人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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19.あり合わせ和風パスタ

夢を見ていた。子供の頃の夢。野球中継を眺めながら、いつか自分もあそこに立ちたいと意気込んでいたあの日の記憶だ。小さな俺は目を輝かせてプロ野球選手のプレーを観戦している。希望に満ちて、己の未来を疑うことなんてしていなかった。

 

最近、過去の夢をずっと見続けている。かつての相棒がプロ野球で活躍していることを知って一週間以上経つが、未だに割り切れていないみたいだ。

 

「・・・・・・はぁ」

 

夢の中で溜め息を吐く。野球中継に興奮するかつての自分を、後ろから見下ろしているような視点だ。夢だと理解しても目が覚める気配は無い。何も出来ず、ただ自分を見続ける。目の前の少年の性別は当然男だ。どれだけ華奢で小さくて、声変わりしていなくても男なのだ。

 

自分の体を見下ろすと、胸の膨らみが目に入った。夢の中なのに、俺は女のままらしい。どうしてだろう。俺は、まだこの体を受け入れられてないのに。それとも心の奥底では受け入れているんだろうか。だったら、なんでこんなに辛く苦しいんだ?

 

テレビから歓声が聞こえる。逆転のホームランが決まったらしい。それに連動するように、過去の俺も喜びの声を上げていた。とても嬉しそうに、心からの笑顔を浮かべている。未来がどうなるか知りもしないで。

 

早く目が覚めてほしい。こんなものを見せられても苦痛なだけだ。どれだけ願っても夢は終わらない。延々と過去の自分が映し出される。ああもう、どうすればいいんだ。と、

 

「あれ・・・・・・?」

 

俺の願いが届いたのか、目の前の景色が変化する。そこは街中で、人混みが広がり賑わっていた。夢の中だからか、緊張もしなければ動悸も激しくならない。でも、どうしてこんな・・・・・・奇妙に思っていると、人混みの中に俺を発見した。

 

「え?」

 

目を見開く。弾むような足取りで歩く少女は、自身を可愛らしく着飾っていた。俺の知識では説明が出来ない女性らしさを感じさせるファッション。それを着ているのは。間違い無く俺だ。女になってしまった後の俺だ。顔には今まで浮かべたことの無いような笑顔が浮かんでいる。そして、

 

「・・・・・・なんだよ、これ」

 

俺と同じ顔で違う表情を浮かべ、着飾っている少女は誰かと手を繋いでいた。指を絡めた、いわゆる恋人繋ぎで。手を繋いでいる相手は男である。清潔さを感じさせる、爽やかな笑みの男。これは、なんだ。どういうことだ。

 

俺らしき少女は実に楽しそうに、街中を歩きながら男と話している。花が咲くような笑みに、可愛らしい振る舞い。何を話しているかは分からないけど、とても男と親しげなのは伝わってきた。これはつまり、恋人同士ということなのだろうか。

 

何故。何故俺がこんなことを。いや、よく似ただけの別人のはずだ。そんなわけ無いだろう、これは俺の夢で、じゃあどうして・・・・・・。

 

「うぷっ」

 

夢の中、俺は吐き気を催してうずくまる。喉の奥から何かが出てくることは無かったが、吐き気自体は収まらない。既に目を逸らしているのに、耳には少女・・・・・・俺の浮かれたような笑い声が聞こえてきた。あれは、本当に俺なのか。もしかすると、未来の・・・・・・。

 

強烈な忌避感と嫌悪感。違う、違うに決まっている。そんなことあり得ない。さっきまでの夢を遥かに超える悪夢に、俺は頭を抱えて首を振る。俺は男だ。いや、体は間違い無く女だ。だったら男と付き合うのも自然なこと?いや、嫌だ。なんで、どうして。訳も分からず、俺は溜まったものを吐き出すように悲鳴を上げた。

 

「うわあぁぁっ!」

 

がばりと飛び起きるとそこは布団の上。日が差し始めたアパートの部屋の中だった。息は荒く、全身からは汗が噴き出している。夢で良かったという安堵と同時に、寝起きとは思えない疲労感が心身にへばりついていた。

 

「はぁ、はぁ・・・・・・ふぅ・・・・・・」

 

なんとか息を整えながら、俺はさっきの夢を思い返す。なんであんな夢を見たんだ?途中まではいつもと似通っていたのに、突然あんな・・・・・・。夢は深層心理の現れというけれど、だったら俺がアレを望んでいるということなのか?あり得ない。あり得ない、はずだ。

 

「・・・・・・シャワー、浴びなきゃ」

 

寝汗が酷い。あれこれ考える前にシャワーを浴びてさっぱりしよう。あぁ、でも駄目だ。今のメンタルだと自分の体を洗うだけでダメージ受けそう。あの光景の中、楽しそうにしていた少女と自分を重ねてしまいそうだから。少女と俺が同じだと、認めてしまいそうだから。

 

 

 

 

 

 

「あー・・・・・・」

 

結局。俺は肌を流れる温水を極力無視しながらシャワーを浴びた。当然鏡を見ないよう、目は閉じたままだ。そのせいで余計、肌が温水をつたう感触が明瞭に感じられてしまう。何もかもを心の奥に押し込んで、出来るだけ考えないようにするしかなかった。

 

着替え終わり、次にやるのは洗濯と朝食作り。と言っても今日は夢のせいで朝からぐったりしてしまっている。洗濯はいいとして、ご飯どうするか・・・・・・出来れば今日は何もしたくないけど、それは怠惰に過ぎる。ここはあれにしよう。

 

俺は大鍋に水を張りコンロで火にかけた。沸騰するまでに用意するのは、買い貯めておいたパスタとツナ缶、麺つゆだ。後は大きめのタッパー。鍋が沸騰したら塩を目分量で入れて、パスタを一気に投入した。一食じゃ絶対に食べ切れない量だけど、今回はこれでいい。

 

少し固めに茹で上げた後はざるに移して水でしめる。しっかりと水気を切って、朝に食べる分以外はタッパーに入れて冷蔵庫に入れておいた。昼と夜もこれを食べるつもりだ。で、朝ご飯用のパスタは皿に盛り、そこにツナ缶を全部乗せ麺つゆをざっとかける。簡単和風パスタの完成だ。

 

本当はツナ缶の油を切らないといけないし、刻み海苔をかけたりもするんだけど・・・・・・今の俺にそんな気力は無い。箸を手に取り、そのまま啜ろうとした所で手を合わせていないことに気付く。

 

「いただきます」

 

これでよし。改めてパスタを啜ると、麺つゆとツナの味がした。パスタの茹で具合は結構いい具合で、それにツナと麺つゆが絡んでいる。まぁ、不味くは無いし全然食べられるな。何より、パスタは腹持ちが良くて少量でも満足出来るのだ。

 

「ごちそうさまでした」

 

さっと食べ終わり、お茶と一緒にいつもの薬も飲んでおく。今日は午後にジョギングがてら図書館に寄ろうと思っていたけど、この調子じゃ流石に無理だ。ぶっ倒れたら元も子も無い。言い訳しつつ食器を片付け、今日返却するつもりだった借りた本を手に取る。このまま寝たらまた悪夢を見そうだったからだ。

 

既に読み終わった小説を、また最初から読んでいく。出来る限り物語の内容に没頭しようとした。変な思考が湧いてこないように。悪夢と現実、逃れ難いそれらから少しでも距離を置けるように。




和風パスタにはなめ茸を投入すると最高です。
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