人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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24.テイクアウトのコーヒーとクッキー

「すぅ、はぁ・・・・・・」

 

アパートの一角、大家さんが住む部屋の前。俺は持ち運べるタイプの魔法瓶と小包を手に、緊張しながらインターホンを押そうとしていた。

 

「・・・・・・よし」

 

先日のカウンセリングは、俺の精神にかなりの影響を与えていた。同じ境遇の人達の話を聞き、苦しみを吐き出して。視線や異性に恐怖を覚えるのは治っていないけど、自分自身を責めて苛むような息苦しさは随分と軽くなっている。

 

勿論、これだけで現状がどうにかなるなんて考えていない。ただ、今までみたいに1歩進んで2歩下がるようなことは少なくなるはずだ。カウンセラーさんの話はそれだけ俺の心を救ってくれたのである。

 

というわけで。今日は意を決して、大家さんに先日の大福のお礼に来ていた。大福を貰った直後は頭が回ってなかったけど、よく考えなくても貰いっ放しは駄目だ。ようやく思い至った俺は、最近見つけた例のコーヒー店からとあるものをテイクアウトし大家さんの元を訪れたのだ。

 

ピンポーン

 

インターホンを押すと間の抜けたチャイムの音が鳴る。既にガチガチに緊張しているが、へたり込む程ではない。そのまま待っていると、物音の後扉がゆっくりと開いた。いつも通り厳めしい表情の大家さんが姿を現す。

 

「・・・・・・あんたか。どうした?」

 

「こ、こんにちは。えっと、あの、先日貰った大福のお礼を、と思ったんですけど」

 

なんとか挨拶するが、どうしてもどもってしまう。そんな俺の様子を見ている大家さんの表情は特に変わらない。内心でどう思っているのかは分からないけど。とにかく、持っている魔法瓶と小包を差し出した。

 

「こ、これ!コーヒーとクッキーです。近所のお店の奴で、俺のおすすめです」

 

「・・・・・・」

 

大家さんは無言で受け取ると、目を細めて魔法瓶と小包を確認している。多分だけど、気分を害したりはしてなさそうだ。俺は深々と頭を下げ、逃げるように退散しようと、

 

「ちょいと待ちんさい」

 

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 

呼び止められると思っていなかった俺は、なんか変な声を上げて飛び上がってしまう。恐る恐る振り向くと、大家さんは厳めしい顔付きのまま言葉を続けた。

 

「折角だ、上がっていかんか。一人で頂くのも味気ないからの」

 

「え・・・・・・?」

 

てっきり突き返されるかと覚悟したが、そういうことではないらしい。手招きをする大家さんを見るに、つまりそういうこと、か?

 

「え、いや、あの・・・・・・」

 

いくら大家さんが相手とはいえ、他人の部屋に上がるのは今の俺にはハードルが高い気がする。でも、わざわざ断るのも気が引けた。元はと言えば俺がお礼をしたからだし。だけど、うーん・・・・・・。精神的に持つかどうか分からない。

 

「・・・・・・うむ。無理にとは言わんが」

 

「い、いえ!お邪魔します、はい」

 

・・・・・・が。ほんの少し眉尻を下げた大家さんを見て、俺は思わず返事をしてしまった。だってしょうがないじゃないか。散々世話になってきた大家さんの誘いを断れるはずも無い。俺はガチガチに緊張しながらも、大家さんに続き部屋へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこに座りんさい。待っとれ、今湯飲みを出す」

 

「は、い」

 

大家さんに言われ俺はちゃぶ台の傍に座り込む。俺が使っているものよりも小振りなそれは、とても年季が入っているように見えた。おそるおそる部屋を見回すと、全体的に綺麗に整頓されている。というより家具や物品が極端に少ない気がするな。

 

「ほれ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

湯飲みを受け取ると、大家さんは俺が持ってきた魔法瓶を差し出してきた。促されるままにコーヒーが注がれ、湯気と共に芳醇な香りが広がる。よかった、まだ十分温かいみたいだ。って、俺に注がれてもお礼にはならないじゃないか。

 

「えっと、大家さんもどうぞ」

 

「・・・・・・うむ」

 

魔法瓶をひったくるように手にして、大家さんの湯飲みにもコーヒーを注ぐ。香りが一層濃くなり部屋いっぱいに広がった。あ、そうだ。クッキーの包みも開けないと。そう思った俺よりも速く、大家さんは小皿にクッキーを開けてくれていた。

 

「あ、どうも・・・・・・」

 

そして、互いに動きが止まる。俺も大家さんも湯飲みに口を付けず、クッキーに手を伸ばさない。き、気まずい。身を縮こまらせていると、大家さんが不意に湯飲みを持ち上げた。一口啜り、ほうと息を漏らす。

 

「美味い。いい豆を使ってるな」

 

「っと、大家さんってコーヒー詳しいんですか?」

 

「いや。たまに飲む程度だが、インスタントとの違いくらいは分かる。いい味じゃ」

 

そう言って頷く大家さんを見て、俺はほっとしながら湯飲みに手を伸ばしコーヒーを啜った。うん、やっぱり美味しい。フルーティーな酸味がコクを出している気がする。と、

 

「どうじゃ。ここでの暮らしには、慣れたか」

 

「え、あっ・・・・・・は、はい。ほんと、大家さんにはお世話になってます。俺なんかをアパートに置いてくれて」

 

「構わん。家賃を払っているんなら当然じゃ。滞納も無いなら猶更のう」

 

クッキーをつまみ、口の中に放り込むながら大家さんは言う。表情はいかめしいままだが、どこか視線は優しげに思えた。・・・・・・こうして部屋に招いてくれたのは、ひょっとして俺のことを心配してくれていたからだろうか。単なる思い上がりかもしれないけど。

 

「うむ、こいつも美味い」

 

「よ、よかったです。俺もお気に入りの奴なんで。中に入ってるナッツ類が、いい感じですよね」

 

想定していたよりも俺は落ち着けているらしい。クッキーを咀嚼し感想を漏らす大家さんと、少しどもりながらも会話出来ている。前からは考えられない程の前進だ。やはり、カウンセラーさんとの会話が俺にいい影響を与えているのかもしれない。

 

その後、俺と大家さんは少ないながら言葉を交わしていく。最近の寒さや降雪、コーヒーを買った店の場所など。いわゆるただの世間話だけど、お礼をしようと思った時にはこんなことになるとは想像出来なかった。なんというか、普通に振る舞えている。

 

気付けば、窓の外から夕焼けが差し込むような時間になってしまっていた。ヤバい、夕飯の準備もあるしそろそろ戻らないと。

 

「あっ・・・・・・すいません、そろそろお暇しても・・・・・・」

 

「あぁ、すまん。引き留めすぎた」

 

「い、いえ、楽しかったです!本当に、ありがとうございました」

 

立ち上がった俺は深々を頭を下げ、大家さんに見送られ部屋を後にする。夕焼けが辺りを照らす中、大家さんは最後にこう言ってくれた。

 

「また来んさい。コーヒーは無理だが、お茶くらいは出せるからの」

 

「っ、は、はい!」

 

もう一度頭を下げ、温かい気持ちで部屋に戻る。あぁ、よかった。安堵と感謝、そして達成感を得て、俺はほぅと息を吐いた。さて、ちょっと休んだら夕飯を作らなきゃ。献立を考えつつ鼻歌を歌い始める。前向きな気分を、じっくりと噛み締めながら。




クッキーは気が狂う程バターを使ってるやつが好きです。
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