人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
「ふー・・・・・・大丈夫、大丈夫」
午後の二時。照り付ける日差しの暑さの中、俺は自分を鼓舞しつつ街中を歩いていた。外出の目的は生活用品の買い物と、他人のいる環境に慣れること。後は、最近近場にあると知った図書館に行ってみることだ。
このままではいけない。ずっと思い続けていたけど、定期検査の時に先生に後押しされたのもありようやく行動に移せた。そりゃ今までも買い物の為に外出はしていたが、今日は心持ちが違う。それに、今日は初めての場所にも行くつもりなのだ。少しでも変わらなければ。これはその一歩なのである。
・・・・・・いや、うん。いくらカッコつけても情けないよな。たかが近所を出歩くだけでここまで覚悟を決めないといけないなんて、女々しいにも程がある。いや、現在の俺は女だから間違ってはいないのか。
「ははは・・・・・・はぁ」
乾いた笑いの後に溜め息を一つ。まぁ、なんだろうと構わない。とりあえず生活用品を買い込んでアパートに運んだ後、図書館に向かってみよう。とにかく行動、行動だ。そうすれば何かが変わるかもしれない。その為に、衣服も通販で取り寄せたのだ。
ファッション、それも女性のものについてはまるで分からない。だから、適当なサイトに載っていた組み合わせ・・・・・・コーデ?と呼ぶらしいけど、それにしてみた。出来るだけシンプルな奴を選んでみたが変に見えていないだろうか。俺は不安で挙動不審になりそうなのを我慢しつつ、目立たないように道の隅をこそこそ歩いていく。
行き交う人々の視線がこちらに向いている気がする。いや、きっと気のせいだ。そうに違いない。俺は自分に言い聞かせながら早足で進み、最寄りのスーパーへとたどり着くのだった。
前ならば簡単に持ち運べるだろう重さの生活用品が入ったバッグ。それを両手が震えるくらい必死になりながらアパートの部屋まで運んだ。汗が、汗が酷い。食料品を冷蔵庫とかに入れる前にタオルで顔や腋を拭く。本当、非力になったもんだ。
実の所、スーパーでも周囲からの視線を感じていた俺は慌てて買い物を終わらせようとした。結果無駄な商品も買い込んでしまい、こんな有様になっているのである。いつもは筋肉が落ちたのも考えながら一気買いはしないようにしていたんだけど・・・・・・。
「やっぱ、変なのかなぁ・・・・・・」
洗面台の鏡に映っているのは、落ち着いた色のワンピースを着た少女だ。つばが広めの白い帽子を被り、疲れたような表情でこちらを見つめている。これが今の俺だ。おかしな所は無いように思えるけど、なんで視線を感じるんだろうか。いや、俺が過敏になり過ぎている可能性もあるよな。
逆に、アクセサリーとかを身に付けていないのが浮いてるのかもしれない。髪飾りとか。でも、必要以上に着飾るのは忌避感がある。ただでさえ、女性用の服を着るのでストレスがかかっているというのに。
明確にこんな服を着たのは今日が初めてだ。それまでは、ジャージにマスクとサングラスという不審者過ぎる格好で外出していた。部屋着は男だった頃のものを使い回している。ぶかぶかだけど、まぁ部屋の中なら問題無い。
だというのに、今更になって女性の服に袖を通したのは、いい加減現状を受け入れないといけないと思ったからだ。俺は女になってしまった。治療の見込みは無く、男には戻れない。飲み込むしかない現実に、向き合わないといけない。
だから、女性向けの服を着て外出した。したは良いが・・・・・・やはり精神的にキツいものがある。俺にとっては女装して街中を歩いているのと同じだ。いやまぁ、そんな経験は今日が初めてだけど。
「うーん」
正直、周囲から視線を向けられているような感覚もあってかなりしんどい。しんどいが、いつかは超えなきゃいけないことだ。このままずっと支援金頼りの引きこもり暮らしを続けるわけにもいかない。萎えかけた心を奮い立たせ、俺は再び部屋を出る。予定通り図書館に向かってみよう。
・・・・・・途中で買い込んだ食料品に気付き、冷蔵庫に入れる為一旦戻ったのは内緒だ。
図書館を出る頃にはもう外は暗くなり始めていた。予想以上に読書に熱中してしまったらしい。最近の図書館って漫画とかも置いてあるんだな。小学生の頃から図書館とかに通ってなかったから全然知らなかった。
結局、あれこれ不安に思っていたけど楽しんでしまった。貸出しカードまで作り、何冊か本も借りてバッグに入れてある。充実した一日だったけど、ここまで帰りが遅くなるのは想定外だ。夕飯どうするかな・・・・・・一応、さっきスーパーで買ったレトルトのカレーを食べるつもりだったけど。と、
「お、あれは」
ふと、道沿いの店に目が留まる。引っ越す前にも何度か見かけていた、チェーン店のネパールカレー屋だ。スパイスなのか、美味しそうな匂いがここまで漂ってくる。・・・・・・折角だから外食もいいかもしれない。うん、この体に慣れる為でもあるし。言い訳を並べながら、俺の足はふらふらとネパールカレー屋の入り口へと吸い込まれていった。
「イラッシャイませー」
どことなくイントネーションが奇妙な店員に迎えられる。浅黒い肌はネパール人だからだろうか。彫りの深い顔立ちはどう見ても日本人には見えなかった。案内されるままに席へと座り、大き目のメニューを渡される。
「えーっと・・・・・・」
単品よりもセットで頼んだ方がお得っぽい。だけど、食べきれないのは嫌だった。店だと残った分を次のご飯に回すとか出来ないからなぁ。と、そう考えている所で目に留まったのは三色カレーセット。三種類のカレーを少量ずつ食べられるらしい。これにしようかな。
付いてくるナンの大きさも選べるらしく、ここは迷わず小を選択。というか、ナンってネパールじゃなくてインドのような気がするけど・・・・・・まぁいいか。片言の店員さんに注文を告げ、待っている間店内を見回した。
民族風と言えばいいのだろうか。見慣れない装飾は施された店内には、スパイスのいい匂いが充満している。壁に掛けられた山の絵はヒマラヤ山脈だろうか。なんだか異国に来たみたいで、悪くない雰囲気だ。
待ち時間に読書でもしようと思ったけど、カレーの匂いが移ったらアレなのでバッグから取り出すのはやめておく。そのままぼんやりと店内を眺めていると、思ったよりも早く注文した品が運ばれてきた。
「オマタセしましたー」
大きな銀色の盆に乗っているのは、カレーが盛られた三つの容器にキャベツと玉ねぎのサラダ。サラダの方にはオレンジ色っぽいドレッシングがかかっている。そしてナン。小を選んだはずなんだけど、大きさが俺の手のひらの二倍くらいある。間違ってないか、これ・・・・・・?
「あの、ナンの大きさは小を頼んだんですけど・・・・・・」
「コレ小です」
「あ、はい・・・・・・」
間違っていなかったらしい。いや、普通に大き過ぎる。コンビニの菓子パンとかの二倍はありそう。この量、ちゃんと食べ切れるか不安になってきた。最後にラッシーが入ったコップが置かれ、店員さんは下がっていく。・・・・・・とりあえず食べるか、うん。
「えーっと、こっちの器がチキンカレーで、こっちがマトン。それでこれが野菜と豆のカレーか。いただきます」
三色と言うにはあまり色が違わないように見えるけど、味の方はどうだろうか。手を合わせた後、まずはチキンカレーをスプーンですくって口に運んでみる。
「んっ・・・・・・」
とろみが少ない舌触り、辛さもそれ程感じずあっさりしている感じだ。だけど味気ないわけじゃなくて、旨みが沁み込んだスープにスパイスが合わさってとても美味しい。どちらかと言うとスープカレーに近いんだろうか。
次はマトンカレー。チキンと違ってごろっとした肉が入っている。口に入れて咀嚼すると、どろりとした肉汁が一気に溢れてきた。野趣に富んでいるというのか、独特な風味だけど獣臭くはない。脂もしつこくないし、結構好きな味だ。
最後は野菜と豆のカレー。と言っても、豆以外の野菜は殆ど溶けてしまっている。その分味も溶け込んでいて、スパイシーなのに甘みが凄い。砂糖とかじゃない野菜の甘みだ。豆の素朴な味もあって、なんかほっとする感じだな。
うん、三種類ともそれぞれ美味い。ナンの方は・・・・・・うん、もっちりしてて小麦の香りが鼻に抜ける。焼き立てのパンはこれがいいんだよ。しかし、結構大きめに千切ったのに全然減ってない。・・・・・・とりあえず食べ進めていこう。
三色のカレーそれぞれにナンを浸し食べると、また違った味わいがある。スープに近いのでしっかり生地に染み込んで、それぞれの特徴を引き立てているみたいだ。間違い無く美味しい。美味しいんだけど・・・・・・。
「はふっ、んむ」
ナンが大きくて全然減らない。カレーの方も容器が深めで、見た目以上に量がある。これ、いけるか・・・・・・?合間にラッシーを飲みつつ、俺は黙々と食べ続けた。カレーが三種類あるので飽きは来ない。純粋に量が問題だ。
俺が男だった頃ならこの程度ペロリと平らげていただろう。だけど、今は女の子の体だ。胃の容量が小さくなってるとしても残すのは申し訳ない。カレーに浸したナンを押し込むように食べていく。美味しいのがせめてもの救いだ。
「うっぷ・・・・・・」
限界が近い。だけど、そろそろナンも無くなりそうだ。容器のカレーを拭うようにナンに付け、口に放り込んで咀嚼する。後少し・・・・・・!パンパンのお腹になんとか詰め込んで、俺は三色ネパールカレーセットを完食した。
「ご、ごちそうさまでした」
手を合わせながら言い、椅子の背もたれに体を預ける。息が苦しいけど、なんとなく達成感のようなものも感じていた。服の上からお腹をさすると、いつもより明確に膨れている。いやぁ、あれだけの量がよく入ったな。
少し休んだ後、料金を払い店の外に出る。既に日は落ち切っていて少し涼しい。普段は夜に出歩かないから、街並みがまるで違って見えた。夜道をゆっくりと歩きながら今日のことを一つ一つ思い返す。うん、充実した一日だったと言えるはずだ。
こういう外出は定期的に続けていこう。少しずつでもこの体に慣れる為に。男だったという現実は、過去だと割り切るしか無いんだから。満腹の苦しさとは違う一抹の寂しさを覚えつつも、俺は星空を見上げて帰路に着くのだった。
周囲の視線を集めてるのは主人公が美少女だからです。己の美貌に無頓着なTS娘、いいよね・・・・・・!