美味い葉巻をくゆらせていた。

 

「美味いだろう、ソレ」

「はぁ……コレを吸えると思わなかったな」

 

 葉巻をすすめてきた人物は微笑ましげにカイルの様子を見守っていた。

 カイルが手にしている葉巻はマハーキ、その中でも最高ランクの葉巻だ。

「まぁな、ツテがあっただけだ。手荒な招待で悪かった。後で言って聞かせよう」

 ギロリと老人に睨まれたキャプテン、彼の名前はヴェインと言うらしい、は不貞腐れたように視線を外した。

「さて、本題に入ろう。率直に言うと、力を貸りたい」

「……こんないいもの出された時点で嫌な予感はしてたんだ」

「それでも口をつけた」

「俺みたいなただの海兵にはこんなものお目にかかれないし、味わうなんてとても。で、なにをご所望で? 出来ることは少ないぞ」

「ただの海兵? なら他の奴らは有象無象だ。依頼はその葉巻会社のトルセドールを助けて欲しい」

 

 テーブルの上にすべらせた写真には二人の男が肩を組み笑っていた。彼らは、ついこの間までカイルが着ていたアカデミーの制服を着ている。

「こいつがそのトルセドールだ。海兵辞めたあと葉巻会社に警備として入ったんだが、いつの間にか職人になってやがった」

「その、トルセドール? ってのは」

「あー……葉巻っつうのはフィラー、バインダー、ラッパーっつう3つの葉たばこの層で作られてる。これを巻くことで葉巻が出来上がる。この巻き加減で味も香りも全く違ってくる。その巻きのプロフェッショナルがトルセドールだ。腕のいいトルセドールが巻いた葉巻なら、たった40本で約300万ベリーなんてざらだ」

「ブランドの核と言っても過言じゃないな。そんな人物、会社が丁重に扱うんじゃないか? たすけてくれ、なんて言いつつあんたらがそのドルセドールを拉致ろうとしてたりして」

 

 葉巻のシガーリングを見つつカイルは、なんだか最近お遣いゲーになってきてないか? と思考を飛ばしていた。特別監査官なのに、移送任務させられて、拉致られて、今は人命救助? 

 転生したのだから飛行機飛ばして楽しむか、なんて考えてたのにさ。無性にスモーカーに会いたくなってきた。

 

「お前舐めた口きいてんじゃねぇぞ! ステム、こんなやつ頼る方が馬鹿だ。皆が言うように今すぐ海に捨てちまおう」

 胸ぐらを掴むヴェインは随分老人を慕っているようだ。

 

「ヴェイン。他人の意見じゃなくて、てめぇの目で見て決めろっていつも言ってるだろう。そんなんだから"風見鶏のヴェイン"なんて言われんだ。……なぁ、坊主。ここで降りた、なんて言わせねぇぞ。これは死んだり辞めてった海兵達の為でもあるんだ。いつまでも海軍が守ってくれると思うか? 腕の一本や二本失えば用無しだ。わかるだろ?」

 

 カイルはふと、スワロー島の神殿前にいた男を思い出した。

 

「使い捨てられた後の海兵を知ってるか。物乞い、奴隷、海賊に成り果てる奴もいる。名の知れてる海兵なら逆恨みで殺される事も。正義の為に戦ったってのに随分な話じゃねぇか」

「あんたもそうだっていうのか?」

「俺はまだ恵まれた方だ、こうして若いもん引き連れて動けるんだからな」

 

 ステム、そう呼ばれた老人の左眼から頬骨は黒革の眼帯で覆われていた。

 その眼帯は三本のベルトで固定され、波のような紋様があしらわれている。

 

「俺ぁ、そういう奴らの未来を作りたいんだ。その為に働き口を確保して、安全に暮らせるようにしたい」

「その働き口が葉巻会社?」

「あぁ。上層部連中の会議を? あいつら葉巻で部屋に雲を作りたいのか、心中したいのかって程だろう。海軍で使い込まれたんだ、あいつらから金ふんだくってもバチは当たらねぇよ。それに、葉巻っつうのは悪党にも人気があってな、その牽制としても顧客にしたい」

「……信用できないな、トルセドールがあんたの昔馴染みだってのは事実かもしれないが、彼は本当に救援を求めてるのか?」

「随分疑り深い奴だ。実際に会って判断すりゃいいだろう。後はヴェインに聞け」

 

 ステムが合図すると後ろで控えていたヴェインは作戦を説明しだした。

 ここがどこの海にしても、逃げる為に飛行機を出せない今は大人しく従っておこう。

 話を聞くに、トルセドールが興す予定の新会社の用意も同時並行で行っているようだ。そういえば、あの倉庫にあった帳簿にも輸送記録があったな。

 

「おい、聞いてんのか」

「聞いてるよ、元会社で準備が整い次第、その足で俺の飛行機で文字通り飛ぶんだろ。そもそも、向かう場所教えてくれないとどうにもならない」

「場所は俺が知ってる。それで十分だろ」

「十分じゃないから言ってんだよ」

 何故彼はこうも突っかかるのか。海兵に恨みでもあるのか? 

 

「なぁ、なんでそう俺に当たりが強いんだ。どこかで会ったか?」

「……あんた個人にはねぇよ。作戦決行まで日がある。寝床に案内するからついてこい。ついでにその血濡れた服も着替えろ」

 

 ────

 

 結論から言うと、俺がやってきたのはウエストブルーだったようだ。

 なんで分かったかって? 俺達以外にもトルセドールを奪い取ろうとするヤツらがウエストブルーで幅を利かせている五大ギャングだったからだ。

 

「おぃゴラァ待て!! トルセドールおいていけ!」

「あのガキ連れてこい!」

 

 強面のスーツを着た男たちから逃げる三人。

 カイルとヴェインは両側からトルセドールの脇を抱えて、飛行機へと走ってゆく。

 

「トルセドール、無事でよかった。内部の奴らもうまくあんたを逃がしてくれたな」

「あぁ、助かった。ヴェイン大きくなったな、見違えたよ。あんなにやせっぽっちだったのに。しかし、この運び方は……」

「感動の再会は後にしてくれ。その感じだと拉致じゃなさそうだな」

「だから違うって言っただろ! トルセドール、あんたの言う通り準備は済んでる。あとは俺達に任せてくれ」

 

 飛行機に乗り込み、計器を弄り、離水の準備をすすめる。

 ターズの調子も戻って、元気に泳げている。後は送り届けるだけだ。老年のトルセドールを横に、当たりの強いヴェインは後ろの荷物置き場に放り込んだ。プロペラも回って速度も出てる。

 さぁ、飛び立……ッ!? 

 

「ヒィ!! 腕、腕が!」

 

 突然の息苦しさと首に食い込む爪の痛み以外に感じたのは子供の小さな手。

 フロントガラスに反射して見えたのは胸から生えた腕に絞め殺される自分だった。

 

 こんな能力を持つのは彼女しかいない。

 

「ァグ……ニコ、……ロビン!!」

「くそ! 悪魔の子か! 離せ!」

 

 首を絞められながらも、機首を上げ飛び立つ。距離を取れば能力も届かないはずだ! 

 高度が上がり、後ろからナイフで切り付けられた腕は華のように散った。

「おっかねぇ……あんた大丈夫か」

「ンン゛ッ大丈夫だ。助かった」

「ふん、油断してるからだ」

「あ?」

 黒髪の少女がこちらを見上げているのを尻目に、カイルたちはウエストブルーへと向かった。

 

 

 

「本当に助かった。五大ギャング勢揃いした時はもうダメだと思ったよ。しかし、空を飛んで逃げるとは思わなかったなぁ」

 

 到着した島には簡易な小屋が用意されていた。室内にはトルセドールの仕事に必要な道具が揃えられており、綿密に準備してきたことが伺える。

 ここまでの機内の会話からして、ヴェインは葉巻業界についても詳しいようだ。

「知り合いだったんだな」

「あぁ、この子も元々マハーキで働いていてね。仕事を覚えるのも早くて「トルセドール、俺の話はいい。これからの話をしよう」

 

 過去を知られたくないのか、仕事の話に引き戻したヴェインは方針を語る。五大ギャングに見つからないように生産拠点を分けた事、トルセドールは一点に留まらずに各島を渡り歩く事等、最大限の対策を練っていたようだ。

「もしかして、その移動にまた飛べとか言わないだろうな」

「言わねぇよ。あんたには別に仕事がある」

「は? まだあるのか。もう十分働いたろ」

「話はステムから聞け。そこに電伝虫がある、かけろ」

 

 どうしても好きになれない、なんなんだコイツは

 

 追跡防止機器がついた小型の電伝虫がテーブルの上に鎮座していた。

『上手くやってくれたようだな。礼を言う。ヴェインと仲良くやれたようだ』

「本気で言ってるのか? あいつ俺の事絶対嫌いだぞ。もう十分働いたと思うがそろそろ解放してくれてもいいんじゃないか?」

『まぁ、そう急ぐな。最重要任務がある。そこに封緘した手紙がある。それをマリンフォードの煙草屋の爺に渡してくれ。今日はもう遅い、明日出発しろ』

「……商店街を抜けた所の?」

『あぁ、お前さんの父親、軍艦バカのキールが世話になってる煙草屋だ。俺が紹介してやったんだ』

「父さ、……父とはどういう」

『本人に聞いてみな。頼んだぞ、それで海兵達の命が繋がる』

 ツー、ツー、と切れた電伝虫の横にはアカデミーのカレッジリングでシーリングされた手紙が置かれていた。

 

 これを持って帰れば終わり、他にイベント発生しないよな? 通常業務ほっぽっている今の状況が社会人としてまじで怖いんだがこれは誰の責任になるんだ? 俺か? はは、笑えない。ミニターズもどうしてるか心配だ。

 

 翌朝、海図を広げ、現在地からの進路を決定し、一刻も早く帰ろうとカイルは飛行機のエンジンをかけた。

 簡単に言えば、上空からレッドラインへ、そこから沿って飛行すれば最悪G-1支部につく。さっさと帰還して怒られるしかないな。

 

 手紙の感触を胸に、離水中、昨夜のステムの声が頭を占めた。それがいけなかった。

 

「グワッ!!!」

 

 突然の衝撃と目の前に羽毛が散った。

 

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