人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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42.たけのこたっぷり炊き込みご飯

「今年もご苦労様、っと」

 

過ごしやすい気温になった春先。炬燵を押し入れに片付け、俺は両手を上に伸ばして肩の筋肉をほぐした。こういうのはちゃんと片付けないとダラダラ使い続けちゃうからな。流石にこれから寒くなるってことも無いだろうし。

 

しかし、本当にいい天気だ。今朝のニュースサイトで見たけど、各地の桜も盛大に咲いているらしい。春特有の穏やかな陽気に包まれ、俺の気分もどこか浮ついていた。

 

「よし、買い物がてら散歩にでも行くか」

 

一人呟き、財布と買い物カゴを準備する。外に出ると暖かな日差しが出迎えてくれた。やっぱり人間は太陽光浴びないとな、うん。引きこもっていた頃が遠い昔の様だ。そのまま、いつもの道をのんびりと歩いていく。

 

平日の昼下がりということもあり、アパート周辺の人通りはそんなに多くない。今の俺なら緊張もせずに進んでいける程度だ。極度な人混み以外を除いて、結構耐性が付いてきたのかもしれない。成長というか、正常に戻っている実感があるな。

 

「ふぁ・・・・・・」

 

リラックスし過ぎたか、俺の口から欠伸が漏れる。歩き慣れた道だけど、ここまで気が緩んでるのは陽気のせいだろう。ぽかぽかしていて気持ちがいい。去年はこの時期に外へ出ていなかったからこそ、かなり新鮮に感じていた。

 

ゆったりと歩いている内にスーパーへと到着する。中に入るとそれなりの人混みが出迎えてくれた。まぁ、これくらいなら全然大丈夫だ。いつもの買い物で慣れてるし、視線を集めた経験も無い。よっぽど変な振る舞いでもしない限り、他の買い物客なんて気にしないのが人間なのだ。

 

さてと。そろそろ液状味噌とシャンプーが切れそうだから買っておかないと。そういえば、カウンセラーさんに髪の毛の手入れについて聞いていたんだっけ。今はシャンプーとリンスしか使ってないけど、出来ればトリートメントも使うと髪へのダメージが抑えられるらしい。

 

『まぁ、それくらいのショートヘアを維持するならそんなに気にしなくてもいいよ。俺も最初の頃はボサボサでも気にしなかったし。今はこういう仕事をしてるから、身だしなみには気を付けてるけどね』

 

カウンセラーさんの言葉を思い出しながら、俺は棚に並んでいる色々なトリートメントを眺める。シャンプーはいつも使ってる奴をカゴに入れたけど、こういうのは全然分からないな・・・・・・。まぁ、すぐじゃなくてもいいか。幸い、人目を引く程ヤバい髪ってわけでも無いようだし。

 

その後、生鮮食品をいくつかカゴに入れつつそろそろレジに向かおうとした所で、俺はとあるものに目を引かれた。ずらりと並んだ透明なパックの中に、ぎっしりと何かが詰まっている。ポップには『今が旬!たけのこたっぷり炊き込みご飯!』と書かれていた。

 

「へぇ・・・・・・」

 

美味しそうだ。部屋には炊飯器が無いので、こういう系の料理は作れないんだよな。興味を惹かれて1パック手に取ると、ずっしりとした重みが伝わってくる。薄茶に色づいたお米に混じり、たけのこや薄切りされたしいたけに油揚げが見えた。ポップ通り、具材がたっぷり入っているようだ。

 

溢れてきた唾を飲み込みつつ、俺は炊き込みご飯のパックをカゴに入れた。たまには自炊をサボっても問題は無いだろう。それに、こういう普段食べないものを食べて季節を感じるのも大事だし。心の中で言い訳をしながら、レジで支払いを済ませ外に出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻って手洗いうがいを済ませた俺は、買ってきたものを冷蔵庫や棚、押し入れなどに分別し始めた。例の炊き込みご飯は夕飯に食べるつもりなので、冷蔵庫に入れるのはやめておこう。いくら気温が上がったとはいえそんなにすぐ悪くなることも無いはずだ。

 

明日はジムに行く日なのでその用意もしつつ、夕飯を作る必要が無くなったのでのんびりと時間を過ごす。スマホでスポーツニュース用のアプリを開くと、プロ野球の開幕戦に関しての記事が沢山上がっていた。そこにはかつての相棒の名前も表示されている。

 

「凄かったよなぁ、あいつ・・・・・・」

 

先日、配信サイトで生中継されていた試合のマウンドにあいつは立っていた。一年の流れを決める大事な開幕戦。1アウト2、3塁のピンチに投入されたあいつは、安定した制球力と鋭い速球、山なりに落ちるスローカーブで打者を翻弄。見事2アウトをもぎ取り中継ぎの役目を果たしたのである。

 

しばらく野球から離れている俺の目から見ても、あいつの投球は素晴らしかった。プレッシャーがかかる大事な局面できっちりと仕事をして、火消し役としての評価はかなり上がったように思える。そして、俺はそのことを素直に喜ぶことが出来ていた。むしろこの先の活躍が楽しみまである。

 

これからも登板の回数は増えていくだろう。こりゃ、毎試合見逃せないな。試合のハイライト動画を眺めながら、俺は一人頷いた。野球は見るのもやるのも好きだ。色々あった今でも、その気持ちに変わりは無い。

 

「・・・・・・ボールやグローブ、買おうかな」

 

部活時代に愛用していた諸々の野球用品は、引っ越した際実家に置き去りにしまっていた。わざわざ家族に送ってもらったとしても、女になった俺の肉体には合わないだろう。そして何より買った所で使う機会が無い。精々、アパートの塀を利用して壁当てキャッチが出来るくらいか。・・・・・・いや、別にありじゃないか、それ?

 

確か、いつも行っている床屋の近くに大きめのスポーツ用品店があったはず。時間がある時に訪れてみてもいいかもしれない。そう考えるだけで少しワクワクしてくるのを自覚し、俺は再びスマホに映し出されている相棒の投球を見つめた。きっとこいつも野球が好きな気持ちは変わっていないはず。だって、こんなに表情が生き生きしてるんだもんな。

 

おっと。動画に集中したり物思いに耽ったりしてたらもうこんな時間だ。そろそろ夕飯にしよう。食べるのは勿論、さっき買ってきた炊き込みご飯だ。レンジでチンして温め直し、箸と一緒にちゃぶ台まで運ぶ。パックを開けると食欲をそそるいい匂いが広がり、俺は唾を飲み込みつつ手を合わせた。

 

「いただきます」

 

色の染みたご飯とたけのこを箸ですくい、まとめて口に入れて咀嚼する。お米のもちもちとした食感とたけのこのざくざくこりこりした食感、そして噛めば噛む程贅沢な味わいが口の中に充満する。味付けは何でしているんだろうか?醤油がベースな気がするけど、細かい所までは分からなかった。

 

たけのこだけじゃない、しいたけや油揚げもベストマッチだ。それぞれの味が染み出して、それぞれが味を吸っている。一番はやっぱり白米か。炊き込みご飯はがっつり味や旨みを吸った白米が一番美味しいと相場が決まっているのだ。

 

喉に詰まらないようしっかりと咀嚼してから嚥下する。いや、本当に美味しい。普段は食べない系統の料理だからこそ、新鮮に楽しめていた。それと同時にレシピが気になる自分もいる。・・・・・・野球用品よりも炊飯器を買った方がいいか?いや、でもなぁ・・・・・・。

 

「んぐ、もぐ」

 

考えながらも箸は止まらず、パックの中の炊き込みご飯はどんどん減っていく。米の量だけでも普段の2倍近い上、たっぷりの具材が入ったそれを俺は完食してしまった。はまぐりの時もそうだったけど、最近食欲が暴走気味だ。美味しいんだから仕方ないけど。まぁ、うん。ちゃんと運動もしてるし大丈夫だろう、きっと。

 

「ごちそうさまでした」

 

しっかりと手を合わせた後、パックをゴミ箱に放り込む。洗うものは箸だけなので楽ちんだ。冷蔵庫から麦茶を取り出して飲みつつ、俺はやや苦しいお腹をさする。明日のジムでしっかり追い込んでカロリーを消費しようと誓いながら。




炊き込みご飯バンザイ。炊飯器に匂いが付きがちなこと以外は最高な調理方法です。
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