人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
「少し寒くなってきたな」
曇り空を見上げながら呟く。外出用のジーンズにシャツ、パーカーを着ているがどこか肌寒い。それは、閑散として人気の無い公園の景色が原因でもあるのだろうか。
バイトの応募も出来ていない俺は、それでも外出の頻度を増やしていた。今日訪れたのは歩いて数十分の位置にある公園。遊具はブランコと滑り台だけで、ちんまりとしていて寂れている印象だ。
そのお陰か、ここで遊ぶ子供はとても少ない。俺にとってはありがたいな。錆びの浮いたベンチに座ったまま、何をするわけでも無くボーっとする。アパートの部屋以外でこうしてリラックス出来るのは、多少は成長したからだろうか。いや、単純に他人が近くにいないからだと思うけど。
現在時刻は午後の三時。そろそろ学校から帰宅してくる人が増える時間だ。そうなる前に引き上げないと、また無様を晒してしまうかもしれない。軽く両頬を叩いて立ち上がり、俺は公園を後にする。
確かに外出は増やしていた。だけど、これに意味はあるのか?人混みは避けてしまっているし、これじゃあいつまで経っても他人の気配や視線に慣れない気がする。いや、言っても仕方ない。無理をすれば前みたいなことになってしまう。
「むぅ・・・・・・」
駄目だ。何度考えても思考が後ろ向きになる。医者の先生からは外出の回数が増えただけでも改善だと言われたけど、俺自身が納得出来ていないのだ。なんかもう、ずっと同じ所をぐるぐる回っているみたいだ。出口が見えない。
ふと、曲がり角で買い物帰りらしい主婦とすれ違いそうになった。心身が一気に緊張する。視線を逸らし、進行方向をずらして距離を取るが心臓は動揺で跳ね続けた。結局このザマである。医者の先生やスーパーやコンビニの店員相手ではここまで緊張することは無いのに、この違いはなんなのだろうか。
もしかしたら、俺は相手の素性が分からないのが怖いのかもしれない。いや、素性というか役割か。事務的な会話ならなんとかなるけど、通行人は何をしてくるか分からないから怖いとか。いや、どうだろう。実際には違うかもしれないし、問題の解決には繋がらない気がする。うーん・・・・・・堂々巡りに嫌気が差している俺の元に、なんだかいい匂いが漂ってきた。
「これって・・・・・・」
匂いのする方に顔を向けると、道路越しにチェーンの牛丼屋が目に入る。実家や学校の近所では見かけなかった店だから馴染みが無い。別のチェーン店の牛丼屋なら何度も行ったことあるんだけどな・・・・・・。
折角だし夕食に買って帰ろうか。こういう店はお持ち帰りとかもやってるはず。そう思った俺は道路を渡り、時間帯もあって空いている店内に入っていく。さっきも思った通り、レジにいる店員に近付いてもそれ程怖くはない。ただ、どうしても鼓動が早くなり体温が上がる感覚はあった。
「す、すみません。お持ち帰りとかって出来ますか?」
「お持ち帰りのお客様ですね、こちらメニューとなります」
営業スマイルで渡されたメニュー表を受け取り、俺は他の店の隅に退散する。顔を隠すようにメニュー表を開き、何を頼むか物色を始めた。結構色んなメニューがあるみたいだ。その中でも俺が気になったのは、牛丼の上に色んな種類のチーズが乗っている奴。三色チーズ牛丼と言うらしい。なんかネパールカレーを思い出すな。
「あの、これ・・・・・・三色チーズ牛丼の、ミニをお願いします」
どもりながらもなんとか注文するが、変に思われたりしていないだろうか?言葉の抑揚もおかしかった気がする。しかし店員は気にすることなく注文を復唱してくれた。ホッと胸を撫でおろして、店の隅に戻って待つ。出来るだけスマホの画面に集中して、周囲を気にしない様に努めた。
「お待たせしました、チーズ牛丼のミニになります」
そんなに時間はかからず、店員がレジ袋に入った牛丼を渡してくれる。蓋をされていても漂ってくるいい匂いに思わず涎を飲み込んだ。店員に会釈しつつ、店を出てアパートに急ぐ。外の肌寒さは、緊張と動悸で火照った体には丁度よかった。
帰宅後、シャワーを浴びて着替えた俺はゴロゴロとだらけていた。ナンパされたあの日から、外出すると心身共に多大なエネルギーを消費してしまう。健康には良くないんだろうけど、気力が無いと人間は動けないのだ。自己嫌悪してもそれは変わらない。
「はぁ・・・・・・」
いっそ、こういった気分を吹き飛ばしてくれる薬を処方してくれないだろうか。医者の先生からは、『劇的な変化によって貴方の肉体は不安定になっている可能性がとても高い。投薬には慎重にならざるを得ないのです。申し訳ありません』と言われていた。
今出されている薬は、気分を落ち着けるものと入眠をスムーズにするもの。副作用も殆ど無い分、効果もそこまでではないらしい。日を追って段階的に強い薬にしていくことも出来ると聞いているけど、それはいつになるのだろうか。一か月後?半年後?それとも一年後?それまで俺は現状に耐えられるのか。と、
ぐぅ~・・・・・・
これだけ思い悩んでいるのに、俺の腹は呑気に鳴ってしまう。苦笑を浮かべて、俺はちゃぶ台に置いてある牛丼を手に取った。もういい時間だし夕飯にしよう。少し冷めてるから電子レンジで温めるか。
レンジでチンすると、固まりかけていたチーズがいい具合に溶けていた。ちゃぶ台まで持っていき蓋を取ると、湯気と一緒に美味しそうな匂いが部屋に広がる。空腹には耐え難く、腹の虫が暴れ始めた。早速手を合わせてから箸を手に取る。
「いただきます」
ご飯と牛肉、チーズがバランスよくなるように箸で持ち上げ口に運ぶ。うん、美味い。濃い目の肉の味にチーズが絡み、ご飯に滅茶苦茶合っている。しんなりしている玉ねぎも味が沁みていて美味しい。何より、このがっつり食べてます感が個人的には嬉しかった。
チーズは三種類あるらしいけど、そこまで違いは分からない。俺の舌はそんなに肥えてないからな。それでも、箸が止まらないくらい美味しいことは間違い無い。やっぱりレトルトの牛丼とは全然違う。空腹で食欲が搔き立てられてる影響もあるんだろうけど。
「ごちそうさまでした」
ミニでもそこそこの量があった三色チーズ牛丼を、俺はあっという間に食べ切ってしまった。美味しかったしまた今度店に行こう。こういう楽しみが積み重なっていけば、きっと外出も苦にならないはずだ。いや、本質的な問題はそこじゃないけどさ。
薬を飲んだ後、俺はいつものように寝転がらずちゃぶ台の前に座る。いつまでも食っちゃ寝ばかりじゃよくないからな。手に持っているのは通販で買ったファンタジー小説。最近発売されたやつで、以前図書館に行った時は見かけなかった作品だ。
ページを捲って活字の世界に浸り始める。惰眠を貪るよりはよっぽど建設的だろう。読むのに集中していたせいか、気付けば深夜になっていたのは内緒だ。
牛丼は普通のやつをテイクアウトして自宅でカスタマイズするのが好き。チーズにマヨネーズ、キムチににんにく、わさびに七味。可能性は無限大です。