人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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32.手作りカレー(後編)

「わー、美味しそう!」

 

散らかった部屋の中、椅子に腰掛けている女性は目の前のカレーをキラキラした瞳で見つめている。テーブルに乗っているそれは、一応俺が作ったものだ。他人の部屋の台所に立ちながら思う。なんでこんなことになっているのか、と。

 

なんとか女性の部屋まで肩を貸した後。盛大に腹を鳴らす彼女を見捨てることも出来なかった俺は、一旦自分の部屋に戻ってお皿とスプーン、レトルトのご飯を用意した。女性の部屋のコンロでカレーを少し温め直し、レトルトご飯と共にお皿に盛りつける。散乱してる色々なものを踏まないようにテーブルへと運んだ。

 

「いっただきまーす!」

 

まるで子供のような無邪気さで、女性はスプーンを手に取りカレーを食べ始める。・・・・・・いや、本当になんでこんなことに?殆ど初対面みたいな相手の部屋で、どうして自作のカレーを振る舞っているのだろうか。

 

「うわ、おいしー!君、料理得意なんだね!」

 

「いや、そんなことは・・・・・・」

 

手放しに褒められるが、嬉しさよりも緊張が勝ってしまう。逃げるように顔を背け、台所に視線を落とした。シンクの中には洗いかけの食器がいくつか転がっている。美味い美味いと連呼する声を背中越しに聞きつつ、俺はゆっくりと深呼吸した。

 

「おかわり!」

 

「え、はや!?」

 

思わず振り向くと、満面の笑みを浮かべた女性が空になったお皿を掲げていた。この短時間で綺麗に平らげてしまっている。

 

「ちょ、これ以上ご飯用意してないですよ」

 

「ルーだけでいいから。今立つとこけちゃいそうだし、盛ってくれると嬉しいな」

 

にへらと笑う女性。俺よりも年上のはずなのに、とんでもない人だな・・・・・・。呆れながらをお皿を受け取り、カレーを多めに盛り付ける。

 

「あの、だいぶ酔ってるみたいですけど。それなのにこんなに食べて大丈夫ですか?吐いたりしません?」

 

「うん、大丈夫。私お酒弱くてさ、いつもはすぐ酔い潰れちゃうから吐くまではいかないんだ」

 

「だったら・・・・・・」

 

何故、あんな状態で階段に座り込んでいたのか。聞こうとして口ごもる。複雑な事情があるのかもしれない。それを聞き出すのは、良くない気がした。

 

「んぐ。いや、別に大した理由は無いよ。ただ今日の客が強引で、無理やり飲まされちゃっただけ。その分お金ふんだくってやったから結果オーライ。あむっ」

 

カレーを食べながら、女性は何てことないように言う。そういう仕事には詳しくないので、本当に大したことがないのか分からない。返事も出来ずに黙っている俺を置いて、女性は凄い勢いでカレーを食べ切ってしまった。

 

「ごちそうさま!いやーありがとね、ほんと。急でわけ分かんないお願いを聞いてくれてさ」

 

「いや、別に大丈夫ですけど・・・・・・。そ、それじゃ俺、帰りますね」

 

「あ、ちょっと待って!」

 

小鍋や皿を抱えて逃げるように退散しようとするが呼び止められる。振り向くと、女性はふらつきながらも俺の前まで来て、折り目の付いていない5000円札を手渡してきた。

 

「え、いや、こんなに貰えませんって」

 

「いいからいいから。だって食器洗うのも君任せでしょ?それに、カレーすっごい美味しかったし。ね?」

 

断ろうとするが、半ば無理矢理ポケットにねじ込まれてしまう。何から何まで破天荒な人だ。頭を下げて部屋を後にする俺に、女性は満面の笑みを浮かべ言う。

 

「いやーほんとにありがとね!もしよかったら今度また食べさせてよ!」

 

「え、遠慮します・・・・・・!」

 

捨て台詞を残して撤退、俺は自分の部屋へと逃げ込んだ。食器をシンクに入れた後にへたり込む。つ、疲れた。なんなんだあの人。顔を合わせた時に会釈する程度の付き合いでしかなかったのに、ここまでぐいぐい来るなんて。まぁ、悪い人ではないんだろうけど。

 

「はあぁ・・・・・・」

 

いやもう、心身共に疲労感が凄い。だけどパニックにはならなかったな。あそこまで距離感が近い人相手だし、もっとしんどくなると思ったけど。どうやら少しは成長しているみたいだ。

 

脚に力を込めて立ち上がり、カレーに塗れた食器を洗い始める。いい経験にはなったのかもしれない。あの女性・・・・・・そういえば名前も聞いていないけど、彼女自身も美味しそうに食べてくれていたし。少しだけ、自分の手料理に自身が付いたというか。

 

よし。食器の片づけが終わったら大家さんにカレーを持っていこう。自分の分は無くなるけどまた今度作ればいいだけだ。夕食はレトルトのカレーにして、味の違いを比べてみてもいいかもしれない。うん、そうしよう。

 

スポンジでカレーの汚れを落としながら、俺は倦怠感と充足感が混ざった感情を味わっていた。他者とのコミュケーションは疲れる。だけど、確かに得るものもあるようだ。対人に臆病になっている自分にとって、今日起きたことはいい刺激になったんだろう。

 

「また今度、かぁ」

 

女性が最後に言っていた言葉を思い出す。自炊自体はそこまで苦じゃないし、手料理を振る舞うのもまぁいい。だけど、それでお金を貰うのはちょっとな・・・・・・。別にやましいことは無いのに、なんだか悪いことをしてるような気分になってしまう。労働の対価にしては、貰った金額が高過ぎるのだ。

 

まぁ、こんなことは早々無いだろう。あの女性とは生活の時間が合ってないし、次があるのかさえ分からない。大家さんへと持っていくカレーを用意しながら俺は能天気に考えた。もし次があるとしたら、それまでもう少し自炊の腕を高めておきたいな、と。




カレー、一杯目はご飯と一緒に食べて二杯目はルーだけで味わうのがマイルールです。
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