人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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20.半額セールのコロッケ弁当

「・・・・・・そうですか。友人の活躍を見て、苦しくなってしまったと」

 

「はい・・・・・・祝福するべきなのに、どうしても嫌な感情が湧き上がってきて。最低ですよね、俺って」

 

かつての相棒がプロ野球で活躍してることを知って初めての定期検査。どうしても苦しかった俺は、医者の先生に事情を吐き出していた。でも、自分が女性として振る舞っている夢のことは話せていない。話そうと思ったけど話せなかったのだ。

 

「そんなことはありません。と、私が言っても納得出来ないでしょうね。貴方の苦しみは貴方のものですから。私どもとしても、察することしか出来ない」

 

医者の先生はゆっくりと、誠実な口振りで話す。理解出来ると安易に言ってこないのは正直嬉しかった。俺の苦悩に対して、真剣に向き合ってくれていると感じられるから。

 

「・・・・・・その。ありがとうございます、先生。吐き出せただけでも、ちょっと楽になりました」

 

「それならば何よりです。ただでさえ心に強い負担がかかりやすいですから、これからもどうか我々を頼ってください」

 

「すみません、ありがとうございます」

 

深く頭を下げる俺。でも、根本的な解決にはなっていないんだよな。他者の視線に男性への恐怖、そして過去に囚われている心。まるで五重の塔みたいに問題が積み上がっている。と、医者の先生が不意に奇妙なことを言い出した。

 

「そうだ、次回の定期検査では新しいカウンセラーを呼ぶ予定です。苦しみが和らぐ助けになればいいんですが」

 

「・・・・・・?えっと、俺は別に今のままでも・・・・・・」

 

「いえ、通常とは少々状況が異なりまして。確定ではないので詳細は伏せますが・・・・・・とにかく、次回の定期検査は数十分程時間が延びるかもしれません。どうか、よろしくお願いしますね」

 

「は、はい」

 

なんだか煮え切らない言葉に疑問を覚えつつも、きっと色々と事情があるんだろうと納得する。その後はいつも通りの検査が終わり、日が暮れる中病院を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん・・・・・・」

 

帰り道にあるスーパーで、俺は並んでいる弁当を見ながら悩んでいた。検査は大体日が落ちるくらいまで続くので、いつもこのスーパーで総菜とかを買っている。まぁ、毎食絶対に自炊しなきゃいけないってルールがあるわけでも無いしな。検査の日くらいは楽してもいいだろう。

 

今、俺の目の前にあるのは半額のシールが貼られた弁当だ。遅いと言っても日が落ちたくらいの時刻、半額シールが貼られた商品は珍しい。理由は分からないけど、買う側からしたらありがたかった。さて、どれにしようか。

 

「お」

 

目に留まったのは、小振りなコロッケが二つ入った弁当だ。付け合わせのキャベツに隅っこの漬物、ご飯にはゴマがかかっていて梅干しも一つ乗っている。揚げ物の自炊はハードルが高く、まだ挑戦出来ていないのでご無沙汰だ。今日はこれにしよう。

 

人混みの少ない通路を選んで進み、レジで会計を済ませて外に出る。スーパーには何度も来ているからか、そこまで緊張しないで済んでいた。それでも、他の客と視線が合ったりすると身が竦むような感覚がある。まだまだ長い時間がかかりそうだ。

 

「さーむ・・・・・・」

 

突然風が吹き、冷たい空気が全身を包む。もう随分と寒くなった。一応炬燵の準備は終わっているけど、そろそろ付けた方がいいかもしれない。風邪でも引いたら大変だ。一度、実家暮らししている時に風邪を引いたら本当にキツかった。中学時代に罹ったインフルエンザよりも。女の体だからか、純粋に体力が無かったからか。どっちにしろ風邪を引かないに越したことは無い。

 

だから、今日も結構な厚着をしている。セーターの上にコートも着込み、ニット帽も被っていた。去年に買ってあった衣服だけど、袖を通したのは数える程しかない。ここ最近こそ色々頑張ろうとしているけど、以前はただの引きこもりだったのだ。と、

 

「っ」

 

道路の先、大声で会話している二人組の男達が見える。反射的に恐怖を感じた俺は、逃げるように裏路地に身を潜ませた。そのまま、二人組が通り過ぎるまで身じろぎもせず待つ。声が遠ざかっていくのを聞き、ゆっくりと息を吐いた。

 

「・・・・・・駄目だなぁ、ちくしょう」

 

これに関しては一切改善の兆しが見えない。通りすがりの、素性の知れない男性に対して異常な程の恐怖を覚えてしまうのだ。医者の先生やアパートの大家さん、喫茶店のマスターといった人達には比較的普通に接することが出来るのに・・・・・・。

 

再び歩き出した俺は出来る限り早足で帰路を急ぐ。アパートに着く頃には息が上がり、額には汗が滲んでいた。クソ、最後の最後でどっと消耗してしまった。ただでさえ定期検査で疲れてるってのに。コートを脱ぎ捨て、ちゃぶ台に突っ伏する。

 

「うあー」

 

意味も無く声が漏れた。キツいな、全く。数分間ダラダラした後、俺はレジ袋から弁当を取り出した。帰ってくるまでにちょっと冷えてしまったので、レンジで少し温めた後蓋を開ける。衣のいい匂いだ。

 

「いただきます」

 

手を合わせ、付いていた割り箸を割ったが上手くいかず片方に偏ってしまう。まぁ、箸として使うなら問題無い。って、今気付いたけどソースは付いてないのか。冷蔵庫からウスターソースと、ついでにペットボトルのお茶も持ってきて改めてちゃぶ台の前に座る。

 

まずは、やっぱりコロッケからだな。ウスターソースをたっぷりかけ、一口サイズにして口に運ぶ。

 

「はふっ」

 

温め過ぎたのかちょっと熱い。はふはふしながら咀嚼すると、ジャガイモの甘みとソース、そして衣の油っぽさが伝わってきた。いかにも揚げ物って感じで美味しい。ご飯と合うな、うん。キャベツにもウスターソースをかけて食べ進め、合間に酸味が強めな漬物を挟むことで味に空きが来ない。結構な量があるのに全部食べられそうだ。

 

ご飯に乗ってる梅干しも食べると、やっぱり実家に比べると物足りなかった。しょっぱさが薄いというか。いや、こっちの方が健康にいいんだろうけど。

 

「ごちそうさまでした」

 

いつもだったら食べ切れない程の量を完食し、俺は手を合わせた後お腹をさすった。ち、ちょっと無理し過ぎたかな・・・・・・苦しさを感じつつ弁当の容器や諸々をゴミ箱に片付け、再びちゃぶ台に突っ伏する。

 

あー、駄目だ駄目だ。流石にこのまま横になるのはよろしくない。なけなしの理性をかき集め、のっそりと立ち上がった。シャワーを浴びて、着替えて・・・・・・あ、そうだ。今日は朝早くにアパートを出たから洗濯もしていない。明日まとめてやらないと。

 

「むー・・・・・・」

 

満腹感で億劫になりながらも、俺は服を脱いで洗濯機に放り込む。浴室に入った後、相も変わらず鏡を見ないように体を洗い始めた。




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