人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
「へぇ、美味しそうだなぁ!俺は自炊は全然だから、正直憧れちゃうよ」
「いや、そんな大層なものじゃないですって。これくらい普通ですよ」
定期検査の日、カウンセラーさんに料理の腕を褒められた俺は照れるように頬を掻いた。なんか自慢してしまっているようで顔が熱い。しかし、カウンセラーさんは言葉通りに思っているようだ。年上からの尊敬の眼差しは、どこかむず痒かった。
「俺は基本外食だからねぇ。ぶっちゃけ、成人してからは包丁も持ったことが無い。学校で調理実習をした時が最後かな」
「そうなんだ・・・・・・やっぱり、色んな国を飛び回ってるからなんですか?」
「まぁ、それもあるけど。食べるものを自分で作るって考えがそもそも浮かばなかった。自炊、自炊かぁ。奇病の罹患者には支援金が出るから、俺が君くらいの頃は外食三昧だったよ。美味しいものを食べて現実を忘れたくてね」
しみじみと言うカウンセラーさん。前にも聞いたけど、やっぱりこの人も凄く苦悩したみたいだ。自分の肉体が性別から見た目、身長体重まで全部変わってしまう奇病。罹ってしまった人間が病むのも当然だ。
「だから、君が自炊を始めて、そしてそれを続けられているのは本当に凄いことだと思う。その点では俺なんかよりよっぽどしっかりしてるな、うん」
「だから、えっと、そんなに褒めないでくださいって・・・・・・」
賞賛に顔を背け、俺はぼそぼそと呟いた。駄目だ、やっぱり慣れない。少女の肉体になってしまって底まで落ちた自尊心では、他者からの評価を正しく受け取れないのだ。
「ははは!正当な意見だよ、これは。君は凄い!前を向こうという意志があるからこその行動だ。自分から踏み出した一歩に、価値が無いなんてありえないからね」
「・・・・・・あ、ありがとうございます」
それでも、カウンセラーさんは真剣な表情で言ってくる。気恥ずかしくて頭を下げながら、俺はその言葉をゆっくりと噛み締めた。本当に価値があるのだろうか。自炊という一歩を踏み出したということに、自信を持ってもいいのだろうか?
「いいんだぜ。もっと胸張っても」
俺の思考を見透かしたかのようにカウンセラーさんが告げる。顔を上げると、彼は穏やかな笑みを浮かべていた。暖かさを感じる柔らかい表情。きっと、俺にかけてくれた言葉は全て本心なのだろう。
「・・・・・・はい。ありがとうございます、カウンセラーさん」
「うん。分かってくれて嬉しいよ。さぁて、残りの時間はまだある。もう少し聞かせてくれるかな?個人的には揚げ物好きだし、さっきの竜田揚げのレシピとか教えてほしいんだけど」
「いや、別に俺のオリジナルレシピってわけじゃないんですけど・・・・・・。とりあえず、下味用の漬け汁は・・・・・・」
レシピをせがまれ、俺は思い出しながらゆっくりと説明していく。そうこうしている内に、カウンセリングの時間はあっという間に過ぎていった。
「ふいぃ・・・・・・」
定期検査終わりの帰り道。いつものことだけどやっぱり疲れるな。今日もスーパーで弁当か総菜を買って帰ろう。自炊を褒められたのは嬉しいけど、無理はよくないと何度も言われている。定期検査の日は楽をしてもいいと自分で決めていた。
というわけで道中にあるスーパーに入店し、弁当コーナーを確認する。時間も時間だからか半額シールが貼られている弁当も多いようだ。さて、何を買おうか。ざっと目を通していく中で、気になったものを手に取ってみた。
「鶏そぼろ丼かぁ。これいいかも」
どんぶり状の容器の中、ご飯が見えない程に鶏のそぼろが敷き詰められている。中心には錦糸卵と紅ショウガも乗っていた。半額だしこれにしちゃおうか。スムーズに決めた俺はそのままレジに行き、購入を済ませた後外に出た。夜も遅いし他の買い物はまた今度にしよう。
「ただいまー」
最近蒸し暑くなり始めた夜道を歩き、アパートへと到着する。いつも通りシャワーを浴びて着替えた後、電子レンジでそぼろ丼を軽く温めた。箸とペットボトルのお茶を用意して手を合わせる。
「いただきます」
箸でそぼろとご飯を掬おうとすると、そぼろの層が思っていたよりも分厚かった。結構な量だぞ、これ。そのまま口に運び咀嚼。あれ、案外優しい味だ。濃い目の味付けを想像していたけどそこまででもない。醤油と砂糖が味付けのベースかな。
「んぐ・・・・・・丁度いい感じだな、うん」
ご飯が進む味だけど濃くは感じない絶妙なラインだ。その分かなりの量があって食べ応えに溢れている。スーパーの弁当とか総菜って味付けが濃いものが多いけど、ただの偏見だったかもしれない。錦糸卵と紅ショウガも控えめな味付けで、体にじんわりと沁みてくるようだ。
こういう味付けが一番難しいと、最近の俺は理解している。味を濃くすればまぁ食べられる程度の料理は作れるけど、薄味は加減が難しい。俺も作った料理を味見した時、物足りないと感じたら調味料を追加してしまう。その方が楽だからだ。
でも、本来はこうやって薄めでも満足出来る味付けが調理の腕なんだよな。体にもいいし。食材本来の旨みを活かしてるって感じだ、このそぼろ丼は。俺もいつかこんな味付けが出来るようになりたい。・・・・・・まぁ、大分先の話だろうけど。
「ごちそうさまでした」
ご飯一粒も残さずに平らげて、俺は手を合わせる。いやぁ、美味しかった。学びも多かったし、鶏そぼろ丼を選んだのは正解だったみたいだ。今度自分でも作ってみようかな。味付けはともかくとして、そこまで難しくないだろうし。
さて。結構いい時間だけど、食べてすぐ寝るのは健康に悪い。先日図書館から借りてきた小説があるし、いつもと同じく読書に勤しむとしよう。今回借りてきた小説は推理もの。図書館に通うようになってから存在を知った、20年近く続いているシリーズの最新作だ。
借りて読んでを繰り返し、ついに最新の話まで追い付けた。ちょっと感慨深いな、うん。時の流れを感じながら俺は小説のページをめくる。今度はどんな本を借りようかと、頭の片隅で考えながら。
作者は料理の味は濃ければ濃い程好きです。余分三兄弟とはマブダチさ。