人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
「んー・・・・・・」
秋の空気が漂い始めた中、俺は街中を歩いていた。無論、女性としての服装で。先日と同じように少しでも慣れる為だ。ワンピースは下半身が心許ないけど、風通しがいいのはありがたいな。
とはいえ、今日の外出にはちゃんとした目的がある。月に二回ある定期検査を受けに病院に向かっているのだ。検査時間は9時半から17時までで殆ど一日潰れてしまうけど、もしかしたら戻れるかもしれないという僅かな望みもある。支援金も貰っているし、一度も欠かさず通っていた。
電車とバスを乗り継ぎ一時間ほど。この辺りでは一番大きい病院へと辿り着く。何度見てもデカい、物理的に。それこそ医療系ドラマとかで出てくる感じの総合病院だ。ここまで大規模じゃないと俺の病気の検査は出来ないんだろう。
もう何度も通っているけど、荘厳というか厳粛な雰囲気にはまだ慣れない。受付に話を通し、勝手知ったる足取りでいつもの場所へと向かう。大病院の隅も隅、人気があまり感じられない部屋へと。
プライバシーの保護、マスコミ等のメディアに素性がバレないように、病院側は俺に配慮してくれていた。一握りの人間しか知らない性別が変化する奇病。そんなものが世間に知られれば、罹患者は奇異の視線に晒されてしまう。その為、他の来院者の目に付かない部屋を用意してくれているのだ。
「やぁ、今日もよく来てくれました。どうぞ、お座りください」
ノックをした後ドアを開けると、そこにはいつもの先生が座っていた。俺が罹った奇病の、国内での第一人者である医者の先生。優男のような顔立ちに柔和な笑みを浮かべている。詳しくは知らないけど、医療業界では有名な人らしい。
「ど、どうも」
会釈しつつ椅子へと座る。最初こそ胡散臭いと感じていたが、先生はずっと誠実な対応をしてくれた。そのお陰もあってか、多少気分が上向きになってきた気もする。外出の回数も増えたし、こうして女性の服を身に纏った時の忌避感も多少は薄れてきた。ありがたい話だ。
「今日の検査予定もいつもと同じです。昼休憩は挟みますが長時間になってしまうので、キツかったら言ってくださいね」
「は、はい。慣れてきたんで、多分大丈夫だと思います」
「それは結構。おっと、そういえばその服装ですが」
カルテに何かを記しながら、先生はちらりと俺の服装を確認する。な、何か変な所があるのだろうか。
「えっと、やっぱり変ですかね。身体に合った服を選んでみたつもりなんですけど」
「いえいえ、大丈夫ですよ。とてもよく似合っています。ただ・・・・・・そうですね。無理をして着る必要はありません」
「えっ?」
「外出し、視線に晒されるだけでもストレスでしょう。それに、身体に合った服装を着なければならないという法もありませんから」
穏やかに告げ、視線が俺の顔に向く。先生は少し困ったような表情で微かに頷いた。
「冷や水をかけるような言葉になり申し訳ない。ですが、無理に異性の肉体に適応しようとした結果、心身のバランスを崩してしまうということもあります。海外でも似たような症例は確認されていましてね。どうか、違和感や苦しさを感じたら無理はなさらず」
「そ、そうなんですか。俺、先走って間違っちゃったのかな・・・・・・」
「いえ、現状を変えようという貴方の努力は素晴らしいものです。でも、もし辛くなったら一旦休憩してもいいんですよ。それだけ貴方が罹った病は特殊なんですから。外出の頻度が増えただけでも今は十分です」
先生はどこまでも優しく言ってくるけど、なんだか自分の愚かさを責められているみたいで俯いてしまう。あぁ、よくないな。こういうのをやめないといけないって分かってるのに。
「・・・・・・はい、気を付けます」
「どうか顔を上げてください。患者さん自身が前を向いているのは、私どもにとって喜ばしいことです。一緒に頑張っていきましょう。ね?」
ぐうぅ。慰められている。いや、あちらも仕事だし俺がうだうだしてる方が迷惑かかるよな。だけど中々顔を上げることが出来ない。罪悪感というか羞恥心というか、よくない感情がぐるぐる渦巻いてしまっている。
「はぁ~・・・・・・」
結局、前向きな気分を取り戻せないまま検査を受けた俺は、病院近くのカフェで溜め息をついていた。店内は涼しくて過ごしやすいが、やはり気分は晴れないまま。先生や看護師の人達にもぎこちなく接してしまった気がする。
「うー、あー」
小さく呻きながらワンピースの裾をつまむ。先生に諭されたことが頭の中を回っていた。自分のことながら、まさかここまでショックを受けるとは。これはよくないぞ、本当に。
ふと、高校生の頃を思い出す。野球部で頑張っていた時も、些細なミスで落ち込むことが多かった。その癖思い切りだけで変なプレーをやろうとしたり、結果周りに迷惑かけたり・・・・・・俺の性根はあの頃から変わっていないらしい。嬉しいやら悲しいやら。
昼休憩にも限りがある。早く何か腹に入れておかないと。余程沢山食べなければ何を食べてもいいと検査前に言われてはいるが、そもそも暴食する気分でもない。適当にさっと食べられる奴を注文しよう。お冷の氷がかなり溶けた辺りで、俺はようやくメニューを開いた。
「えーっと・・・・・・」
このカフェには何度か来たことがある。若者向けの華やかなメニューからがっつり食べられるメニューまで、色々と網羅している印象だ。前に来た時はボロネーゼを注文したけど、ごろごろとしたひき肉がもちもちのパスタに絡み、ソースの味がそれらを引き立ててとても美味しかった記憶がある。
だけど、今日は麺類の気分じゃない。なんか軽く食べられるの・・・・・・サンドイッチとかがいいかな。そう考えつつメニューをめくっていくと、可愛いポップが目に入った。ピンク色のそれは「季節のケーキセット」を推している。季節ごとのケーキと選べる飲み物のセットらしい。
「・・・・・・まぁ、これでいいか」
がっつり食べる気も起きないし、ケーキでもいいだろう。見た感じそれなりのボリュームがありそうだし。店員さんを呼んで注文し、運ばれてくるまで外をぼーっと眺める。いい天気だ。道行く人達は多種多様で、忙しそうだったり楽しげだったり不機嫌だったりしている。彼ら一人一人に人生があると思うと、中々壮大な話だなぁ。
現実逃避に近い考えを回していると、あっという間にケーキセットが届いた。ラズベリーが沢山乗ったタルトに、飲み物はアイスコーヒーだ。紅茶の美味しさが俺にはどうも分からない。ちゃんとした紅茶を飲んでないだけかもしれないけど、選べるならばコーヒーを選ぶ。まぁ、砂糖は入れるんだけど。
「いただきます」
手を合わせ、小さめのフォークを手に取る。先端部分を削ると、しっとりした感触とざっくりとした感触が伝わってきた。タルトの下のクッキー部分、好きなんだよな。ぱくりと口に放り込むと、まず最初にラズベリーの酸味が広がった。その後クリームの優しい甘みに、クッキーのザクザクとした食感。うん、美味しい。
それに、量も丁度よさそうだ。メニューで見た印象通りボリュームがあるけど、これくらいなら余裕で完食出来る。砂糖をたっぷり入れたアイスコーヒーを合間に飲みつつ、短い時間で食べ切ってしまった。
「ごちそうさまでした」
残り少なっていたアイスコーヒーも飲み干して、俺はほぅと息を吐いた。腹が膨れたからか、うじうじした感情が微かに薄れた気がする。時間も時間だし早めに出ようか。会計を終わらせた俺は、真っすぐに病院へと戻るのだった。
「ふぃー・・・・・・」
午後の検査もつつがなく終了した帰り道。俺は日が落ち始めた街中を眺めながら、多少の疲労感を気にもせず歩いていた。通りすがった人達が時折視線を向けてくるのは、やはり恰好がおかしいからなのだろうか。先生の言う通り無理はするもんじゃないな、うん。
帰ったら、通販で新しい服を頼んでみようか。なんというか、男が着ても女が着てもいい中性的な服を。それならば今みたいに悪目立ちすることも無いはずだ。
後はそうだ、夕飯はどうしよう。実家から送られてきた野菜がまだ沢山残ってるけど、消費するのに結構困っていた。大した料理も作れない為、大体切ってサラダにしたり野菜スティックにしたり、生の味を楽しんでいる。正直飽きてきた。
生で食べられない奴もあるし、纏めて野菜炒めにでもしようかな。上手くいくかは分からないけど、傷むのをただ待つよりはマシだろう。味付けは・・・・・・冷蔵庫に麺つゆは残ってるけど、流石に芸が無いよな。ドレッシングも数種類あるけど生野菜につけて食べてるからこっちも飽きがきてるし・・・・・・適当に、コンビニかどこかで新しいドレッシングを買っていこう。
直近の色々を考えていると、一番の問題である自分のことに気が回らないから楽だ。こうやって思い浮かべた時点で駄目なんだけどさ。ご愛敬というかなんというか、やっぱり思考が後ろ向きだ。よくないな、全く。
どうすればいいのかは分からないけど、今の所俺は生きている。それでよしとするしかない。生きていれば、良くも悪くも何かが変わるかもしれないんだから。帰り道のコンビニでドレッシングを選びつつ、俺は自分に言い聞かせた。・・・・・・よし。それはそれとして焼き肉のタレを買おう。焦がし醤油の奴。
フルーツタルトを一人でワンホール食べて気絶するように眠りたい日々です。