人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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10.コンビニの肉まんとコーラ

「よし・・・・・・!」

 

アパートの部屋、扉の前で俺は気合を入れる。服装は下はジーンズ、上はシャツにフード付きのパーカーを羽織っていた。先日通販で購入した衣服の中から、出来るだけ目立たないのを選んだつもりだが・・・・・・自分ではよく分からない。人目を集めなければいいんだけど。

 

そう。俺は今日、あの日以来に外へ出ようとしていた。厳密には定期検査の為に病院には行っていたんだけど、いやそれも病院側が行き帰りに車を出してくれていて・・・・・・とにかく、俺は再び外出することに決めたのだ。

 

無理をする必要は無いと、焦らなくてもいいのだと、医者の先生からは散々念を押されていた。だけど、他ならぬ俺が耐えられない。このまま何もしなければ、ずるずるとどこまでも堕ちていってしまいそうで。心の奥底まで腐ってしまいそうで。だからこそ行動に移すことにしたのだ。少しでも、前を向けるように。

 

「すぅー、はぁー・・・・・・」

 

深呼吸を何度も繰り返し覚悟を固めていく。大袈裟だろうとなんだろうと、俺にとっては桶狭間だ。ここを超えられなきゃ何も始まらない。一度折れてしまったけど、だからこそ再び踏み出さなくては。

 

「・・・・・・よし、いくぞ!」

 

気合を入れ直してドアノブを握る。ゆっくりと回して、押し開いた。日光と外の空気が俺に浴びせられる。後ずさりしそうになる自分を叱咤して、一歩前に踏み出すと全身に鳥肌が立つような感覚がした。やっぱり、俺は外を恐れているらしい。

 

「大丈夫、大丈夫だって」

 

自分に言い聞かせ、もう一歩前に進む。完全に部屋の外に出た。大丈夫だ。鳥肌は立ったままだけど、俺はまだ平静を保っている。鍵をかけた後、のろのろと周囲を見渡す。見慣れた景色。今の所通行人は見えず、俺に向けられる視線も無かった。

 

俺はそのまま、おっかなびっくりな足取りで歩き始める。胸を張れ。ずっとびくびくおどおどとしてたら逆に目立っちゃうから。どうにか背筋を伸ばしつつ、ゆっくりとコンクリートの道路を踏み締めて前に進んだ。

 

平日の昼だからかアパート周辺の人気は少ない。だけど、通行人が0というわけでもない。他人とすれ違う時、俺の体は痺れるように硬直してしまう。怪訝な視線を向けられているかもしれないけど、怖くて振り返るのは無理だ。正直キツい。

 

「うぅ」

 

フードを目深にかぶり直し、それでも足を動かすのは止めない。立ち止まり続けたら余計に注目を集めてしまう。何より、俺はこれ以上停滞したくなかった。乱れそうになる呼吸を整えながら街中を進む。頬をつたう汗は、決して気温のせいではないだろう。

 

やはり怖い。道行く人々は決して悪意があるわけじゃないはずだ。それなのに、チラリと視線を向けられるだけで心の底から恐怖が湧き上がってしまう。視線だけじゃなく、意図せず近寄られるのもしんどかった。パーソナルスペースと言うのだろうか、それがあまりにも過敏になっている気がする。

 

やっとの思いで数十分程歩き、目的の場所に到着した。アパートから一番近くのコンビニだ。今回の外出のゴール地点と決めていただけで、別に何か用事があるわけじゃない。しかし、ここに来るまでかなり消耗してしまった。飲み物と、軽く食べられるものを買おうか。

 

聞き慣れた入店音と共にコンビニの中に入る。数人の客と店員がいる為、俺は緊張しつつも店内を散策した。見慣れない新商品も多い。俺が引きこもってる間にも世間は動いてるんだな。当たり前の話だけど。

 

とりあえず、冷蔵の棚からペットボトルのコーラを取り出した。炭酸飲料は最近全然飲んでなかったし、たまにはいいだろう。後はなんか、手軽に食べられるものは・・・・・・。総菜パンやおにぎり、弁当に麺類を物色するが、どれもピンと来ない。うーん。

 

「お」

 

悩んでいた所、レジ近くのあるものが目に入った。コンビニには大体あるホットスナックだ。部活帰りによく買って食べていたなと思い出す。レジまで進み、暇そうにしている店員におそるおそる話しかけた。

 

「あ、の・・・・・・肉まんを一つ」

 

「はーい」

 

挙動不審と受け取られかねない俺の態度を気にすることも無く、店員は慣れた手つきで肉まんを取り出し紙に包んでくれる。コーラと一緒に会計してもらい受け取った。そのまま逃げるようにコンビニを出る。

 

「ふ、ふうぅ・・・・・・」

 

店員の視線には、なんとか耐えられた。こっちから視線を合わせるのは無理だったが、買い物自体には成功しているのだ。一歩ずつ前進していると言っていいだろう。あまりにも小さな一歩だけど、これでいい。少なくとも、停滞も後退もしていないんだから。

 

丁度外にベンチがあったのでそこに座る。ここで食べちゃおう。人通りはそれなりにあるけど、毒を喰らわば皿までだ。いや、言葉の使い方間違ってるか?

 

「いただきます」

 

肉まんを膝の上に乗せた状態で手を合わせ、掴んで口に運ぶ。男だった頃は二口くらいで平らげていたけど、今の口の大きさじゃ無理だ。齧りついても辛うじて中身の肉に到達するくらいしか食べられない。

 

「はふっ、んむんむ・・・・・・」

 

だけど、肉まんの生地は結構好きだ。ふかふかでねっとりしててほんのり甘い感じ。正直、中身の無い饅頭が発売されてたら買い込んでいるかもしれない。しっかりと咀嚼してから飲み込んで、コーラのキャップを開ける。ぐいっと呷ると炭酸のシュワシュワが口内を洗う感覚が広がった。なんか、懐かしいな。

 

気を取り直して肉まんをもう一口。今度はちゃんと中身部分を頬張れた。豚肉の風味に丁度いい味付けの餡、それと細かく刻まれたたけのこ。ざくざくとした食感が心地いい。少し熱くも感じたけど、全然美味しいレベルだ。

 

「ん、ごくっ・・・・・・。はむっ」

 

どんどん食べ進めて、合間合間にコーラを飲む。なんでだろう、食べている時は周囲の通行人の気配も気にならなかった。我ながら浅ましい。残り少なくなった肉まんを名残惜しげに味わいながら、俺は空を見上げる。雲一つ無いとはいかないけど、それなりの晴天が広がっていた。

 

「ごくっ、ふぅ。ごちそうさまでした」

 

最後にコーラを飲み干して手を合わせる。炭酸のお陰かお腹いっぱいだ。立ち上がって軽く伸びをした後、ペットボトルと包装紙をゴミ箱に捨てて歩き出す。やっぱり、美味しいものを食べると緊張が和らぐな。単純でよかったよ、ホント。

 

アパートまでの帰り道をのんびりと進む。相変わらずすれ違う通行人が気になってしまうけど、行きの時よりは多少マシだ。しんどさが多少減った程度で心身が疲れるのに変わりは無いけど、挙動不審にならないよう堪えることは出来ている。

 

とにかく、少しずつ外出を増やしていこう。自身の気分と相談しつつ無理にならない程度に。その内きっと慣れるはずだ。そう信じたい。

 

「・・・・・・」

 

遠くにアパートが見え始めた辺りで思う。いつか他者が気にならなくなったら、俺はこの肉体を受け入れられるのだろうか。まだ自分のものだという実感の無い、少女の体を。視線を下に落とすと、前を閉じたパーカー越しでも膨らみがあるのが分かる。確かに自分の体なのに、何度見ても違和感しか無い。

 

「ただいまー、っと」

 

アパートに辿り着き、鍵を開けて部屋に入る。安心感。靴を脱いだ俺はそのまま寝転がった。さっきはマシになったと言ったけど、かなりヘトヘトになっているのを自覚する。次の外出は数日後にした方がいいかもしれない。

 

「あー・・・・・・」

 

達成感と情けなさが混じり、溢れるように口から声が漏れる。見慣れた天井を眺め、顔にかかる髪の毛を払った。あぁそうだ、そろそろ散髪にも行かなきゃ。長過ぎる髪の毛も俺は苦手だ。坊主頭とはいかなくても、せめてショートヘアくらいにはしておきたかった。

 

よし。次の外出は床屋にしよう。散髪中でも世間話をせず、黙々と切ってくれる店を俺は知っている。というか、引っ越してきた時に血眼になって探し当てたんだけど。女性と扱われつつ世間話を持ち掛けられるのはキツ過ぎたからだ。

 

新たな目標を決めた俺は、疲労を癒す為に目を閉じた。最近眠ってばかりなのは分かっているけど、疲れているのは事実なので仕方ない。そう言い訳をしながら、俺はしばらくの間微睡むのだった。




コンビニのホットスナックってどうしてあんなに美味しいんでしょうね。
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