人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

30 / 80
30.餅とお雑煮

一年の計は元旦にありと言うけれど、特にやるべきことが無い俺には何をすればいいのか分からなかった。一応、大晦日の夜には蕎麦をゆでて食べたけど。流石におせちを作るのはハードルが高いし、注文する程でも無い。というわけで、俺は元旦の朝から炬燵でだらだらとしていた。

 

「んむー・・・・・・」

先日のクリスマスと同じで、あえて行動に移さなければ普通の一日と変わらない。朝ご飯は昨夜の蕎麦の残りで済ませちゃったし、あんまり良くないな。世間ズレした感覚を戻したいと思っていたのに、俺はあのローストチキンとショートケーキで満足してしまっているようだ。

 

まぁ、うん。正月というのならば、別にだらだらとしてもいいだろう。そういう日なんだし。自分に言い訳をしながらスマホで動画を眺める俺。正月のバラエティー特番とかには興味が無いし、去年のプロ野球のプレーオフを見返してた。

 

かつての相棒が所属している球団は残念ながら出場出来ていないが、それはそれ。野球の試合を見るのは元から好きだし、それが日本プロ野球の頂点を決める戦いならば猶更だ。いやまぁ、正月に見るべきものかどうかは分からないけど。

 

だらだらしながら試合の動画を見ていると、気付けば既に正午近くになってしまった。一応お昼に食べるものは事前に決めている。切り餅を焼いて、醤油や海苔、チーズや餡子で頂こうと思っていた。どうやら鉄鍋でもお餅は焼けるらしく、油を引けばくっつくことも無いらしい。

 

炬燵から抜け出し、買っておいた角切りのお餅を用意する。朝から殆ど動いてないし、小さめだから三個くらいでいいか。オリーブオイルを引いて熱した後、お餅を入れて弱火で焼いていった。・・・・・・火がどれだけ通ってるか分かり辛いな。普通に焼いたり温めたりするのと違ってそんなに膨らまないし。

 

いい感じに焼き目が付いてきたらひっくり返し、じっくりと火を通していく。ちょっと焦げてるくらいがカリカリしてて美味しいので、気持ち長めに焼いてみた。お皿に移した後、いつものようにちゃぶ台まで持っていく。そこにはお餅に付ける用の諸々を既に用意しておいた。

 

「いただきます」

 

まずはやっぱりこれだろう。醤油と海苔、王道の組み合わせだ。醤油をお餅にたっぷりと付けて海苔で包む。がぶりとかぶり付くと、海苔のパリパリ感とお餅表面のカリっと感、そしてお餅自体の噛み応えのある食感が口の中に広がった。

 

うん。やっぱあれだ、炭水化物と醤油の組み合わせは美味いんだよ。日本人だからというか、物心ついた時から慣れ親しんだ味だからだろう。喉を詰まらせないよう、一口一口しっかりと咀嚼してから飲み込んでいく。お餅自体が小さいのもあって、すぐに食べ終わってしまった。

 

さて、次は餡子だ。こしあんか粒あんか迷ったけど、今日用意したのは粒あん。缶詰のものを買ってきたので、しっかり使い切らないとな。お餅の上に粒あんをこんもりと乗せて食べると、直接的な甘さが口内に広がった。

 

純度の高い糖分に柔軟なお餅が絡まってとても美味しい。何より、醤油&海苔のしょっぱさからこの甘さは舌が痺れるかのようだ。無限に食べられそうな気さえする。まぁ、先に胃袋の容量が限界に達すると思うけど。

 

最後はチーズ。四角形のスライスチーズをお餅に乗せて、レンジで軽くチンをする。するとお餅がどんどん膨らみ始めてしまって慌てて取り出した。チーズはまだ溶けていない。・・・・・・どうしよう。仕方ないので、数秒ごとにチンを繰り返して徐々に溶かすことにした。

 

ちょっと手間が増えつつも、無事に溶けたチーズは膨らんだお餅を覆っている。流石に手掴みはアレなので箸を用意して、皿に引っ付いたチーズを剥がすように持ち上げ口に運んだ。うん、これも美味しい。そもそもチーズだって大体の炭水化物に合うのだ。

 

半分くらい食べた後、醤油を垂らして味変する。これも良い感じだ。チーズと醤油、結構相性いいんだよな。すぐに食べ切ってしまったけど、今度は細かく砕いた海苔を散らしてもいいかもしれない。

 

さて。一応お餅を三個食べ終わったが、胃袋にはまだ空きがあるようだ。新しいお餅を焼くべきか否か。流石に食べ過ぎな気もするし、これくらいにしておいた方が・・・・・・。そう思っていると、不意に部屋のチャイムが鳴る。誰だ?通販とかは頼んでないはずだけど。

 

「あっ、大家さん。あ、明けましておめでとうございます」

 

ドアの先に立っていたのは大家さんだった。いつも通りのしかめっ面で、両手で小鍋を抱えている。

 

「明けましておめでとう。ちと、雑煮を作り過ぎてな。貰ってくれんか」

 

「は、え?」

 

「餅でもなんでも好きに入れて食っとくれ。不味いもんでもないはずじゃ」

 

大家さんに押し付けられるように受け取ると、その小鍋から出汁のいい匂いが漂ってきた。俺が困惑している内に、お礼を言う間も無く大家さんは立ち去ってしまう。追いかけようとも思ったが、小鍋を突っ返して大家さんの気分を害したら嫌なので諦めた。

 

「え、っと・・・・・・」

 

困惑しながらもすごすごと部屋の中に引きさがり、小鍋をちゃぶ台に置いて蓋を開ける。そこには大家さんの言葉通りお雑煮が入っていた。薄切りされた大根に人参、しいたけ。ネギはブツ切りになっている。嬉しいけど、どうして俺に・・・・・・?大家さん自身が言っていた通り作り過ぎてしまったんだろうか。いや、もしかした俺におすそ分けする為に作り過ぎたのかもしれない。また何かお返ししないとな。そう考えながら、小鍋は台所の方に持っていく。流石に全部食べるのは無理だ。

 

小鍋のお雑煮をある程度お椀に移す。丁度いいのでお餅も入れようと思ったけど、また鉄鍋で焼くのは手間か。電子レンジでいいや。膨らみ具合を見ながら温めて、いい感じに柔らかくなったお餅をお雑煮に投入。再度手を合わせる。

 

「いただきます」

 

まずは汁を啜ってみる。あー、なんか優しい味だ。醤油ベースの出汁に具材の旨みが出てる感じ。シンプルな味付けだからこそ美味しい。当然、具材自体もしっかり煮込まれて味が染みていた。大家さんは結構煮込む派なんだな。

 

そして先ほど入れたお餅。うん、美味い。纏まった味のお雑煮はお餅の存在をさらりと受け入れて、調和してるような気がする。そもそもさっきも思ったけど、醤油系とお餅は相性いいんだから不味くなるはずが無いのだ。

 

「ふぅー。ごちそうさまでした」

 

額に汗を滲ませながら汁の一滴まで飲み切り、俺は手を合わせる。温かいお雑煮と炬燵のおかげでぽかぽかだ。お椀と箸を片付けなければいけないけど、炬燵から出る気分になれずちゃぶ台へと突っ伏する。じんわりと、眠気が全身を包んでいくようだ。

 

いや駄目だ。このまま昼寝は寝正月にも程がある。そう思いながらも、幸せな微睡みに抗えない俺。結局、夕方近くまで惰眠を貪ってしまうのだった。




うちのお雑煮は醬油ベースでした。くたくたになったネギがまたうめーんだ。
大家さんは主人公が訳ありだと気付きつつ、色々と気にかけてくれています。お孫さんと重ねているのかもしれません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。