人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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18.食パンのチーズ入りスクランブルエッグ乗せ

ピピピピ、ピピピピ

 

スマホからの電子音。聞き慣れた朝の目覚ましに、俺はのそのそと手を伸ばし音を止める。毛布からなんとか這いずり出て上半身を起こした。両手を上に伸びをしながら、なんとか眠気を追い払う。

 

「うー・・・・・・」

 

昨日もそんなに夜更かしはしてないはずなのに頭が重い。眠りが浅いんだろうか。確かに男だった頃の夢を見たりしてるけどさ。一応、飲んでいる薬には入眠効果もあるのに。ぼんやりと思考を巡らせながら立ち上がり、洗面台で顔を洗う。

 

鏡に映る少女の顔に、一時期の憔悴した感じは見られない。いい兆候なんだろうか。未だにこの顔が自分のものとは思えていないんだけど。まぁ、今はいいか。口を濯いだ後に着替えて、俺は朝ご飯を作ることにした。

 

自炊を始めてから思うけど、働きながら三食作ってる人って凄いよな。手間が多過ぎて俺なら絶対限界が来る。そもそも俺は凝った料理は作らないし・・・・・・そう思いつつ生卵を割り中身をボウルに落とす。そこに冷蔵庫から取り出した加熱用のチーズをたっぷりと入れた。

 

今朝はチーズ入りのスクランブルエッグを食パンに乗せるつもりだ。これくらいの調理なら、今の俺でも無理なく出来る。卵とチーズを混ぜた後、フライパンを加熱し油を薄く引く。そこにチーズ入り卵を一気に投入した。菜箸で素早くかき混ぜていく。

 

いい音にいい匂い。チーズと卵にムラが出来ないように炒めて、あっという間に完成だ。用意してあった食パンにそのまま載せて、お皿ごとちゃぶ台に運ぶ。昨日買ってきた牛乳の封を開けてコップに注ぎ、俺は手を合わせた。

 

「いただきます」

 

スクランブルエッグに息を吹きかけて冷ましつつ、パンの耳部分にかぶり付く。うん、美味い。本当は焼く前にもっと色々入れた方がいいらしいけど、チーズだけでも十分だ。別にふわとろに仕上げようともしてないし。これくらいが丁度いい。

 

あー、でも次は食パンをトーストした方がいいかもな。今度トースター買うか。そんなことを考えながら食べ終わり、再び手を合わせる。

 

「ごちそうさまでした」

 

さて、食器を片した後は洗濯の準備をしなければ。新しく届いた洗濯機は以前のものよりも高性能で、乾燥機能もあり時間も短縮されている。こんなに楽をしていいのかと罪悪感を覚えるくらいだ。と、

 

「えっ・・・・・・!?」

 

何気なく確認したスマホに目を疑う情報が映っていた。スポーツニュース用のアプリからの通知。引っ越してからは殆ど確認していなかったが、そこに知っている名前を見つけたのだ。

 

「あいつ・・・・・・マジ、か」

 

表示されていたのは、かつての相棒の名前と写真。中学時代、当時の俺は外野手ではなく捕手をしていた。その時にバッテリーを組んでいた投手が、成長した姿で写っている。面影が残っているし名前も同じ、同姓同名の別人ということは無いだろう。

 

ニュース記事の見出しは、『気鋭の新人、魅惑の緩急を武器に今季15セーブ目!』。まさかあいつがプロ野球選手になっていたなんて。病気に罹ってから自分のことばかりで、俺と仲良かった奴らが今どうしてるかなんてまるで考えたことが無かった。そうか。そう、か・・・・・・。

 

ニュース記事を読み込んだ後、ネットであいつの名前を検索してみる。なんとウィキペディアに個別記事が出来ていた。かなり詳細に書き込まれた内容によると、どうやら育成ドラフトで球団入りし今年に入って支配下登録。一軍の試合に中継ぎと抑えとして積極投入され、見事結果を残しているようだ。

 

「すごいな」

 

あいつは元々地力のある投手だった。ただ、気分のムラが激しくて中学の時は結果を残せなかったんだけど・・・・・・これだけ活躍してるなら克服出来たんだな。よかった。

 

ずきり。かつての相棒を讃える気持ちと同時、自身の現状と比べて心が痛む。比べたって意味無いって分かってるのに。あいつは立派に結果を残しているのに、俺は・・・・・・。駄目だ、素直に相棒の活躍を喜べない。

 

「最低だな、俺」

 

呻くように呟いてスマホを放り投げる。あいつの努力と俺の現状は関係無い。妬んだり恨んだりするのはお門違いだ。頭では分かっていても、心が抑えきれない。

 

「俺だって・・・・・・」

 

こんな体になる前。俺はとある大学からスポーツ推薦を受けていた。自慢じゃないけど、肩と長打力には自信があったから。女にさえならなければ、順当に進学し野球に打ち込んでいただろう。努力を重ね、その上で結果を残せれば卒業後にプロ野球入り出来ていたかもしれない。

 

だが、そうはならなかった。原因は病気だけじゃない、俺が現実に膝を折って数年間を無駄にしたからだ。自分に起きたことをすぐに受け入れて体を鍛え直せば、プロ野球は無理でも女子野球のリーグには参加出来ていたかもしれないのに。

 

情けない。情けなさ過ぎる。かつての相棒の躍進は、自身の至らなさを突きつけてきた。あぁ、まただ。また俺はこうして後ろ向きになっている。目の前の現実に向き合えず、ガキみたいに駄々をこねているんだ。心まで女々しくなったのか。それとも、元々こうだったのか。

 

視線への恐怖も、男性への恐怖も。受け入れられない異性の体も。まだ何も解決していないのに、苦しみばかりが積み重なっていく。俺が何をしたっていうんだ。行き場の無い感情がぐるぐると回り、自責も怒りも絶望も際限無く湧いてくる。もう駄目だ。

 

食器の片付けも洗濯も全て投げ出して、俺は倒れるように横になる。さっきまでしつこかった眠気はどこかへ吹き飛び、到底眠れる気がしない。出口の無い迷宮をさまよっているみたいだ。どこに行っても行き止まりで、決して苦難からは逃げられない。

 

結局、俺はずっとマイナスなんだ。奇病に罹ったあの日から、性別が変わってしまったあの時から、俺の人生はマイナスに振り切れてしまった。0にすら戻れずずっと足掻き続けている。外出を増やしたり自炊してみたり、俺なりに色々とやっているけど意味なんて無かった。こうして、些細なことでどん底まで堕ちてしまうんだから。

 

全身から力が抜ける。寒い。だって、俺はこの世でたった一人だ。他の人は性別が変わる苦悩を理解出来ない。俺の苦悩を理解してくれない。家族だって医者の先生だって、誰も俺を理解してくれやしないんだ。

 

違う、違う、違う!人のせいにするなよクソ野郎が!悪いのは俺だ、現実と向き合えない俺なんだ!極端から極端へと振り回される思考が暴走し、俺の制御を離れて暴れ回っている。どうしようもない。どうしようもないんだ。

 

辛い。苦しい。助けてほしい。イモムシのようにもぞもぞと悶えながら、俺は意味も無く誰かに救いを求め続けた。




一歩進んで二歩下がる。現実とは無情で過酷なものです。
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