人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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43.とんかつ定食

人が密集したバスの中。座席を確保出来なかった俺は、他人に囲まれ身を固くしながら呼吸を整えていた。随分と良くなったとはいえ、心の傷はまだ完治していない。服が触れ合う程の距離に男性がいるのはどうしてもストレスになってしまう。

 

つり革を掴みつつ、足に力を入れて踏ん張った。大丈夫、なんの問題も無い。周囲にいるのはただの乗客だ。俺に危害は加えてこない、はず。自分に言い聞かせながら、今日の目的を思い出した。

 

スポーツ用品店でバットやグローブ、ボールを購入する。散髪でも無いのにバスに乗っているのはこれが理由だ。本当は徒歩で行っても良かったんだけど、先日のジムで追い込み過ぎたせいで筋肉痛が治っていない。だからバスを利用しているのだが・・・・・・。

 

「・・・・・・ふうぅ・・・・・・」

 

今日は何故か滅茶苦茶混んでいて、こんな有様になっていた。バス停についてから最初に来たバスは満員、二本目もかなりの人数で乗るのを諦めたんだけど、三本目も同じ様子だったのでキリが無いと思い仕方なく乗り込んだのだ。

 

その結果がこれだ。多少の筋肉痛は無視して徒歩で行くべきだったか。でも、体力も回復し切ってない気がするし・・・・・・。乱れそうになる息を意識して抑えつつ、俺は目標のバス停に到着するまでひたすら耐え続けた。

 

 

 

 

 

 

「あー、しんどかった・・・・・・」

 

自販機で買ったペットボトルのお茶を飲みながら、俺はゆっくりと歩を進める。以前のようにしばらく休まないと動けないような消耗ではないけれど、心身がぐっと疲れたのは事実だ。幸い、痴漢とかには遭っていないが・・・・・・まだまだ先は長そうだな。

 

とにかく、気持ちを切り替えよう。バス停からそんなに離れていない場所にあるスポーツ用品店は、スマホで調べた所結構な品揃えがありそうだった。せっかくならこういう場所で買いたいと思い、しんどい目に逢ってまでここまできたのである。

 

さて、地図アプリによるとこっちの路地から二つ先の路地の方にあるらしい。人混みの中を進んでいくと、バスの車内程ではないにしろ緊張が走ってしまう。しかし、全然耐えられるレベルだ。足取りが乱れることも無い。そのまま、特に問題も無くスポーツ用品店を見つけることが出来た。

 

「おー、いい感じだ」

 

お洒落かつ清涼感を感じる店構え。繁盛しているらしく、店内にはそれなりの人の姿が見える。どうやら三階まであるようだ。中々いい雰囲気だな。早速中へと入り、まずはどこに何があるのか書かれていそうな場所を探した。流石にしらみつぶしに歩き回るのは避けたい。

 

と、店内の見えやすい場所に案内板があるのを発見した。それによると野球用品は二階にあるらしい。で、階段はあっちか。賑わってる人混みをするすると避けながら、俺は目的の場所へと向かった。

 

「うおー・・・・・・」

 

野球用品のコーナーに到着すると、まず驚いたのはコーナー自体の広さだ。他のスポーツと比べて明らかにスペースを取っている。グローブやバットがズラリと並び、ヘルメットやプロテクター、ユニフォーム系も充実しているようだ。

 

ウキウキしつつ、まずはグローブを見ていく。今の俺の手はかなり小さいが、それでもサイズに合ったグローブを見つけられた。試着というか試しに手にはめてみてもいいみたいで、着け心地を確かめつつ選んでいく。

 

中々フィットするグローブを見つけたので次はバットだ。出来れば軽めのやつが嬉しいんだけど・・・・・・。様々な種類があって中々悩んでしまう。部活時代は主に金属バットで練習していて、木製のバットはあまり使った記憶は無かった。

 

プロ野球では金属バットは使用禁止である。長打が出過ぎるというのが理由らしく、高校野球からプロ入りした際に金属と木製のバットの違いに苦しむ選手もいるようだ。まぁ、俺には関係の無い話。実際に振ってみて合うと思った方を買えばいい。

 

試し振りの為のスペースに移動し、適当に持ってきたバットを振ってみる。金属バットよりも木製バットの方が重い感じがするな。なんか意外だ。高校時代は気にもしてなかったけど、非力になった今だからこそ違いが明確に分かるようだ。

 

色々試した結果、購入したのはグローブ一つに木製バット一本、後は野球ボールを三つ。複数必要とは思えないけど、まぁ念の為だ。バットを木製にしたのは、これくらいの重さなら筋肉を傷めずに振れると思ったのと・・・・・・後は、プロ野球に対する憧憬もある。

 

「ふぅ」

 

支払いを済ませ店の外に出た。グローブやボールはともかく、バットはかなり嵩張る。配達もやっているようなので、多少の料金はかかるけど頼んでしまった。流石にバットを抱えながらバスに乗るわけにもいかないからな。必要な出費のはずだ。

 

さて、このまま帰ってもいいけど・・・・・・テンションが上がってたからか結構お腹が空いている。せっかくだしこの近くで食べていこうか。そう思いざっと周囲を見回すと、丁度良く定食屋が目に入った。暖簾がかかっていてちょっと古風な雰囲気だ。

 

丁度いい。こういう風に店にふらっと入るのも外食の醍醐味だろう。早速暖簾をくぐり入店してみると、料理のいい匂いが漂ってきた。席は半数以上が埋まっているようで、年配の店員さんに案内されカウンター席へと座る。少しは緊張するけどキツい程じゃないな。

 

メニュー表を手に取り確認する。蕎麦や生姜焼き定食、天丼など色んな料理が並んでいた。どっちかっていうと和風寄りみたいだ。どれも美味しそうだけど、ここは・・・・・・。

 

「すみません、とんかつ定食をお願いします」

 

炊き込みご飯もそうだったけど、どうせなら自炊出来ていない料理を食べたくなる。天丼も気になったが今日はなんとなくとんかつの気分だった。注文を終えた後、俺はほぅと息を吐きつつ視線を前に向ける。カウンター越しでは店員さん達が忙しなく動き続けていた。

 

店員さん達の働きぶりを眺めていると、凄いなという気持ちが湧いてくる。他人の為に料理を作り提供することで料金を頂く。自炊をするようになってから、その凄さがより深く実感出来るようになった。本当に尊敬する。

 

手際良く、かつ正確に。味のクオリティーを落とさないまま可能な限り短時間で料理を完成させる。複数で分担しているからこその結果なんだろう。今の俺にはとても無理な技能だ。そんなことを考えているともうとんかつ定食が運ばれてきた。早いな。

 

「おぉ・・・・・・」

 

お盆に乗っているのは分厚いとんかつにキャベツ、ご飯に豆腐の味噌汁。それとカブの漬物だ。なんというか、いかにも定食って感じだな。香り立つ匂いに唾を飲み込みつつ手を合わせた。

 

「いただきます」

 

まずはカツを一切れつまみご飯の上に乗せる。卓上のソースをたっぷりとかけて、一気にかぶりついた。アツアツでザクザクな衣の中、柔らかくジューシィな豚肉は簡単に噛み切れる。ソースは店で作った特製のようで、香辛料とゴマの風味がトンカツ全体を引き立ててくれていた。

 

「はふっ、んぐ」

 

当然白米とも滅茶苦茶に合う。というか合わない訳が無い。二切れ目にもソースをかけ、大口を開けて白米と同時に咀嚼。美味い。最高だ。合間に飲む味噌汁は塩分控えめで、豆腐と出汁の優しい味がする。

 

カブの漬物は酸味が強く、油でコーティングされた味覚をリセットしてくれた。キャベツにも特製ソースが合うな。シャキシャキとした感触がまたいい。箸は止まる事無く、それぞれを順番に食べ続けていく。まるで永久機関のようだ。

 

「ふぅー・・・・・・ごちそうさまでした」

 

綺麗に全部平らげて、俺は大満足で手を合わせる。いやぁ、本当に美味しかった。というかぺろりと食べ切っちゃったな。気温が上がり始めてから俺の食欲も増し始めているのかもしれない。まぁいい、その分きっちりと運動すればいいだけだ。食べて動く。実に健康的である。

 

「ごちそうさまでした、美味しかったです」

 

支払いの時にお礼を言うと、店員さんは笑顔で会釈を返してくれた。リピートしたい店がまた増えたな。今度散髪に来る時、またここに寄るのもありだろう。俺は高めなテンションのまま、帰りのバス停までのんびり歩くのだった。




とんかつの衣を剥がす行為は私には耐えられません。
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