人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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27.映画館のフードメニュー(前編)

ガタンゴトンと揺れる走行中の電車。満員とはいかないまでもそこそこの人混みの中で、俺は座席に座りながら息を整えていた。以前のバスの時のように、醜態を晒す程心身に不調は出ていない。しかし、やはり他人との距離が違いと緊張してしまう。細く長い息を吐いて、ゆっくりと吸うのを繰り返していく。

 

「ふぅー・・・・・・」

 

何故電車に乗っているのかと言うと、アパートから結構離れた映画館に向かう為だ。俺の好きだった漫画が映画化していたことを知ったのが数日前。既に放映終了している映画館も多い中、今向かっている映画館では今日まで放映しているのを見つけたのだ。

 

どうしても映画館で観たい。ワクワクと焦りに見舞われた俺は、アパートから距離が遠く交通機関に頼らないといけない映画館に行くことを決意。覚悟を固めて人混みの中電車に乗っているのである。

 

ぞわぞわと心が落ち着かないまま、俺はスマホの画面に視線を落とす。電子書籍として買ってあった漫画を読み返して周囲の気配を忘れようとした。今回映画化されたのは、作中でも屈指の人気を誇る部分だ。敵味方が入り混じりながら結末に向けて収束、加速していくストーリーは何度見ても素晴らしい。

 

あのシーンやあのシーン、そして終盤のアレがどう映像化されているのか。純粋に楽しみにしつつ、周囲に人がいるストレスを和らげようとする。と、電車が停まり駅についた。俺が降りるのは次の次か。駅名を確認していると、横の座席に男性が座り込んできた。

 

「っ・・・・・・!」

 

息を呑む。男性はスーツを着た社会人のようで、疲れた表情を浮かべ電車内の広告を眺めている。特に他意があるようには見えない。それなのに、心臓が跳ね四肢が痺れるような感覚が湧き上がってきた。

 

大丈夫、大丈夫だ。自分に言い聞かせながら、意識的な呼吸を続ける。別にこの人が危害を加えてくることは無い。ただ俺が、必要以上に怯え過ぎているだけなんだから。頭では分かっているし、事実、俺が降りるまで男性はこちらに視線を向けることすらしてこなかった。

 

電車から降りた後、どっと息を吐く。以前だったら間違い無くパニックを起こしていただろう。自販機でペットボトルのお茶を買い、ベンチにへたり込みつつ俺は思った。まだまだ苦しいのに変わりは無いけど、少しは改善されているんだろうか。そうだとしたら嬉しい。

 

お茶を飲みつつ少し休む。こうなるかもしれないと思って、かなり早くに出発してきたのだ。予約した映画の放映時間まではたっぷりとある。しっかりと休息を取ってから映画館に向かうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「おぉー・・・・・・」

 

初めて来た映画館は、思っていたよりもずっと大規模なものだった。スクリーン数は10を超え、フードコートも充実している。予約していたチケットを券売機から受け取り、ビクビクしながら人気の少ない場所に移動した。座り心地のいいソファに腰を下ろし、一息つく。

 

「えっと、まだ数十分くらい時間あるな」

 

早めに出てきたのが功を奏して上映までには余裕がある。周囲に視線を向けると、誰もが楽しそうな笑みを浮かべていた。映画を見た感想を言い合っているのか、それとも今から見る映画に胸を躍らせているのか。賑やかで浮ついた雰囲気だ。

 

そんな周囲に当てられたようで、少し体が火照っているのを感じる。やや動悸が激しい。やっぱり人が多い場所だと緊張やストレスを感じてしまうようだ。まぁ、慣れる為と思えば悪くない。何より、この場から逃げ出したくなる程じゃないからな。無理せず耐えられるレベルだ。

 

映画館の空気に心身を馴染ませながら上映時間を待つ。そうだ、飲み物か何かは先に買っておいた方がいいか。時間ギリギリだと混みそうだし。とりあえず、スマホでメニューを確認しよう。

 

「えーっと・・・・・・」

 

飲み物はS、M、L、LLの四種類のサイズで、お茶にジュース、コーヒーなど基本的なものは網羅しているようだ。それに、映画館と言えばポップコーン。こちらも四つのサイズに、味付けは塩にキャラメル、いちごミルクやバーベキュー等色々ある。

 

唐揚げやホットドッグ、ポテトとかもあるけど、こういうがっつり系はいいや。Mサイズの飲み物とポップコーンにしよう。うーん・・・・・・マスカットジュースと、ポップコーンの味付けは塩かな。早速立ち上がり、まだ列が出来ていないフードコートのレジに向かった。

 

「すみません、マスカットジュースのMと、塩味のポップコーンをお願いします」

 

緊張もそこそこに、俺はレジ近くの男性スタッフに声をかける。いつものことだけど、こういう時だと相手が男性でもなんとかなるんだよな。そう思っていると、スタッフの人が訊ねてきた。

 

「かしこまりました。ポップコーンのサイズはいかがなさいますか?」

 

「あっ、と。それも、Mでお願いします」

 

駄目だ、どもってしまう。なんとかなってないじゃんか。赤面しつつ俯くが、男性スタッフは気にした様子も無くテキパキと作業している。良かった、変に思われてはいないようだ。先日も思ったように、俺のことを意識している人は少ないらしい。

 

にこやかな笑顔を向けられながらジュースとポップコーンを受け取り、俺は人気の少ない場所に退散する。ポップコーンを口に放り込むと、懐かしい素朴な味が広がった。うん、美味しい。食べ過ぎようにしつつ、マスカットジュースもちょっとだけ飲む。フルーティーな酸味が強くてこっちも美味しかった。

 

そして、上映時間が近付きシアターが開放される。ちょっとビクビクしつつも列に並び、スタッフにチケットを切ってもらい歩き始めた。えっと、目当ての映画が上映するシアターは8番か。数日前に予約しておいたので、中央付近の良い座席が取れていた。

 

座席まで辿り着き、ふかふかなそれに腰を下ろす。心臓がドキドキしているのは、緊張やストレスとは違った理由だろう。乾いた喉にマスカットジュースをくぴり。うん、やっぱり美味しい。ポップコーンもちまちまつまみながら、俺は上映をのんびりと待ち続けた。




自分はポテト&炭酸飲料派です。
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