人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
かつての相棒の怪我を知って数日後。俺はアパートの庭で壁当てをしつつ考え込んでいた。
「ふぅー・・・・・・」
相棒は腕の靭帯を損傷しているらしい。手術が成功したとしても、一年近くはマウンドを離れることになるだろう。そもそも復帰出来るかどうかも分からない。最悪、このまま引退する可能性もあった。
あいつとはもう何年も会っていない。高校2年の頃、実家付近の駅前で偶然出会ったのが最後だ。一応メッセージアプリの連絡先も登録してあるんだけど、連絡を取ったことは無い。青臭い話、甲子園で再会しようという約束をしていたからだ。
まぁ、結局約束は叶わず。その後奇病に罹った俺は、ニュースで相棒の名前を見るまで思い出しもしなかった。そんな余裕は無かったとはいえ、我ながら随分と薄情だと思う。
「はぁ・・・・・・」
駄目だ、身が入らない。壁当てを中断し休憩する。正直に言えば、かつての相棒の怪我は自分には関係の無い話だ。俺がどれだけ心配しようとそれがあいつに届くわけでもない。励ます為に会いに行くことも一瞬考えたが、今の俺じゃあ初対面の不審者扱いされると思ったのでやめた。
あぁ、畜生。もし俺が奇病に罹っていなかったら、あいつの元に行くことが出来ただろうか。ほんの少しでも支えになれただろうか。いや、それは傲慢だ。だけど・・・・・・駄目だ、思考がぐるぐると堂々巡りしている。久しぶりの感覚は、やはりいい気分ではなかった。
そもそも、俺が思い悩んでも仕方ない。そんなことは理解している。それでもこんなに考え込んでしまうのは、かつての相棒というだけじゃなく、いつの間にかプロ野球選手としてのあいつのファンになっていたからだろう。好きな選手が苦しむのは、誰だって見たくないんだから。
こんな気分で再開しても俺の方が怪我しかねない。俺は軽く体をほぐし、自分の部屋へと引き上げた。今日はジョギングにした方が良かったかもな。あっちなら無心で走れるし。今更行くのは気が乗らないけど。
シャワーを浴びて部屋着に着替え、俺はちゃぶ台に突っ伏する。うーん、駄目だ。テンションが低空飛行でやる気が湧いてこない。そう思いつつもスマホを操作し、かつての相棒の情報が新たに出ていないかチェックした。
「続報無し、かぁ」
いくら情報化社会と言っても個人のプライバシーがある。個人で調べるのには限界があるよな・・・・・・。それと、ネット掲示板には真偽不明な情報や冷やかし、あいつに対するバッシングもいくつか見られた。うんざりする気持ちになりスマホを置く。と、俺のお腹が空腹を知らせてくる。
ぐうぅ・・・・・・
どれだけ思い悩んでいても腹は減る。ここ数年で嫌と言う程思い知ったことだ。そろそろ日が沈む時間でもあるし、夕飯の準備をしよう。答えが出ない悩みを抱え続けるよりも、何か動いていた方が気も紛れるからな。
さて、何を作ろうか。凝った料理は避けたいけど・・・・・・そういえば、少し前に実家から送られてきた玉ねぎが余ってたっけ。常温で保存出来るから他の野菜に比べて忘れがちになっちゃうんだよな。南蛮漬けの時に結構消費したけど、確認すると二玉残っていた。
よし、それじゃあ玉ねぎメインの料理にしよう。折角だしあれにするか。実家にいた時、母親がよく作ってくれたやつ。玉ねぎのチーズ焼きだ。
そうと決まれば冷蔵庫を漁り、加熱用の溶けるチーズを取り出した。後は中途半端にベーコンが余ってたのでこれも使っちゃおう。それと玉ねぎを切らないと。みじん切りにするわけじゃないので目には沁みないだろう。
まな板の上に薄皮を向いた玉ねぎを置き、まずは上下を切り落とす。後は輪切りで四等分にすればいい。次にフライパンをコンロに乗せ温め始めた。十分熱されたらオリーブオイルを引き、輪切りにした玉ねぎを並べる。中火で火を通していった。大体5、6分くらいか。
いい感じにこんがりしたらひっくり返して同じく5、6分焼く。そうしたら輪切りの断面に千切ったベーコン、チーズをたっぷりと乗せて蓋をした。2分程蒸し焼きにしたら完成だ。もう一個の玉ねぎも同じように調理して、大皿に並べていく。温めておいたパックご飯を茶碗に盛って、俺はちゃぶ台の前に腰を下ろした。
「いただきます」
手を合わせ、箸で玉ねぎを持ち上げる。チーズがいい感じにとろっとしてるな。そのままかじって咀嚼すると、乳製品特有の濃厚な味が感じられた。次いでベーコンの食感、玉ねぎの素朴な甘みが続く。うん、美味しい。
このままでもいいんだけど、ここにたっぷりの黒胡椒と醤油を数滴垂らしてみた。予想通り相性がいい。ご飯のおかずにはこれくらいの方が好みだ。チーズとベーコンの塩っ気だけじゃなく、醤油の出汁と塩分が加わり、そこに黒胡椒のスパイシーさ。ご飯がどんどん進む。
なにより玉ねぎの甘みがいい。新玉ねぎには劣るけど、今の時期でも十分だ。自炊を始めて理解したけど、野菜ってしっかりと味がするんだよな。昔はサラダとかはドレッシングをたっぷりかけて食べることが多かったし、美味しさに気付けていなかった。
「ごちそうさまでした」
輪切りのいくつかを残して手を合わせる。気分の問題か、いつもよりは食べられなかった。残りはラップをかけて冷蔵庫に入れておこう。明日の朝にでも食べればいいや。洗い物を済ませつつ、俺は相棒のことを思い出す。
実際、あいつはどうするんだろうか。手術は受けるのか、そもそも野球を続ける気があるのかも分からない。でも、俺としては復帰してほしかった。せっかく夢を叶えたのに、ここで道が断たれるのはあまりにも残酷過ぎる。
あぁもう、良くないな。自分のことでもないのに鬱々と考え込んでしまっている。こういう時は早めに寝てた方が良いけど、流石に時間が早過ぎるか。食べてすぐ横になるのも健康に悪いし。とはいえ、どう時間を潰そう・・・・・・。
「うーん・・・・・・」
結局、俺はスマホのアプリで漫画を読み返すことにした。そういえば最近図書館に通ってないな。明日にでも向かおうか。そんな思考を回しつつ、俺は食後の時間を思い悩まないように過ごし始めた。まぁ、思い悩まないように意識しても無理だったけど。
玉ねぎは料理界のオールラウンダーです。メインでもサブでも裏方でも輝く。揚げた玉ねぎ一個だけで、俺たちゃ獅子にもなれるのさ。