人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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57.小アジの南蛮漬け(前編)

ピンポーン

 

スポーツジムに行った翌日。軽い筋肉痛を覚えながらもゆったり過ごしていると、昼前辺りにチャイムが鳴った。誰かと覗き穴を確認すると大家さん。確か、知人に会いに行くから1、2日アパートを空けるって言ってたけど・・・・・・。一体なんの用だろうか?

 

「こんにちはー。帰ってきてたんですね」

 

「うむ。それでな、ちと土産がある」

 

いつも通りのしかめっ面から差し出されたのはビニール袋。中には透明の袋に包まれた何かが入っている。微かに生臭さを感じるそれは、どうやら魚のようだ。

 

「これって・・・・・・」

 

「小アジじゃ。知人と釣りに行っての。豊漁だったもんで、先日の寒天の礼も兼ねとる」

 

「え、っと。ありがとうございます」

 

とりあえず受け取ると、結構ずっしりとしている。かなりの量だ。確かに寒天ゼリーはお裾分けしたけど、あんな簡単なもののお礼にこんなに貰っちゃっていいのかな。まぁ、突っ返すのも悪いしありがたく受け取っておこう。

 

「足が早いでな、早めに食べとくれ」

 

「はい。えっと、折角なんで調理が上手くいったらお裾分けを・・・・・・」

 

「いや。すまんが、たらふく食べてきた。しばらくはアジを見とうない。すまんな」

 

「あ、はい」

 

大家さんの表情が少々げんなりしているように見えるのは気のせいだろうか。どんな知人に会ってきたのかも気になるけど、流石にそれを訊ねるのは不躾だ。会釈して去っていく大家さんの背中を見ながら、俺は彼の交友関係に思いを馳せた。

 

「さて、と」

 

とりあえず大量の小アジは冷蔵庫に入れ、どんな料理にするかを考える。多分内臓を取って素揚げするだけでも美味しそうだけど・・・・・・自炊の能力も上がってきてるし、ちょっとは凝ったものを作りたい。どうしようかな。

 

うーん。アジ、アジかぁ。パッと思いつくのはアジフライだけど、貰った小振りなアジには合わない気がする。となると焼くか煮込むか・・・・・・あ、そういえばあれがあったな。前に色々レシピ検索した時に見かけたのを思い出し、再度検索してみる。

 

南蛮漬け。気になっていた調理法だったけど、食材の兼ね合いで試したことは無かった。お姉さんに貰った刺身の漬けとは違い、一度油で揚げてから漬け込むというのが特徴である。小アジの南蛮漬け。うん、しっくりくる。

 

材料を確認するとすし酢以外は揃っていた。そのすし酢も普通の酢と塩、砂糖があれば作れるらしいので買い物に行かなくてもいいな。アジの量が結構あるし漬け込む時間もあるし、今の内に調理してしまおう。

 

まずはアジと一緒に漬け込む具材の用意だ。玉ねぎは薄切り、ニンジンは千切りに。唐辛子は最初からカットされてるものを使おう。次はアジの処理。エラと内臓を取り除かないといけない。

 

エラの下辺りに切り込みを入れて、エラと内臓をかき出した。水でしっかり洗った後キッチンペーパーで水気を取っておく。こういう作業は嫌いじゃないけど、今回はいかんせん量が多い。無心、かつ丁寧に進めよう。刃物を使っているので気を抜くのも危ないからな。

 

なんとか全部の小アジの処理が終わり、一旦手を洗う。うーん、生臭さが中々取れない。っと、しまった。先にすし酢を作った方がよかったかもしれない。鍋に入れた油をコンロで温めつつボウルに米酢を入れる。そこに多めの砂糖、少なめの塩を投入しよくかき混ぜた。

 

塩と砂糖がしっかり溶けた所で味見。んー・・・・・・不味くはないけど正解が分からない。酢飯の味は知っててもすし酢の味は知らないのでしょうがないか。まぁ、きっと大丈夫だろう。出来るだけ容量の多いタッパーを複数用意して、すし酢を均等に注いだ。

 

味付けは麺つゆ。最後に水で薄めつつ味を確認して、漬け汁は完成だ。さて、次はいよいよ揚げる工程。小アジに薄く塩コショウを振り、片栗粉をまぶしていく。油の温度も良い感じに上がってるのでどんどん入れていった。

 

ここでポイントなのは火加減を上手く調節することらしい。中火でじっくりと揚げるのがいいんだけど、アジを入れる度に油の温度が下がってしまう。だから細かくコンロの火を調節し、安定した温度で揚げるのが大事なのだ。

 

まぁ、揚げ物調理の経験は少ないので頑張って慣れていこう。出来る限りのことをしながらどんどん揚げていき、油から取り出したら漬け汁に投入。ひたすらにこれを繰り返す。部屋に充満するいい匂いの中、俺は額に汗を浮かべながら揚げ続けた。

 

「ふぃー、あっつ・・・・・・」

 

ようやく全て揚げ終わり、ほぼ満タンになったタッパーに蓋をする。強引にスペースを作った冷蔵庫に入れた後、俺はちゃぶ台の前に腰を下ろした。いや、結構疲れた。やっぱり揚げ物は気を使うな。それに南蛮漬けも初めてだし、上手くいってればいいけど・・・・・・。

 

漬け込む時間は数十分でいいらしい。ただ、一日近く漬け込んだ方が美味しいとか。まぁ、そこは好みの範疇だろう。料理に最適解は無いんだし。俺としてはしっかり味が染み込んだ方がいいと思うので、食べるのは明日の朝にしようかな。と、

 

「あっ」

 

しまった。明日に食べるんだったら今日の昼と夜はどうすればいいんだ。寒天ゼリーの時も色々考えて時間を使い、レトルトに頼る羽目になったのに。これじゃ自炊してる意味が・・・・・・。いや、落ち込むような程のミスじゃない。次からはちゃんと先のことまで考えて行動しよう。自分を鼓舞しつつ、俺は昼と夜のご飯をどうするか考え始めた。




揚げ物を酢漬けにするのってスペイン辺りだと一般的らしいですね。南蛮貿易バンザイ。
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