人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

54 / 80
54.冷しゃぶサラダ

甲子園の生中継をスマホで見つつ、俺は風速を強にした扇風機に当たっていた。窓も全開にしてるけど、部屋に籠った熱気は全然霧散しない。下手すると去年以上の暑さだぞ、これ。

 

が。今見ている試合も部屋の熱気に負けず劣らずの白熱した展開を見せていた。関西の強豪相手に、甲子園初出場の無名校が食らいついている。互いに点を取り合う打撃戦だ。甲子園はトーナメント制。一発勝負だからこそ、番狂わせが起きる可能性が高い。甲子園の魔物って言葉もあるしな。

 

スマホに映る球児達は誰も彼もがいい表情を浮かべている。懸命で、必死で、己の全てを出し尽くそうとしているような鬼気迫る表情。懐かしくなり、俺は感慨深げに球児達を眺めた。まぁ、俺達の甲子園は一回戦大差負けだったんだけど。

 

腕で額の汗を拭いながら夢中で観戦し続ける。ただ、脱水症状は怖いので水分補給はこまめにしていた。製氷皿から取った氷をコップに入れて、ペットボトルのお茶を注ぐ。こうしないとすぐ温くなってしまうのだ。

 

「んぐ、んぐ・・・・・・ふぅ。お、いい当たり。入るか?」

 

お茶を飲み下していると、無名校の四番が変化球を捉えボールが高く舞い上がった。そのままぐんぐんと伸びて外野席へと到達する。逆転2ランホームラン。凄いな。どちらも譲らない名勝負だ。

 

「って、もうこんな時間か」

 

気が付くと既に正午。試合に熱中し過ぎて時間を忘れてしまっていた。あーっと、お昼どうしよう。今から外食に行っても混んでるだろうし、何より外も滅茶苦茶暑い。なんかさっと作るか。スマホ片手に冷蔵庫を漁り、余りものでメニューを考える。んー・・・・・・よし、あれにしよう。

 

まずは鍋に水を張りコンロにかける。冷蔵庫から取り出した薄切りの豚ロース肉を適当な大きさに切って、沸騰したお湯に投入した。薄いから弱火でもすぐに火が通るな。そうしたら鍋からザルに豚肉を移し、水気を切って冷ましておく。

 

次は野菜だ。トマトは薄目の輪切りに、レタスは手で適当な大きさに千切る。萎びかけていたきゅうりも輪切りにしておこう。それらを適当に盛り付けて、冷めた豚肉を上に乗せた。うん、余った食材達にしてはそこそこ見栄えがいい。

 

強豪校の逆襲を横目に見ながら、最後はドレッシング作り。別に市販のものでもいいんだけど、この暑さだしさっぱり目な奴にしよう。麺つゆを丁度いいしょっぱさに薄めて、次に取り出したのは実家から定期的に送られてくる梅干しだ。ちゃんと種を取り除き、果肉を叩いてから投入。しっかり混ぜ合わせる。

 

「よし、出来た」

 

最後に豚肉と野菜にこれをかけて、冷しゃぶサラダの完成だ。レトルトのパックご飯は・・・・・・この暑さだし温めなくてもいいか。そのままちゃぶ台に持っていき、スマホに目をやりながら手を合わせた。

 

「いただきます」

 

豚肉と野菜類をつまみ一口。うん、美味しい。さっぱりした口当たりだ。豚肉は薄いからくどい感じはしないし、野菜類のシャキシャキ感ともよく合う。何より梅干し入りの麺つゆが俺好みだ。程良い酸味としょっぱさが食欲をそそる。

 

冷しゃぶサラダをおかずに白米を頬張りつつ、俺は試合の行方を見守った。再逆転した強豪校を1点差で追いかける無名校。既に8回裏まで来ているけど、ここから更なるドラマがあるんだろうか。

 

それはそれとして冷しゃぶサラダが美味い。適当に作ったけど大成功だ。自炊の腕が磨かれてきたのか、単に簡単なレシピだったからか。多分、どっちもかな。と、スマホから快音が聞こえてくる。無名校の6番、キャプテンが左中間を引き裂く一撃を見舞っていた。2塁ランナーが生還しこれで同点だ。

 

これ、延長もあるぞ。俺は口をもぐもぐと動かしながら一心に画面を見つめる。両選手の汗と表情が眩しい。羨望と、嫉妬さえ感じてしまう程だ。9回表の強豪校の攻撃が終わったタイミングで、丁度俺も食べ終わる。食器の片づけは後回しだ。まずは結末を見届けないと。

 

ここで強豪校は投手を交代。エース以外にも優秀な選手が多いんだろう。層が厚いからこそ出来ることだ。対する無名校は1番からの好打順。サヨナラか、それとも延長か。果たして。

 

「っと、ごちそうさまでした」

 

忘れていた手を合わせた瞬間、外角低めの球を1番が引っかける。ライト線をギリギリ割らずにフェア、そのまま一塁に進塁した。続く2番がバントを決め1アウト二塁。一打逆転のチャンスだが、投手は落ち着いた様子のまま無名校の3番を迎えた。

 

ストライクゾーンギリギリを攻める球に、3番は中々手が出ない。凄い制球力だ。この土壇場でエースの代わりに出てくるのも納得である。結局3番はファウルフライをキャッチされ、これで2アウト。試合の決着は4番に託された。

 

まるで漫画やドラマのような展開に、俺は固唾を呑んで見守る。一球目は内角高め、ボール。投手も捕手も、4番も落ち着いている。全員高校生なのに貫禄すら感じるな。二球目も内角高めだが、鋭く曲がりストライク。4番は微動だにせず、じっと球筋を見極めているようだ。

 

三球目。外角真ん中に変化球、ストライクゾーンに掠るかどうかといった微妙な球を4番のバットが捉えた。ライトの外野席まで高く飛ぶもこれはファール。これで1ボール2ストライク、追い詰められた形だ。

 

が、ここから粘りに粘る。ボールを一球挟みつつ、ひたすらカットしファウルを量産している。観客は異様な盛り上がりを見せ、画面越しに熱気が伝わってくるかのようだ。

 

───そして、11球目。ついにその時がやってきた。ストンと落ちる球を真芯で捉え、凄い勢いで飛んでいく。4番はホームランを確信し、悠然と歩き始めた。投手はがっくりと膝を突き、観客席に突き刺さる白球を呆然と眺めている。

 

残酷な光景だけど、これが勝負の世界だ。俺はそれを知っている。もうこれ以上無いってくらい悔しくて、苦しいんだ。だけど、決して無駄にはならない。勝っても負けても人生の糧になる。女の体になった俺にだって、心の中に残った経験は活きてるんだから。

 

それにしても凄い試合だった。一回戦からここまで白熱するなんて。いや、それも当然だ。高校球児にとって、下手すれば人生がかかっている試合である。白熱しない訳が無い。

 

「ふぅー」

 

熱い息を吐く。なんか、素振りしたい気分になってきた。外は滅茶苦茶暑いだろうけど、幸いアパートの庭はそろそろ日陰になる時間だ。食器を片付け、着替えてストレッチすれば丁度よくなるだろう。

 

そうと決まれば動き始めよう。俺は早速立ち上がり食器をシンクに持っていく。試合から受け取った熱が、心の中で燃え立っていた。




豚肉は茹でられて脂が落ちてるし野菜も沢山食べられるので冷しゃぶサラダは実質カロリー0です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。