人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
朝の9時。普段の起床よりもかなり遅い時間に、俺はようやく目を覚ました。セットしておいたスマホのアラームはいつの間にか止められていたようだ。多分寝ぼけた自分の仕業だろう。
「やっべ・・・・・・!」
慌てて起き上がり急いで着替える。特に重要な予定があるわけじゃないけど、時間を無駄にしてしまったという焦りは拭えなかった。洗面台で顔を洗い、洗濯機の準備を終わらせスイッチを押す。ちくしょう、やらかしたな・・・・・・。
寝坊の原因は明白だ。昨夜、俺は夕飯の後に図書館から借りてきた本を読み始めた。半年くらい前に発売されたとある歴史小説だ。好きだった作品の続編ということで、俺は時間を忘れて読み耽ってしまった。
結果、作者のあとがきまで読み終わったのは深夜の時半。つまり今回の寝坊は俺の夜更かしが原因である。自業自得にも程があるぞ、全く・・・・・・と、ここで俺のお腹がぐぅと鳴った。朝ご飯を要求しているらしい。
とはいえ、寝坊した身で凝った料理をするわけにもいかない。簡素に済ませよう。パックのご飯を温めつつ、冷蔵庫から取り出したのは生卵。後はお湯を沸かしてインスタントの味噌汁でも用意すればいいか。
温まったパックご飯をお茶碗によそい、お湯を注いだインスタント味噌汁を横に添える。うん、なんというか日本人の朝食って感じがするな。10時近く、既に朝とは言えない時間に俺は手を合わせた。
「いただきます」
ご飯の上に生卵を投入し、麺つゆをかけた後かき混ぜる。生卵を味わえるのは日本の特権だよな。卵と白米がしっかりと混ざってからかき込んだ。うん、美味しい。卵かけご飯は飲み物という言葉もあるけど、個人的にはちゃんと噛んで食べる方が好きだ。白米の甘みも卵かけご飯の醍醐味だと思ってる。
インスタント味噌汁の具は長ねぎだ。インスタントとは思えない程シャキシャキしてて、凄く新鮮さを感じる。正直俺が作った味噌汁よりも美味しい気がするな。
おかずも無い朝ご飯だけど、こういうのも悪くない。そもそも寝坊した俺が原因だし。米粒一つも残さずに平らげて、俺は手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
手早く食器を洗い時間を確認すると、既に10時を過ぎていた。本当は昼までにジョギングに行くつもりだったけど、ちょっと中途半端な時間である。さて、どうしようか。窓から外を眺めつつ考えていると、アパートの前を見知った顔が通った。
「あれ、あの子・・・・・・」
以前に入った中華料理屋、そこで働いていた少女だ。屋根付きのバイクを路肩に止めて、ヘルメットを脱ぎながら近くの家の戸を叩いている。どうやら出前を届けに来たようだ。今の時代に珍しい。なんとなく、そのまま眺め続ける。
少女はバイクの後ろに収納されていた料理、揺れ対策の為かタッパーに入っているそれを家人に渡し料金を貰っているっぽい。にこやかで元気な感じが遠くからでも伝わってきた。というか、この辺りも出前の範囲なのか。結構離れてるはずなんだけど、凄いな。
少女はヘルメットをかぶり直すと、後ろで纏めた髪の毛をなびかせながらバイクで去っていく。なんというか、いいな、うん。街の営みって感じがして。感慨に浸りつつ、以前から考えていることが思考に浮かび上がってきた。
バイトでもなんでも、社会に出て働くか否か。今の俺はニートと変わらず、国からの支援金で暮らしている身だ。正直まともに働くよりも多く貰っているのでお金には困っていないが・・・・・・気分的な居心地の悪さはずっと感じている。
最近は随分とコミュニケーションの辛さも緩和されたし、もしかしたらバイトもこなせるかもしれない。そう思う反面、もしパニックを起こしてしまったらという不安は拭えなかった。バイトは給料が発生する以上、どうしても迷惑をかけてしまう可能性は0にならないのだ。
ならばボランティア等はどうだろうか。ゴミ拾いとかならそこまで人と話さずに済むだろうし、一応社会貢献にはなる。俺にはこっちの方が合っているかもしれない。お金を稼ぐのが目的じゃないしな。
いや、うん。傲慢な考えだとは思うけどさ。生活に困らない以上の支援金を貰ってるからこそ、そういう選択が取れるわけだし。ただそれは俺が奇病に罹ってしまったからで、精神を病んだのも肉体が変わったせいだし・・・・・・。うーむ、よく分からなくなってきた。
とりあえず、いずれ行動には移した方がいいだろう。あの日のすき焼きやカウンセリングのお陰で、俺の世界は少しずつ広がっている。いや、元々あった分を取り戻したとも言えるのか?とにかく、外出や自炊、ジョギングと同じで行動してみれば何かを得られるはずだ。
炬燵に潜り込んだまま決断した俺は、スマホで近所のボランティア活動を調べ始めた。結構種類があるようで、俺が知らなかったものも多い。ただ俺はなんの資格も持っていないので、参加出来るボランティアは限られるな。それに、他者と積極的に交流するタイプも厳しそうだ。こうやって見るとマジでダメ人間だな、俺・・・・・・。
気を取り直し検索を続ける。さっきも思った通り、ゴミ拾い・・・・・・清掃活動のボランティアは俺でも出来そうだ。とはいえすぐに申し込めるほどの度胸は無い。もうしばらく今の暮らしに慣れてからでもいいだろう。ジム通いも始めたばっかりだし。
未来のことを考えながら、俺は昔を思い出した。こうやって先のことを考えるだけでも苦痛だったあの頃と違って、精神的な負荷は殆ど感じていない。やはり多少は改善しているのだ、心身共に。
ゆっくりと着実に進んでいこう。焦っても無理はせず、慎重に。そう思った所で気付く。検索に集中していたせいでもうお昼を回っていた。馬鹿野郎、寝坊の二の舞じゃないか!さっきの思いはどこへやら、俺は焦りと共に炬燵を抜け出すのだった。
卵かけご飯、醤油よりも麺つゆ派です。かつおだしのやつ。