人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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1.カップ麺のつけ麺風

夏の終わり。まだまだ残暑厳しい季節に、俺はアパートの一室で寝そべっていた。扇風機の回る音に、開いた窓の外から聞こえる子供の笑い声。それらを聞きながら、何をするでもなく天井を見つめる。

 

「はぁ・・・・・・」

 

扇風機程度では暑さを軽減出来ず、全身がじっとりと汗ばむ感覚に襲われていた。だからこそ、より自覚する。自分の体が、以前と比べて決定的に変化してしまっていることが。

 

暑さに耐えかね、のっそりと立ち上がって洗面台まで足を運ぶ。冷水を頭から被りタオルで乱暴に拭いた。ふと鏡に目をやると、そこに移っているのはショートヘアの女の子。高校生程の年齢に見えるそれは、今の俺の姿だ。

 

数年前、全身に走る謎の激痛に襲われた俺は病院へと緊急搬送された。そこから数か月間のことは殆ど覚えていない。気が付けば、俺の体は年端もいかない少女のものへと変質していた。

 

性別が変化する奇病。数億人に一人の確率で突然発症するという、世間一般には浸透していない病気。原因も不明なまま俺の未来は閉ざされた。当たり前だ、突然姿形を変えた存在を現代社会は受け入れない。病院で体をいじくり回されている内に、大学への推薦は立ち消えた。家族は変わり果てた俺の存在を信じてくれたが、だからといってどうしようもない。

 

「ん、んんんっ」

 

痰が絡んだ喉をがならせながら台所へと向かう。何もせずぐだぐだしてても腹は減るのだ。昼食の準備をしなければ。と言っても、ちゃんとしたご飯を作る気力は無い。とりあえずヤカンでお湯を沸かしつつ、部屋の隅に積んであるレジ袋を漁った。買い溜めしていた何種類かのカップ麺の中から適当に手に取る。濃厚味噌味のたっぷりサイズだ。

 

「あー・・・・・・じゃあ、あれやるか」

 

このまま食べるのもいいが、ここ数日カップ麺と菓子パンばかりだったので流石に飽きてきた。少し手間だけど今日はあれにしよう。常に腹を空かせていた高校生時代の記憶を呼び起こし、昼飯の準備を整える。と言っても、料理という程じゃない。そもそも俺は自炊が得意じゃないのだ。

 

カップ麺の蓋を半分開け、後入れの液体スープとかやくを取り出す。内側の線までお湯を注いだ後、箸を置いて空かないようにした。流しにザルを用意してからスマホを弄りつつ待つ。指定されてる時間の三十秒くらい前に蓋を取り、中の麺をザルに空けて冷水で軽くシメた。適当な皿に移しておこう。

 

で、空になったカップ麺の容器にお湯を再び注ぐ。量は内側の線より結構少な目に。液体スープを入れ、更にかやくも投入。・・・・・・なんか、少し物足りないな。冷蔵庫を適当に漁ると、冷凍室にいつ買ったか分からない冷凍の刻みネギが入っていた。結構量があるけど、賞味期限少し切れてるし全部使っちゃうか。

 

「ふぅ」

 

皿に盛った麺と容器に入った濃い目のスープをちゃぶ台まで運ぶ。いわゆる、カップ麺のつけ麺風だ。スープに刻みネギを入れ過ぎて若干温くなってるけど、まぁ食べるのに問題は無い。早速麺をスープに浸し、一気に啜る。

 

「ずずっ・・・・・・うん。やっぱスープは濃い目がいいな」

 

所詮はカップ麺だけど、冷水でしまった麺に味噌の味が濃いスープが絡んで中々に美味しい。刻みネギも食感と風味がいいアクセントになっている。何より、ただのカップ麺より涼しげだ。

 

「んぐっ、ずずっ。ふー・・・・・・」

 

空腹が満たされていくと、余計な思考が脳裏によぎり始める。この食べ方を初めてしたのは、中学3年の頃だった。同じ野球部に所属していた友達が、家にあった賞味期限切れのカップ麺を大量に部室に持ってきた。腹が減る盛りだった俺達野球部員は、顧問の目の届かない所であっという間に食べ尽くしてしまったのである。

 

その中で、副部長がしていたのがこのつけ麺風の食べ方だ。スープを少な目にしてるからいくらでも食べられると、凄い量をぺろりと平らげていたのを覚えている。俺もあの頃はカップ麺一つではとても足りない程食欲に満ちていた。

 

「ごちそうさま」

 

だけど、今はカップ麺一つで腹八分目になってしまう。純粋に胃が小さくなったからだろう。濃い目のスープも残してしまい、ひとまず冷蔵庫に入れておいた。夕飯に、ご飯を追加して食べることにしよう。

 

蓋とスープ、かやくの袋をポリ袋に放り込み、箸を洗い終わった後に薬を飲む。やることが無くなった。外に出るにも気温が高い。結局、扇風機の温い風に当たりながらダラダラするしか無さそうだ。何せ、時間だけは有り余っているんだから。

 

今の俺は無職である。必要以上に優しく接しようとする家族と暮らすのがいたたまれなくなり、半ば逃げるように安アパートに引っ越した。幸い、国からは多額の支援金が出ている。代わりに半月に一回、丸一日検査されるハメになってるけど。

 

そろそろ真剣に将来のことを考えないといけない。分かってはいても、まるで拒否反応のように思考は停滞してしまう。もしこんな奇病にかからなければ、俺は大学でも野球を続けていたのだろうか。

 

寝転がったまま天井に手をかざす。豆やたこも無い、すらりとした綺麗な手。幼少の頃から野球をやってきた俺を否定するかのような手だ。当然か。この体になってから、バットもボールも握ったことは無い。それどころではなかったのもあるし、変わり果てた自分では以前のプレーが出来ないと自覚してしまいたくなかったんだ。

 

「バイトとかしないと・・・・・・でもなぁ」

 

だから、俺は今の俺が嫌いだ。バイトをしようにも、周囲の者達は俺を女性として扱うだろう。それが、何よりも怖い。男の俺はもうどこにもいないって突きつけられるようで。それが真実だと分かっていても、受け入れる勇気が俺には無かった。

 

こんな暮らしを続けてもう一年になる。とんでもない自堕落ぶりだ。いっそ自棄にでもなれればいいけど、他人に迷惑はかけたくない。こんな生温い地獄のような環境で、俺はダラダラと生き続けていくんだろう。・・・・・・辛い、な。

 

「はぁ・・・・・・」

 

溜め息は熱気漂う部屋に広がり消えていく。日が落ちるまで、この暑さは続きそうだ。




「ドカ食いダイスキ!もちづきさん」にインスパイアを受けて書き始めたんですが、もう原形が無い。というわけでよろしくお願いします。
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