人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
「ふぅ・・・・・・よし」
なんとか動けるまで回復し、真っ先にやったのはひき肉と卵を冷蔵庫にしまうことだった。一時間以上放置してしまったけど、多分傷んだりはしていないだろう。その後、軽くストレッチして痺れが残る全身をほぐしていく。
正直心身共に消耗している。けど、以前程の酷さじゃない。多少なりともマシにはなっているのだ。ジョギングや筋トレを続けているからか、体力の方も問題無い。呼吸が落ち着き、痺れも取れた辺りで俺は立ち上がった。
「うん、大丈夫だ」
この短時間で調子を取り戻せている。確かにさっきの男性二人組のことを思い返すと身が竦むけど、再び動悸が激しくなったりはしなかった。明確な成長と言えるだろう。それなら、やることは一つである。
「よっし、予定通り作っちゃうか」
そう、ピーマンの調理だ。何もしていないとネガティブな考えばかり浮かんでしまいそうな気がするし、当初の予定通り自炊に取り掛かろう。それに、もし出来が良かったらお姉さんにも差し入れしたい。さっきお世話になったからな。
まずはピーマンの下処理だ。包丁で真っ二つに切って中の種とワタを取り除かないといけない。ただ、その前に手をしっかりと温めないと。握って開いてを繰り返し、筋肉をほぐしていく。痺れも取れてるし多分大丈夫だと思っているけど、刃物を握るし念の為だ。
準備運動を終わらせ、まな板の上にピーマンを並べる。包丁でザクザク切っていき、次いで種とワタをかき出した。ヘタ近くに切り込みを入れると取りやすい。ヘタそのものを外そうとすると肉だねを詰める時に零れそうなので、そのままにしておこう。食べる時に気を付けないとな。
処理の終わったピーマンに小麦粉を薄く振りかけて、ひとまずの準備は完了。次は肉だねだ。まずは玉ねぎをみじん切りにする。窓を開けつつ換気扇を回し、出来る限り目に沁みないようにした。それでも鼻がツーンとしてしまうが、まぁこれくらいは仕方ない。
みじん切りも済ませ、冷蔵庫から先ほど買ってきた合い挽き肉と各種調味料を取り出す。大きめのボウルに切りたての玉ねぎと合い挽き肉、他のものも入れていった。パン粉に牛乳、おろしにんにくに塩、そして胡椒だ。目分量は怖いのできっちりと量は計っている。
そしてそれをこねて混ぜる。ハンバーグの時も思ったけど、調理前のひき肉って独特な感触だよな。そのままぐにぐにとムラが出ないよう混ぜ込んで、しっかりと馴染ませたら肉だねの完成。
次はいよいよピーマンに肉を詰める工程だ。先にピーマンを切っておいたのは、肉たねを作った後手を洗わずにそのまま作業に移れるからだ。早速切ったピーマンを手に取り、もう片方の手で肉たねを詰めていく。隙間の無いようにみっしりと。少し多めくらいがいいらしいので、やや溢れるくらい盛ってみよう。
しかしここで誤算。調子に乗って多く詰め過ぎたせいか、肉たねが足りず二個分のピーマンが余ってしまった。まぁ、うん。こういうミスもたまにはある。ラップで包んで冷蔵庫にしまっておこう。すぐに悪くはならないはずだ。
ぬめついた手をしっかりと洗い、次は焼く工程。フライパンに油を引き中火でコンロにかけ、十分に温まったら菜箸でピーマン達を投入していく。肉の方を下にするのがポイントらしい。肉だねに焼き色が付いたら裏返し、ピーマン側も軽く焼いていった。
ここでコンロを弱火に落としフライパンに蓋をする。大体5分くらい蒸し焼きにすると調べたレシピには書いてあるけど・・・・・・ピーマンも大きめだしたっぷり肉だねを盛ったし、もう少し長めにしよう。生焼けが怖い。
6、7分経った所で一旦蓋を取り、一つに竹串を刺して肉汁の色を確認した。よし、ちゃんと透明だ。完成したピーマンの肉詰めをお皿に移し、後はソース。以前にもやったグレービーソースにしようと思っている。肉汁が勿体無いしな。
フライパンに残った肉汁にケチャップと醤油、後はみりんを入れて火をかけ直す。とろみが付くまで中火で煮詰め、水分がある程度飛んだら完成だ。グレービーソースは何度も作ってきたので、結構手慣れてきた気がする。自炊の腕が上がるのはいいことだ、うん。
これで全部完成だけど・・・・・・念の為小さめのピーマンの肉詰めを選び、ソースをかけて味見してみる。
「あーむっ」
頬張った瞬間、旨みに満ちた肉汁が一気に溢れ出した。酸味の強いソースと合わさって滅茶苦茶美味しいぞ、これ。シャキシャキした食感が残っているピーマンの苦みも、油分がたっぷりの中いい清涼剤になっている。
よし。これならお姉さんに差し入れしても問題無いだろう。温かい内に届けた方がいいよな。ピーマンの肉詰めをいくつか選び、タッパーに入れてソースを多めにかけた。蓋をしてから部屋を出て、隣の部屋のインターホンを鳴らす。さっきああ言ってたし、お姉さんは部屋にいるはずだ。
「はーい・・・・・って、どうしたの?もしかして、また苦しかったりとか・・・・・・」
「い、いえ。体調はもう大丈夫です。その、さっきのお礼も兼ねてお裾分けを」
未だに心配そうな様子のお姉さんにタッパーを差し出す。・・・・・・客観的に考えるとおかしいかもしれないな。あんなに辛そうだったのに、少ししたら料理をお裾分けしてくるなんて。実際、お姉さんも怪訝そうな表情を浮かべている。
「お裾分け?それは嬉しいけど・・・・・・開けてみてもいい?」
「はい、どうぞ。出来立てなのでまだ温かいと思います」
が、中身を確認した途端お姉さんは目を輝かせた。どうやら好物だったようだ。
「わー、お肉!それにピーマン!両方大好きなんだよねぇ!君、まさか私の好みを見通してるの?」
「いや、そんなことは無いですけど。好きなようなら何よりです。ヘタは付いたままなんで気を付けてください。それじゃ、俺はこれで」
「あ、待って待って!」
立ち去ろうとする俺を慌てて呼び止め、タッパーを横に置いた後ずいっと近付いてくるお姉さん。どうしたんだろうと思っていると、そのままの勢いで抱き着いてきた。突然のことに俺は固まってしまう。
「えっ、ちょ、あの」
「ありがとうね。うん、君は偉いよ。偉いし凄い」
暖かな抱擁。慈しみが込められた言葉は、さっき俺が無様を晒したからだろうか。背中をぽんぽんと叩きながら頭を撫でてくる。
「と、突然どうしたんですか・・・・・・」
「んー。なんか、抱きしめたくなっちゃったから。迷惑だった?」
「いや、その・・・・・・」
不思議とパニックになったり、緊張したりはしなかった。それどころか安心感すら覚えている。男性二人組のせいでしんどい目に遭ったばかりなのに、なんでだろう。不意に涙腺が緩むのを感じ、俺は涙が零れないようなんとか堪えた。
「あり、がとうございます。でも大丈夫ですから、本当に。こっちこそ、さっきは迷惑かけてごめんなさい」
「それこそ大丈夫だって!むしろこんな美味しそうなもの貰えたし、役得って感じ。うん、ありがとう!」
そう言って、お姉さんはようやく解放してくれた。頭を下げて退散する俺。部屋に戻り、ゆっくりと息を吐いた。同時に涙が一粒零れる。
「っ、ふぅ」
彼女はこっちの事情を知らないはずなのに、まるで慰めるように抱擁されてしまった。もしかして見抜かれているのだろうか。いや、違う。内面に問題を抱えた少女に、優しくしてくれているだけだ。
もし俺が男のままなら、お姉さんはあんなことをしなかったはず。同性故の気安さから抱き締めてくれたんだろう。正直嬉しかったけど、同時に騙しているような後ろめたさもある。複雑な思いを浮かべながら、俺は暫く玄関でじっとしていた。時間をかけても、この気持ちは整理出来ないだろうけど。
主人公はお姉さんに対して恋愛感情は抱いていません。TSした結果その辺りの情緒がぶっ壊れてるので、色恋沙汰に発展するのは誰が相手でも難しいでしょう。今の所は。