人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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48.閑話・居酒屋飲み

「おー、来たか。相変わらず疲れた顔してるな」

 

「久しぶりに飲みに誘ってきたと思ったら、第一声がそれか。いい性格してるよ、相変わらず」

 

酔っ払い達で賑わう居酒屋の店内。既に酔っているであろう女性の席の向こう側に、神経質そうな男性が腰を下ろした。テーブルには酒のつまみと、半分程になったビールの大ジョッキが置かれている。

 

「事実だろぉ。お前は昔っから根を詰め過ぎるんだ、適度に息抜きしろよ」

 

「はぁ・・・・・・なら、今回はそっちの奢りでいいな?羽目を外させてもらおう」

 

親しげな言葉を交わしつつ、男性は注文を取りに来た店員に日本酒と春巻きを注文した。持ってこられた升入りのグラスに日本酒が並々と注がれる。それを手に取った男性は一気に飲み干し、溜め息とも感嘆ともつかぬ声を漏らした。

 

「っふぅぅ・・・・・・!」

 

「いい飲みっぷりだなぁ。どうだよ、最近仕事の方は」

 

「前と同じだよ。まともな休みは中々取れてない。それはお前も同じじゃないのか?」

 

「まぁ、俺は移動中に休めるからな。明日の夜にはフランスだ。時差ボケにも随分慣れたよ」

 

そう言って、女性はジョッキをぐいと傾ける。ごくりごくりと飲み干しあっという間に空にしてしまった。口の周りには泡がついていたが、乱暴に手の甲で拭き取る。

 

「欧州の方の患者は三人と聞いていたが。カウンセリングの経過はどうだ」

 

「ぼちぼち、だな。同じ奇病に罹っているとはいえ俺は日本人だ。あっちじゃ差別が無意識の内に根付いてる。正直、やり辛くてたまらんね。現地の医者共も協力的じゃないしな」

 

「そう、か。ままならないな、どうにも」

 

しかめっ面を浮かべる男性。しかし女性は気にするなとばかりに手を振り、追加で酒とつまみを注文した。次いで男性が頼んだ春巻きが届く。互いに箸を伸ばして春巻きを頬張ると、パリッという音の後に中の餡がとろりと口の中に広がった。

 

「うん。昔っからここの春巻きは美味い。あぁ、そういえば、今お前と俺が担当している子いるだろ?自炊の腕が随分と上達してるみたいで、凄いよなぁほんと」

 

「こっちでも少しは聞いてるよ。あそこまでひねくれていない子は珍しい。あの奇病に限らず、大病を患うと心も病むものだ。でも、彼の心はひねくれていない気がする。そこの所、どう思う?」

 

「どうもこうも、根が真面目なんだろうよ。立ち上がる切っ掛けさえあれば前に進んでいけるタイプだ。誠実で善性の、社会じゃ損しやすい人間だな」

 

「そうか・・・・・・そうだな。異性に対する恐怖も相応に軽減している。嬉しい限りだが、うむ」

 

「馬鹿、また眉間に皴寄ってんぞ。面はいいんだから気を付けろっての」

 

女性が乱暴な口調で言った所で酒が届く。女性はビール、男性はお湯割りの焼酎だ。そこにきんぴらごぼう、板わさ、ホッケの塩焼きも並べられる。きんぴらごぼうをつまんでビールを呷ろうとした女性は、不意に片眉を上げて男性に目を向けた。

 

「忘れてた。お前と飲む時はいつもこうだな。だらっと始まるから乾杯をすっ飛ばしちまう。ほら」

 

掲げられたジョッキ。男性は少し逡巡した後、焼酎のグラスを掲げジョッキに軽くぶつける。女性は実に楽しそうな表情を浮かべ、結構な大声で言い放った。

 

「かんぱーい!」

 

「乾杯」

 

二人して酒を呷り、一息つく。つまみに箸を伸ばしながらも、会話が途切れる気配は無いようだ。

 

「で、そうだ自炊自炊。お前ってさぁ、自炊してるのか?お前が住んでる病院近くのマンション、立派なキッチンが付いてたよな」

 

「いや、私にも無理だ。自炊するような時間は無い。だから、あの子の努力は素晴らしいと思うよ。あむっ」

 

そう言いつつホッケの身を咀嚼し、お湯割りを呷る男性。徐々にアルコールが回ってきたのか、頬が赤くなり始めていた。彼以上に飲んでいるはずの女性はどういうわけか平然としている。どうやらアルコールに強いようだ。

 

杯を重ね続ける二人は、やがて男性だけがぼんやりとした表情になっていく。しかし飲酒のスピードは衰えず、一時間もしない内にテーブルに突っ伏してしまった。

 

「おーい、もう潰れたのかよ。ったく、疲労もストレスも溜め込んでるからこうなるんだ。しかし、今日はいつにも増して早かったけど・・・・・・色々、背負ってるんだろうな」

 

何かを憂うような表情で呟き、女性はスマホを操作してタクシーを手配する。随分手慣れた様子だ。寝息を立てている男性の顔を眺めつつ、残っているつまみを平らげていく。テーブルの上を粗方片付けてから男性の頬を軽く叩いた。

 

「おーい、そろそろ帰るぞ。タクシー呼んどいたからさ」

 

「ん、んん・・・・・・」

 

薄目を開けて吐息を漏らす男性。彼に肩を貸しつつ女性は立ち上がり、支払いを済ませて外に出た。時間通りに停まっているタクシーに男性を押し込み、彼女自身も横に座る。ここでようやく意識が戻ってきたのか、微かな言葉が男性の口から漏れた。

 

「・・・・・・申し訳ない。迷惑、かける・・・・・・」

 

「いつものことだろ、気にすんな。ほら、マンションに着くまで寝てていいぞ」

 

ぐったりと座席の背もたれに体を預けている男性に、女性は優しげな声をかける。その表情は慈しみと愛おしさに満ちていた。やがてマンションに到着し、女性は男性を引きずるようにマンションの一室へと姿を消すのだった。




こいつら交尾したんだ!
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