人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
いつものようにスーパーで買い物をしていると、なんだか店内が飾り付けられていることに気付いた。更に、特設のコーナーには売り出されているケーキやシャンパンが見える。もしかしてと思い日付を確認した俺は、今日がクリスマスイブだと今更理解した。
「マジかよ」
思わず呟きを漏らす。休日も平日も無い生活をしているせいで、病院への定期検査以外で日付に頓着してなかったのだ。まさか、12月24日当日になるまで忘れてるなんて。街中が賑やかな雰囲気だったのはこのせいか。
別にクリスマスだからって俺の日常が変わるわけじゃない。ただ、流石にこれは浮世離れし過ぎている。ちょっとした衝撃を受けながらも俺は考えた。せめて何か、クリスマスらしいことをしよう。世間と比べてズレてしまった感覚を取り戻す為に。
とりあえず、ケーキを買って帰ろうかな。クリスマスと言えばやっぱりケーキだ。去年はクリスマスにも気付かず引きこもり続けていたけど、今年はちゃんと食べよう。後はシャンパン・・・・・・は、まぁいいか。いや、アルコールが入ってないとシャンメリーって言うんだっけ。
他には、うーん・・・・・・店内を物色しながらクリスマスっぽい商品を探す。というか、今日は自炊する気満々だったのだ。クリスマスっぽくて俺でも調理出来るタイプの料理ってなんだ・・・・・・?ぱっと浮かぶのは七面鳥とかローストビーフとかだけど、俺に作れるとは思えない。どうしよう。
悩みながら店内を彷徨っていると、手書きのポップが目に入った。『ローストチキンにオススメ!!』と紹介されているのは、骨付きの鶏もも肉だ。ローストチキン。確かにクリスマスっぽいけど、オーブンとかが無いと調理出来なさそうだ。
しかし、スマホで調べてみるとフライパンや鉄鍋でもいけるらしい。それなら丁度いいな。俺は大振りな鶏もも肉が一つ入ったパックを手に取ってカゴに放り込んだ。後はケーキだけど、ここは王道のいちごのショートケーキにしよう。なんてったってクリスマスだし。
諸々の買い物を済ませスーパーを出ると、浮ついたような雰囲気が街中に充満しているのを感じた。よくよく見れば街中の至る所が飾り付けられており、今まで気付けなかったのが不思議なくらいだ。人の視線や気配には敏感でも、街並みは意識して見ないと頭に残らないらしい。
コートを着こんでも防ぎ切れない冷え込みに身を震わせつつ歩いていると、ちらちらと白いものが舞い散り始めた。ホワイトクリスマスか。いや、今日はまだイブだけど。幸せそうな周囲の雰囲気を感じながら、俺は寒さに急かされるようにアパートへと急いだ。
帰宅しシャワーと着替えを終えた俺は、まず鶏もも肉を取り出した。焼く前に下味を付けておいた方がいいらしい。塩コショウ、すりおろしのチューブニンニクをすり込み、オリーブオイルを回しかけて馴染ませる。おっと、穴も開けておかないと。フォークを何回か突き刺して、暫く放置しておいた。
さて、1、2時間くらい暇だな。他に何か作る気も無いしどうしようか。スマホで動画や漫画でも見ようと考えたけど、思い直して図書館から借りてきた本を取り出す。おすすめコーナーに陳列されていた海外旅行記だ。中米の国々を放浪した経験が書かれているらしい。
ユーモアを感じさせる言葉回しと、まるでその場にいるかのような臨場感溢れる文章。おすすめされてるだけあるなぁ、この本。じっくりと読書を楽しんでいたらあっという間に2時間近く経過してしまった。そろそろもも肉を焼き始めよう。
いつもの鉄鍋にオリーブオイルを垂らし、中火で熱していく。十分に熱くなったらもも肉の皮部分が下になるよう投入し、同じく中火で焼きつつ一旦蓋をした。5分くらい経ってから蓋を開け、フライ返しでもも肉をひっくり返す。うん、いい感じに火が通ってるな。
火を弱火にした後、更に7分くらい焼く。じゅうじゅうという肉の焼ける音に匂いは、食欲を掻き立てるのに十分だった。火を止めてから再度蓋をして、余熱で火を通したらひとまず完成だ。
「よーし」
ここからは好みらしいけど、もう一工程やることがある。余熱が粗方取れた後、もう一度もも肉をひっくり返し火を付けた。皮の部分をしっかり焼いてパリッとさせる為だ。鳥皮、好きなんだよな。脂が多過ぎて健康に悪いのは分かってるんだけど、今日はクリスマスだしこれくらいはいいだろう、うん。
時折確認しつつしっかりと焼いていく。いい感じにパリパリになった所で、もも肉を鉄鍋から取り出し皿に移した。さて、次はグレービーソースとかいうのを作ろう。あふれた肉汁をそのまま使うソースらしい。材料は余熱を通している間に用意してあった。
小麦粉と混ぜたバターを鉄鍋に落とし、料理酒を入れてからフライ返しで混ぜる。肉汁を鍋の表面から削ぐように混ぜるのがコツなようだ。お湯で濃度を調節した後、塩コショウで味を調節する。ローストチキンの方にも下味を付けてあるし、しょっぱくなり過ぎないようにしないと。
というわけでソースも出来上がり、たっぷりとかけたローストチキンをちゃぶ台へと運んだ。冷蔵庫に入れておいたいちごのショートケーキも並べると、なんとなくクリスマスっぽい感じになった気がするな。フォークを用意して手を合わせる。
「いただきます」
アルミホイルで持ち手の骨部分を包み、ローストチキンを持ち上げかぶりついた。じゅわりと肉汁が溢れて口の中がまるで洪水のようだ。焼く前に付けておいた下味とかけてあるグレービーソースが、鶏もも肉そのものの味を活かしている。自分で作ったにしては最高の出来だ。
俺は口の周りがべたべたになるのも気にせずどんどん食べ進める。止まらない。こういういかにも肉!って感じの料理は大好きだ。口いっぱいに肉を頬張るだけで幸せになれると、すき焼きの時に思い出せた。
しっかり焼いた皮も滅茶苦茶に美味い。パリパリした感触に、脂身特有のこってりとした旨み。グレービーソースも合わさって、圧倒的カロリーで脳みそを殴りつけられているかのようだ。毎日食べてたら確実に太るだろう。
骨にこびりついた肉片も丁寧にかじり、最後に持ち手部分のアルミホイルを外して残っている肉を食べ尽くした。うん、美味かった。大満足だ。
「ごちそうさ・・・・・・おっと」
結局油まみれになっててらてらと光っている手を合わせようとして思い出す。まだショートケーキが残っていたんだった。このままだと不味いので、一旦油を落とす為洗面所に向かう。鏡の中の少女はとても満足気で、しかし口元に付いた油と肉片がはしたない印象を与えている。まぁ、俺だからいいんだけど。
石鹸でしっかりと油を落とした後、改めてちゃぶ台に座る。目の前にはスーパーで買ってきたショートケーキ。上にいちごが一個乗っている、ごく普通の奴だ。勿論ホールじゃなくて1ピース。フォークを手に取って、前の部分から切り分ける。
「あむっ」
口に運ぶと、生クリームの甘みのスポンジの感触、そしていちごの酸味が油としょっぱさに慣れた味覚を直撃した。肉からスイーツへのふり幅がジェットコースター過ぎて滅茶苦茶甘く感じる。ショートケーキってこんなに美味しかったっけ?
ケーキの中では王道で、奇をてらっていない素朴な甘さが心身に染み渡る。半分程平らげた所で、俺は上に乗っているいちごをつまみ上げた。俺は途中で食べちゃう派なのだ。いちごの味で口の中をリフレッシュして、残り半分の甘さを引き立てるのである。
とはいえ、そこまで量があるわけでも無い。すぐに食べ切ってしまった。これならもう1ピース買っても良かったかも・・・・・・。いや、ローストチキンと合わせると流石に食べ過ぎだ。幸福感で覆い隠されているけど、実の所かなりお腹いっぱいだし。
「ごちそうさまでした」
手を合わせ食器を片付ける。ふと外を見ると、雪はまだちらちらと降っているようだ。このくらいなら明日になっても積もってはいないだろう。とりあえず、ジョギングの準備だけはしておこう。たっぷりカロリーを取った分、消費して筋肉を付けないとな。俺はジャージを棚から出しつつ、ふと思い立って呟いた。
「メリークリスマス、俺」
だからまだクリスマスイブだって!