人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
「お、お邪魔しまーす・・・・・・」
「うん、入って入って!」
翌日の午後2時。お姉さんの部屋に招かれた俺は、室内の様子を見て少し驚いていた。散らかっていることには変わりないが片付けようとした痕跡がある。お姉さんなりに頑張ったんだろう。まぁ、普通に散らかってるんだけど。
「それで、何を作るの?」
「あ、はい。大量にキウイを使えて保存も利くってことで、ジャムを作ろうかと思ってます」
「へー、ジャム!いいねー、私甘いの好きだし!」
「はいはい、そうですか」
無駄に距離を詰めてこようとするお姉さんをいなしつつ、俺はジャムのレシピを頭の中で反芻した。大丈夫、そんなに複雑な工程ではない。ちゃんと読み込んでイメージトレーニングもしたし、大丈夫なはずだ。
「えっと、確認なんですけど。大きめの鍋とかありますか?無いなら俺の部屋から持ってきますけど」
「あるよー。まぁ、普段は全然使ってないけどね」
そう答えながら、お姉さんは台所の棚から大きな鍋を取り出した。想像よりも二回り程デカい。これなら大丈夫そうだな。
「おっけー、ありがとうございます。それじゃあまずは・・・・・・」
洗い物などが残ってない台所に大量のキウイを置く。まずやるべきことは皮むきだ。が、慣れない包丁捌きでこれだけのキウイの皮を剥こうとしてもどこかでミスしてしまうかもしれない。なので簡単なやり方を調べてきた。
「俺がキウイの両端を切り落とすので、お姉さんは中身をスプーンでくりぬいてください。こんな感じで」
へたの周囲に切り込みを入れて、ねじるように千切る。こうすると固い芯の部分も同時に取れるらしい。もう片側は普通に切って、残ったキウイを半分にした。太い輪切り状のそれにスプーンを差し込む。皮と果肉の間に沿ってスプーンを這わせながら、輪切りのキウイをくるっと一周回せば・・・・・・よし、上手くいった。
「おー、すごーい!」
「ね、ネットで調べただけなんで。とりあえず、手分けして先に皮を全部剥いちゃいましょう」
「りょうかーい!これくらいなら私にも出来そう!」
お姉さんは言葉通り、器用な手つきでキウイの果肉をくり抜いている。これなら問題無さそうだ。なんというか、イメージよりも手際がいいな。そんな失礼な考えが浮かんでしまう中、俺はひたすらに皮を剥き続けた。
「これで、終わり!いやぁ、結構手が疲れるねぇ」
「お疲れ様です。えっと、次は・・・・・・」
想定よりも早めに剥き終わり、次はキウイを一口大に切る工程だ。多少形や大きさがばらけてもいいので、ザクザクと切り進めていく。ある程度切ったキウイが溜まったら大鍋に移し、また切って・・・・・・そもそもの量が多いので、お姉さんじゃないけど手が疲れてきたな。
「ほんと、ありがとね。疲れちゃうでしょ?」
手を握ったり開いたりを繰り返して筋肉をほぐしていると、お姉さんが不意に呟いた。いつもみたいな元気な感じじゃなくて、ちょっと物憂げな様子に少し動揺する。彼女の言葉に、何か裏を感じてしまった。なんというか、よく分からないけど。
「え、っと・・・・・・別に、大丈夫です。ただ、他人の台所に立つ経験とかしてこなかったんで。まぁ、はい」
歯切れの悪い俺の返答に、お姉さんはすっと目を細めた後いつも通りの笑顔を浮かべた。何を考えているか分からない。だけど、不思議と緊張や恐怖は湧き上がってこなかった。きっと、悪意ではないだろうから。
「そっか。よーし、もうちょっとで切り終わるね!ラストスパート!」
「あの、怪我だけはしないでくださいね、本当に」
テンションを上げて誤魔化すお姉さんを嗜めつつ、俺は残り僅かになったキウイを切っていく。果肉のつぶつぶ感が、少しだけ気持ち悪かった。
馬鹿みたいな量のキウイを入れた大鍋に、同じく馬鹿みたいな量の砂糖を満遍なくかける。そして市販のレモン果汁を多めに入れて、40分くらい放置することにした。こうすることでキウイから水分が抜け、砂糖が全体に溶けるらしい。
「いやー、凄いね。まさかこんなに砂糖使うなんて。普段からジャム食べるのが怖くなっちゃうよ」
「まぁ、味だけじゃなくて保存の問題もあるっぽいんで」
テーブルで向かい合いながら時間が過ぎるのを待つ俺達。お姉さんは色々と俺に話しかけてくるけど、そこまでどもらずに対応出来ていた。大家さんやマスターは物静かな人なので、この手のタイプとの会話にはあまり慣れていない。それでも会話が成り立っているのはカウンセラーさんのお陰だろう。
「そういえば、駅前に新しくカフェが出来たんだけど。そこの米粉パンがすっごく美味しくてさ!今度食べに行こうよ!」
「いや、その・・・・・・遠慮しときます。ごめんなさい」
しかし、その提案には頷けなかった。いくらお姉さんが相手でも、流石に他人と外出は無理だ。挙動不審になったり極度に緊張したりパニックを起こしたり、無様な姿を見られるのは耐えられない。
「そっかー。パンが苦手ってわけじゃないんだよね。だったら私が買ってくるよ、うん。それとも、食べたくない?」
「それは、まぁ。大丈夫ですけど。あの・・・・・・」
押しの強さに辟易しつつも、先日も浮かんだ疑問が口から出そうになる。どうしてこの人は俺に構うんだろう。俺達はただの隣人という関係だ。ここまで積極的に絡んでくる理由が分からない。だけど、実際に口走ることは無かった。そこまで踏み込む勇気は今の俺では出てこない。
「っと、そろそろ時間だね。えっと、次は火にかけて煮詰めるんだっけ?」
「あ、はい」
気付けば時間は過ぎていて、鍋をコンロで煮詰める時間になっていた。もしかしたらお姉さんはこっちの様子を見て、話題を変えてくれたのかもしれないけど。・・・・・・コミュケーション、難しいな。
「そ、それじゃあ。まずは中火で、煮立ち始めたら弱火で煮詰めていきましょう。灰汁も出るらしいんで取り除かないと」
「へー、果物も灰汁って出るんだ。料理しないから知らなかった」
俺もレシピを見つけるまでは知らなかった。とにかく、コンロの火を付けて煮詰めていく。キウイから水分が出ているので底の方が焦げ付くことも無いだろう。確かに浮いてきた灰汁を取りながら、果肉が崩れないようゆっくりとゴムベラで混ぜていった。
「あーいい匂い・・・・・・」
お姉さんが鼻をクンクンさせながら呟く。立ち上る匂いは甘酸っぱく、キウイの果実感に溢れていた。灰汁が出切ったら火を弱火にして2、30分くらい煮続ける。水分を飛ばしてとろみを付ける為だ。
「うーん、これくらいかな・・・・・・ちょっと味見してみるか」
ゴムベラに付いたジャムを少しだけ手の甲に落とし、舐め取って味を確かめる。うん、いい感じだ。甘みが比較的均等で、果肉の食感も残っている。パンに塗るだけじゃなくてヨーグルトとかにもかけたい味だ。
「どう?美味しい?」
「結構、いい感じの出来だと思います。お姉さんもどうぞ」
お姉さんの手の甲にもジャムを落とすと、彼女はそれを舌で舐め取って口に含んだ。艶めかしさを感じてしまい目を逸らすけど、お姉さんは俺の反応に気付いていないらしい。
「ほんとだ、美味しい!甘くてつぶつぶ感もあって、お店で売れるレベルだよこれ!君、やっぱり料理上手いじゃん!」
「いや、別に複雑な調理ってわけでもないですし・・・・・・」
ペシペシと背中を叩かれ、俺はお姉さんから数歩距離を取った。とはいえ褒められて悪い気はしない。暗記したレシピ頼りとはいえ、普段と勝手が違う状況でもちゃんとジャムは作れたのだ。失敗しなくて本当に良かった。実の所、結構不安だったのである。
「と、とにかく。このまま熱を冷ましたら瓶詰めにして、冷蔵庫で保管しておけば大丈夫だと思います。結構煮詰めてかさも減ってるし、生のままよりは狭いスペースにも入れられるようになってると思うんで」
「分かった!本当にありがとうね、瓶に詰めたら半分は君の部屋に持ってくから!」
「いや、俺は別に・・・・・・とりあえず、ジャムはありがとうございます」
心から嬉しそうな笑顔を向けられ、思わず視線を逸らしてしまう。裏も表も無いようなてらいの無い笑みだ。なんというか、眩しい。結局逃げるように退散し、自分の部屋へと戻ってきてしまった。
「はぁ・・・・・・」
ふと、今の俺はどんな顔をしているのか気になって洗面台の前に立つ。そこに映るのは疲れた様子の女の子。だけど、どこか満足そうな雰囲気も漂わせている。口の端に両手の人差し指を当てて吊り上げてみると、不格好な笑顔が鏡に映った。
「・・・・・・はは、ばっからしい」
不格好な笑顔は苦笑に変わり、俺は洗面台から離れる。いつかまた、心からの笑顔を他人に向けられるようになるだろうか。きっとそうなるはずだ。根拠は無いけど前向きに考えよう。お姉さんの笑顔を思い浮かべながら、俺は一人静かに頷いた。
ジャムは元々保存食、砂糖は最強の防腐剤なのです。