人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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44.米粉パンのホットサンド

「よーし・・・・・・!」

 

ついに届いたバットにグローブ、ボールを前にして、ジャージ姿の俺は気合を入れていた。ついにこの日が来たってのは言い過ぎだけど、それくらい楽しみにしていたのだ。既に梱包は剥ぎ、いつでも使える状態になっている。

 

早速バットを持ち、部屋の外へと飛び出した。事前に大家さんに相談し、アパートの庭で素振りなどはしていいと許可を貰っている。とはいえまずはストレッチからだ。この肉体は野球の動きに慣れていない。前と同じ感覚でやったら怪我をしてしまう可能性があった。

 

ワクワクする気持ちを抑えつつ念入りに全身をほぐす。今日は快晴で、太陽の光がアパートの庭にも降り注いでいた。絶好の野球日和だ。いや、ただ素振りしたりするだけなんだけど。気分がいいせいかどうにも調子に乗ってるな、俺。

 

ストレッチを終わらせ、俺は横に立てかけてあったバットを手に取った。何度も握り直しグリップの感触を確認する。手の形が変わったからか、それとも久しぶりだからかちょっと違和感があるな。店での試し振りだけじゃ足りなかったかも。まぁ、使い込む内に慣れていくだろう。

 

バッティングの構えを取り、軽く振ってみる。うん、うん。半年以上ジョギングしたり最近ジムに通い始めたりしたからか、体の筋が攣ったりすることも無さそうだ。徐々にスピードを上げて素振りを繰り返すとじわりと汗が滲んできた。今日もいい天気だからな。

 

力を込めて振り続ける。前に出した足でタイミングを取り、全身の力がバットに伝わる様に。振り切るタイミングで当たるだろうボールに全ての力が伝わる様に。まだまだ不格好なフォームで、記憶にある俺の姿には程遠い。でも、それでも、男だった頃の感覚が戻ってくるような気がして嬉しかった。

 

「っ、ふうぅ・・・・・・!」

 

気付けば結構な時間が過ぎ、全身から汗が噴き出していた。上がった息を整えながら休憩する。素振りじゃないと鍛えられない部分の筋肉が多いんだろうな。体の色んな箇所が悲鳴を上げているような感じだ。と、

 

「って、大家さん?」

 

アパートの庭を覗くように大家さんが顔を出している。もしかして、素振りの音がうるさかったのだろうか?

 

「すみません、うるさかったですか?」

 

「いんや。随分と集中しておるようだの。ほれ」

 

「あ、どうも・・・・・・」

 

ペットボトルのお茶を渡され、頭を下げながら受け取る。確かに、大家さんの視線に全然気付かない程集中していたみたいだ。なんというか恥ずかしい。誤魔化すように顔を背け、受け取ったお茶を開けて一気に飲んだ。喉もかなり渇いていたようで、冷たいお茶が体に沁み渡っていく。

 

「あー、沁みる・・・・・・。ありがとうございます、貰っちゃって」

 

「気にせんでいい。まぁ、根は詰め過ぎるな。熱中するのは悪うないが、無理はいかん」

 

「え、あ・・・・・・はい、気を付けます。久々だったんで、今日はこれくらいにしておこうかと思ってました」

 

心配してくれていたのだろうか。大家さんの言葉に頷きながら、俺はもう一口お茶を飲む。実際いいタイミングだ。素振りしていただけなのにここまで疲れてしまうとは。本当はアパートの塀で壁当てキャッチもやりたかったけど、別の日に回した方が良さそうだ。

 

「野球、やっとったのか」

 

「えっと、はい。色々あって辞めたんですけど、どうしても懐かしくなっちゃって。庭、使わせてもらってありがとうございます」

 

奇病のことはぼかしつつ大家さんに礼を言う。幸い、それ以上詮索はされなかった。もしかしたら俺の口調から何かを察したのかもしれない。大家さんは優しい人だからな。

 

「あれ?二人とも、こんな所で何を・・・・・・」

 

クールダウンも兼ねてストレッチで疲労した筋肉をほぐしていると、隣に住むお姉さんも庭に顔を出した。相変わらず仕事帰りのようで、いつもよりは小さ目な紙袋を手に持っている。今度は何を買ってきたんだろう。

 

「どうも。ちょっと、庭を借りて運動してました。お姉さんは仕事の帰りですか?」

 

「うん、今日はちょっと早めに上がれて・・・・・・あっそうだ!君に渡したいものがあるの!」

 

そう言ったお姉さんは袋の中から何かを取り出した。なんか既視感がある展開だ。とりあえず受け取ったそれは大体ペットボトルくらいの大きさで、ほんのりと温かい。流石にまた焼き芋ではないだろう。包装紙を剥いてみると中に入っていたのはサンドイッチだった。

 

「えっと、これは・・・・・・?」

 

「ほら、ジャム作った時に話したでしょ?駅前に出来たカフェの米粉パンがめっちゃ美味しいって。今日は時間もあったし、せっかくだから買ってきちゃった!」

 

確かに、そんな話をした記憶はある。しかしまさか、本当に買ってくるとは。律儀というかなんというか・・・・・・まぁ、丁度お腹が空いていた所だ。ありがたく頂いちゃおう。

 

「ありがとうございます。じゃあ、頂いちゃいますね」

 

「うん、どうぞどうぞ!大家さんにも、はい!」

 

「む・・・・・・いただこう」

 

二人の会話を耳にしつつ手元に視線を落とす。ホットサンドというやつだろうか、焼き目の付いたパンには沢山の具材が挟まれている。レタスにベーコン、トマトにチーズ、後は卵にシーチキンと多種多様だ。

 

「いただきます」

 

思いっきり口を開けてかぶりつく。俺の小さな口にはギリギリの大きさだ。なんとか噛み切り咀嚼すると、何種類もの具材の味や食感が膨れ上がるように伝わってきた。何よりも驚いたのはパンの部分。表面は焼き目がついてサクサクしてるのに、生地はもちもちのふわふわだ。米粉で作られたパンだからなのだろうか。

 

野菜は新鮮でシャキシャキ、そして瑞々しい。ベーコンはカリカリかつ程良い塩加減で、チーズは濃厚だ。スクランブルエッグ状の卵とシーチキンもいいアクセントになっている。食べ応えが凄いな、これ。

 

「やっぱ美味しー!君はどう?」

 

「はい、凄く美味しいですねこれ。ボリュームたっぷりで野菜も新鮮だし、何より米粉のパンがもちもちで・・・・・・えっと、結構高かったんじゃないですか?」

 

「全然?回数券買ってあるから割引で買えるんだよね。大家さんもどうですか?美味しい?」

 

「そうじゃな。普段はこういうものは食わんが、中々いける」

 

言葉を交わしながら食べ進める。素振りで疲れた結果お腹が空いていたので、結構なボリュームでも食べ切れそうだ。運動して美味しいものを食べて・・・・・・なんというか、幸せだな。やっぱり俺は単純なのかもしれない。

 

「ごちそうさまでした。ありがとうございます、お姉さん」

 

「うむ。美味かったぞ、礼を言う」

 

「あはは、美味しかったなら私も嬉しいよ。それじゃ!」

 

俺と大家さんの感謝を背に、お姉さんは手を振りながら欄干を上り部屋に帰っていった。食べ物を沢山買って周囲の人達に配るのは彼女の趣味なんだろうか。こっちとしては助かってるけど・・・・・・また今度、料理を多めに作った時におすそ分けしてもいいかもしれない。

 

「それじゃ、俺も部屋に戻って休みます。また今度庭を使う時は連絡しますね」

 

「そこまで気にせんでもいいぞ。好きに使っとくれ」

 

大家さんに一礼し、俺も自身の部屋へと戻る。疲れた肉体に程良い満腹感。まだ日は落ちていないけど、ぐっすりと眠れそうだ。




運動して飯食って寝る!ドロップアウトTS娘なんてそれでいいんだよ・・・・・・。
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