人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
床屋に行った帰り道。バスから降りた俺は日傘を差しつつ、整えられた前髪を弄っていた。
「ふぅーむ・・・・・・」
今回の散髪もいつもと同じく、かなり短く切り揃えてもらっている。正直、今の俺の顔付きには長髪が似合う気はしていた。それでも髪を伸ばすのには興味が無い。女性らしく見られるのは未だに苦手だし、長髪は手入れが面倒そうだからだ。
とはいえ、多少は身なりにも気を使っている。ものぐさな人間だと思われるのはなんとなく嫌なのだ。後はまぁ、変に目立ちたくないというのもある。ファッションやらお洒落やらは分からないけど、最低限変に思われないような服装を着るように努めていた。
今の俺はデニムの短パンにTシャツを羽織ったラフな格好。ちゃんとインナーも着ている。汗でTシャツが透けて下着が見えたりしたら、最悪視線を集めてしまうかもしれないから。性的な視線を集めてしまったら、パニックを起こさない自信は無い。本当は蒸すからインナーは着たくないんだけどな・・・・・・。
「さて、と」
それはそれとして、今日も今日とて腹が減っている。以前程ではないけれど、徒歩では行けないような場所に外出するのは体力を使うのだ。せっかくなので外食にしようと辺りを見渡し、美味しそうな飲食店を探す俺。と、前に見つけてから何回か通っている町中華の看板が目に入った。そういえば最近ご無沙汰だったな。なんとなくラーメンの気分だしあそこにしよう。
「はーい、いらっしゃいませ!空いてる席にどうぞー!」
看板娘の少女が出迎えてくれる。この子の顔も覚えちゃったな。確か、前に出前を届けている所も見たっけか。・・・・・・なんかストーカー臭い思考だ。あんまよくないぞ。雑念を払いつつメニューを確認する。さて、今回は何を食べようか。
今までは麻婆豆腐に餃子、酢豚やチャーハン、エビチリとかを頼んでいたけど・・・・・・そういえばラーメン系は食べてないと気付いた。醤油や味噌といった定番のものや、ワンタンメンやネギラーメンなんかもある。
うーん・・・・・・よし、ここはチャーシューメンにしよう。それと半ライスも頼んじゃうか。確か、半ライスが半額になるクーポン券を持っていた筈。最初に来た時は麻婆豆腐定食のご飯小盛りを注文したけど、今では絶対に足りない。なんというか時の流れを感じるな。
「すいませーん」
店内を忙しなく動き回っている少女を呼び止め、注文を伝える。これも最初に来た時と違ってスムーズで、どもったり緊張したりもしていない。随分と余裕が出てきているみたいだ。先に持ってきてくれたお冷やに口を付けつつ、のんびり寛ぐ。思えば、最初に来た時も過度な緊張はしなかった気がする。雰囲気がいいからだろうか。
賑やかな喧騒の中、チャーシューメンが届くのを待つ俺。こういう時間もたまには悪くない。なんというか、社会の一部になれたような気がするから。うーん、我ながら大層な考えだ。まぁ、俺がそう思ってるって事実に変わりは無いし。誰かに迷惑をかけてもいないから別にいいだろう。と、
「お待たせしましたー!チャーシューメンと半ライスです!」
「ありがとうございます」
元気いっぱいな少女が盆に乗ったどんぶりを持ってきてくれた。お礼を言いつつ受け取ると、立ち上った湯気が鼻をくすぐる。うん、いい匂いだ。チャーシューメンは醤油ベースなのかな?茶碗に盛られた半ライスを横に置き、俺は割り箸を割って手を合わせた。
「いただきます」
まずはレンゲでスープを一口。あー、美味い。醤油と、多分鶏ガラの出汁がよく利いている。あっさりしていながら飽きの来ない味わいだ。なんか、ほっとする感じ。次いで麺を箸でつまむ。少し細めのちぢれ麺のようだ。
「ふぅー、ずずっ」
息を吹いて冷ましつつ啜る。やっぱり美味しい。やや噛み応えがあって、麦の風味が遠くに感じられる。あっさりしたスープが絡んで相性抜群だ。やっぱあれだな、お店で食べるラーメンはカップ麺とかとは別物の料理な気がする。
そして、チャーシューメンの主役とも言えるチャーシュー。豪華なことに五枚も乗っている。しかも思っていたよりも分厚かった。見てるだけで満足感が湧いてくる。他にもメンマやナルトが乗っていて、いかにもラーメンって感じだ。
チャーシューをつまみ、一枚丸々口に運ぶ。うぉ、脂が凄い。濃い目の味付けが全体に沁み込んでいて、これだけでご飯が食べられそうだ。ラーメン自体があっさりしてるおかげか、脂っこさをくどく感じることも無い。これは注文して大正解だな。
無心で麺を啜り、スープを飲み下していく。メンマのコリコリした歯応えも俺好みだ。残りのチャーシューは後に残しつつ、大体の麺を食べ終わった俺は半ライスの茶碗を手に取った。そのまま全部どんぶりの中に投入する。ちょっと行儀が悪いけど、俺はこの食べ方が好きなのでしょうがない。
白米を軽くスープに馴染ませた後、チャーシューごとレンゲですくい大口を開けて食べる。あー、予想通り最高。あっさりスープに馴染んだ白米とボリュームたっぷりなチャーシューが合わない訳が無かった。見栄えは良くないけど悪魔的な組み合わせだ。
結局、白米一粒スープの一滴も残さずに平らげてしまった。満腹感と幸福感に包まれながら手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
いやぁ、美味しかった。やっぱり麺類はいいな、うん。こういうちゃんとした店で食べるのもそうだけど、自炊でも比較的簡単に作れるし。そうめんやパスタには、一人暮らしを始めた直後から凄い助けられていた。
お冷やをちびちび飲みつつ、お腹が落ち着くのを待つ俺。周囲に目を向けると、客入りはどんどん増えてほぼ満席になっていた。やっぱり繁盛しているようだ。老若男女、様々な客が町中華に舌鼓を打っている。
「ふふ」
それを見ていると、どこか穏やかな気持ちになって思わず笑みが零れた。心にゆとりがあるからこそだろう。飲み終わったコップをテーブルに置き、俺は立ち上がる。レシートを持ってレジまで向かった。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
「あら、毎回嬉しいこと言ってくれるわねぇ。はい、これクーポン券」
お金と一緒に半ライス半額のクーポン券を渡しながらお礼を言う。レジ前の女性はそれを受け取りつつ、新しいクーポン券を手渡ししてくれた。今度のは味玉が無料になるらしい。利用する側としては嬉しいけど、採算は取れているんだろうか?
会釈を返してから店の外に出た。相変わらず日差しは強いけど、そこまで蒸し暑いというわけじゃない。日傘を差しながら歩いていれば不快感を覚えない程度だ。俺は満足気なままゆっくりと進んでいく。穏やかな気分で、日傘越しの空を見上げるのだった。
チャーシューメンのチャーシューはどれだけ脂っぽくてもいい。自由とはそういうものだ。