人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
昨日以上に冷え込む朝。俺はのろのろとジャージに着替えてから洗面台で顔を洗い、襲い来る眠気を撃退しようとしていた。鏡には目をとろんとさせた眠たげな少女の顔が映っている。違和感は・・・・・・前と比べても変わっていない。自分の顔とは未だに思えなかった。
「ふあぁ・・・・・・」
でも、特に気分が落ち込むことも無く。カウンセラーさんの話や自身の経験から、ある程度割り切れている。それよりも問題なのはこの眠気だ。色々考えているとそのまま眠りへと引きずりこまれてしまいそうになる。
軽くストレッチして全身を叩き起こす。炬燵の電源を付けてから、俺は台所に立った。朝ご飯はどうしようか。確か、昨日スーパーで割引きされていたパンがあったはず。小学校時代を思い出す懐かしいやつが。
コッペパン。普段は食パン派なんだけど、割引きで安かったし購入してみたのだ。ただバターやジャムを塗って食べてもいいんだけど、少し味気ない。うーん・・・・・・。
「あー、そうだ。ホットドッグにしてみるか」
ぱっと思いついたのは、コッペパンにウインナーを挟んだホットドッグだ。ウインナーは冷蔵庫にあったはずだけど、マスタードはどうだったかな・・・・・・まぁ、ケチャップだけでもいいか。とりあえずウインナーを焼こう。俺は鉄鍋を用意してそこに油を垂らした。なんとなくだけど、フライパンよりもこっちの方が美味しく焼ける気がするんだよな。
鉄鍋を温めつつ、冷蔵庫からウインナーを取り出す。そこまで大きくない通常サイズだから二本くらい焼けばいいかな。コッペパンにも、包丁で真っすぐ切れ目を入れておいた。他に挟めるものが無いか冷蔵庫を漁るが、丁度いいものが見つからない。しょうがないし今回はシンプルにしよう。
温まった鉄鍋にウインナーを投入し、菜箸で軽く炒める。ウインナーは茹でるよりも焼いた方が好みだ。なんとなく香ばしい気がするし、焼き目の付いた皮も美味しい。まぁそこは人それぞれか。
「よし、いい感じだな」
しっかり火が通ったのを確認して火を止め、挟む前にコッペパンにバターを塗る。二本のウインナーを挟むと先っぽが少しだけはみ出してしまったけど、これくらいなら問題無いよな。上からたっぷりのケチャップと、マスタードの代わりにからしマヨネーズを少しかけて完成だ。牛乳をコップに注いでから手を合わせる。
「いただきます」
ホットドッグを手に取ると、零れたケチャップがべったりとついてしまった。ちょっとかけ過ぎてしまったかもしれない。後で拭けばいいと割り切りそのままかぶり付く。と言っても、俺の口は小さいので端から削るように食べていくしかない。
「うん、美味い」
ウインナーはいい感じにパリッとしていて、ケチャップの酸味が溢れる肉汁を引き立てる。思いつきでかけたからしマヨネーズもかなり合ってるな。コッペパン自体も思っていたよりふかふかで、顎の力が弱くても咀嚼しやすかった。
合間に牛乳を飲んで更に一口。皿の上にケチャップがぽとぽと落ちるけど気にしない。俺一人だし、多少行儀が悪くてもいいのだ。服とかには飛ばない様に気を付けてるし。というわけで手と口の周りを赤く染めながらも、それなりの量があるホットドッグを完食した。
「ごちそうさまでした」
皿とコップをシンクに運び、口元を水道ですすぐ。一応後で洗面台で確認しよう。洗濯機を回してからジョギングに出るつもりだし、口元にケチャップが残ってたら恥ずかしい。皿とコップを洗い水気を拭き取って、いつもの場所に片付けておく。よし、歯を磨くか。
洗面台で確認すると、どうやらケチャップは全部落ちているようだ。安心しつつ歯を磨く。と、歯磨き粉がそろそろ切れそうだ。今度スーパー行った時買い足さないと。取り留めの無いことを考えながら、俺は再び鏡の中の少女と向き合った。
改めて見ると本当に整った顔立ちをしている。嫌な想像だけど、異性にモテそうな感じだ。いっそブスになっていればナンパされることも無かっただろうか。あぁいや、これは失礼な考えだな。よくないから止めよう。
実際、芸能界とかでも通用しそうではある。もし他人なら惚れていたかもしれない。だが、これは俺の顔だ。毎日否応無く見る俺の顔。いくら綺麗で可愛くても、違和感しか感じない。
口をゆすいだ後、俺は自分の頬を人差し指で突いてみる。鏡の中の少女も同じ動きをして、頬には人差し指の感触がした。両手で顔を挟むようにむにむにと動かすと、鏡の中の少女が寸分違わず同じ動きを見せる。変顔みたいになっているのに、顔立ちの良さは消し去れないようだ。
「んー、むー・・・・・・」
やはり駄目だ。いくら気分が上向きになってきているとはいえ、そう簡単にこの顔を受け入れることは出来ない。ただ、以前よりも嫌悪感は薄れていた。それだけでも前進だろう。
「さて、と。色々済ませないとな」
気を取り直すように呟いて、俺は洗面台の前から離れる。洗濯機をいつものように回してから炬燵に潜り込みちゃぶ台に頬杖を突く。朝は冷えるし、食べてすぐの運動は体に良くない。ジョギングに出るのはちょっと休んでからにしよう。
炬燵で温まりながら、ぼんやりと考える。女の体を心の底から受け入れられる日が来るんだろうか。下世話な話、この体になってから胸を揉んだり股を触ったりはしていなかった。純粋に怖いのだ。元の肉体と決定的に違う部分を触るのが。
分かってる。整った顔も小さい口も、非力な四肢も何もかも変わっているんだ。今更胸や女性器くらいなんてこと無い。大体、浴室で全身を洗う時はスポンジ越しだけど触ってるし。それでも恐怖は払しょく出来ていない。
デリケートな問題だからか、医者の先生側からはこの話題に踏み込んでくることは無かった。最低限、保健体育の授業のように知識を教わっただけだ。カウンセラーさんはどうだろうか。今度、聞いてみてもいいかもしれない。
「・・・・・・よし」
外の日差しが強くなってきたのを見て、俺は炬燵から出て立ち上がる。全身をほぐすようにストレッチをした後部屋を出た。やっぱり寒い。鳥肌が立つのを感じつつも、欄干を降りた俺は規則正しく走り始めた。男だった頃からは想像も出来ない遅さだけど、無理をしてリズムを崩さないようにする。
朝の街中にはそれなりの人通りがあった。ちらりとこちらに視線を向けてくる人もいる。その度に緊張が走るけど、手足は出来るだけ止めずにジョギングを続ける。自分の決めたリズムに従って、俺はひたすらに進み続けた。
屋台とかで売ってる安っぽいホットドッグが好きです。ケチャップやマスタードでベチャベチャの奴。