人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

39 / 80
39.ハマグリのバター醤油焼き

寒さもすっかりと和らぎ、過ごしやすい気温になり始めたある日。実家からクール便で届いたのは、結構な量の貝だった。事前に貰っていた連絡によるとハマグリらしい。親戚から貰ったものを砂抜きして送ってくれたようだ。

 

「新鮮な内に食べてくれ、かぁ・・・・・・どうしよっかな」

 

貝類の調理はそこまで慣れてないし、どんな料理にすればいいか分からない。はまぐり・・・・・・やっぱり網に乗せて焼く感じがいいのか?うーん・・・・・・。とりあえず冷蔵庫に詰め込んだ後、俺はいつものようにスマホでレシピを検索した。

 

定番の焼きハマグリにお吸い物、酒蒸しやパスタと和えるボンゴレという料理もある。どれも美味しそうだけど、俺的に作りたいのはこれかな。

 

「バター醤油焼きにするか。材料も足りそうだし」

 

貝類の調理は初めてなのでこれをチョイスした。バターと醤油で炒めたらどんなものでも美味しくなるし、失敗することも無いはずだ。よし、じゃあ善は急げ。早速準備を始めよう。とりあえず、砂抜きも終わっているハマグリを洗おうか。

 

「よいしょっと」

 

ハマグリをボウルに移し、貝の殻を互いに擦り合わせるように水洗いし汚れを落とす。殻ごと焼くから入念にやっとかないと。その後は水を切りつつ放置し、フライパンをコンロに置いた。みじん切りにしたニンニクを用意した後、火を付けて熱していく。

 

十分に熱くなったらバターを投入。本当は有塩バターがいいらしいけど無塩バターしか無かったので、塩も少し振りかけておいた。そこにみじん切りのニンニクも入れて中火くらいで火を通す。いい感じに匂いが漂ってきたらハマグリの出番だ。

 

フライパンの中で重ならない様にハマグリを並べ、料理酒を大さじ二杯程回しかける。後は蓋をして中火で蒸し焼き。ハマグリの殻が開いたら熱が通ったってことらしい。じゅわじゅわという音と食欲をそそるバター、海鮮の匂いを感じながらじっくりと待った。

 

「そろそろ、かな」

 

頃合いを見て蓋を取ると、見事に全てのハマグリがぱっかりと開いていた。さっきまで感じていた匂いがより強く、より濃く感じられ思わず涎を飲み込む。ここに醤油をたっぷりかけて、ハマグリと絡むように炒め合わせた。最後にお皿に盛りつけ、青ネギを散らして完成だ。

 

あつあつのお皿を炬燵に運び、同時に温めていたパックご飯をお椀によそう。これは絶対に美味いという確信を持ちながら手を合わせた。

 

「いただきます」

 

早速箸でハマグリの中身をつまみ、貝殻から引き剥がす。バターと醤油、そしてハマグリ自体から出た出汁が混ざったソースをしっかりと纏わせて口に運んだ。噛んだ瞬間、溢れるのは暴力的なまでの旨み。まるで旨みの爆弾だ。

 

「うっま・・・・・・!」

 

口内にぶわりと広がったそれは、バター醤油という濃厚な味に全然引けを取っていない。むしろバター醤油の方が引き立て役のように感じる。青ネギの食感と風味も噛み合っているな。

 

ハマグリの身をご飯に乗せてかき込む。うーん、美味しい。ご飯との相性は抜群だ。こんなに美味しいのはやっぱり鮮度がいいからだろうか。砂抜きしてすぐにクール便で送ってくれたらしいし。高級な牛肉の時も思ったけど、実家の家族はだいぶ俺を気遣ってくれているらしい。頭が上がらないな、本当に。

 

「ふぅ」

 

ハマグリの身を粗方食べ尽くしても俺の食欲は収まらない。パックご飯の残りを再度お椀によそい、お皿に残っているバター醤油と出汁のソースをかけてしまった。行儀が悪いが仕方ない。軽く混ぜてソースを馴染ませた後、一気にかき込む。当然滅茶苦茶美味しい。

 

「ごちそうさまでした。・・・・・・ちょっと、食い過ぎたな」

 

気付けばお椀三杯分のご飯を平らげてしまった。お皿の上からはハマグリもソースも綺麗に無くなり、殻だけが乗っている。予想以上に箸が進んでしまいお腹が苦しいのは、完全に自業自得だ。

 

のっそりと炬燵から抜け出して、洗い物を始める俺。いや、久々に胃袋の限界を迎えそうになってしまった。自制心が足りてないのはメンタルの問題とは関係無いと思うけど・・・・・・。まぁ、以前よりも多く食べられるようになったのは前進である。そういうことにしつつ、俺は家族の顔を思い浮かべた。

 

実家を飛び出してアパート暮らしを始めてからかなりの月日が経っている。精神的にも多少は安定してきたし、そろそろ帰省してもいいかもな。でも、少し怖いのは甘え過ぎてしまいそうなことだ。家族はこんな体になった俺にも優しく接してくれていたが、もしかしたらそれが毒になるかもしれない。

 

今の俺は気遣ってくる家族の思いを受け止めることは出来るだろう。だけど、そんな境遇に甘えて色々な問題を先送りしてしまうかもしれないという不安があった。今の俺が前を向けているのは、良くも悪くも一人暮らしという環境が大きい。だから、実家に帰るのが怖いのだ。

 

「・・・・・・」

 

洗い物を終わらせて炬燵に戻る。既に気温はそこまで寒くないので電源は切ってあった。さて、俺はどうするべきだろう。ボランティアへの参加も未だに躊躇っている以上、実家に帰るのはやめておいた方がいいかもしれない。一応連絡は定期的に取っているしな、うん。

 

満腹による幸福感と前途多難な人生に対する懸念。混ざり合う感情の中、俺は諸々を棚上げにした。今までもずうっと考えてきたのだ、急いだって仕方ない。いや、これも先送りか?まぁいいや。

 

ゆるゆると、全身が睡魔に蝕まれていく。俺はそれに逆らわずに目を閉じた。多分、悪夢は見ないだろうなと思いながら。




貝は濃厚な旨味がいいんですよ。その分毒が濃縮されていることもあるんですが。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。