人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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22.すき焼き

「これは・・・・・・凄いな」

 

実家から送られてきたクール便を前に、俺は感嘆の声を漏らした。発砲スチロール製の箱の中には、明らかに高級そうなお肉が入っている。霜降りと言えばいいのか、赤と白の色合いが綺麗な薄切り牛肉だ。

 

農家を兼業している実家では、作った農作物をよく近所に配っていた。そのお礼に色々貰ったりするんだけど、今回は沢山のお肉を貰ったみたいで俺にも届けてくれたらしい。いやしかし、これいくらするんだ・・・・・・?高級品に慣れてない俺では相場も何も分からない。

 

ひとまず、あらかじめスペースを空けておいた冷蔵庫に入れておく。昨日家族から連絡が来た時は一体なんだと思ったけど、まさかこんなものを送ってくるなんて。鮮度が落ちる前に食べた方がいいよな。うーん、どうしよう。

 

多分一食で食べられる量じゃないから何回かに分けるとして、とりあえず早速今晩頂いてみようか。作るものも決まってなかったし。しかし、問題はどう食べるかだ。高級な薄切り肉・・・・・・考える俺の脳裏に、とある料理が浮かんできた。

 

すき焼き。そう、すき焼きだ。昔から、グルメ番組とかで見るすき焼きに心を躍らせていた。ただまぁ、実家で食べる機会も無かったし外食で肉を食べる時は専ら焼き肉だった。すき焼きの食べ放題とかあれば話は違ったかもしれないけど。

 

だが、送られてきた高級肉は俺が好きにしていいものだ。子供の頃の夢を叶える時じゃないのか?いやいや、そこまでの話じゃない。大袈裟だ。そう思いながらも、胸が高鳴るのを抑え切れない。たかがお肉でこうなるなんて、俺はまだまだお子様ってことみたいだ。

 

「・・・・・・よし!」

 

決断して、外出用のコートを羽織る。すき焼きをするには必要なものがある。他の具材と、すき焼き用の鍋だ。せっかくやる気になってるんだ、ここは行動一択。俺はいつもとはまるで違う軽い足取りでアパートの部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・重い・・・・・・」

 

やらかした。今の自分は非力だってずっと思い知っていたのに、肝心な所で頭から抜け落ちる。すき焼き用の食材と鍋が入った袋を引きずるように運びながら、俺はプルプル震える腕の痛みに耐えていた。

 

「寒いのに、あちい・・・・・・汗が・・・・・・」

 

いっそタクシーでも使おうかと思ったけど、流石にそれは無様過ぎる。というわけで、寒空の下歩を進めているのである。結果コートの下は汗だくになってしまい、このままだと風邪を引いてしまいそうだ。ぜぇぜぇ息を切らしつつも、なんとかアパートまで辿り着く。

 

「た、ただいま」

 

倒れ込むようになりながらも部屋へと入り、買ってきたものをちゃぶ台に置いた。と、とりあえず先にシャワー・・・・・・。食材を冷蔵庫に入れる前にシャワーを浴びないと。その場で服を脱ぎ捨て、よろよろと浴室に向かう俺。いつも通り鏡からは顔を逸らしつつ、温かいシャワーを全身で浴びる。

 

「うぉあ~・・・・・・」

 

思わず変な声が出てしまった。手足の末端は冷えてるのに汗だくな体が、ゆっくりと溶かされていくような感覚。痺れるような気持ちよさがある。しばらく温水に身を晒して、冷えと汗を洗い流した。すき焼きの準備があるしこれくらいにしておこう。

 

タオルで全身の水気を取った後ジャージに着替える。保温性が高いので、最近はジョギングだけではなく部屋着としても愛用していた。ズボラだけど、誰も見てないし問題は無い。さて・・・・・・。

 

「よいしょ、っと」

 

苦労して持ってきた荷物から箱を取り出し、中身を確認する。すき焼き用の鉄鍋だ。いつも使ってるフライパンより小さくて、その分深さがある。土鍋とかでもすき焼きは出来るらしいけど、なんとなく鉄鍋の方が美味しくなりそうで購入してしまった。・・・・・・すき焼き以外に使う用途あるのか、これ?

 

いや、いいんだ。きっといつか役に立つはず。後悔を無視して俺は準備を始める。まず、新品の鉄鍋には油ならしという工程が必要らしい。お湯で洗った後、食用油を表面に塗り火をかける。冷蔵庫に残っていた野菜くずも入れて、暫く中火で炒めた。こうすることで、鉄臭さや焦げ付きが少なくなる・・・・・・と、検索したサイトに書いてあった。

 

ある程度炒めた後は、野菜くずと油をふき取って一旦放置。次は具材だ。ネギやしいたけ、春菊に豆腐といった具材を切り、しらたきは先にある程度茹でておく。鉄鍋とは別の鍋にみりんと料理酒を入れて加熱。アルコールを飛ばした後醤油を加えて割下を作った。これがすき焼きにとって大事らしい。

 

「えっと・・・・・・」

 

スマホの画面に映るすき焼き作りの工程を一々確認しながら作業を進めていく。次は昆布水・・・・・・大きめのカップに昆布を二枚くらい入れて、水と料理酒で浸して放置。相変わらず台所が取っ散らかってるけど、これでひとまず準備は終わりのようだ。

 

ここからだ。俺は軽く洗った鉄鍋をコンロにかけ、牛脂を溶かし全体に広げる。いい感じに熱されたら大きめに切ってあったネギを投入し、牛脂と絡めながら焼いていった。なんか凄いいい匂いがする。まだ牛脂とネギだけなのに。

 

よーし、次は本命の登場だ。ネギを鉄鍋の横半分にどけて、空いたスペースに砂糖をパラパラとまぶした後に実家から送られてきた薄切りの高級牛肉を投入。お肉に砂糖って聞いたこと無いけど、これがまた旨みを出す秘訣らしい。

 

砂糖がカラメル色になり、牛肉が少し色づいた所であらかじめ作っておいた割下を入れる。牛肉が浸るくらいの量まで注ぎそのまま煮ていくと、牛肉の色が変わり始めた。ここで牛肉をネギの上に避難、火が通り過ぎないようにする。

 

「うわっ」

 

ネギの上に避難させた牛肉は、まるで宝石のようにきらきら輝いていた。このまま食べたい気持ちをぐっとこらえて他の具材も入れていく。しいたけに豆腐、しらたきに春菊。ぐつぐつと煮込んで完成だ。火傷しないようにちゃぶ台まで持っていき、鍋敷きに乗せる。

 

目の前でもうもうと湯気を放つそれは、俺が思い描いていたすき焼きという概念とぴったり同じだった。取り皿に生卵を落とし溶いて機は満ちた。万感の思いで手を合わせる。

 

「いただきます・・・・・・!」

 

いの一番に箸を付けたのは牛肉だ。きらきら光るようなそれをつまみ、溶き卵へとくぐらせる。黄金を纏ったような肉を口に含むと、あまじょっぱさと芳醇な肉汁の旨みが脳天を直撃した。美味い。美味過ぎる。

 

しまった、白米を用意しておけばよかった。いや、最初は考えたんだけど食べられる量が少ないし、それならすき焼きの方をいっぱい食べたくて・・・・・・とにかく、ご飯に滅茶苦茶合う味だ。やっぱり高級なお肉だけあって、殆ど噛まなくても舌でほぐれるくらい柔らかい。

 

「いや、すご・・・・・・」

 

思わず感嘆の呟きが漏れてしまう。食材の良さも勿論あるんだろうけど、初めてのすき焼きでここまでちゃんと作れた俺も凄いんじゃないだろうか。自尊心を高めつつも次はネギをパクリ。うん、シャキシャキ感が残ってる上に汁と肉汁が沁み込んでいて美味い。というか滅茶苦茶香ばしいな。

 

しらたきに豆腐、しいたけや春菊も一口づつ味わってみる。いや、どれもこれも最高に美味しいぞこれ。食感の風味の違いを感じながら、俺はどんどん食べ進めあっという間に平らげてしまった。

 

「ふぅー。さてと」

 

量を少な目にしていたのでお腹にはまだ余裕がある。二周目といこう。汁が残った鉄鍋に食材を詰め込み、割下を追加してコンロにかけた。出汁や旨みが汁に沁み出ているので、また違った美味しさが楽しめるらしい。

 

ぐつぐつと煮え始める鍋を見ながら、俺はとてつもない幸福感に包まれていた。美味い飯って凄いんだな。今だけは俺を取り囲む色んな問題も忘れ、ただただ幸せになれている。これまでも食事に助けられてきたけど、今回は本当に特別だ。

 

子供の頃から憧れていたすき焼きを、実家から贈られた高級肉を使って自分で作る。なんというか、うん。俺という存在の連続性が認識出来たというか、過去と今は繋がってると分かったというか。ただすき焼き食べてるだけなのに大袈裟かもしれない。それでも、俺は救われたような、これから先は上手くいくような気分になっていた。

 

いい感じに煮えてきた鉄鍋をちゃぶ台に運び、もう一度手を合わせる。食材への感謝と未来への希望を込めて、俺は口を開いた。

 

「いただきます」




食べ終わった後に残った汁で雑炊を作ると美味過ぎてトびます。
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