人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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4.梅しそぶっかけそうめん

俺が現在住んでいるのは築40年を超える安アパートだ。老朽化が進んでいる為まともな人間が部屋を借りることは少なく、アパートの周囲もどこか閑散としている。六部屋ある内の半分は空き部屋であり、大家さんと俺、そしてもう一人しか住んでいなかった。

 

だから、ご近所付き合いとかも殆どしていない。家賃を払う時に大家さんと言葉を交わすくらいか。70歳近い大家さんは、歳を感じさせないがっしりした体つきの寡黙な人だ。俺が訳アリだと気付いているはずなのに、何も聞こうとはしてこない。ありがたい話である。

 

もう一人の居住者は、俺も詳しくは知らない。夜仕事をしているらしい女性で、アパートの廊下で何度かすれ違った程度だ。会釈こそするものの言葉を交わしたことは無い。

 

このアパートに住むのを決めたのは、単純に安かったから。それと、実家から遠かったからだ。やけっぱちになっていた時期だったので、老朽化や立地の不便さも気にしていなかった。その結果が今の惨状である。

 

「うー・・・・・・」

 

シャワーの水が出なくなった。大家さんに連絡した所、水回りの業者は明日じゃないと来れないとのこと。そろそろ涼しくなってくる季節の筈だが、未だ残暑厳しい中でシャワーを浴びれないのはしんどい。幸い台所の水道は使えるのでタオルを濡らし全身を拭いているが、全然さっぱりしなかった。

 

浴槽は無いので、台所の水を移して水風呂とすることも出来ない。一応徒歩30分くらいの所に銭湯はあるが、流石に女風呂に入る勇気は無かった。俺が良くても周りの人達に失礼だ。俺はまだ、自分が女だと受け入れられてないんだから。・・・・・・あと、普通に刺激が強くて目を開けていられなさそうだから、という理由もある。

 

仕方無い。汗ばんだ服を脱いで裸になった俺は、大きめの鍋に水をなみなみと注いだ。いや、これ順序が逆だったな。脱ぐ前に注げばよかった。まぁいい。鍋を持って浴室に行き、鍋の水を頭から被る。冷水が全身に打ち付けられ、鳥肌が立つのを感じた。

 

「うひぃっ」

 

思わず漏れた変な声に口を押さえると、空になった鍋が落下し凄い音を立てる。あ、足の指とかに当たらなくて良かった・・・・・・。とりあえずさっぱりしたので、体を洗うのは夜でいいか。最悪、一日くらい洗わなくても死ぬわけでもないし。

 

「あ、っと」

 

浴室を出ようとした俺だったが、ふと鏡に映る裸体が目に留まった。すらりとした体形に、確かにある胸の膨らみ。熱さが顔に戻ってくるのを感じながら目を逸らす。こうして直接見てしまうとどうしても駄目だ。実際、シャワーやトイレの時は基本的に目を閉じている。

 

さっき裸になった時は、暑さと汗で参ってたから意識していなかった。意識さえ向けなければ違和感を覚えない程度には、俺の心は体に馴染んでいるんだろう。なんか複雑な気分だ。悪いことではないはずなんだけど。と、

 

ピンポーン

 

「すみませーん、阿川急便でーす」

 

玄関のチャイムが鳴る。どうやら何かが届いたようだ。不味い、今の俺は素っ裸だ。急いで全身を拭きつつ汗ばんだ服を着る。

 

「す、すみません少し待ってください!」

 

息を切らしながら玄関に向かう俺。急いでドアを開けると、運送会社の制服を着た男の人が立っていた。俺がいつも利用している会社とは違うけど、一体何が届いたんだろう?

 

「こちらに判子かサインをお願いします」

 

「は、はい。今判子取ってくるんでちょっと待っててください」

 

届いた荷物は実家からの差し入れだった。そういえば昨日、スマホに母さんからのメッセージが届いてたような。色々と差し入れを送る、とか。家族はこんな俺のことを気にかけてくれていて、定期的に色々と差し入れしてくれる。申し訳ないな、本当に。

 

「お待たせしました!えっと、ここに押せばいいですかね?」

 

「え、えぇ。お願いします」

 

持ってきた判子を押すと、配達員は何故か頬を赤らめつつ一礼し去っていった。外が暑いからだろうか?いや、それにしては・・・・・・そこまで考えて、俺は今の服装に気付く。急いで着たせいでかなり着崩れていて、角度によっては下着が見えそうになっていた。つまり、配達員の頬が赤かった理由は・・・・・・。

 

「・・・・・・むぅ」

 

見られたことは別にどうでもいい。ただ、女性として見られたという事実がやっぱり引っかかってしまう。女になった自分を受け入れようとあれこれ考えているけど、やっぱり先は長そうだ。

 

ドアを閉めてきちんと服装を直した後、届いた荷物を確認する。段ボールはクール便で送られてきたからか、ひんやりとしていて結構重い。早速開けて中を見てみると、色んな種類の野菜が入っていた。実家は普通の仕事と兼業で農家をしているので、採れたものを送ってくれたのだろう。

 

「うわ、こんなに沢山。食べ切れないって」

 

かなりの量に思わず呟くが、正直嬉しくもある。こんな自分のことを、今でも我が子だと思ってくれているのだ。女になってから退院し、実家暮らししていた頃は何もかもに絶望していた。だからこそ家族の気遣いにうんざりして発作的に引っ越してしまったのだ。姿形が変わっても、俺の中身はガキのままなんだよな。

 

「っと」

 

自虐するよりも先に痛みそうな野菜を冷蔵庫に移さないと。幸い、前回買い出しにいってからそこそこ経っているので冷蔵庫の中は空きが多い。そもそも、いつもは出来合いの食品ばかり食べてるから野菜室は殆ど空っぽだ。

 

「よい、しょっと」

 

段ボールをなんとか持ち上げて冷蔵庫近くまで持っていく。全部入りそうだけど、どうやって消費しようか。俺の自炊能力はたかが知れてるし・・・・・・。まぁ、冷蔵庫に入れておけばある程度は日持ちする。きっとなんとかなるだろう。と、

 

「あれ、これって」

 

段ボールの奥の方にあったのは小さな壺だ。紐を解いて中を覗いてみると、いくつもの果実がみっしりと漬けられている。懐かしい匂いに俺は思い出した。これは、祖母がいつも漬けてくれる梅干しだ。

 

甘さが全然無い、凄くすっぱくて凄くしょっぱい梅干し。俺は子供の頃からこの梅干しが大好きで、たった一粒でお茶碗大盛のご飯を平らげられる程だった。

 

「婆ちゃん、漬けてくれたんだ」

 

皴だらけの顔が脳内に浮かび、思わず笑みが零れる。俺がこんな体になった当初、祖母は信じてくれなかった。当然だ。俺が同じ立場でも信じることが出来なかっただろう。しかし、他の家族や医師からの説明、俺自身の立ち振る舞いが変わっていなかったのもあり、最終的には信じてくれたのである。

 

「かわいそうにねぇ」。それが、俺が家を出るまでの祖母の口癖になった。憐憫と家族愛が混じった口調で言われるのが耐えられなかったのもあるんだろう。だけど、一度だけでも実家に帰るべきかもしれない。その覚悟が出来たら、だけど。

 

とりあえず。今日の昼飯は梅干しにしよう。ただ、確か白米は切らしてるはず。どうしようかと考えた所で、送られてきた野菜にアレがあったことに気付いた。しその葉っぱだ。相も変わらず蒸し暑いし、梅干しとしそを薬味にそうめんでも食べよう。

 

そうと決まれば、さっき使った鍋に再び水を張り沸かしていく。しそは包丁で刻み、梅干しも種を取り除いて果肉をほぐした。確か、麺つゆは残ってたはず・・・・・・うん、かつお出汁の麺つゆがある。そうだ、薬味の梅干しとしそも全部食べたいしぶっかけにしよう。漬け汁に薬味が残るの嫌いなんだよな。

 

ぶっかけだし梅干しの塩分もあるし、麺つゆを水でかなり薄める。舐めて味見をすると丁度いい濃さだ。目分量でも案外なんとかなるのか、それとも運が良かったのか。と、お湯が沸いたのでそうめんを投入。ゆで時間は1分半くらいでいいだろう。

 

先にザルを用意し、ゆで上がったそうめんを箸でつまんで移していく。鍋を持ち上げればいいんだけど、さっきみたいに落としたら大惨事だ。蛇口の水にさらしつつ全部移し終わり、切れないくらいの力で軽く揉み洗いをする。こうするとぬめりが取れて喉越しが良くなると、例のカップつけ麺の副部長に教わったのだ。

 

後は深めの皿に盛りつけ、刻んだしそと梅干し、薄めた麵つゆをかけて完成だ。見た感じ少なそうだけど、今の俺には丁度いい量だろう。

 

「いただきます」

 

手を合わせてから箸を取る。口まで持ってきたそうめんを勢いよく啜ると、梅干しとしその風味が一気に広がった。麺つゆを薄めにしていたのもあって、風味をより強く感じることが出来ている。正解だったな、うん。

 

「ずずっ、ずぞっ」

 

音を立てながらどんどん啜っていく俺。下品かもしれないけど、まぁ一人だし別にいいか。麺類は音を出して啜るのが礼儀だとどこかで聞いたことがあるし。いや、蕎麦の場合だけだっけ?適当なことを考えつつも箸は止まらない。これ、初めて試してみたけど最高の組み合わせなんじゃないか?残暑が去るまでこれを食べ続けても飽きなさそうだ。

 

「んぐ・・・・・・ふぅ。ごちそうさまでした」

 

量を抑えていたのもあってあっという間に完食してしまう。もうちょっと茹でるか・・・・・・?いや、やめておこう。ネパールカレーの時の二の舞にはなりたくない。それに、梅干しもしそもまだまだある。楽しみは明日以降にとっておこう。

 

「ふぅぅー・・・・・・」

 

長い息を吐く。ヤバい、なんだか眠くなってきた。洗い物して薬飲まなきゃいけないのに。・・・・・・一回くらいはいいか、うん。腹が満たされた幸福感と共に、俺はうとうとと微睡み始める。女になった自分を受け入れられるのか。家族とどう接していくのか。この先どう生きていくのか。問題は山積みだけど、今くらいは惰眠を貪ってもいいだろう。

 

寝っ転がり、天井をぼぅっと眺めた後目を閉じた。眠りはいい。現実から遠く離れて、あらゆる苦痛を忘れさせてくれる。俺の現状も何もかも、今だけは考えるのを止めよう。睡魔に従って、俺は眠りへと落ちる。そのまま甘い夢の世界へと旅立つのだった。




4話目にして二度目の麺類、二度目の寝落ち。梅干しは塩だけで漬けた奴が好きです。
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