飛行機雲   作:神風

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 嵐を抜けたあとは穏やかな日々が続いた。

 甲板から眺める海原はマリンフォードのものとはどこか違って見える。

 青空の下で潮風に吹かれて、ピンと張った帆を見るのが楽しい。

 前世を思い出したとしてもあの軍艦バカの息子として生きてきたから、船が好きだ。飛行機も好きだけど。

 

 休憩時間、甲板で飛行機の設計図を手帳に落書きしていると、身体で泳いでいたマンタが甲板におりてきた。

 

「お前も日向ぼっこか?今日はいい天気だからな」

 

 足元をぐるぐると泳ぐマンタを踏まないよう、広い場所へと移動する。

「いつまでもお前とか、マンタ、とか呼ぶのも何だかな。名前でもあればいいんだけど」

「ギッ」

「その返事は何?つけて欲しいって?」

「ピッ!」

「うーん……俺にネーミングセンス求めるなよ?」

 

 うんうん唸って名前を考えるカイルとその足元でそわそわと待つマンタの2人を船員は遠巻きに眺めていた。

 

「君って分裂体はそれぞれ別個体みたいだったから、今の姿を集合体として考えるとファイルアーカイブのtarみたいだろ?圧縮出来てないし……って言っても分からないか。それ無しにしてもいずれ一緒に飛んでくれる仲間だから俺とおんなじ乗組員、海兵(tar)の一員だ。だから、TARS。ターズだ」

 

 どう?と不安げに床に指で綴りを書くカイル。

 傍耳を立てる船員でさえ分からない言葉がマンタに通じるはずがない。

 だが、仲間という言葉はわかったようで嬉しげにその両翼を羽ばたかせていた。

 

「気に入った?ほんとに?嫌なら左手上げろよ?」

「ミッ」

「気に入ったか〜、よろしくな。ターズ」

 

 

 訳せば、海兵達、可愛く言えば海兵ちゃんズになるがそれでいいのか?

 そんなツッコミをいれる人物はこの船上にはいなかった。

 その後の休憩時間もターズと2人、きゃっきゃと過ごす青年ににっこりしてしまう乗組員達だった。

 

「あの歳でサカズキ中将の補佐官だって?凄いじゃないか」

「工廠長の倅だって聞いたぞ?」

「なんだ、じゃぁ親の七光りか」

「馬鹿言え、七光りを許す中将と思うか?」

「「違いねぇ」」

 

 ガハハ、と笑う男達の声を後ろにパーカーを深く被る男は独りごつ。

 

「そんなものよりタチが悪いわい」

 

 幸いにもそれは彼らの耳には届かなかった。

 

 ──

 

 島に上陸した日は、その島に駐屯する支部と打合せ後、会食になることがある。今回も補佐官という立場上、サカズキ中将の後ろに控えていた。

 

 

 中将の顔色を見るに会食なんぞ出たくなかったのだろう、眉間のシワがいつもより多く感じる。

 それもそのはず、下品にも思えるような金装飾が施された部屋に通されたからだ。

 

 目の前には、船上では保管が難しい新鮮な野菜や肉類が、栄えた島に比べれば見劣りはするだろうが、美味しそうに盛り付けられている。

 

「うちのコックが腕によりをかけて調理したものです。海上では滅多に食べられない食材で作らせましたので、ぜひご堪能を。サカズキ中将の舌に合うといいのですが」

「ほうか」

 

「サカズキ中将のご活躍はかねがね。まさかこんな辺鄙な海域までいらっしゃるとは」

「海賊の目撃情報があったからの」

 

 ヨイショしようと頑張ってますけど、うちの中将はそんなものどうでもいいんだよな。なんなら逆効果。

 

 辺鄙な島の支部長で終わりたくないとごまをすり、袖の下を渡そうとしてくるのを相手に中将の機嫌は急降下、握るシルバーが溶けだしている。

 あっ、殺人はダメです、ダメですよ!中将!

 

「中将!本部から連絡が」

「ほうか、部屋で聞く。用意しちょけ」

「はい」

「そういうことじゃけぇ、先に戻らせてもらう。もう一度さっきの話してみぃ、その口聞けんようにしちゃるけんのぉ」

「ひっ、……は、はい」

 

 震える支部長を残し、さっさと部屋を出た。

 

「それで、誰からの連絡じゃ」

「誰も。嘘も方便とでも言いましょうか。中将のお手を煩わせるより、社会的に死んでもらいましょう。部屋に戻ったら茶でも用意します」

「あぁ、熱めでな。ありゃ、横領しちょるな」

「島からも搾取してそうですね。島民の海兵を見る目付きに敵意がありました」

「はよう監査部に連絡しちょけ」

 

 中将の為に用意された部屋のドアを開けると中に入らず、呆れたようにため息をついていた。

 後ろから覗き見ると先程の部屋と同じく、気が休まらない部屋だ。

 

「センスくっそ悪いですね。模様替えしましょう」

「……頼んだ」

 

 1人で模様替えするには重たすぎる装飾品が多い。折角だ、手伝ってもらうとしよう。

 

「ターズ、模様替え手伝ってくれる?」

 

 するり、と足先から床に姿を現したターズ。

 下品な金を飲み込んでもらい、別室に吐き出すよう指示を出す。

 その様子をじっとサカズキ中将は観察していた。

 

「よいしょっと、これぐらいでしたら、気も休まりますか」

「あぁ、いくらかマシじゃ。……そいつは、ずっとお前の肌におるんか」

「常に、ではないですが。大半はいますね」

 

 アツアツの茶を用意しながら中将の質問に答えていると、作業を終えたターズが肌へ戻ってくる。

 さぁ、ぐつぐつの茶が出来ましたよ、と目の前のテーブルに出すと、腕組みをした中将から一言。

 

「脱いでみせてみい」

「ぬ……今、ですか?」

「今」

 

 はようせんかい、と目で訴えてくる中将に戸惑いつつ制服を脱いでゆく。

 シャツも脱ぎさり上裸になった所で中将が近づき、上半身を揺蕩うターズをゆっくりとなぞった。

 

「ここにおって、害はないんか」

「今のところ、体調に変わりありません」

「感電すると報告にはあったはずじゃ」

「触れると、というより分泌する何かに触れると、感電するのでしょう」

「ほうか」

 

 上から注がれる視線に耐えきれず、伺うように視線を向けると、バチリと合う。

 

「あの、もう着ても「こいつに吐き出させた時、言うちょった事ぁ本当か」

「空を飛ぶ為に入軍した事、ですか」

「ほうじゃ、そがな理由でこの仕事やって行けるわけなぁわ。この仕事を、今もそんな覚悟でやっとるなら今すぐ退役して別の職を探せ」

 

 鎖骨を撫ぜる指先の熱が皮膚を焼く匂いがする。

 

「ぁっ……ぐ」

「退役するなら、わしがコイツを焼いちゃる。上に睨まれてるなら死んだことにも。自由にどこかの島で空を飛ぶようなもん作ったらええ。語る正義もなしになにが海兵じゃ。手前の欲望叶えるための行動なんぞ筋を通しきれんに決まっとる」

 

 まだ若い、他の道もあるはずじゃ、と帽子を取り上げる中将の目をキッと見つめ返す。

 合格させたのあんたじゃないか。

 この人は知らないのかもしれないが、憧れを抱いた相手だ。あの日、助けてくれた背中は今でも覚えている。

 

「確かに、入軍しようと思ったきっかけは空です。ですが、それだけじゃない。マリンフォードで生まれ、父の仕事を傍で見て育ち、海兵達の仕事を見てきました。貴方の背中も。マリンフォードが半壊したあの日を覚えていますか」

 

 コンクリートに足を取られたあの時、助けてくれたのはサカズキだった。

 怖かったが、それでも助けてくれた彼に憧れと畏怖を抱いた。あの時はまさか直属の上司になるとは思っていなかったが。

 

「あの時、避難し損ねた俺を助けてくれたのは貴方です。助けられる側から助ける側になりたい、そう思わせてくれたのもサカズキ中将なんです。だから、貴方が辞めろなんて言わないでください」

「……あの時の生意気なガキか。ほかの海兵の足引っ張る実力で何を言おうとただの妄言じゃ。わしの補佐官務めるなら、強うなれ。ちぃとでも腑抜けてみぃ、わしが辞めさせるからの」

「そうならないよう、精進します」

 

 下げた頭に帽子を被せ、今日はもうええ、休め、と退出許可がでたため、部屋を出る。

 サカズキ中将の手前、我慢していた痛さに廊下を歩く足は早まり、最後には自室へと飛び込むような勢いだった。

 

「いっ……てぇ」

 

 ターズも怖かっただろうに、鎖骨に出来た火傷の周りを労わるように撫でてくれている。氷嚢を当ててもこもる熱は下がらず、ジクジクと痛む。

 

「火傷の時は氷嚢より流水の方が熱がこもらず良かったよな……ターズ、シャワー浴びるから部屋で泳いでな」

 

 強くなって、中将にもガンガン文句言っても仕事できるから許される位置になってやる、くそが

 この世界って労基ないのか……偉くなったらそういう組織作らせよう

 

 不貞寝する前に、監査部に今日の支部長との出来事、島民から搾取している可能性がある事を告げ口しておいた。

 

 社会的にどうぞお達者で!

 

 ──

 

 1ヶ月に及ぶ遠征を終えた頃には、カイルは一人前の海兵と思えるようになっていた。

 皮膚を焼かれたあの日から、サカズキ中将から容赦のない特訓を言い渡され、任務中も激と拳を飛ばされた結果だ。

 

 また、ターズも戦闘に参加するようになった。

 名前をつけてからさらに懐き、指示を出せば思うように動くようになった。

 お遊びでターズを飛行機に見立てて管制塔とのやりとりを1人しゃべっていると、いつの間にか特定のセリフでターズが思うように動くようになっていた。

 

 例えばこう

「TARS, line up &wait, Runway 」

(滑走路への進入を許可する)

 その言葉でターズは足へ移動し待機する。

 

「TARS, ○○o'clock, cleared for take off 」

(○○時方向、離陸を許可する)

 指定した方向へ飛び立つ。

 本来なら風向と風力を伝えるところだが、ターズは平面を飛ぶから関係ない。

 

 飛び立てばもうあとはターズの赴くまま。飲み込むのも感電させるのも自由だ。

 戦う姿みてると、ポケモンみたいだ……と思ったが、レベルとか性格とか技とかわかんないしな。進化しなさそう。もう既にマンタインか。テッポウオ付いてこない?いや、特性<スナイパー>考えたら俺がテッポウオだった???

 

 

 進展があったのはそれだけでは無い。

 

 ついに飛行機の製造に取り掛かった。

 

 海に面した住居兼倉庫を借りることが出来たので、本始動することとなった。官舎暮らしじゃ無理があるからね。

 部屋のインテリアも揃えたら、スモーカー呼んで宅飲みしたいなぁ。

 

 記憶を取り戻してから早10数年、水上バイク開発時に世話になった金型屋により、形になった飛行機の部品や燃料を確保し、海に面した倉庫でせっせと1人作業するのが休日の過ごし方になった。

 海軍の金で製造したいから入ったけど、一機ぐらいは個人で自由にできるものを所有しておきたい。また、実績をひとつぐらい取っておかないと。

 

 

 今日も休日に1人倉庫に向かうとどこからか漂う煙と煙草の匂い、それに何かが焦げる匂いがする。

 

「誰かいるのか?」

 

 響くのは自分の声だけ。

 火事を防ぐため、作業場では煙草は吸わないようにしている。誰かが侵入して吸っている可能性が高い。

 火元はないかと急いで作業場を点検すると、そこには無音で自らについた火を消そうと転がる大男がいた。

 

「……!!……!……!!」

 

 口は動いているが全く音がしない。火が燃える音も、転がる音もだ。

 

「動くな!消してやるから!」

 

 海水をくんできて浴びせると男はぐったりとしてしまった。

 

「おい、大丈夫か?死んでないよな?」

「た……助かった。ありがとう」

「にしては、ぐったりしてるが……あ、もしかして能力者か?」

「うぅ」

 

 べしょべしょになった金髪で目は隠れているが、どこかで見た事ある気がする……確か

 

「タオル貸すから拭いて。なんでこんな所で火だるまになってたんだ?」

「俺がドジなせいで……」

「大の大人がドジっ子とか可愛くないぞ。兎に角、ここは火気厳禁、わかった?飛行機に燃え移ったらどうしてくれる」

「面目ない。飛行機って、なんだ?」

「あんたの後ろにある乗り物だよ。まだ完成してないが、空を飛ぶ」

「へぇ〜、空を飛べるのか!すごいな」

 

 ワクワクしてるところ悪いけど、君、不法侵入って言葉知ってるかな。

 

「ところで、ここで何してたんだ。場合によっちゃ海軍に突き出すけど」

「ま、まってくれ!ただ煙草吸ってただけだ。確かに、中に置いてある物が気になって入ったけど、わざと壊そうとかは全くこれっぽっちも考えてない!」

「いい大人なんだから、勝手に敷地内に入っちゃダメって分かるでしょうよ」

「うっ……すまねぇ」

「でも、興味持ってくれたのは嬉しいな。ちょっと見てく?」

「いいのか!?」

 

 ──

 

「ロシナンテ、きてごらん」

 

 8歳の頃、俺は父を殺した兄から逃げ出し、センゴクさんに保護された。

 センゴクさんに連れられてマリンフォードで住むことになったが、センゴクさん以外の大人が怖くていつも傍についていた。

 

「ロシナンテにも友達が必要だろう。私の友達の息子だ。少し歳は離れているが、きっと仲良く出来るはずだ」

 

 センゴクさんが俺に紹介したのは海軍工廠長の息子、カイルだった。

 

「ぼく、カイル。お兄ちゃんは?」

「ロ、ロシナンテ」

「ロシナンテお兄ちゃん、海軍ごっこしよ!お兄ちゃん海兵ね!ぼく、軍艦するから!」

「軍……艦?」

 

 紹介されてから、大人が仕事で忙しい時は一緒に預けられることが多かった。

 けれど、カイルが6歳の頃、マストの崩落事故から全く会わなくなってしまった。

 センゴクさん曰く、安静にしなきゃならないとか。事故直後は寂しくて、カイルに会わせて、と頼んでみたが許可は降りなかった。

 

 

 それから早10数年、すっかり彼を忘れていた。

 

「ロシナンテ、カイルを覚えているか?子供の頃、一緒に遊んだろう」

「……、えーと、そういえばそんなこともありましたね」

「忘れてるな。まぁ、いい。カイルは少尉として海軍に在籍している。久しぶりに会ってきたらどうだ」

「俺が忘れてる程です。きっと彼も忘れてるでしょう。会う必要が?」

「大事な息子達だ、切れかけた縁を繋げるのもいいだろう」

「目的は?」

「気心の知れた奴を作っておく方がいい。それに、きっとカイルはお前の助けになる。現に、私と彼の父親もそうだ」

「はぁ」

 結局、何が目的なのかは分からなかったが、センゴクさんが気を遣ってくれたんだ、乗っておいてもいいだろう。

 

 

 と、思ってきたはいいが……カイルがお人好しすぎて心配になってきた。名前も知らない不法侵入者にペラペラ喋ってら。

 

「海水でも腐食しない材質を使ってて、フロート部分には海楼石も仕込む予定だ。でも無駄に重くなるのも嫌だから薄くカットしたものを仕込めるかどうか……これはもう、試作するしかないな。この機体は2人乗りの予定だけど、要領が掴めれば10人乗り出来る飛行艇にも手を出してみたい。そうなりゃ、ドクターヘリみたいに怪我人搬送もできる」

 

 未完成の飛行機を前にして、あれもしたいこれもしたい、と言葉が止まらないカイルにロシナンテは薄らと残る記憶の中の5歳児カイルを思い出していた。

 

「はー、これ全部一人でやってるのか?」

「俺一人しかわからないから。てか、こんなの聞いてて楽しい?」

「楽しそうなのはわかる。それに、秘密基地みたいで面白い」

「!わかってくれる?秘密基地は男のロマン、ここ作る時もちょっと意識したんだ」

 

 へへ、と自慢げに笑うカイルにはまだ、自分の名前すら伝えていない。いつ言い出そうか、タイミングを失ってしまった。このまま不法侵入者として喋るのも嫌だし……うん、ちゃんと話そう。

 

「あー、今更なんだが「ロシナンテ、珈琲飲む?」

「へ?」

「あ、紅茶の方が良かった?」

「え、いや、どっちでもいいけど。名乗ったか?」

「名乗るも何も、一緒に海軍ごっこした仲じゃん」

「お、覚えてたのかぁ?そ、それなのに、俺、ごめーん!!」

「えっ、なんで泣いてんの?」

 

 ──

 

 さっき燃えてたのに音がしないってのと、この高身長、くせっ毛の金髪、もうこれは……ドンキホーテ・ロシナンテに違いない。

 漫画の知識で知ってるし、前世を思い出す前の記憶にも残ってる。

 

 5歳頃に父親に連れられた先で出会ってた。

 おどおどして、元気がなくて、センゴクさんにべったりついていたロシナンテ。

 知識を持って考えるとそりゃ、そうだよな、って感じ。母親を亡くして、父親を兄に殺され逃げた子供が元気なわけない。それを、この5歳児カイル、海軍ごっこしようだなんて無神経にきゃっきゃと……。

 

 1年少しの付き合いだったが、幼馴染だ。わざわざ覚えている人間関係を手放すこともない。

 漫画の知識を使って助けられるか?しかし、助けた後はどうなるのか、あの本のままに世界は進むのか?

 

 ぐるぐる考えても分からない、今はとりあえず久しぶりに再会した幼馴染に珈琲をいれてやろう。

 

 

「熱いから、気をつけ「ぅあ゙っぢぃ!!」ロシナンテ!」

 




男主
1人前になったよ。鎖骨あたりに一生残る痕をこさえた。

ターズ
海兵ちゃんズ。天敵は海水とサカズキ。

サカズキ
覚悟がないならやめろ。覚悟を決めたら死ぬ気でついてこい。

ロシナンテお兄ちゃん
渋々来たけど、なんか格好良い倉庫でカッコイイもの作っててワクワクした。忘れててゴメンなぁ
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