人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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26.町中華の麻婆豆腐

『外角低め一杯!渾身のストレートで三振をもぎ取りました!』

 

「すっげ・・・・・・」

 

動画をスマホで見ている俺は、ストライクゾーンぎりぎりの一球に思わず声を漏らした。制球力が格段に上がっている。きっと、俺では想像も出来ないくらい努力したんだろう。

 

動画サイトに投稿されていたのは、球界入りしたかつての相棒のハイライト動画だ。どうしても気になって検索したんだけど、数週間前に投稿されているものなのに既に再生数は1万を超えている。これって結構凄いんじゃないか?あいつ、そんなに人気あるのかな。

 

「うわ、スライダーのキレえっぐ。魔球じゃん」

 

感嘆と共に呟く。俺がこうしてあいつの動画を見ているのは、まぁ・・・・・・単に気になったからである。今まで目を背けてきたけど、そもそも俺は野球が好きなのだ。知り合いがプロ野球で活躍しているのなら、この目で確認したくなるのが普通である。

 

・・・・・・まぁ、うん。未だに割り切れてはいないけど、これくらいの心の余裕は出てきたみたいだ。思う所が無いわけでもない。俺だってあの場に立ちたかったという傲慢な考えは、心の中でずっと燻っている。だけど、心身を苛む負の感情はかなり薄くなっている気がした。

 

「ふぅー・・・・・・」

 

齧りつくように動画を見ていた俺だったが、目がショボショボし始めたので中断。ずっと同じ体勢だったからか全身がバキバキだ。凝り固まった筋肉をほぐしつつ、想像以上に時間が経っているのに驚く。もうお昼時じゃないか。

 

「お昼、どうすっかなぁ」

 

なんとなく、自炊する気が起きない。どうしよう。食べないのも体に悪いし、うーん・・・・・・。

 

「・・・・・・たまには外食するか」

 

普段の俺はあまり外食をしない。病院に定期検査に行く時や髪の毛切りに行く時に、ついでに寄る程度だ。先日見つけた喫茶店は珍しくリピートしてるけど、がっつり食べるタイプの飲食店には殆ど通っていなかった。

 

「カレー屋は気分じゃないしなぁ。どうしよ」

 

折角だし、今まで入ったことの無い店がいいな。散歩がてら探してみるか。俺はコートを羽織り、首をコキコキと回した後外に出た。こういう選択が取れるようになったのも、気分が上向きになったお陰である。人の視線や男性はストレスなままだけど、過度に怯える必要は無いんだと気付けたから。

 

「っし」

 

軽く気合を入れて歩き出す。正午近くの日差しは暖かく、気温の低さはあまり感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

ブラブラと街中を歩くと、やはり人通りは多めに見える。アパートから離れれば離れる程人が増えている辺り、マジでアパート周辺は寂れてるんだな。

 

人と人の間をするすると通りながら、俺は改めて考えた。やっぱり以前は気にし過ぎていたようだ。俺が思っていた程、人は人に興味が無い。時折視線を感じるけど、話しかけてくる人は殆どいなかった。

 

「ほぅ・・・・・・」

 

吐く息は白く、日の光に晒されてキラキラ輝いている。悪くない。うん、悪くない。人混みの中で緊張しているけど、今までに比べて随分と楽だ。震えが走ることも異常に火照ることも無い。俺はゆったりとした気分を保ったまま街並みを見渡した。何か、手ごろな飲食店はあるだろうか。

 

お洒落なカフェ。ファミリーレストラン。パン屋。色々と目に入る。その中でも気になったのは、小ぢんまりとした店構えの中華料理店だ。中々いい雰囲気が漂っている。町中華と言うんだろうか、結構な年季が入っているように見えた。

 

「あそこにしてみるか」

 

周りには聞こえない程度に呟いて、俺は足をその店に向ける。既に1時過ぎだけどそれなりに混んでいるようだ。やや緊張しつつも息を整えて入店すると元気な声が俺を出迎えた。

 

「はーいいらっしゃい!空いてる所にどうぞー!」

 

髪を後ろ手に纏めた少女が店内を忙しなく動き回っている。見た目だけなら俺と同年代に見えるくらいで、まだ成人していなさそうだ。バイトかな?とりあえず声に従って、隅っこの一人用テーブルの席に腰を下ろす。メニュー表は店内の壁に貼られているみたいだ。

 

「えっと・・・・・・」

 

ラーメン各種に酢豚や餃子、唐揚げなんかもある。金額を足して定食にすることも出来るらしい。その中でも目を引いたのは麻婆豆腐だ。確か、この体になってからは食べたことは無いはず。辛過ぎる可能性もあって心配だけど、ちょっと頼んでみようかな。何事も挑戦だし。

 

「す、すみません。注文大丈夫ですか?」

 

丁度近くを通ったさっきの少女に声をかけたが、緊張からかどもって上擦ってしまう。この辺りはまだまだ駄目だ。しかし少女は何も気にしていないようで、ニコニコしながら注文を取りに来てくれた。ありがたい。ここで怪しまれたら精神的ダメージが酷かった所だ。

 

「えっと・・・・・・麻婆豆腐定食を、ご飯小盛りでおねがいします」

 

「かしこまりました!」

 

元気のいい返事に少しだけ気圧される。さっと離れて厨房に向かう少女の背中を眺めた後、俺はゆっくりと辺りを見回した。親子連れに作業服の男性、学生っぽいグループに老夫婦。多種多様な客層で賑わっている。待たずに座れたのは運が良かったかもしれない。

 

店内の様子をぼぅっと観察しながら、注文した料理が届くのを待つ。ワイワイガヤガヤと騒々しいけど、何故か俺はリラックス出来ている。手足の痺れも無く、心臓が早鐘を打つことも無い。いい意味で普通な感じだ。

 

「お待たせしました、麻婆豆腐定食です!」

 

感慨に耽っている内に結構な時間が経ったようで、すぐに料理が運ばれてくる。目の前に並べられるのは小盛りのご飯に中華風のスープ、そして本命の麻婆豆腐だ。真っ赤な色合いで、食欲をそそる刺激的な匂いがする。持ってきてくれた少女に会釈をした後手を合わせた。

 

「いただきます」

 

レンゲで麻婆豆腐をすくい、ふーふーして冷ましてから口に運ぶ。瞬間、燃え上がるような辛さと旨みが口内に広がった。豆腐とひき肉の食感に、中華料理特有のふんだんな香辛料。脳をガツンと殴りつけてくるかのようだ。

 

美味い。ただ辛いだけじゃなくて様々な旨みが混ざり合っている。肉に豆腐、それにこれは玉ねぎの甘さか。全身の毛穴が開くような感覚と共に汗が噴き出した。

 

「はふっ、ん、ごくっ」

 

ご飯との相性も最高で、俺は合間にお冷を飲みつつどんどん口に運んでいく。汗を拭いながらも、その勢いは全然衰えない。まるで男の頃に戻ったみたいな食欲だ。ご飯を小盛りにしておいたのもあって、結構な量をぺろりと平らげてしまった。

 

「ふ、ぃー・・・・・・」

 

お腹が苦しいけど幸せだ。最後にちびちび中華スープをすすりながら、俺は額に滲んでいる汗を拭う。また、いい店を見つけたのかもしれない。ここにもまた通いたいな。いや、外食を増やすのはあまり良くないかもしれないけど。

 

「ごちそうさまでした」

 

ゆっくりと中華スープを飲み切って手を合わせた。結構混んできたしこれ以上長居するのはよくないよな。すぐに立ち上がってレジに向かう。レジに立っていた恰幅のいい女性にお金を払った後、深呼吸してから口を開いた。

 

「すごい美味しかったです。ごちそうさまでした」

 

「あら、ありがとうねお嬢ちゃん!よかったらまた来て、これどうぞ!」

 

にこやかな返事と一緒に渡されたのは、半チャーハン50円引きの割引券だ。お嬢ちゃんと呼ばれるのはまだ違和感があるけど、俺も微笑んでから頭を下げる。店の外に出ると寒さが襲ってくるが、麻婆豆腐のおかげか全身がぽかぽかしていて苦にならなかった。

 

アパートまで歩きながら、俺は膨れたお腹をさする。最近よく食べられるようになったのは、胃袋が活性化してるからだろうか。一定の量を食べ続けると胃袋の容量が広がるとか聞いたことあるし、俺にとっては嬉しいものだ。やっぱり、昔みたいにがっつり食べたいから。

 

太るかもしれないという事実をあえて考えず、俺は足取り軽くアパートに向かう。・・・・・・ジョギング、毎日した方がいいかもしれないな。




辛味は味覚ではなく痛覚らしいですが、まぁ美味しければそれでいいじゃないか。
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