人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
「そうかそうか、アパートの住民達と。立派じゃないか」
「いや、別に立派とかじゃ・・・・・・普通のことですし」
病院での定期検査。カウンセラーさんとの対話は既に何回目かだけど、俺にしては随分とこなれていた。カウンセラーさんの喋りが上手いのもあって、殆どストレス無く話せている。
「普通のことを普通に出来るのは立派だよ。世間じゃ軽く見られてるけどね。なんにせよ、隣人と交流を持つのは素晴らしい。君の状況から考えてベストな選択だ」
「そうなんですかね・・・・・・。結構疲れるのには変わりませんけど」
「でも、そこまで苦じゃ無かったんだろう?疲労と苦痛は別々に考えるべきだ。ほら、君がジョギングして体を鍛えてるのと同じだよ。コミュニケーションに心身を慣らす必要がある。運動が嫌で嫌でたまらないのと、運動したくても体が追い付かないのは別問題だからね」
カウンセラーさんの言葉に、俺は意味を理解しようとする。きっと、あえてこういう言葉回しをしているんだろう。謎かけのように考えさせた方が、実感として飲み込めるからなのか。
「えっと、つまり。苦しくなければ、これからもコミュニケーションを続けて心身を鍛えた方がいいってことですか?」
「正解!でも無理は厳禁だ。無理は続かない。継続さえ出来ているのなら、多少だらけるくらいが丁度いいのさ」
パチンと指を鳴らしてカウンセラーさんは微笑んだ。フレンドリーな態度は、俺を安心させようとしてくれているのかな。実際ありがたいけど。
「おっと、もうこんな時間か。検査のスケジュールも押してるみたいだし、今日はこの辺りにしよう。最後に何か話したい事はあるかい?」
「いえ、大丈夫です。カウンセラーさん、今回もありがとうございました」
「うん、じゃあまた次回。どんな話を聞かせてくれるか、楽しみにしているよ」
深々とお辞儀をして、俺は部屋を後にする。えっと、次は採血か。定期検査の項目は少しずつ増えてきていて、時間がどんどん伸びていた。医者の先生は「負担になるかもしれませんが、どうかご理解ください」と謝られたけど、実際そこまで負担ではない。精神面が改善してきたからだろう。
とはいえ、時間がかかるのに変わりはない。今日も遅くなりそうだし、夕飯どうしようかな。今朝寝坊しかけたせいでなんの用意もしていないのだ。スーパーに寄って出来合いの食品を買うか、適当な店で外食するか。まぁ、検査が終わるまでに考えればいいか。
夕焼けも沈んだ夜の街、俺はコートやニット帽で寒さを凌ぎながら帰路に着いていた。この時間だとどの飲食店も混んでるだろうし、スーパーで総菜でも買って帰ろう。そう思いながら早足で進んでいると、人混みが視界の隅に移った。
「あれ・・・・・・?」
街中の一角に車が停まっている。キッチンカーと言えばいいのだろうか、移動式の屋台みたいなアレだ。立てられているのぼりには『絶品!本格派たこ焼き!』と書かれている。冷え冷えとした風に混ざって、ソースのいい匂いがここまで漂ってきた。
足を止めて考える。確かにこの匂いには抗い難い。いつものスーパーの総菜は自炊を始める前に散々食べていたし、今晩はたこ焼きにしよう。ただ、問題なのは人混みだ。あれだけ盛況だと流石に近寄り辛い。と、まるで俺の思いが伝わったように少しずつ人の数が減り始めた。
今の内だ。そろりとキッチンカーに近付き、数の減った列に並ぶ。設置されている立て看板を見ると、メニューはたこ焼きのみ。選べるのはトッピングと数だけみたいだ。写真を見た感じ、一個一個が結構大きめっぽい。食べ応えがありそうだな。
何個頼もうか考えている内に注文の順番が回ってきた。検査でお腹も減ってるし、多めに頼んでもいいだろう。思ったよりいかつい顔をした店員さんにおずおずと声をかける。
「え、っと。たこ焼きを六個、追加トッピングはマヨネーズと紅ショウガでお願いします」
「あいよっ!」
小気味いい返事を聞きつつ、美味しそうな匂いを嗅ぎながらキッチンカーの横に退散し出来上がりを待つ。間一髪と言えばいいのか、俺が注文を終えてから十人以上のお客さんが並び始めていた。お陰でパニックを起こさずに済んでいる。いや、今の自分なら大丈夫かもしれないけど・・・・・・疲れているし無理をすることもない。
「はーい、たこ焼き六個マヨ紅トッピングのお客様!」
「あ、はい」
いかついけど愛想のいい店員さんからたこ焼きを受け取り、その場を離れた。アパートに帰ってから食べると冷めてしまうし、こういう鉄板焼き系の料理はすぐに食べた方が美味しい。俺は近くのベンチに座りながら、受け取ったたこ焼きのパックを開けた。
ふわりと鼻腔をくすぐるのは、ソースとマヨネーズ、さらにたっぷりとかけられた鰹節の匂い。これだけで涎が出てきてしまう。割り箸を割ってから、俺は手を合わせた。
「いただきます」
鰹節と青のりがたっぷり乗ったたこ焼きをつまみ、ふーふーと冷ましてから口に運ぶ。出汁の利いた汁がじゅわっと溢れ、ソースやマヨネーズと一緒に口内に広がった。たこ焼きの生地にはタコ以外にも練り込まれていて、細かいことは分からないけど美味しい。
タコはざっくりとした歯応えで、多分新鮮ななんだろう。海鮮特有の旨みがソースや生地とマッチしていて味が纏まっている。どっちかって言うとジャンク寄りなイメージのたこ焼きだけど、思っている以上に繊細な味付けな気がした。
「はふ、ほふっ」
熱々なたこ焼きをもう一個頬張る。うん、アパートに帰る前に食べたのは正解だな。はふはふしながら食べるのが一番いい。寒空の下、俺はたこ焼きに舌鼓を打つ。思っていた通り食べ応えが凄くて、六個食べ切る頃には満腹になっていた。
「ごちそうさまでした」
空になったパックに手を合わせ呟く俺。結構なボリュームに満足しながら、パックをゴミ箱に捨てつつ立ち上がった。そのままアパートに向かって歩き出すと一際強い風が吹きつけてくる。ぶるりと全身を震わせながら、俺は空を見上げた。
「おー・・・・・・」
星が綺麗だ。月は満月ではなく、少し欠けているように見えるけど・・・・・・これはこれで風情がある。俺の吐く白い息が月明かりを受けてキラキラと輝き、なんだか芸術でも見ているような気分になった。うん。綺麗だな。暫く足を止め、俺は夜空を眺め続けた。
この手の買い食いってどうしてあんなに美味しく感じるんでしょうね。