飛行機雲   作:神風

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随分と前回の更新から経ってしまいました。
やっと二人を再会させることが出来て一安心です。


Bird Strike

 煙に白む会議室で、将校達は難しい顔をしていた。

 皆、カイルと縁のある者や武器開発に関係する者。ボードの前に立つは海軍犯罪捜査局員。議題は行方不明となったカイル少佐の捜索状況報告と今後の処遇について。

 海犯局がカイル少佐の足取りを追った結果、G-1支部の不正の証拠である裏帳簿を確保。そこに記載のあった王国から大量の海軍支給武器を確認した。不正の証拠を掴むべくこの王国へ乗り込み、調査していた可能性が高いと報告が上がっている。

 

 報告を聞きながら、サカズキは葉巻の煙を深く吐いた。

 カイルは要領がいい。出来るからと、業務外だなんだと悩みながらもやってしまうような奴だ。有り得る。そもそも、飛行機を飛ばしたいが為に入隊した奴だ、G-1支部長の命令を拒否できる立場でいたとしても飛べるんなら断らんかったろう。

 ……いや、絶対飛行機飛ばしたかっただけじゃろ。

 

 CP側からの情報では最後は密室の倉庫内で見失ったとあり、カイルが手懐けていた通称"TARS"が関与したと見ている。"TARS"はカイルがサカズキの元に配属される前から懐いており、カイルを襲ったとは考えにくい。

 現時点で脱走と決定づけることは出来ない、これが海犯局のだせる最低限の答えだった。

 

「特別監察官にせず、手枷足枷をつけて武器開発に従事させておけばよかったんじゃないか?」

「おいおい、一応海軍本部工廠長の倅だぞ? とりあえず発見後は結婚でもさせては?」

「あぁ、家庭も持てば大人しくな「そうは言いますけんどのぉ、アレは尻に敷かれるような性質じゃありゃせんのですわ。おたくらとちごうて。のぉ? ゼファー先生」

「……そうだな。カイルは自分の夢に全力を尽くす。さながら、恋人は空と言ったところか」

 海兵をただの駒と扱うことに慣れてしまった将校達はサカズキの嫌味に眉をひそめた。

「ま、まぁ元上司が未婚だと少佐としても気を使うだろうな」

「わしの話ぁしとりゃぁせん。今必要なのはカイルの身の安全の確保。CPにガサ入れされたんじゃろ、アイツらも狙っとる。そもそも、わしの部下を無理矢理特別監察官に引き抜いたんはあんたらじゃろうが。こそこそ科学部隊に同じようなもん作らせちょる聞いとるが、……先代工廠長の事件のこと、忘れとらんじゃろうな?」

 

 ──────

 

 Bird Strike

 

 鳥類が人工構造物に衝突する事故。

 特に航空機と衝突する事例を指し示す事が多く、年間1000件発生する空港もある。正面、翼、エンジン等に衝突し死傷者多数の大事故となったケースもあるため、離着陸の滑走路にはパトロールを置き、対策を行っている。

 

 だが、このOP世界。さらに海上。対策なんぞ講じることが出来ない。

 

 破損した飛行機を前に肩が落ちる。

「まさか、ニュースクーとは……」

 

 結果から言えば、人間は五体満足、機体には凹み、フロントガラス、翼の一部破損が見られた。エンジンが無事だったのは不幸中の幸いだ。

 無惨な姿を労わるように水上機を撫でる。ターズに持たせた資材で修復は可能だろうか。……半々ってところか。

 それに対して、ニュースクーはたんこぶをこさえて、目を回すのみにおさまっていた。この世界の生物はどれほど頑丈にできているんだ? 

 

「で? なぜこの島に?」

 振り返るとボコボコにされたでかい鳥が正座していた。鳥が正座してるの初めて見た。

 事故後、俺の商売道具になにしやがると難癖付けてきたのがこの鳥──モルガンズだ。

 この島はヴェイン達がトルセドールの為に密かに発展させた島だ、この場所を知っているのは彼らだけのはず、それを部外者がやってきたのだからこうなるのもうなずける。

 

「カイル少佐、貴方を追ってきたんだ、貴方のその乗り物! それがあればもっと俺の仕事は輝く! その技術がほしい!」

「船で追いつける速度じゃない、誰からここの話を聞いた」

「ニュースクーの情報共有能力をバカにしないでほしいね、アイツらには配達以外にも使い道はあるんだ」

「なるほど、諜報員として散らしてるって訳か」

 

 モルガンズは世界経済新聞の社長として知られる一方、裏社会の大物としても裏社会の人間には知られている。仕入れた情報を駆使してのし上がったのだろう。今回だって、マハーキのトルセドールのニュースを仕入れ、首を突っ込みにきやがった可能性だって捨てきれない。

 モルガンズの要求は飛行技術、あのニュースクーも彼の仕込みなんじゃないか? もしそうならあの羽毛全部引っこ抜いて丸焼きにしてやる。

 

「技術提供はしない。こいつらに殺される前にその口閉じたほうが賢明じゃないか?」

「もちろん、タダなんて言わない。情報と交換だ。取引を受け入れてくれるならここの事は口外しない、契約書も書く」

「俺との取引はこいつらとは関係ないだろう。別口で契約しろ」

「チッ」

 

 正直こういう手合いと対等な立場で交渉するには俺は向いてない。常識がある真っ当な人間とならやりようはあるが、情報を商売にする舌が何枚もありそうな輩は無理だ。

 こうしてふんじばって後ろから銃口を向けられていても、どう出し抜こうか考えているに違いない。

 

「俺には交渉する気がないから、あとは君たちでどうぞ。修理してあげないと」

「待て待て! あんたがCPに睨まれてるって言ってもか!? あのサイファーポールだ! ONLY ALIVEで手配書だって出てる!」

「手配書ぉ? あー……まぁ、うん、あんたに銃口向けてるそいつらのせいだよ。俺は仕事でCPと絡んだことがあるし、きっとその件だろう」

「い、いままでCPに睨まれた奴の末路を知ってる! あんたの家族も例外じゃない。例え海軍本部工廠長だとしてもだ。先代工廠長がどうなったか知ってるか!?」

「おい、クソバード。その話聞かせろ」

 

 ”先代工廠長”、そのワードが出た瞬間にヴェインの顔色が変わった。

 

「気になるか? だが、俺もCPに睨まれたくないんでそこまでは詳しくはないし……このままじゃ喋りにくいなぁ?」

 肩を竦め、にやりと笑ったクソバードがなんだか気に食わなくて一発殴っておいた。

 

 港から小屋に移動して聞いた話はこうだ。

 

 昔、軍備拡張の話が上がった。

 工廠や科学部隊等方方から競い合うように軍艦設計案があげられた。

 提出された設計案は殆どが当時の最先端技術を盛り込んだもの。その中で選ばれたのは先代海軍本部工廠長の設計した図案だった。工廠員の技術の高さや実際に軍艦を運用する現場の意見を把握していた彼だからこそ設計できたものだ。最新技術を搭載したとして、運用できる者がいなければただのお飾りだ。

 

 しかし、着工後に問題が発覚。

 その設計案の予算が本来より安価に計上されているとの匿名の通報があったのだ。その上、選考委員の一人の身内である民間木材企業から賄賂を受取り、優先的に仕入れるよう便宜を図っていたことが捜査の結果分かった。これを重く受け止めた政府はCPを介入させ、徹底的に調べさせた。

 

「工廠長は全ての疑惑を真っ向否定したが、結局有罪判決。これがその移送時の記事だ。よく撮れてるだろう? 工廠長は懲戒免職、然るべき機関にぶち込まれ……、失礼、収容されるはずだったが移送時に海に落ちて死亡した」

 

 取り出されたスクラップブックには、工廠員に見守られる中、移送される先代工廠長の背中が写っていた。

 よくみると、むせび泣く一際身体のでかい工廠員が、今となりにいる巨人族にとても似ている。

 

「と、ここまでが表で知られてる話だ。だが俺の情報は違う。工廠長は嵌められたんだ」

「嵌められた?」

「たかが海軍の不正疑惑捜査にCPまで出てくるか? 海軍の淀みは海軍内で濯ぐのが通例だ。そもそも、賄賂なんか日常茶飯事だ、目くじら立てる程じゃない。だが、工廠長の家族もCPに詰問されてこうだ」

 親指が首を横切る仕草に皆眉をひそめた。

 

「CPが関わる案件には死がついてくる。俺の元で才能を発揮しないか? あんたのその技術、みすみす失くすのは惜しすぎる。あんたを次の"ステム工廠長"にはしたくない」

 

 ──────

 その頃マリンフォードの海犯局では、スモーカーは部屋の隅で壁にかかった海図を眺めていた。カイルが辿った道を繋ぎ、いるであろう範囲を探っているのだ。

 

 あいつは、マリンフォードを出発する前にこう言った。空に1本の線のような雲が出来ていれば、近くにいるはずだ、と。あの王国に近い支部に手当り次第そういった雲がなかったか連絡をとった。

 だが、返答は皆同じ、NO。

 海犯局の捜索部隊に貸し出された期間はあと少し。それが終われば通常任務に戻らなければならない。

「くそ……時間が無い」

 海図には目撃情報を示すピンが刺さっている。

 船で移動するのであればある程度の範囲は絞れるがカイルはそれを軽く超える移動手段を持っている。だからこうして海軍は躍起になって身柄を確保したがるのだ。

「ターズ、あいつがどこにいるかわかるか?」

「ヒッ」

「お前の仲間があいつについてるはずだ、なにか痕跡はないのか」

『一緒、共有、可能。分、裂、共有、不可』

 カイルと暮らすうちに様々な言葉を使いこなすようになったターズは新聞の上を泳ぎ、スモーカーと会話を成り立たせていた。本来の姿より小さくなった為、身体で文字を示すより新聞を活用する方が早いのだ。

 

 ターズが泳ぐ紙面にはマフィアの抗争の記事が載っていた。

『速報! マハーキ製造工場で五大マフィアが激突! ウェストブルーを拠点とする有名シガーブランド、マハーキはマフィアにとって喉から手が出るほど欲しいシノギだ。過去には誰がマハーキを囲うか、抗争があったがキリがなく平和協定が結ばれた。だが、マハーキ社長逝去後、取決めは決"裂"したものと思われる。現在海軍は出動しておらず、相打ちになった後を狙っている模様』

 

「ッ!! ……見つけた。ターズ、来い!」

 

 スモーカーがターズと共に飛び出していった後に残されたのは、海図にピン止めされた記事。

 写真にはマフィア達が争う様子と一筋の飛行機雲が伸びていた。

 

 ────

 

 強風に膨らむ帆、顔面どころか身体に被さる波飛沫。真っ直ぐに立つことも難しい強風の中、ロープ両手にヴェインは思った。

 

 どうしてこうなった……? 

 

「ヴェイン! 手ぇ止めんじゃねぇ! ロープ引け! 体重は右にかけろモルガンズ! 吐くなら風下で吐け!」

 

 島にあった小型の船をカイルが改造したお陰で、文字通り"飛ぶ"ように海を渡っていた。

 

 時は少し遡り──

 先代工廠長の話の後、沈黙が続く中、当事者はふと思いついた。

 

「ヴェイン、これマハーキの島に戻った方が良くないか?」

「何言ってんだ、こいつ」

「葉巻製造に関係するものはあの島に全部揃ってるんだろ? トルセドール逃亡に力を貸してくれた心優しい熟練の従業員だっている。ならマハーキを吸収するのが早い」

「五大マフィアがうじゃうじゃいたの覚えてないのか? なんなら首まで絞められた!」

「なら海軍をぶつけりゃいい。ニコ・ロビンがいたのは予想外だが、あの島に海軍を呼べば、マフィアを一掃できるし、社として海軍に繋がりを持てる。俺は海軍本部に戻れる、win-winだ。だが戻るにしてもただの船だと時間がかかってその間にマフィアに先を越されちまう。だから特別に俺が改造して速度を上げてやる、その技術を学べばモルガンズ、あんたの仕事にもメリットになるだろ? win-win-winだ」

 

 そうだろ? と1人ずつ指差しカイルは返答を待った。

 モルガンズは顎に手をあて、何やら考え込んでいたが大きく頷いた。だが反対に、ヴェインは不安そうに呟いた。

 

「ステムがなんて言うか……」

「キャプテンだってのに自分一人では決められないか? あぁそうだ、そうだった。お前の二つ名、"風見鶏"のヴェインだったもんな。ボスやお仲間の意見を聞かなきゃ決断できないよなぁ」

「なっ、バカにするんじゃねぇ! できらァ!」

「じゃぁ決まりだ、工具持って手伝え。あと使ってない布と木材とかあればかき集めてこい」

 

 そうして改造された船が、今海原を飛ぶように進むこのフォイリング艇だ。

 船体の下に水中翼をつけることで、走り始めると水中翼に上向きの揚力が発生し、船体が持ち上がり水面上に浮いた状態で航走できる。さらに、帆も大きいものに変更したことで通常の船より風を捉え、高速移動が可能となる。

 工廠長を父に持ち、十何年と翼の研究を続けたカイルだからこそ短時間で用意できた船だ。だが、その操縦は高度な技術が必要とされる。

 風向きと海流を読む力、バランスの維持、高速での操舵技術を持つ人物は限られる。島に到着した時に合流した、巨人族の血を引くタグは海軍に連絡する為に、島に残ると辞退した。そのため、フォイリング艇の乗組員はカイル、ヴェイン、モルガンズこの三名でマハーキへと舞い戻ることとなった。

 カイルはスキッパー(船長)、ヴェインにはセールトリマー(帆の調整を担当する乗組員)、モルガンズはその体重を生かしたクルーに任命した。

 

「流石、水上バイクを開発しただけある。こんな速度がでるとは!」

 

 船の速度と揺れに慣れたのか、モルガンズは風に負けないよう大声で話し始めた。

 

「あんたもその立派な羽根があるんだ、風読みと帆翔ぐらいはできるんじゃないか? 羽の形状からして、離着陸は難しそうだが上昇気流に乗っちまえばさ」

「理屈はわかるが、こうも身体がでかいと重たくて無理だ! それに、俺がエネルギーを使うのはいいニュースを書く為、ただの移動なんかに使ってられねぇ!」

「根っからのブン屋だな。で、あんたへの技術提供だが、この船の製作過程、見てたろ。それでいいな?」

「とりあえずは良しとしよう。だが、マハーキの島に戻ったとして、会社を乗っ取れる確率は低い。今の社長はどうしようもないクズなのはわかるが、どうするつもりだ? 何か策が? そもそも海兵のあんたが海賊行為を唆してるなんてどうかしてる!」

 

 クワハハハ! と悪い顔するモルガンズはカイルをただの誠実実直な海兵とはさらさら見ていなかった。

 空飛ぶ人間がいる、と耳に入れた時からモルガンズはカイルについて調べ尽くした。来歴に、家族構成、趣味、嫌いな食べ物などなど。今ならカイルの釣書ぐらいかけるだろう。

 だが、モルガンズをもってしても分からないことがあった。その知識をどう付けたのか、そもそも、何故空を飛ぼうと思ったのか。

 そんな興味深い人物が今、目の前にいてこうして言葉を交わしている。モルガンズは自分でも浮かれていると自覚していた。

 

「聞いたところによるとあいつらはちゃんと会社を設立したんだろう? 乗っ取り? 違うね、吸収合併って言うんだ。覚えとけ」

「クワハハハ! 確かにそうだ! だが、その"吸収合併"に漕ぎ着けるまで、難しいだろう。これでも名が知れた新聞社の顔だ。手を貸してやる! マハーキの社長とだって直に交渉できる。あんた達二人は俺の部下とでも言えばいい! 海軍も呼び寄せてやる! ……いや、もう海軍なんかやめて手を組もう、俺たちがこの世を回す時代がくる!」

 

 バサッと大きな翼を広げ、熱意を語るモルガンズの目はランランと輝いている。そこに横槍を入れたのはヴェイン。自分のハンドルが効かないこの状況にイラついているのが丸わかりだ。

「そんな奴やめておけ! そんなこといって、使って用が済んだら捨てるつもりだろ。アンタみたいな権力者はみんなそうだ!」

「おっと、その言い方、使われる立場だったって言ってるようなものだぜ。人を使えるようにならなきゃな。それとだ、隠さなきゃならないことはしっかり隠した方がいい。先代のステム工廠長がまだ生きていて、なにやら企んでるなんて俺に知られる程度じゃまだまだだな!」

「なっ……!?」

「もうその辺にしておけ、モルガンズ。大人げないぞ」

 

 煽りに煽るその姿につい助け船を出してしまったが、数秒してから逆効果だったか、と反省した。

 ヴェインとカイルは傍から見れば同い年だ。トルセドールが言うには葉巻工場で働いていた過去があることしか知らないし詳しくはないが、ボスであるステムを敬愛しているのはわかる。

 そのボスがやり遂げようとする計画を完遂できるように力を注いでいるが、今や計画は崩れ、勝手に行動する二人に引きずられるようにこの船に乗っているのだ。泣きまではしないが、地団駄を今にも踏みそうだ。

 

「お前、お前らが! いなけりゃもっと「俺が必要だったから拉致したんだろうが、ボスの命令で。海軍のせいでお前のボスが追いやられたから、次代の工廠長の息子の俺にあたりが強いんだろうが、感情的になるな。計画がとん挫するのはまだ早い。計画の全容は? 何をもって計画は成功したと言える? お前を軽視してるわけじゃない、海兵の為にこの計画が練られたのなら少しは手を貸してやってもいい。お前の二つ名の風見鶏は主体性がないって意味じゃない、本来風に向かって雄々しくたつ肯定的な意味合いだ。キャプテンにふさわしい二つ名にするかどうかはお前次第だ。わかるか?」

「くっ、……トルセドールの身の確保、は済んだ。だから次は葉巻生産拠点の構築、販売ルートの開拓。この二つを通して傷痍海兵や死んだ海兵たちの家族に働き口をやって安定した生活を送らせてやる。それが最終目的だ」

「なるほど、元海兵が海軍が怠ってきたことを代わりにやるつもりか。涙ぐましいね、でもちょっと話が綺麗すぎて面白みに欠けるね」

 はん、と手すりに肘をつくモルガンズは続ける。

「だが、行く末が見たくなった。うまくいくか、それとも志半ばで夢は潰えるか……。ま、後者の方が確率は高いが、同じ船に乗ったよしみだ、最後まで楽しませてもらおう!」

「そんなこと言いつつ、漁夫の利狙ってるだろうから気を抜くなよ、ヴェイン」

「お、お前に言われなくてもわかってる!」

 

 マハーキ工場のある島まで、あと少し。三人はそれぞれの思惑を胸に協力して船を操る。

 

 ──────

 ウエストブルー、マハーキ工場の島近海。

 

『匿名より情報提供! マハーキ工場にて、捜索中であるカイル少佐の目撃情報あり! ウエストブルーの五大マフィアと島民の抗争に関係してる模様! 近海の部隊は至急向かえ!』

 

 軍艦に搭載された電伝虫から発せられる声に、ヒナは腰に手を当て呆れたように言う。

 

「ほんと、貴方達って切っても切れないわね。ヒナ、驚愕。いきなり来て、乗せろなんて、また何かやらかして逃げてきたのかと思ったわ」

「俺がいつ逃げたってんだ。捜索隊として、あいつがここにいると突き止めたから来た、お前がウエストブルーで任務につくって知ってたから便乗した、ただそれだけだ」

「あら、そ。ほら、みえてきたわ。私達が一番乗りと思ったのだけれど、先越されちゃったみたいね」

 

 島には既に一隻の軍艦が接岸していた。

 スモーカーはそれに違和感を感じたが、上陸準備に追究することはやめた。

 上陸すると、マフィアと島民が激しく衝突したのか、街は荒れ果てていた。港に停泊していた軍艦部隊の姿は見えず、地面には怪我した島民と瓦礫、壁には銃痕、頭上では崩れかかった店の看板がギィギィと音を立てていた。

 怪我人の対処は他に任せ、マフィアの残党を打ちのめしながら、スモーカーは足早に島の中心であるマハーキの工場へ向かった。

 

 何故カイルはこの島に来た? マフィアに襲われる島でカイルならどうする、島民を守るためにマフィアと戦ったか? 闇雲に戦うはずはない、どこかに拠点を置いているはずだ。最後に声を聞いた時、怪我をしたような声色だった。あれから回復してるのか、してないなら無謀なことをするか? いや、あいつは必要だと感じたならやる。

 頭の中で様々な状態のカイルが思い浮かぶ。

 怪我もなく能天気にこちらに手を振る姿、怪我をしながらも島民を守り戦う姿、拘束され拷問にかけられた姿、一番最悪なのが、血に塗れ動かない姿。

 

 最悪を頭から追い出し、急く足が着いたマハーキ工場正門には堆く鉄材でできたバリケードが張られていた。周りにはマフィア達がバリケードを崩そうとしていたが、後ろからの攻撃で間もなく拘束されていった。

 

「……これは、島民が築いたんでしょうか」

「さぁな。撤去してついてこい、先に俺が入る」

「スモーカー少尉!」

 呼び止める部下を無視し、煙となってバリケードを通り抜ける。

 マハーキブランドの葉巻が展示されたエントランスを通り、館内図を確認する。

 タバコ葉保管室、加湿室、葉脈取り&選別室、ガレラ(葉巻巻き部屋)、品質管理室……etc

 工場だけあって随分広い、見回るのも一苦労だ。

 一番近いタバコ葉保管室を覗くと従業員の姿は見えず、マフィア達が縄で縛られ転がされていた。島民もやるな。いや、この結び目海兵か? 

「おい、何があった」

「うぅ……」

「仲間の数と配置は。ここを乗っ取るために来たんだろうが」

「俺は、なにを……突入、したらビリッときて、気が付いたら縛られて……」

 ターズだ。やっぱり、あいつはここにいる。

 

 その時、上階から数発の発砲音が聞こえた。

 

 音の発生地に駆け付けてみれば、割れた大窓、縛られた社長、世経のモルガンズ、従業員達──

 

 そして、血に塗れ倒れたカイルがいた。

 

「カイル!!」

 

 ────

 カイルが撃たれる数十分前──

 

「世界経済新聞のモルガンズだ。忙しい中取材を受けてくださりどうも。早速取材を。いつマフィアがやってくるかわからない」

 そう手帳とペンを手に向き合ったのは縄でガチガチに椅子に縛られたマハーキ社長。口に布を詰め込まれているからか、モゴモゴとしか聞こえない。

「先代の社長から引き継いでまだ1ヶ月も経ってないが、今こうなってる事に何か言いたいことは? ……あぁ! すまない。取らないと喋れないな」

 汚いものを触るようにハンカチを掴み、引き抜くと、縄を解け! 俺に何したと思ってる! 外のマフィアは俺の言いなりだ! 全員殺してやる! 等と騒ぐのみ。

「だめだ、これがマハーキの社長だって? お話にならないね。流石従業員に縛られるだけある」

 

 カイルとヴェイン、モルガンズはマフィアから身を隠し、時には倒し、マハーキ工場まで辿り着いた。

 これ以上工場の中にやって来ては袋の鼠だ、飛行機に使おうと思ってターズに飲み込ませていた鉄材でバリケードを組み、一階をターズに巡回させる。

 トルセドール救出時にも協力してくれた従業員達だ、今回も迎え入れてくれた。

 取材の為に訪れた社長室でも、社長自ら大変興奮した様子で足をバタつかせ"歓迎"してくれ、こりゃあいい記事になりそうだ! と吹き出した笑いを誤魔化し、モルガンズは取材を始めたが……コレだ。

 写真まで撮っている。端から見ていたが、随分間抜けな写真が撮れていた。

 その横で、老齢の従業員がヴェインに話しかけていた。2人は昔馴染みらしく、なぜここにいるのか、無事でよかった、従業員達は俺が守る等親しげに話していた。

 

 うーん、手持ち無沙汰だ。

 海軍がやってくるまでどれぐらいかかるだろうか、食料持つだろうか、そんなことを考えながら社長のデスク後ろにある大きな窓から外を眺める。

 

 階下の塀では従業員がマフィアを遠ざけようと、敷地内側から投擲したりしているが、突破されるのは時間の問題だろう。

「裏口はまだ開かねぇのか!」

「裏口もだめだ、入ったやつがいきなり倒れて動かねぇ。他の奴らも昨日から海軍と交戦して動けるやつも少ない、それにもう一隻軍艦がやってきた。もう強行突破した方がいい」

「なるべく施設は壊したくなかったが仕方ないな」

 

 昨日から海軍と交戦だ? 通報して間もないのにどういう事だ。長期の篭城戦にならずに済むのはいいが……、まぁいい、救助まで時間稼ぎしてやろう。

 使い慣れた愛銃を窓枠に預け、膝射の体勢で階下のマフィア達を狙う。右手はトリガーに、膝を立て、左手は右腕を抱き抱えるように。あぁ、その前に後ろで騒ぐ社長の口に布を突っ込むのも忘れずに。集中が削がれる。

 

 数発打ち込めば、狙撃された事に慌て物陰に隠れていった。他にもいるかもしれない、スコープから目を離さず、警戒を続ける。

「海軍が昨日からいるらしい。ヴェイン、何か聞いてるか?」

「いや、何も……。知ってたか? 従業員達も知らないらしい」

「そうか、もう一隻軍艦が応援にきたらしい。もう少しの辛抱だって伝えてやれ」

 

 そう話していた時だ。

 硝子の割れる音が部屋に響いた。

「皆伏せろ!」

 身動きの取れない社長を蹴り倒し、撃ち返す。

 向かいの建物の屋上にスコープの反射が見えた、狙撃手がいたとは。

 場所を変え、再度スコープを通して見れば姿は消えていた。

 逃げたか……、あークソ、肩が熱い、撃たれたか。じわじわと強まる痛みに床に身体を投げ出す。

 

「カイル!!」

 

 あれ……、スモーカーの声だ、幻聴か? そこまでやばい傷でもないはずだけど、あ、ほんとにいる。なんで? 

 

「動くな、すぐに衛生兵に見せてやる」

「なんで、お前がここに」

「こっちのセリフだ、今までどこにいやがった。随分探した。抱えるぞ」

 太い腕が横抱きに持ち上げ、階下へと運ばれる。久しぶりに見るスモーカーだ、匂いも、見上げる横顔も何もかも懐かしい。そんなに離れていたっけ? 

「おい! 衛生兵! こいつを頼む」

 脂汗がでるぐらい痛いのに、目の前にいるスモーカーの存在がまだ信じられない。確かめるように手を伸ばす。

「手当てを受けろ、話はそれからだ。俺はマフィア共を片付けてくる。いいな、大人しくしておけ」

 

 担架の上で握り返された手の強さに安心して、目を閉じた。

 

 ────

 衛生兵に受渡された俺は、手配書まで出回った重要人物という事で軍艦内の医務室に移動させられた。

 スモーカーが戻ってきたのは、手当を受け終わった頃。ベッドで鎮痛剤を飲む俺を見守るスモーカーに手を振れば怖い顔がより怖くなった。

「今まで何してたか洗いざらい吐いてもらうぞ」

「えぇ……俺犯罪者みたいな言い方じゃん」

「お尋ね者には変わりねぇよ。あの部屋にいた奴らからは話を聞いてるが、確認だ。マハーキ工場に来たのは従業員を守るためだとか言ってたが本当か? お前になんのメリットがある。そもそもノースブルーのあの国から何があった」

「えーっと……長ーい話がだな」

 どう話したものか、拉致されて? 本来の任務をほっぽりだして傷痍軍人の為に手を貸し? マフィアとドンパチしましたって? 絶対怒られる。スモーカーのやらかしよりだいぶデカイやらかしだぞ。

 そう目を泳がせていると、顎を片手で掴み無理矢理目を合わせようとしてきた。

「ちゃんと話せ。今どういう状況かわかってんのか? 家は海犯局とCPにガサ入れされて、ONLY ALIVEのお尋ね者だ。何がなんでも海軍はお前を逃がさないつもりだ」

「は? ガサ入れ? なんで!?」

「脱走兵か疑われてんだ、一応確認するが、脱走ではないよな」

「違う違う! 飛行機造る設備を整えるまでどれだけかかったかわかってるのか? そんな場所捨てるわけないだろ!?」

「だろうな。とにかく、戻ったら尋問が待ってると思え。それまでに話せるようにまとめておくべきだ」

「……ぐ、怒らないで聞いてくれる?」

「話による。俺だけじゃない、こいつらも心配してた」

 

 軍服をはだけさせ、見えた胸元にはG-1支部を任せたミニターズ達がふわふわ泳いでいた。

 

「ターズ! 無事だったか!!」

 

 思わず胸元に手を当て、頬を寄せる。

「すぐに帰ってやれなくてごめんな、寂しい思いをさせたな」

「「「ピィ」」」

 ターズ達の声とは別に、力強い音が聞こえてくる。

「……胃に鳥でも飼ってる? 心音すごいぞ」

「……それを言うなら蝶だ」

 頬伝いにターズが身体に帰ってくる間、スモーカーの心音が心地よく響く。拉致されてから張り詰めた緊張がやっと解けるような気持ちでそのまま頭を預ける。

「お前が来てくれて助かった。ずっと探してくれてたんだ?」

「……お前の親父、キールさんに頼まれたからな」

「そこはさぁ、大事な相棒の為だって言えよ」

「は、調子に乗るんじゃねぇ」

「素直になれって。……スモーカー、大事な相棒の為にさ、もひとつ頼まれてくれない? 本部に戻ったら、この手紙を煙草屋に届けてくれ」

 このままマリンフォードに帰ればすぐに尋問されるだろう。そうすれば、ステムから預かった煙草屋の爺への手紙が届けられなくなる。中は見てない。見てないけど、きっと俺達海兵の為になることだって思う。

「……、わかった」

「頼んだ」

 

 スモーカーの体温に微睡んでいると、医務室の扉が開く音がした。

 

「あら、お邪魔だったかしら」

 

「ヒッ、ヒナ嬢! 全然大丈夫! ヒナも来てくれてたのか」

 突き飛ばすように離れたカイルをスモーカーはひと睨みしたが、溜息をつきベッドサイドの椅子に腰掛けた。

「元々ウエストブルーで任務があったの。怪我は? ヒナ、心配」

「こんなの屁でもないさ。脱走兵だって疑われてる方が心が痛いね」

「力になれることがあれば言って、いつでも力になるわ。ところで、聞きたいことがあるの。私たちが着く前にいた軍艦、どこの部隊か知ってる? 情報共有しようと思ったけれどもう出港したみたいで」

「は? 君らも知らないのか? てっきりその部隊の応援要請で君らが来たと思ったんだけど」

「あぁ、あの軍艦か。今思えば大砲の位置が俺らの乗ってるのとは違うタイプだった」

「……!!」

 

 その軍艦、見た……。

 拉致されて乗った軍艦は数世代前のもの、大砲の可動域が狭くて、今のタイプと位置が違う。でも一目見ただけじゃ詳しくない者からすれば見分けは付かない! 

 カイルはベッドから抜け出し、走り出す。

 後ろからスモーカーとヒナの声が聞こえるが今はそれどころじゃない。

 

「社長室を狙撃するなら……、あの建物か!」

 痛む腕を押さえながら、階段を登り屋上へと向かう。後ろから煙になって追ってきたスモーカーにしがみつき、屋上へと連れて行ってもらえば、扉の鍵は壊されていた。

「ここから撃たれたのか。マフィアの残党か?」

「そうならいいんだけど……血痕が残ってる」

 

 続く血痕を追えば、見覚えのある黒革、波紋様の眼帯が落ちていた。

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